マルカントニオ・M・スパーダ(Marcantonio M. Spada)の論文一覧:心のトラブルを研究していたはずが、私たちの“考えすぎ癖”まで見抜いてしまった論文たち
マルカントニオ・M・スパーダ(Marcantonio M. Spada)のプロフィール
マルカントニオ・M・スパーダさんをひとことで言うと、「人の“考えすぎ”や“不安のぐるぐる”を、研究と臨床の両方から本気で追いかけてきた心理学者」です。現在はロンドン・サウスバンク大学の依存行動・メンタルヘルス分野の名誉教授として知られ、長年にわたって心理学、認知行動療法、メンタルヘルスの領域で活動してきました。しかも、大学で研究を行う学者であるだけでなく、心理療法の実践にも携わってきた人物です。
この方のおもしろいところは、「研究室で静かに論文を書いている人」というイメージだけではおさまらないところです。公式プロフィールを見ると、自分のことを学術心理学者、心理療法の実践家、そして組織運営にも関わる立場の人間として紹介しています。30年以上にわたり、高等教育、メンタルヘルス、政策、研究、さらに金融サービスの分野にまで関わってきたそうで、かなり幅広い世界を歩いてきたことがわかります。つまり、机の上の理論だけでなく、現場で起こる人の悩みやしんどさにも触れてきた研究者なのです。肩書きの多さに、名刺が一枚では足りなさそうだなと思ってしまうほどです。
研究テーマとしては、依存行動、メタ認知、不安、反すう、心配などが中心です。特に、「人はなぜ同じことを何度も考えてしまうのか」「そうした思考のクセが、依存や苦しさとどう結びつくのか」といったテーマでよく知られています。論文タイトルを眺めていると、「人の悩みは行動そのものだけでなく、頭の中で続いている終わらない会議のようなものにも関係しているのではないか」という視点が、一貫して流れているように感じられます。
経歴をたどると、2009年にロンドン・サウスバンク大学に加わり、当初は心理療法学の教授として認知行動療法の教育や訓練体制づくりにも関わりました。その後、2013年には心理学教授となり、さらに2015年から2020年までは心理学部門の責任者も務めています。研究だけでなく、教育や組織運営まで担っていたわけで、「論文を書く人」であり、「人を育てる人」であり、「学科を動かす人」でもあったのです。なかなかの三刀流です。
さらに、依存行動の研究分野でよく知られた学術誌『アディクティブ・ビヘイビアーズ』の編集長も務めています。これは、自分で研究するだけでなく、その分野全体の流れや水準にも関わっている、ということです。研究者としても、実務家としても、そして学問全体を整理し導く立場としても活動している。そう考えると、スパーダさんは“心の渋滞”を研究しながら、“学問の交通整理”もしている人、と言えるかもしれません。
参考文献・確認先: Marcantonio Spada 公式サイト / London South Bank University:Marcantonio Spada 公式プロフィール / Google Scholar:Marcantonio M. Spada 論文・引用情報 / PubMed:Marcantonio M. Spada 関連論文 / Addictive Behaviors 編集委員会情報

マルカントニオ・M・スパーダ(Marcantonio M. Spada)の研究から学べること
マルカントニオ・M・スパーダさんの研究から学べることを、ひとことで言うなら、「問題は“考えること”そのものではなく、“考えすぎを止められないしくみ”にある」ということです。
人間の頭の中って、なかなかにぎやかです。朝から晩まで、会議、反省会、未来予測、過去の再放送、もしもの大喜利大会が開催されています。「あの発言、変だったかな」「明日うまくいかなかったらどうしよう」「いや、でも考えておかないと危ないし……」と、頭の中の会議室が満席になります。しかも議長が不安。書記が心配。会計が後悔。これはなかなか手ごわい布陣です。
