ミシェル・A・ハリス(Harris)の論文一覧:心は一人暮らしできないのかもしれない、と論文で語りはじめた人
ミシェル・A・ハリス(Harris)のプロフィール
ミシェル・A・ハリス(Michelle A. Harris)は、自己肯定感と人間関係のつながりをテーマに研究してきた心理学系の研究者です。とくに知られているのは、ウルリッヒ・オース(Ulrich Orth)と共著した “The Link Between Self-Esteem and Social Relationships” というメタ分析の研究で、「自己肯定感が高いと人間関係がよくなりやすく、よい人間関係はまた自己肯定感を育てやすい」という、いわば“心のキャッチボール説”を大きなデータで確かめたことです。論文情報では、当時ハリスはテキサス大学オースティン校の心理学部門に所属していました。
テキサス大学オースティン校の紹介記事でも、ハリスは博士号をもつポスドク研究者として紹介されており、近しい友情や人とのつながりが自己肯定感を高めることを、人生全体にわたる視点で研究していたことがわかります。つまりこの人、ただ「自信を持とう!」と叫ぶタイプではありません。むしろ「その自信、ひとりで栽培するのはむずかしいですよ。人との関係という土も要りますよ」と、研究で静かに語るタイプです。
公開情報から見ると、ハリスは自己肯定感の発達にも関心をもっていて、たとえばメキシコ系の若者を対象に、10歳から16歳にかけて自己肯定感がどう育つかを調べた研究や、Lifespan Self-Esteem Scale という自己肯定感尺度の検討にも名前が見られます。研究テーマとしては、「人は自分をどう感じるのか」「それは年齢や対人関係の中でどう変わるのか」を、かなり地道に追いかけてきた研究者だといえます。
参考文献・確認先: テキサス大学オースティン校:Michelle Harris 研究紹介記事 / PubMed:Harris & Orth「自己肯定感と社会的関係」メタ分析 / APA:The Link Between Self-Esteem and Social Relationships 論文PDF / Google Scholar:Michelle A. Lucas〈Harris〉論文・引用情報 / UC Davis Self Lab:Lifespan Self-Esteem Scale / PubMed:Lifespan Self-Esteem Scale 初期検証論文

ミシェル・A・ハリス(Harris)の研究から学べること
ミシェル・A・ハリスさんの研究から学べることを、ひとことで言うなら、「自分を大切に思える気持ちと、人とのつながりは、まるで二本の糸のようにからみ合って育っていく」ということです。
「自尊心」という言葉があります。ざっくり言うと、「自分には価値がある」「自分はここにいていい」と感じる心の土台のことです。これ、よく“自分ひとりの心の問題”だと思われがちです。「自信を持ちなさい」「自分を好きになりなさい」と言われることもありますよね。でも、ハリスさんの研究を見ると、自尊心はひとりで黙々と育つ観葉植物ではありません。人との関係という光や水を受けながら、じわじわ育つものなのです。
ハリスさんは、心理学の分野で、自尊心、人間関係、青年期の発達などを研究している研究者です。特にウルリッヒ・オルトさんとの研究では、自尊心と社会的な人間関係のつながりについて、長い期間にわたって人を追った研究をまとめています。その論文では、自尊心が高い人ほど後の人間関係がよくなりやすく、反対に、よい人間関係を持つ人ほど後の自尊心も高まりやすい、という双方向の関係が示されています。
これ、かなり大事です。
つまり、「自信があるから人間関係がうまくいく」だけではありません。「人との関係があたたかいから、自分を大切に思えるようになる」こともあるのです。心の中で、自尊心さんと人間関係さんが向かい合って、「あなたが育つと私も育つね」「いやいや、あなたこそ」と、お茶を飲みながら支え合っているようなものです。なかなか良いコンビです。
たとえば、職場で「ありがとう」と言われる。自分の話をちゃんと聞いてもらえる。困ったときに相談できる。失敗しても人格まで否定されない。こういう経験が積み重なると、人は少しずつ「自分はここにいてもいいのかもしれない」と感じやすくなります。逆に、いつも無視される、雑に扱われる、比べられる、責められるという環境では、自尊心はしおれやすくなります。心の花壇に毎日冷たい風が吹くようなものです。そりゃあ、チューリップも肩をすくめます。
