デイヴィッド・L・ニューマン(David L. Neumann)の論文一覧:人の心を調べていたら、ついでに私たちの毎日まで解説しはじめた論文たち
デイヴィッド・L・ニューマン(David L. Neumann)のプロフィール
デイヴィッド・L・ニューマンは、ざっくり言うと「人の心って、結局どう動いているの?」を、かなり本気で追いかけている心理学者です。現在はオーストラリアのグリフィス大学(Griffith University)のSchool of Applied Psychology の教授として活動しており、研究の中心には、学習やパフォーマンスの心理学、そして知覚や認知のはたらきが現実の行動にどう影響するか、というテーマがあります。つまり、心の中の見えない歯車を調べながら、スポーツや日常行動みたいな「実際の場面」にまで話をつなげていくタイプの研究者です。
しかもこの方、研究テーマがなかなか幅広いです。セルフ・コンパッションや自己肯定感のような「自分との付き合い方」に近いテーマにも関わりつつ、スポーツ心理学、注意の向け方、VRの活用、日常生活でのストレス反応などにも手を伸ばしています。いわば、「心の研究室」にいるのに、机の上だけで終わらず、競技場やスマホの中、さらには日々のしんどさの現場にまで出張してくる研究者、という感じです。
経歴としては、クイーンズランド大学でPhDを取得し、その後、西オーストラリア大学で博士研究員(ポスドク)を務めたことが公開情報から確認できます。なので、ただ「今ここにいる教授です」というだけでなく、ちゃんと研究の道をこつこつ積み上げてきた人なんだな、というのが見えてきます。肩書きだけが先に歩いている感じではなく、研究歴そのものがじわっと厚いタイプです。
参考文献・確認先: Griffith University:David Neumann 公式プロフィール / Griffith University:David Neumann 研究業績一覧 / ORCID:David L. Neumann 研究者情報 / Google Scholar:David L. Neumann 論文・引用情報 / PubMed:David L. Neumann 関連論文

デイヴィッド・L・ニューマン(David L. Neumann)の研究から学べること
デイヴィッド・L・ニューマンさんの研究をひとことで言うなら、「怖さや不安は、心の中に突然落ちてくる隕石ではなく、経験によって“学習”され、そして少しずつ“学び直す”こともできる」というお話です。
ニューマンさんは、オーストラリアのグリフィス大学で学習・行動・恐怖条件づけなどを研究してきた心理学者です。特に、人がどのようにして怖さを覚えるのか、いったん覚えた怖さがどう弱まるのか、そして弱まったはずの怖さがなぜ戻ってくることがあるのか、というテーマに深く関わっています。研究紹介では、彼はグリフィス大学の応用心理学分野に所属する「学習と遂行の心理学」の教授として紹介されています。
たとえば、犬に一度ほえられて怖い思いをした人が、その後、犬を見るだけで体がこわばることがあります。これは「犬=危ない」という心の中の結びつきができた状態です。脳内の警備員が、犬の姿を見るたびに「非常ベル、鳴らします!」と張り切ってしまうわけです。もちろん、警備員の仕事は大切です。危険から守ってくれます。でも、子犬がしっぽを振っているだけなのに、毎回サイレンを鳴らされると、こちらも疲れてしまいます。
ニューマンさんが扱う「恐怖条件づけ」は、ざっくり言えば、もともとは怖くなかったものが、怖い経験と結びつくことで、怖いものになってしまう学習のことです。研究では、不快な音などを使って、人がどのように怖さを学ぶかを調べた論文もあります。たとえば、ニューマンさんとアリソン・ウォーターズさんは、人間の嫌悪的な条件づけ手続きで、不快な音を使う研究を発表しています。
ここから学べるのは、「怖がりな自分はダメだ」と決めつけなくていい、ということです。不安や恐怖は、性格の欠陥というより、脳が過去の経験をもとに一生懸命あなたを守ろうとしている反応でもあります。ただし、その警備システムが少し過敏になっていることはあります。火事でもないのに、トーストの焼き目だけで火災報知器が大合唱するようなものです。ありがたいけれど、ちょっと落ち着いてほしい。心の警備員にも、再研修が必要なときがあるのです。