スパーダさんは、ロンドン・サウスバンク大学の依存行動と精神健康の名誉教授で、依存行動に関わる「考え方についての考え方」を研究してきた心理学者です。研究者プロフィールでは、依存行動の発達や維持に関わる「メタ認知」、つまり自分の思考をどう受け止めているかを明らかにし、それを変える治療につなげることが主な研究関心だと紹介されています。
ここで出てくる「メタ認知」という言葉、ちょっと理科室の棚に置いてありそうな響きですね。やさしく言えば、「自分の考えについて、さらにどう考えているか」ということです。
たとえば、ただ「不安だ」と思うだけなら、まだ第一段階です。そこに、「不安について考え続ければ、問題を防げるはずだ」と思うと、考え続ける理由ができます。さらに、「考え出すと止められない。自分の頭は危ない」と思うと、今度は考えていること自体が怖くなります。つまり、心配が心配を呼び、考えすぎが考えすぎを呼びます。頭の中で回転寿司が始まり、流れてくる皿が全部「不安」です。たまにはプリンも流してほしいところです。
スパーダさんの研究の大きなポイントは、依存や不安、心配、反すうを、「意志が弱いから」とだけ見ないところです。たとえば、お酒を飲みすぎる、ギャンブルをやめにくい、ネットやスマホを見続けてしまう。こうした行動について、本人の意志や性格だけでなく、「その行動に向かう前に、頭の中でどんな考えの流れが起きているのか」を見ようとします。
スパーダさんたちは、依存行動におけるメタ認知の役割を整理した論文で、依存行動を保つしくみとして「欲求について考え続けること」や「自分の思考をどう評価するか」が重要だと論じています。依存行動は、単に快楽を求めるだけではなく、考え方のクセによって燃料を足されることがある、という見方です。
これを日常語にすると、「飲みたい」「見たい」「やりたい」という気持ちそのものより、その気持ちを頭の中で何度も温め直すことが問題を大きくする場合がある、ということです。
たとえば、「今日はお酒を控えよう」と思っていたのに、夕方になると頭の中でこんな会議が始まる。
「一杯だけならいいかな」
「今日は疲れたし」
「飲めば落ち着くし」
「でも飲んだらまた後悔するかも」
「いや、考えすぎるくらいなら飲んだほうが早い」
はい、脳内議会、荒れています。最初は小さな欲求だったものが、考え続けることでどんどん存在感を増していきます。まるで、冷蔵庫のプリンを思い出した瞬間から、プリンが心の中で演説を始めるようなものです。「私はここにいます。あなたを待っています」。強い。プリン党、強い。
スパーダさんの研究から学べる一つ目の知恵は、「考えれば考えるほど解決する、とは限らない」ということです。
もちろん、考えることは大切です。計画を立てる、問題を整理する、反省する。これは必要です。でも、同じことを何度もぐるぐる考えているだけなら、それは整理ではなく、心の洗濯機の脱水モードです。回っているのに、あまり進んでいない。むしろ服がからまっています。
心配し続ける人は、「考えておけば安全」と感じることがあります。反すうする人は、「原因を考え続ければ答えが出る」と思うことがあります。依存的な行動がある人は、「欲求について考えれば、どうするか決められる」と感じることがあります。でも実際には、考え続けるほど不安や欲求が強まり、行動を止めにくくなることがあります。
ここで大事なのは、「考えるな」ではありません。そんなことを言われたら、余計に考えます。「白いゾウを考えないでください」と言われた瞬間、白いゾウが鼻を振って登場するのと同じです。大切なのは、「今これは役に立つ考え方か、それともぐるぐる装置に入っているだけか」を見分けることです。
たとえば、こう問いかけてみます。
「この考えは、次の行動を決めるのに役立っているかな」
「同じ場所を何周もしていないかな」
「考えたあと、少し整理されたかな。それとも余計に苦しくなったかな」
「今必要なのは、考えることかな。休むことかな。誰かに相談することかな」
