ヘレナ・ヘルマン(Helena Hermann)の論文一覧:読んでいるうちに、自分の心まで少し説明できそうになる論文たち
ヘレナ・ヘルマン(Helena Hermann)のプロフィール
ヘレナ・ヘルマンさんは、ざっくり言うと「人のこころ」と「医療のむずかしい判断」を、やさしい虫めがねと倫理のコンパスで見つめてきた臨床心理士・心理療法家です。
スイスのチューリッヒ生まれで、チューリッヒ大学では心理学と美術史を学び、特に臨床心理学を深めました。その後、医療倫理の分野で博士号を取得しています。テーマは、患者さんの「判断能力」や「自己決定」。つまり、「この人は本当に自分で医療上の決定ができる状態なのか」「医師や支援者は、その判断をどう見ればよいのか」という、とても繊細で重たい問いに向き合ってきた人です。
現在は、チューリッヒのベッケンホーフ共同実践所で、臨床心理士、心理療法家として活動していることが確認できます。肩書きとしては、医学系の博士号を持ち、臨床心理学の修士でもあり、スイス連邦認定の心理療法家です。肩書きだけ見ると、かなり硬めのフル装備ですが、研究テーマを見ると「人間の決断って、そんなに単純なボタンではないですよね」という、かなり人間味のある視点が感じられます。
研究では、医療における「意思決定能力」を中心に扱っています。たとえば、患者さんが治療を受けるかどうかを決めるとき、その判断には理解力や論理だけでなく、感情や価値観も関わります。ヘルマンさんたちは、2016年の論文で、医療上の意思決定能力を評価するときに、感情や価値観をどう考えるべきかを整理しています。要するに、「頭でわかっているか」だけではなく、「その人が何を大切にしているか」まで見ないと、人間の決断は見えてこない、という話です。
さらに、スイスの医師を対象にした調査研究にも関わっています。この研究では、医師たちが患者の意思決定能力をどのように理解し、評価しているのかを調べています。その結果、実際の現場では判断がかなり難しく、もっと明確な指針や研修が必要だと示されています。医療現場という大きな船の中で、「患者さん本人の意思」という小さくて大事な灯りを、どう消さずに守るか。ヘルマンさんの研究は、そんな灯台守の仕事に近いかもしれません。
また、自己コンパッションや自己肯定感に関する研究にも名前が見られます。2015年の論文では、日常生活の中で、自分へのやさしさや自己肯定感が、気分やストレス反応とどう関係するかを調べています。ここでは、スマートフォンを使って日々の感情を記録する方法が使われています。つまり、「研究室で一回だけ聞いて終わり」ではなく、毎日のこころの天気予報を追いかけるような研究です。
経歴を見ると、病院などの入院・外来の現場で臨床心理士や心理療法家として働き、2022年からは自身の実践所で活動しているようです。また、チューリッヒの精神分析セミナーで心理療法の専門的な研修も受けています。さらに現在は、人を中心にした絵画療法の学びにも取り組んでいると紹介されています。
なので、ヘレナ・ヘルマンさんをひとことで表すなら、「人の判断を、正解・不正解だけで切らず、その人の感情、価値観、背景までていねいに見ようとする心理の職人」です。
「ちゃんと考えられていますか?」
だけではなく、
「その判断の奥に、その人らしさはありますか?」
「感情は邪魔者ではなく、何かを知らせているサインではありませんか?」
「医療者の側の価値観も、判断に影響していませんか?」
そんな問いを、そっと机の上に置いてくれる研究者です。白衣を着た倫理学と、カウンセリング室のやわらかい椅子が、同じ部屋で静かに話し合っているような人ですね。
参考文献・確認先:Helena Hermann 公式プロフィール / Helena Hermann 経歴 / Helena Hermann 発表論文一覧 / PubMed:Helena Hermann 関連論文

ヘレナ・ヘルマン(Helena Hermann)の研究から学べること
ヘレナ・ヘルマンさんの研究から学べることを、ひとことで言うなら、「人が何かを決める力を見るとき、知識テストの点数だけで判断してはいけない。感情や価値観も、その人の大事な一部として見よう」ということです。
これは、医療や支援の場面でとても大切な考え方です。ヘルマンさんは、スイスのチューリッヒ大学などで、医療倫理、精神医学、意思決定能力、つまり「その人が自分で治療やケアについて決められる状態にあるか」をテーマに研究してきた研究者です。特に、認知症や精神的な不調がある人の意思決定をどう評価するか、医師や支援者が何を大事にして判断するか、といった問題を扱っています。
