ユルゲン・メース(Jürgen Maes)の論文一覧:心の動きを、まじめな顔でじわじわ追いかけた研究たち

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ユルゲン・メース(Jürgen Maes)のプロフィール

ユルゲン・メース(Jürgen Maes)は、ドイツの心理学者で、主に「公平さ」「正義感」「対立」「感情」「教育心理」などを研究してきた人物です。現在の公開情報では、ミュンヘン連邦軍大学の人間科学部・心理学研究所に関わる研究者として紹介されており、専門は社会心理学・対立心理学とされています。大学のスタッフ一覧にも「社会・対立心理学」の教授として名前が掲載されています。

この人をものすごくざっくり言うなら、
「人はなぜ“不公平だ!”と感じるのかを、虫眼鏡と定規と温度計を持って調べてきた心理学者」
です。

たとえば、誰かが理不尽な目にあったとき、人はすぐにこう思いますよね。

「それはひどい」
「ちゃんと報われてほしい」
「でも、もしかして本人にも原因があったのでは?」

この最後のところが、なかなか人間の心のややこしい場所です。メースは、こうした「世界は公平であってほしい」という人間の願いや、そこから生まれる判断、感情、対立を研究してきました。いわば、心の中にある“小さな裁判所”をのぞき込む研究者です。裁判官は自分、証人も自分、しかもときどき証拠より気分が強い。人間の心、なかなか忙しい法廷です。

メースの研究でよく関わるテーマに、「公正世界信念」があります。これは、簡単に言うと、「世の中はだいたい公平で、よいことをした人は報われ、悪いことをした人は罰を受けるはずだ」という考え方です。ただし、この考え方は、心を支える力にもなれば、被害にあった人を責めてしまう危うさにもつながります。メースはこのテーマについて、「すぐに報いがあると考える正義」と「いつか最終的には報われると考える正義」を区別する研究でも知られています。

ここがおもしろいところです。

「世界は公平であってほしい」と思うこと自体は、悪いことではありません。むしろ、それがあるから人は努力できたり、つらい出来事の中でも希望を持てたりします。でも、その思いが強すぎると、目の前で傷ついている人に対して、
「何か原因があったんじゃないの?」
と考えてしまうことがある。
つまり、正義感は、心の中で白馬に乗って現れることもあれば、うっかり長靴で花壇を踏むこともあるわけです。

また、メースは教育心理学、感情、社会心理学の分野でも研究しており、ResearchGateでは、教育心理学、感情、社会心理学に関心を持ち、現在の研究課題として社会的対立における正義判断が紹介されています。 学校場面における公正世界信念についても、クラウディア・ダルバートとの共著で研究しており、学校で生徒が「先生は公平か」「成績や注意のされ方は納得できるか」と感じる問題にも関わっています。

つまりメースさんは、机の上だけで「正義とは何か」と腕組みしているタイプではなく、学校、社会的対立、人間関係、感情のぶつかり合いの中で、人がどのように公平・不公平を感じるのかを見ようとしてきた人です。

さらに、2012年にはエリザベート・カルスとともに『Justice and Conflicts』という、公正さと対立をテーマにした学術書の編集にも関わっています。これはまさに、メースの関心が「正義感は人を助けるのか、それとも対立を燃やすのか」という、人間社会の火種と水差しの両方に向いていることを示しています。

参考文献・確認先: ResearchGate:Jürgen Maes プロフィール / Google Scholar:Jürgen Maes 論文・引用情報 / PubMed:Jürgen Maes 関連論文 / Springer:公正世界信念に関する代表論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ユルゲン・メース(Jürgen Maes)の研究から学べること

ユルゲン・メースさんの研究から学べることを、ひとことで言うなら、「人の心には“不公平センサー”があり、そのセンサーの向きや感度は人によってかなり違う」ということです。

これ、日常でもよくありますよね。同じ出来事を見ても、ある人は「まあ、そういうこともあるよね」と流します。ところが別の人は、「いや、それはおかしいでしょう。心の裁判所、ただいま開廷です」となります。眉間に小さな雷雲が生まれ、頭の中で木槌がカンカン鳴り出す。人間の正義感というのは、なかなか忙しい生き物です。