そして、この「再研修」にあたるのが、怖さを少しずつ弱めていく学習です。専門的には「消去」と呼ばれることがありますが、日常の言葉で言えば、「怖いと思っていたものに、安全な形で少しずつ慣れていくこと」です。たとえば、犬が怖い人が、いきなり大型犬に抱きつく必要はありません。そんなことをしたら、心の警備員が笛を吹きながら全力疾走します。まずは犬の写真を見る。遠くから犬を見る。落ち着いていられる距離で過ごす。小さな段階を踏んで、「犬がいる=必ず危険」ではないと、心に新しい記録を作っていくのです。
ただし、ここがニューマンさんの研究のおもしろいところです。怖さは、一度弱まったように見えても、また戻ってくることがあります。たとえば、ある場所では犬が平気になったのに、別の場所で犬を見るとまた怖くなる。あるいは、しばらく時間がたつと不安が戻る。ニューマンさんたちは、消去された条件反応が人間で再び戻る現象についても研究しています。
これ、生活でもめちゃくちゃあります。「もう大丈夫」と思っていたのに、似た場面でまたドキッとする。面接で一度失敗した人が、別の面接会場に行くと胃が会議を始める。人前で話すことに慣れたつもりでも、知らない人ばかりの場になると、心の中の小鹿が階段から転げ落ちる。これは「治っていないからダメ」というより、脳が「前に安全だった場所」と「今の新しい場所」を別物として扱っている可能性があります。
つまり、不安を乗り越えるには、「一回できたから終わり」ではなく、いろいろな場面で少しずつ練習することが大切です。心は、学校のテストみたいに一度100点を取ったら永久免許、とはいきません。むしろ、料理の練習に近いです。家ではうまく卵焼きが作れても、友人の家のフライパンだと焦げることがあります。だから、環境を変えながら少しずつ慣れる。これが、不安の学び直しには大事なのです。
ニューマンさんの研究は、不安や恐怖の治療にもつながります。特に、不安や恐怖症の治療では、怖いものを安全な範囲で少しずつ体験していく方法が重要とされています。ニューマンさん、ボッシェンさん、ウォーターズさんは、不安や恐怖が治療後に再発する問題についても論じています。
ここから私たちが学べるのは、「避け続けると、怖さは小さくなるどころか、心の中で社長室を構えることがある」ということです。もちろん、本当に危険なものから離れるのは大切です。でも、安全なのに怖くて避け続けている場合、脳は「避けたから助かった」と学んでしまいます。すると次も避けたくなる。さらに怖くなる。気づけば、不安が心の中でふんぞり返り、「この道は通行止め」「この人とは話すな」「この場所には行くな」と、勝手に人生の地図へ赤いバツ印をつけ始めます。
だからといって、気合いで突撃すればいいわけではありません。ここ、大事です。怖いものにいきなり飛び込むのは、心の筋トレではなく、心の胴上げ失敗です。必要なのは、少しずつ、計画的に、安全を確認しながら進むことです。「今日は入口まで行けた」「今日は5分だけ話せた」「今日は資料を声に出して読めた」。こういう小さな成功を積み重ねることで、心の警備員が少しずつ「どうやら毎回非常事態ではないらしい」と学んでいきます。
ニューマンさんの研究からもうひとつ学べるのは、「不安は頭だけでなく、体にも出る」ということです。恐怖条件づけの研究では、皮膚の電気的な反応など、体の反応を測ることがあります。怖いとき、心だけでなく、汗、心拍、呼吸、筋肉のこわばりなどが変化します。ニューマンさんが関わる研究でも、恐怖条件づけと消去の実験で、皮膚電気反応や主観的な評価が扱われています。
つまり、「頭では大丈夫とわかっているのに、体が怖がる」ということは、珍しくありません。これは、心が弱いのではなく、体の学習がまだ追いついていないだけかもしれません。頭の先生は「安全です」と黒板に書いているのに、体の生徒がまだ「でも怖いです」と机の下に隠れている状態です。だから、安心を体で覚える時間が必要になります。深呼吸、ゆっくりした動き、安心できる場所での練習、段階的な挑戦。こうした体験が、体の生徒に「本当に大丈夫かも」と教えていくのです。