まず大前提として、人が何かを決めるとき、頭だけで決めているわけではありません。もちろん、説明を理解する力は大切です。「この薬にはこういう効果があります」「こういう副作用もあります」「治療しない場合にはこういう可能性があります」。こうした情報を理解できるかどうかは、医療の場面ではとても重要です。
でも、人間は情報処理ロボットではありません。説明を聞いて、「はい、利点が3、欠点が2、よって治療を選択します」とピッピッピッと計算しているわけではないのです。人には不安があります。希望があります。過去の経験があります。家族への思いがあります。宗教観や人生観もあります。つまり、決定のうしろには、その人の人生まるごとが座っているのです。しかも、けっこう重厚な椅子に座っています。
ヘルマンさんたちの研究では、医療における意思決定能力を評価するとき、感情や価値観をどう扱うべきかが論じられています。特に、感情を単なる「判断を乱す邪魔者」と見るのではなく、ときには本人の価値観や人生の意味を示す大事な手がかりとして考える必要がある、という視点が示されています。
これ、かなり人間味のある話です。
たとえば、ある患者さんが手術を受けたくないと言ったとします。周りから見ると、「いやいや、手術したほうが助かる可能性が高いですよ」と思うかもしれません。白衣の人たちが全員うなずく場面です。でも本人は、過去に家族を手術で亡くした経験があるかもしれません。入院そのものに強い恐怖があるかもしれません。「長く生きること」より「家で穏やかに過ごすこと」を大切にしているかもしれません。
ここで、「怖がっているから判断能力がない」とすぐ決めつけるのは危険です。感情があるから判断できない、ではありません。感情もまた、その人が何を大切にしているかを知らせる心の郵便配達員なのです。少し汗だくで走ってくることもありますが、手紙の中身は読んだほうがいい。
もちろん、感情に完全に飲み込まれていて、現実を理解できない場合もあります。その場合は慎重な支援が必要です。でも、「感情があること」と「判断できないこと」は同じではありません。ヘルマンさんの研究から学べるのは、この線を乱暴に引かないことです。
また、ヘルマンさんたちは、医師が患者さんの意思決定能力をどう評価しているかについても研究しています。スイスの医師を対象にした調査では、医療現場で意思決定能力の評価がどのように行われているか、知識や態度、実践の状況が調べられています。 ここから見えてくるのは、「その人に決める力があるか」を判断することは、実はかなりむずかしい作業だということです。
なぜなら、意思決定能力は、体温計のようにピッと測れるものではないからです。
「はい、36.5度です。意思決定能力ありです」
とはいきません。そんな便利な機械があったら医療現場は少し楽になるかもしれませんが、人間の心はそう簡単には測れません。理解しているように見えても、本当は混乱していることがあります。逆に、話し方がゆっくりでも、本人なりにしっかり考えていることもあります。表情が乏しいからといって、何も感じていないわけではありません。人の内側は、外から見えるよりずっと複雑です。
ここから、支援や福祉の現場にも使える大事な視点が見えてきます。
それは、「この人はわかっていない」とすぐ決めつけないことです。
たとえば、利用者さんがこちらの提案と違う選択をしたとします。支援者としては、「そっちじゃないほうがいいのに」と思うこともあるでしょう。まるで、目の前でカレーに砂糖を山盛り入れようとしている人を見たときのように、止めたくなるかもしれません。
でも、その選択には本人なりの理由があるかもしれません。
失敗を避けたいのかもしれない。
人に迷惑をかけたくないのかもしれない。
過去に似た場面で傷ついたのかもしれない。
自分のペースを守りたいのかもしれない。
そう考えると、支援者の役割は「正しい選択を押し込むこと」ではなく、「本人が自分の価値観をふまえて、なるべく納得して選べるように支えること」になります。これは、かなり大切な違いです。前者はハンドルを奪う支援。後者は地図を一緒に広げる支援です。
ヘルマンさんたちの別の論文では、意思決定能力を単なる検査や点数だけで見るのではなく、評価という広い視点で考える必要があると論じられています。つまり、質問に答えられるかどうかだけでなく、その人の状況、価値観、関係性、支援のあり方も含めて見る必要があるということです。
これは、まさに現場感覚に近い話です。
人は、静かな部屋で落ち着いて説明を受ければ理解できることもあります。でも、緊張していたり、医師の説明が早口だったり、周りに家族がいてプレッシャーを感じていたりすると、うまく考えられないことがあります。つまり、「本人に能力がない」のではなく、「考えられる環境が整っていない」場合もあるのです。
