マーク・R・リアリー(Mark R. Leary)の論文一覧:心はひとりで落ち込んでいるようで、だいたい誰かを気にしている研究室

マーク・R・リアリー(Leary)の論文を読む女性
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マーク・R・リアリー(Mark R. Leary)のプロフィール

マーク・R・リアリーは、「人はなぜ他人の目をこんなに気にしてしまうのか」を、かなり本気で、しかも長年追いかけてきたアメリカの心理学者です。デューク大学で心理学と神経科学の教授を務め、現在は名誉教授という立場にあります。学部はウェストバージニア・ウェズリアン・カレッジ、大学院はフロリダ大学で学び、その後はデニソン大学、テキサス大学オースティン校、ウェイクフォレスト大学などでも教えてきました。研究者としての歩みが、きれいに“心理学の街道”を走っている感じです。

リアリーの研究テーマをひとことで言うなら、「人の心は、じつはかなり人間関係でできている」ということです。とくに有名なのが、自尊心を“自分を好きかどうかの気分”ではなく、“自分が周囲に受け入れられているかを測るメーター”として考えるソシオメーター理論です。自己肯定感の話をしているようで、実はずっと「その人、仲間に入れてもらえてる?」という問いを見ている。ここがリアリーのおもしろいところです。

しかもこの人、研究の守備範囲が広いんです。自尊心だけでなく、自己意識、感情、動機づけ、対人関係、自己へのとらわれすぎが生むしんどさ、さらにはセルフ・コンパッションまで扱っています。要するに、「人はどうして自分のことを考えすぎて疲れるのか」「どうすればもう少し楽に生きられるのか」を、学問の言葉で丁寧にほぐしてきた人と言えます。40年以上にわたって研究、執筆、教育を続け、一般向けの執筆や講演も行っています。

ちょっとおもしろく言うなら、リアリーは「心の中のざわざわ」を、白衣を着て追いかけてきた人です。「なんであの一言がこんなに刺さるの?」「なんで嫌われた気がすると急に自分がちっちゃく見えるの?」みたいな、誰でも一度は経験するあの感じを、気合いで流さず、ちゃんと研究テーマにしてしまった。そういう意味で、彼の論文は冷たい理論書というより、「人間って、めんどうだけど、わかるとちょっと優しくなれるよね」という本棚の住人です。

参考文献・確認先:デューク大学 Scholars@Duke:Mark R. Leary 公式プロフィール / デューク大学 John Hope Franklin Center:Mark R. Leary プロフィール / Google Scholar:Mark R. Leary 論文・引用情報 / PubMed:Mark R. Leary 関連論文 / Springer Nature:ソシオメーター理論の解説

阿部牧歌(管理人)
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マーク・R・リアリー(Mark R. Leary)の研究から学べること

マーク・R・リアリーさんの研究から学べることを、ひとことで言うなら、「自尊心とは、ただ自分を好きになるための気分メーターではなく、“人とのつながりが大丈夫か”を知らせる心の警報機である」ということです。

自尊心というと、よく「自分を信じよう」「自分を好きになろう」「鏡の前で私は最高と言おう」みたいな話になりがちです。もちろん、自分を大切にすることは大事です。でもリアリーさんの研究を見ると、自尊心は単なる自己応援団ではありません。もっと社会的で、もっと人間くさいものです。

リアリーさんは、デューク大学の心理学・神経科学の教授で、自尊心、社会的な受け入れと拒絶、自分への思いやり、自己意識などを研究してきた心理学者です。特に有名なのが、「自尊心は、人から受け入れられているか、拒絶されているかを感じ取る心の計器である」という考え方です。これは「ソシオメーター理論」と呼ばれますが、ここではむずかしく言わずに「人間関係メーター」と呼んでしまいましょう。心の中にある、ちょっと敏感なガソリン計みたいなものです。

この「人間関係メーター」の考え方は、とてもわかりやすいです。

誰かにほめられたり、誘われたり、受け入れられたりすると、自尊心は少し上がります。心の中で「よし、自分はここにいてもよさそうだ」とランプが点く。反対に、無視されたり、仲間外れにされたり、冷たく扱われたりすると、自尊心は下がります。「あれ、自分は大事にされていないのかな」と警報が鳴る。リアリーさんたちの有名な論文では、自尊心は対人関係を監視するしくみとして考えられ、人が社会的な受け入れや拒絶のサインに反応するものだと説明されています。

つまり、自尊心が下がるのは、必ずしも「あなたが弱いから」ではありません。人間が社会的な生き物だからです。

人は、ひとりで完全に平気なように作られていません。もちろん、ひとり時間は大切です。ひとりでコーヒーを飲んだり、本を読んだり、唐突に部屋の模様替えを始めたりする時間も人生には必要です。でも、人間は深いところで「誰かに受け入れられているか」を気にする生き物です。これは、承認欲求が強すぎるとか、かまってちゃんだとか、そういう単純な話ではありません。昔から人は集団の中で生きのびてきたので、仲間から外れることは大きな危険でした。だから、心には「つながりの危険」を知らせる装置があるのです。