また、ニューマンさんの研究領域には、人とコンピューター、人と人工的な相手との関わりも含まれています。現代では、人間は人間だけでなく、画面、機械、仮想空間、人工的なキャラクターとも関わります。心理学は、もはや「人と人」だけを見ていればよい時代ではありません。スマホの通知ひとつで心拍が跳ね、オンライン会議の沈黙で不安が膨らみ、仮想空間での体験が本物の感情を動かすこともあります。心は、けっこうデジタルにも反応する、律儀な生きものなのです。
この視点は、これからますます大事になります。たとえば、仮想現実を使って恐怖症の練習をする、オンラインで心理支援をする、コンピューターとのやり取りが学習や感情にどう影響するかを調べる。こうした分野は、「心の練習場」を広げる可能性があります。高い場所が怖い人が、いきなり本物の高層ビルへ行くのではなく、仮想空間で少しずつ慣れる。人前で話すのが怖い人が、画面上の聴衆を相手に練習する。心のジムが、現実世界だけでなく画面の中にもできていくわけです。
日常に活かすなら、ニューマンさんの研究からは、こんな考え方ができます。不安は「敵」ではなく、「学習された反応」です。だから、怒鳴りつけるより、学び直させるほうがいい。「怖がるな!」と自分に言うより、「少しずつ安全を確かめよう」と言うほうが、心にはやさしい。脳は体育会系の鬼監督より、根気のある家庭教師のほうが合うことがあります。
たとえば、苦手な電話対応があるなら、いきなり難しい電話に挑むより、台本を作る。短い電話から練習する。終わったあとに「できた部分」を確認する。苦手な場所があるなら、まず近くまで行く。短時間だけ滞在する。安心できる人と行く。こうやって、小さく練習する。心に「怖いけど、なんとかできた」という記録を増やしていくのです。
大切なのは、「不安がゼロになってから動く」のではなく、「不安が少しあっても動けた」という経験を作ることです。不安ゼロを待っていると、人生の改札前でずっと切符を握りしめることになります。少し手が震えていても、改札を通れる日があります。その一歩が、心の学習を変えていきます。
デイヴィッド・L・ニューマンさんの研究から学べることは、結局こういうことです。私たちの怖さや不安は、過去の経験によって形づくられることがあります。でも、それは一生変えられない石像ではありません。新しい経験、新しい練習、安全な挑戦によって、少しずつ形を変えていける粘土でもあります。
怖さは、心の中の怪獣ではなく、少し過敏になった警報機かもしれません。ならば、壊すのではなく、調整すればいい。音量を下げ、鳴る場面を見直し、安全な経験を増やしていく。そうすれば、心の警備員も、いつか笛をくわえたまま少し肩の力を抜いてくれます。
「怖いから無理」ではなく、「怖いけれど、少しずつ学び直せる」。ニューマンさんの研究は、その希望を科学の言葉で支えてくれます。不安のトンネルは、入口だけ見ると真っ暗です。でも、小さな灯りを持って一歩ずつ進めば、目が慣れてくる。壁の形が見えてくる。出口の風も、少しずつ感じられるようになるのです。

デイヴィッド・L・ニューマン(David L. Neumann)の論文一覧
1.『短時間の自己肯定感・セルフコンパッション介入はどちらが効くのか-その場の身体への不満と、自分をよりよくしたい気持ちをめぐる比較研究』ロビン・L・モフィット、デイヴィッド・L・ニューマン、シャノン・P・ウィリアムソン(2018)
Moffitt, R. L., Neumann, D. L., & Williamson, S. P.(2018). Comparing the efficacy of a brief self-esteem and self-compassion intervention for state body dissatisfaction and self-improvement motivation. Body Image, 27, 67-76. DOI: 10.1016/j.bodyim.2018.08.008
「鏡を見て、なんか今日の自分いまいちかも……」となったとき、効くのは“もっと自分を好きになること”なのか、それとも“自分にやさしくすること”なのか。そんな、地味に気になる勝負をしてくれた論文です。しかも短い介入で比べているのが面白いところ。自己肯定感とセルフ・コンパッション、似ているようで働き方はけっこう違うらしい。体への不満はどう変わるのか、向上心はしぼむのか、それとも保たれるのか。読むと、「自分を励ます方法、雑に選んだらあかんな」とちょっと背筋が伸びます。