ハリスさんたちの研究から学べる一つ目の知恵は、「自尊心を個人の根性だけで育てようとしないこと」です。
「自分に自信を持ちましょう」と言うのは簡単です。でも、自信は気合いでポンと出てくるものではありません。コンビニの棚に「本日の自信、税込198円」で並んでいたら便利ですが、残念ながら売っていません。自尊心は、日々の経験、とくに人との関わりの中で育ちやすいものです。
だから、支援や教育、職場では、その人が「自分は大切に扱われている」と感じられる関わりが大切になります。
名前を呼ぶ。
話を最後まで聞く。
できたことを具体的に伝える。
失敗しても「あなたがダメ」と言わず、「ここを直そう」と分けて伝える。
小さな役割を任せる。
こうしたことは、派手ではありません。でも、自尊心の土にじんわり水をやる行為です。毎日少しずつ効いてきます。味噌汁のだしみたいなものです。見えにくいけれど、あると全体がやさしくなる。
二つ目の知恵は、「人間関係がうまくいかない人を、すぐ性格の問題にしないこと」です。
人と関わるのが苦手な人、相談できない人、すぐ遠慮してしまう人、逆に不安で何度も確認してしまう人。こういう人を見ると、「コミュニケーションが苦手」「自信がない」とまとめたくなります。もちろん、それも一部は当たっているかもしれません。でも、その背景には、「自分は受け入れられる」という感覚が育ちにくかった経験があるかもしれません。
自尊心が低いと、人間関係に入る前から不安になります。
「どうせ迷惑だと思われる」
「変なことを言ったら嫌われる」
「断られたら立ち直れない」
「自分なんかが話しかけてもいいのかな」
こうなると、人と関わる前に、心の中で予行演習だけが延々と続きます。しかも、たいてい悪いシナリオばかりです。脳内劇場、暗めの作品を三本立てで上映中です。
だから支援では、「もっと人と関わりましょう」と言うだけでは足りないことがあります。まず、「関わっても傷つけられない」「話しても大丈夫」「ここでは否定されない」という経験を作ることが必要です。人間関係への安心が育つと、自尊心も少しずつ育ちます。そして自尊心が育つと、また人と関わりやすくなる。このよい循環を作ることが大切なのです。
三つ目の知恵は、「若い時期の自尊心は、周りとの関係の中でゆれながら育つ」ということです。
ハリスさんは、若者の自尊心の発達にも関わる研究をしています。たとえば、メキシコ系の若者を対象に、10歳から16歳までの全体的な自尊心や領域ごとの自尊心がどのように変化するかを調べた研究があります。ここでは、全体としての自分への評価だけでなく、学校、友人、見た目、家庭など、場面ごとの自己評価にも目が向けられています。
これはとても現実的です。人の自信は、一枚岩ではありません。
勉強には自信があるけれど、人付き合いは苦手。
仕事は得意だけれど、恋愛になると急に不安。
人前で話すのは苦手だけれど、文章を書くのは得意。
家では安心できるけれど、職場では緊張する。
こんなふうに、自尊心には場所別、分野別の顔があります。心の中にいくつもの部屋があって、「勉強部屋は明るいけど、人間関係部屋は電球が切れかけ」みたいなことがあるわけです。
だから、人を支えるときには、「自信がある・ない」でざっくり見すぎないことが大切です。
どの場面なら自信があるのか。
どの場面で自信をなくしやすいのか。
どんな相手の前なら話しやすいのか。
どんな作業なら力を出せるのか。
これを一緒に見ていくと、その人の“心の地図”が見えてきます。全部の部屋を一気に明るくしなくてもいい。まず一つ、電気のつく部屋を見つければいいのです。
四つ目の知恵は、「よい人間関係は、自尊心の栄養になる」ということです。
ハリスさんたちの大規模なまとめ研究では、自尊心と社会的な関係は、お互いに影響し合うことが示されています。つまり、良い関係が自尊心を育て、自尊心がまた良い関係を作りやすくする、という循環です。
これは、支援の現場でもかなり使えます。
たとえば、利用者さんが「自分には無理です」と言う。そこで「そんなことないですよ」と言うだけでは、本人の心に届かないことがあります。なぜなら、本人の中には「自分はできない」「迷惑をかける」「どうせ失敗する」という古い物語があるからです。
その物語を書き換えるには、言葉だけではなく経験が必要です。
「今日は予定通り来られた」
「作業を最後までできた」
「質問できた」
「ありがとうと言われた」
「失敗しても怒鳴られなかった」