たとえば、職場であいさつをしたのに返ってこなかったとします。頭では「聞こえなかっただけかも」と思えます。でも心はすぐに小さな会議を開きます。

「嫌われた?」

「何かした?」

「昨日のあの発言?」

「え、退職届の準備?」

心の中の小役人たちが、書類を抱えて走り回ります。もちろん、実際には相手が眠かっただけかもしれません。イヤホンをしていただけかもしれません。でも、自尊心のメーターは敏感なので、拒絶の可能性を感じるとピピッと反応するのです。

ここから学べる一つ目の知恵は、「自尊心の上下に振り回されすぎないこと」です。

自尊心が下がったとき、「自分は価値がない」と決めつける必要はありません。それは、あなたの存在価値の最終判決ではなく、心のメーターが「今、人とのつながりに不安を感じていますよ」と知らせているだけかもしれません。車のガソリンランプが点いたからといって、車そのものがダメなわけではありませんよね。ただ、燃料が少ない、またはセンサーが反応しているだけです。自尊心も同じです。下がったときは、「私はダメだ」ではなく、「いま私は、受け入れられている感覚が少し弱くなっているのかも」と見てみるとよいのです。

二つ目の知恵は、「自尊心を無理やり上げようとしすぎないこと」です。

リアリーさんの考え方では、人は本当は自尊心そのものを追いかけているというより、「人から大切にされること」「関係の中で価値ある存在として扱われること」を求めていると考えられます。つまり、自尊心は目的というより、結果を知らせる表示板に近いのです。

これは、体温計に似ています。熱があるとき、体温計を氷水につけて数字だけ下げても、体調はよくなりません。自尊心も同じです。「私はすごい」「私は最高」と唱えて数字だけ上げようとしても、人とのつながりや生活の土台が整っていなければ、心はなかなか納得してくれません。心の中の審査員が「その根拠は?」とメガネを上げてきます。ちょっと厳しい。

だから、自尊心を本当に安定させたいなら、「自分はすごい」と言い聞かせるだけでなく、安心できる関係、役に立てた実感、小さな達成、人とのつながりを増やしていくことが大切になります。自尊心は、空中に浮かぶ風船ではなく、人間関係や行動の地面から育つ草花のようなものです。

三つ目の知恵は、「拒絶の痛みを軽く見ないこと」です。

仲間外れ、無視、冷たい反応、からかい、孤立。こういうものは、見た目には小さく見えることがあります。「気にしすぎ」「そんなことで落ち込むの?」と言われることもあるでしょう。でも、人間関係メーターの視点から見ると、拒絶は心にかなり響きます。人に受け入れられたいという欲求は、人間のかなり基本的な部分にあるからです。

たとえば、会議で自分の発言だけスルーされる。友人グループの予定をあとで知る。メッセージに返事が来ない。こうしたことは、ひとつひとつは小石のように見えます。でも、靴の中に小石が入ったまま長く歩くと、かなり痛いですよね。社会的な拒絶も、それに似ています。小さいようで、じわじわ効きます。

だから、誰かが「仲間に入れてもらえなかった」「冷たくされた気がする」と話したとき、すぐに「考えすぎ」と片づけないほうがいいのです。まず、「それは不安になりますね」と受け止める。事実確認はそのあとでいいのです。人は、気持ちを否定されると、事実を一緒に見る余裕もなくなります。心の扉が、ガラガラガラッと閉店してしまいます。

リアリーさんは、自分への思いやりに関する研究でも知られています。自分への思いやりとは、自分を甘やかすことではなく、失敗したときや苦しいときに、自分を人間として扱うことです。つまり、失敗した自分に対して、いきなり心の裁判官を呼ばない。まず保健室の先生を呼ぶ。こういう感じです。自分への思いやりは、自己批判や恥の感情と関係し、心の健康を支える考え方として研究されています。

これも、自尊心の話とよくつながります。

自尊心だけに頼っていると、うまくいった日は「自分、最高!」となりますが、失敗した日は「自分、終了!」となりやすい。心が株価チャートみたいに乱高下します。上がった日はご機嫌、下がった日は大暴落。なかなか忙しいです。

でも、自分への思いやりがあると、失敗した日でも少し踏みとどまれます。

「失敗した。だから自分に価値がない」ではなく、

「失敗した。つらい。でも人間だから失敗することもある。次に何ができるか考えよう」

こう言えると、心は少し回復しやすくなります。これは甘えではありません。むしろ、次へ進むための回復作業です。折れた枝に「なんで折れたんだ!」と怒鳴っても木は元気になりません。まず支柱を立てる。水をやる。そこからです。

リアリーさんの研究から、支援や職場で学べることもたくさんあります。

たとえば、利用者さんや部下が自信をなくしているとき、「もっと自信を持ってください」と言っても、あまり効かないことがあります。自信は、ボタンを押して点灯する照明ではないからです。むしろ、本人が「ここにいてもいい」「自分の行動には意味がある」「自分は完全でなくても受け入れられる」と感じられる経験を重ねることが大切です。