この問いは、頭の中の会議に議事進行係を置くようなものです。全員が好き勝手にしゃべっていると会議は終わりません。「本日の議題は何ですか」「結論は出ましたか」と整理する人が必要です。
二つ目の知恵は、「自分の考えを信じすぎないこと」です。
不安なとき、頭はかなり説得力のある物語を作ります。「このままだと大変なことになる」「失敗するに違いない」「自分はコントロールできない」。もう語り口が名優です。声に重みがあります。でも、頭に浮かんだ考えは、事実とは限りません。心の中のニュース速報が、たまに誤報を出すのです。
スパーダさんのメタ認知の視点では、「考えが浮かんだこと」と「それが真実であること」を分けることが大切になります。
「飲みたいと思った」イコール「飲まなければならない」ではありません。
「不安が浮かんだ」イコール「危険が確定した」ではありません。
「また失敗する気がする」イコール「失敗する運命」ではありません。
考えは、心の空に浮かぶ雲のようなものです。雲が出たからといって、そこに住まなくていいのです。住所変更しなくて大丈夫です。
三つ目の知恵は、「欲求について考え続けるほど、欲求は大きく見えることがある」ということです。
これは依存行動を考えるうえで、とても重要です。何かを「したい」と思ったとき、その欲求を頭の中で何度も再生すると、欲求は強まります。食べたいものを想像し続ける。飲んだときの気分を思い出し続ける。ギャンブルで勝った瞬間を何度も思い浮かべる。すると、脳内でその行動の宣伝動画が流れ続けます。しかもスキップできない広告です。困ります。
スパーダさんの関連研究では、「欲求について考え続けること」を測る質問票の開発なども行われています。これは、依存行動に向かう前の頭の中の流れを理解するための研究です。
日常に活かすなら、欲求が出てきたときに「欲求そのもの」と「欲求を育てる考え」を分けることが大切です。
たとえば、「スマホを見たい」と思うのは自然です。でもそこから、「何か大事な通知が来ているかも」「見ないと落ち着かない」「少しだけなら」と考え続けると、スマホの引力が増します。もはや小さなブラックホールです。気づけば親指が勝手に画面を開いています。
そこで、「見たいという欲求が出ているな」とだけ気づく。「でも今は5分待ってみよう」と区切る。「見たい理由は本当に必要な確認か、それとも落ち着かなさを消したいだけか」と見る。こうすると、欲求にすぐ乗らず、少し距離を取れます。欲求を消すのではなく、欲求との間に小さな廊下を作る感じです。
四つ目の知恵は、「自分を責めるより、しくみを理解すること」です。
依存や考えすぎの問題があると、人は自分を責めがちです。
「またやってしまった」
「意志が弱い」
「自分はダメだ」
でも、責めるだけでは、あまり改善しません。むしろ自己嫌悪が増えると、その苦しさを和らげるために、また同じ行動に戻りやすくなることもあります。これは、火事を消そうとして紙を投げ込むようなものです。燃えます。よく燃えます。
スパーダさんの研究から見ると、必要なのは「なぜその行動に向かうのか」という心の手順書を理解することです。
どんな気分のときに始まるのか。
どんな考えが出るのか。
その考えを自分はどう信じているのか。
欲求について考え続ける時間はあるのか。
行動したあと、どんな感情が残るのか。
こうして流れを見ると、「自分がダメ」ではなく、「こういうしくみで回っている」と見えてきます。しくみが見えれば、止める場所も見えてきます。水漏れも、どこから漏れているかわからないとタオルを何枚置いても大変です。まず元栓を探す。心も同じです。
支援や職場でも、スパーダさんの視点は役に立ちます。
たとえば、利用者さんが不安を何度も確認する。スマホが手放せない。作業前に考え込みすぎる。失敗をずっと引きずる。そういうとき、「気にしすぎです」「やめましょう」だけではなかなか変わりません。本人の中では、考え続けることに意味があると感じているかもしれないからです。
「考えておけば失敗を防げる」
「確認しないと危ない」
「心配を止めたら、もっと悪いことが起きる」
「この考えは自分では止められない」