こういう小さな経験が、自尊心にとっての証拠になります。心の裁判所に、「自分にもできることがある」という証拠資料を一枚ずつ提出していく感じです。最初は薄いファイルでも、続けていくと厚くなります。
そして、周りの人の反応も大切です。
成功したときに一緒に喜ぶ。
努力したところを見つける。
できなかったときも、改善点と人格を分ける。
「あなたはダメ」ではなく、「やり方を変えてみよう」と伝える。
これが、自尊心を守る関わりになります。人は、安心して失敗できる場所があると、挑戦しやすくなります。挑戦できると、小さな成功が増えます。小さな成功が増えると、自尊心が育ちます。自尊心が育つと、人との関係にも少し前向きになれる。はい、ここで心の歯車がカチリと噛み合います。
もちろん、注意点もあります。
自尊心を育てるというと、なんでもかんでもほめればいいと思われがちです。でも、空っぽのほめ言葉は、心にあまり残りません。「すごいですね」「最高ですね」「天才ですね」と連発されても、本人が納得していなければ、言葉は風船のように飛んでいきます。しかも、天井にひっかかります。
大切なのは、具体的に伝えることです。
「今日は自分から質問できましたね」
「前回より説明が短くまとまっていました」
「苦手な作業でも、途中で確認できたのがよかったです」
「しんどい中でも来られたこと自体が大きいです」
こういう言葉は、本人が受け取りやすいです。なぜなら、事実に根があるからです。ほめ言葉にも根っこが必要です。根のないほめ言葉は、強風で飛びます。
ミシェル・A・ハリスさんの研究が教えてくれるのは、自尊心と人間関係は別々の問題ではないということです。自分を大切に思える力は、人との関わりの中で育ちます。そして、自分を大切に思えるようになると、人との関わりにも少し勇気が出ます。
つまり、自尊心は心の中だけにある小さな宝石ではありません。人とのやりとりの中で磨かれる石です。雑に扱われると傷がつきます。でも、丁寧に扱われ、役割を持ち、失敗しても受け止められ、できたことを認められると、少しずつ光り方が変わっていきます。
だから、自信がない人に必要なのは、ただ「自信を持て」という号令ではありません。
安心できる関係。
小さな成功。
具体的な承認。
失敗しても戻れる場所。
自分の力を使える役割。
こうしたものが、自尊心の土台になります。
ハリスさんの研究は、私たちにこう語りかけているようです。
「人は、ひとりで自分を好きになるのではありません」
「大切に扱われる経験の中で、自分を大切に思えるようになるのです」
「そして、自分を大切に思えると、人との関係にもまた一歩踏み出しやすくなるのです」
人間関係は、ときに面倒です。誤解もあります。気疲れもあります。心の洗濯物がなかなか乾かない日もあります。でも、それでも人とのつながりには、自尊心を育てる力があります。
誰かにとって、「ここにいていい」と感じられる場所を作ること。
誰かの小さな成功を、ちゃんと見つけて伝えること。
そして自分自身にも、「今日はここまでできた」と声をかけること。
それは、心の土に水をやるような行為です。すぐに大木にはなりません。でも、何度も水をやれば、やがて小さな芽が出ます。ハリスさんの研究は、その芽を見逃さないための、やさしい虫めがねのような研究なのです。

ミシェル・A・ハリス(Harris)の論文一覧
1.『自己肯定感と人とのつながりは、どう結びついているのか 縦断研究のメタ分析から見えてきたこと」』ミシェル・A・ハリス、ウルリッヒ・オルト(2020)
Harris, M. A., & Orth, U. (2020). The link between self-esteem and social relationships: A meta-analysis of longitudinal studies. Journal of Personality and Social Psychology, 119(6), 1459–1477. DOI:10.1037/pspp0000265
「自己肯定感って、自分の心の中だけの話でしょ?」と思ったら、この論文が静かに首を振ります。Harris & Orth(2020)は、長期データをまとめて見ることで、よい人間関係は自己肯定感を育て、自己肯定感はまた人間関係をよくするという、心とつながりの“いい循環”を示しました。つまり、自信はひとりで筋トレするものではなく、誰かとの関わりの中でも育つらしいのです。読んでみると、「自分を好きになる」と「人とつながる」が、別々の話ではなかったと見えてきます。