これは学校や職場でも同じです。騒がしい場所で説明されると理解しづらい人がいます。急かされると判断できなくなる人がいます。専門用語だらけだと、心の中で「日本語でお願いします会議」が始まる人もいます。そんなときに、「理解力がない」と決めるのは早いのです。まず、説明の仕方や環境を整えることが大切です。
ヘルマンさんの研究から日常に持ち帰れる知恵は、「相手の選択の奥にある理由を見ようとすること」です。
人が何かを選ぶとき、そこには情報だけでなく、感情、価値観、過去の経験、人間関係、恐れ、希望が混ざっています。選択とは、頭の会議だけではなく、心の町内会でもあるのです。いろいろな住人が発言します。「安全第一さん」「不安さん」「希望さん」「過去の経験さん」「家族を大事にしたいさん」。全員が一斉にしゃべるので、本人も混乱することがあります。
だから、誰かの選択が理解できないときは、すぐに「間違っている」と切らずに、こう聞いてみるとよいです。
「そう考えた理由を聞いてもいいですか」
「何が一番気になっていますか」
「その選択で大切にしたいことは何ですか」
「不安なところはどこですか」
こういう問いは、相手の心の扉をこじ開けるものではありません。そっとノックするものです。返事があれば聞く。まだ話せないなら待つ。これが、相手の自己決定を尊重する関わり方につながります。
もちろん、本人の選択が明らかに危険を伴う場合には、支援者や医療者が安全を考える必要があります。ただし、その場合でも、「あなたはわかっていないからダメです」と押さえ込むのではなく、「どこまで理解できているか」「どこに不安や誤解があるか」「どんな説明や支援があれば考えやすいか」を丁寧に見ることが大切です。人の選択を尊重することと、放っておくことは違います。尊重とは、相手をひとりで荒野に置き去りにすることではなく、相手の手からハンドルを奪わずに、見通しの悪い道でライトを照らすことです。
ヘレナ・ヘルマンさんの研究が教えてくれるのは、人間の判断は、冷たい計算だけではできていないということです。そこには、感情があります。価値観があります。人生の物語があります。だからこそ、医療や支援の場面で大切なのは、「正しい情報を伝えること」だけではなく、「その人が何を大切にしているのか」を聞くことなのです。
人は、説明書どおりに動く家電ではありません。人生の傷や願いを抱えながら、その場その場で選んでいます。だから、誰かの選択を支えるときには、点数表だけでは足りません。耳と、言葉と、少しの想像力が必要です。
ヘルマンさんの研究は、こう語りかけているように感じます。
人の決定を評価するとき、その人の頭だけを見ないでください。
心も、価値観も、人生の背景も見てください。
そして、本人が自分の言葉で選べるように、周りが環境を整えてください。
意思決定を支えるとは、相手の代わりに答えを出すことではありません。相手が自分の答えに近づけるように、暗い部屋に小さな灯りを置くことです。ヘルマンさんの研究は、その灯りの置き方を、医療倫理と心理学の間からそっと教えてくれているのです。

ヘレナ・ヘルマン(Helena Hermann)の論文一覧
1.『セルフ・コンパッションと全体的自己肯定感は、日々のポジティブ感情・ネガティブ感情、そしてストレスへの揺れやすさとどう結びつくのか:スマートフォン調査から見えてきたこと』トビアス・クリーガー、ヘレナ・ヘルマン、ヨハネス・ツィンマーマン、マルティン・グロッセ・ホルトフォルト(2015)
Krieger, T., Hermann, H., Zimmermann, J., & Grosse Holtforth, M. (2015). Associations of self-compassion and global self-esteem with positive and negative affect and stress reactivity in daily life: Findings from a smart phone study. Personality and Individual Differences, 87, 288-292. DOI:10.1016/j.paid.2015.08.009
「自分にやさしい人」と「自分を高く評価できる人」、毎日のしんどさに強いのはどっちでしょう。そんな気になる勝負を、スマホを使って14日間の生活の中で追いかけた論文です。読んでいくと、気分の波やストレスへの反応に、心の持ち方がじわっと効いているのが見えてきます。あなたの“いつもの落ち込み方”にも、小さなヒントをくれる一本です。