こうした思い込みがあると、ただ「考えないで」と言っても難しいのです。むしろ、「考え続けることで何を得ようとしているのか」「その方法は本当に役立っているのか」を一緒に確認するほうが効果的です。
たとえば、こう声をかけることができます。
「心配することで、何を防ごうとしている感じがありますか」
「その考えを続けたあと、少し楽になりますか。それとも苦しくなりますか」
「考える時間を10分だけに区切るとしたら、どうでしょう」
「今は考えるより、次の一手を小さく決める時間にしてみましょうか」
こうした関わりは、相手の考えを否定するのではなく、考えとの付き合い方を一緒に見直すものです。心の中のぐるぐる道路に、出口標識を立てる感じです。
マルカントニオ・M・スパーダさんの研究が教えてくれるのは、人間の苦しみには「考えの内容」だけでなく、「考えとの付き合い方」が大きく関わるということです。
不安そのもの。
欲求そのもの。
後悔そのもの。
それらもつらいですが、さらに「これを考え続けなければ」「この考えは止められない」「この欲求には勝てない」と思うことで、苦しさは強まります。つまり、頭の中には、一次会だけでなく二次会があるのです。そして問題は、二次会が長すぎることです。終電、逃しています。
だから大切なのは、頭の中の会議に気づくことです。
今、私は何を考えているのか。
その考えを、私はどう評価しているのか。
考え続けることで、本当に助かっているのか。
それとも、苦しさを増やしているのか。
この視点を持つだけで、心の中に少しスペースができます。考えは消えないかもしれません。でも、考えに飲み込まれすぎずに済むかもしれません。
スパーダさんの研究は、私たちにこう語りかけているようです。
「あなたの頭がうるさいのは、あなたが弱いからだけではありません」
「考え方についての思い込みが、ぐるぐるを続けさせているのかもしれません」
「だから、考えを止めようとする前に、考えとの関係を見直してみましょう」
心は、ときどき勝手にしゃべり続けるラジオです。完全に電源を切ることは難しいかもしれません。でも、音量を下げることはできます。チャンネルを変えることもできます。ラジオの声を「命令」ではなく「ただの放送」として聞くこともできます。
スパーダさんの研究は、そのリモコンの場所を教えてくれる研究です。思考に支配されるのではなく、思考と少し距離を取る。欲求に流されるのではなく、欲求が育つしくみを見る。自分を責めるのではなく、心のからくりを理解する。
その小さな距離が、依存や不安、考えすぎから抜け出すための、最初の一歩になるのです。

マルカントニオ・M・スパーダ(Marcantonio M. Spada)の論文一覧
1.『低い自己肯定感にCBTは効くのか-フェネルモデルにもとづく介入研究を読み解く系統的レビューとメタ分析』ダニエル・C・コルビンスキ、ダニエル・フリングス、アナ・V・ニクチェヴィッチ、ジャクリーン・A・ローレンス、マルカントニオ・M・スパーダ(2018)
Kolubinski, D. C., Frings, D., Nikcevic, A. V., Lawrence, J. A., & Spada, M. M.(2018).
A systematic review and meta-analysis of CBT interventions based on the Fennell model of low self-esteem.
Psychiatry Research, 267, 296–305.
DOI:10.1016/j.psychres.2018.06.025
「自己肯定感が低いんです……」に対して、CBTはどこまで効くのか。そこで著者たちは、フェネルモデルにもとづく介入研究を集めて、まとめて検討しました。すると、自己評価の底上げにはそれなりに手ごたえあり。ただし、「うつへの治療とどこが違うの?」という宿題もちらり。希望はある、でも話はそこで終わらない。そんな“効くけど、もっと知りたい”が詰まった一篇です。