小さな役割を任せる。

できたことを具体的に伝える。

失敗しても人格否定しない。

相談しても迷惑ではないと伝える。

本人の話を最後まで聞く。

こうした関わりが、自尊心の土台になります。自尊心は「あなたはすごい!」という派手な花火だけで育つのではありません。むしろ、日々の小さな安心の積み重ねで育ちます。地味ですが、効きます。味噌汁のだしみたいなものです。見えないけれど、あると全体が変わります。

また、リアリーさんの研究は、私たちに「自分を気にしすぎる心」との付き合い方も教えてくれます。人はどうしても、「どう見られているか」を気にします。発言が変じゃなかったか。嫌われていないか。浮いていないか。評価されているか。心の中に、小さな広報担当が常駐しているわけです。しかもこの広報担当、たまに過労気味で、どうでもいい場面まで記者会見を開きます。

でも、「人からどう見られるか」を完全に気にしない人になる必要はありません。それはそれで社会生活が難しくなります。大切なのは、気にしすぎて自分をつぶさないことです。

「あの人にどう思われたかな」と思ったら、

「今、人間関係メーターが反応しているな」

「でも、これは事実ではなく不安かもしれない」

「確認できることと、想像していることを分けよう」

「自分を責める前に、少し落ち着こう」

こうやって、心のメーターを眺める。メーターに命令されるのではなく、メーターを情報として使うのです。

マーク・R・リアリーさんの研究が教えてくれるのは、自尊心とは「自分をどれだけ高く評価できるか」という単純な話ではないということです。自尊心は、人とのつながり、受け入れられている感覚、拒絶への不安、自分への思いやりと深く関わっています。

だから、自尊心が揺れる自分を責めなくていいのです。揺れるのは、人間がつながりの中で生きているからです。大切なのは、その揺れを「存在価値の判決」にしないことです。

自尊心が下がった日は、こう考えてみるとよいです。

「私はダメなのではなく、今、心がつながりの不安を感じているのかもしれない」

「誰かに大切にされたいと思うのは、恥ずかしいことではない」

「失敗した自分にも、少しやさしくしていい」

人間は、完全に自立した鉄のロボットではありません。傷つきます。気にします。受け入れられたいと思います。それは弱さではなく、人間らしさです。

リアリーさんの研究は、その人間らしさを、心理学の言葉でそっと照らしてくれます。自尊心は、心の王冠ではありません。人とのつながりを知らせる小さなランプです。ランプが点滅したら、「自分は価値がない」と泣き崩れる前に、「今、つながりの燃料が少し足りないのかも」と見てみる。誰かと話す。小さな役割を果たす。自分を責めすぎない。

そうやって、心のメーターを整えていくことが、リアリーさんの研究から日常へ持ち帰れる、あたたかくて実用的な知恵なのです。

阿部牧歌(管理人)
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マーク・R・リアリー(Mark R. Leary)の論文一覧

1.『自己肯定感とは何か、そして何のためにあるのか――ソシオメーター理論』マーク・R・リアリー、ロイ・F・バウマイスター(2000)

Leary, M. R., & Baumeister, R. F. (2000). The nature and function of self-esteem: Sociometer theory. Advances in Experimental Social Psychology, 32, 1–62. DOI:10.1016/S0065-2601(00)80003-9

「自己肯定感って、自分を好きかどうかの話でしょ?」と思ったら、この論文が静かに「半分正解、でも本丸はそこじゃない」と返してきます。LearyとBaumeisterは、自尊心を“心の飾り”ではなく、“人間関係の警報機”として描きました。つまり、自己肯定感が下がるとき、心は「あなたの価値がゼロです」と言っているのではなく、「いま、受け入れられ感が減ってません?」と知らせているのかもしれない。自分の心が急に対人センサーに見えてくる、なかなか面白い論文です。

阿部牧歌(管理人)
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この論文の要約を読む
【心理学論文】自己肯定感はなぜ必要なのか? ソシオメーター理論が示した3つの視点
【心理学論文】自己肯定感はなぜ必要なのか? ソシオメーター理論が示した3つの視点

2.『人はなぜ「つながり」を求めるのか-対人関係への欲求は、人間にとって根源的な動機である』ロイ・F・バウマイスター、マーク・R・リアリー(1995)

Baumeister, R. F., & Leary, M. R. (1995). The need to belong: Desire for interpersonal attachments as a fundamental human motivation. Psychological Bulletin, 117(3), 497-529. DOI: 10.1037/0033-2909.117.3.497

「人はパンだけでは生きられない」と言いますが、この論文はそこにひとこと足します。
「いや、人は“つながり”がないと、かなりしんどい」です。
BaumeisterとLearyは、恋愛でも友情でも職場でも、人がだれかと安定した関係を求めるのは、気分の問題ではなく“心の基本装備”だと論じました。孤独で心がぐらつくのも、じつは自然な反応。
人間関係でへとへとになった日ほど、「それでも人はなぜ人を求めるのか」が見えてくる、そんな一本です。

阿部牧歌(管理人)
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この論文の要約を読む
【10分で読める】人間関係はなぜこんなに大事なのか? belongingness理論の名論文を要約
【10分で読める】人間関係はなぜこんなに大事なのか? belongingness理論の名論文を要約
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