メースさんは、マンフレート・シュミットさんらとともに、「公正さへの敏感さ」、つまり不公平にどのくらい気づきやすく、どのくらい強く反応するかを研究してきた心理学者です。2005年の研究では、公正さへの敏感さを「自分が被害を受けたとき」「他人が不公平に扱われているのを見たとき」「自分が誰かを不公平に扱ってしまったとき」という複数の立場から測る尺度が作られています。

ここがとても面白いところです。

ふつう「正義感が強い」と言うと、ひとまとめにしがちです。でも、メースさんたちの研究から見ると、正義感にも種類があります。

自分が損をしたときに強く反応する人がいます。「なんで私だけ?」という感覚に敏感な人です。これは、自分を守るためのアンテナです。

一方で、誰かが不当に扱われているのを見ると、黙っていられない人もいます。「それはその人がかわいそうでしょう」と感じる力です。これは、他者を守るためのアンテナです。

さらに、自分が誰かを傷つけたり、不公平に扱ってしまったかもしれないと気にする人もいます。「今の言い方、きつかったかな」「自分だけ得をしていないかな」と感じる力です。これは、自分の加害性に気づくアンテナです。

つまり、不公平センサーには、いくつかのチャンネルがあるのです。ラジオで言えば、「自分が損した局」「他人が傷ついた局」「自分が加害者かも局」「自分だけ得してしまった局」みたいな感じです。なかなか放送局が多い。心の中の電波塔、大忙しです。

メースさんたちの2010年の研究では、公正さへの敏感さをさらに四つの要素として整理しています。自分が被害者になることへの敏感さ、他人の不公平を見たときの敏感さ、自分が得をしてしまうことへの敏感さ、自分が加害者になることへの敏感さです。大規模な調査によって、これらを測る質問票の性質が検討されています。

ここから学べる一つ目の知恵は、「不公平への反応は、ただのわがままではない」ということです。

たとえば、職場で「私だけ仕事が多い気がします」と言う人がいたとします。周りは「また不満を言っている」と感じるかもしれません。でも本人の中では、「自分が軽く扱われている」「努力が見えていない」「ルールが公平ではない」という感覚が強く鳴っているのかもしれません。もちろん、実際に不公平かどうかは確認が必要です。でも、まず「そう感じる背景があるのかもしれない」と見ることが大切です。

不公平感は、心の煙探知機のようなものです。鳴ったからといって、必ず大火事とは限りません。トーストが少し焦げただけのこともあります。でも、鳴っているのに「うるさい」と電池を抜いてしまうと、本当の火事を見逃します。だから大切なのは、鳴った理由を確認することです。

二つ目の知恵は、「自分の不公平センサーのクセを知ること」です。

自分は、どんな場面で強く反応するのか。

自分が損したときなのか。

誰かが不当に扱われているのを見たときなのか。

自分だけ得をしたときなのか。

自分が誰かを傷つけたかもしれないときなのか。

ここを知ると、自分の怒りや不安を扱いやすくなります。たとえば、自分が損をしたと感じる場面で強く反応しやすい人は、「今、自分の被害者センサーが強く鳴っているな」と気づけます。気づくだけで、怒りに飲み込まれる前に一呼吸置けます。

これは、自分を否定するためではありません。むしろ、自分の心の説明書を読むことです。人間は、買ったときに取扱説明書がついてきません。だから人生の途中で「自分、こういうボタンを押すと音が鳴るんだな」と知っていく必要があるのです。

三つ目の知恵は、「正義感は、使い方を間違えると人間関係をこじらせる」ということです。

不公平に気づける力は、とても大切です。いじめ、差別、えこひいき、職場の不当な扱い。こういうものを見逃さないためには、公正さへの敏感さが必要です。社会にとって、正義感は大事な警備員です。

でも、警備員さんが敏感すぎると、宅配便の人まで不審者扱いしてしまいます。つまり、不公平センサーが強すぎると、相手のちょっとした言葉や表情まで「自分を軽く見ているのでは」「わざと不公平にしているのでは」と受け取りやすくなることがあります。

そうなると、日常がしんどくなります。人の言葉を毎回、証拠品のように検査する。相手の態度を全部、裁判資料にする。心の検察官が過労です。こういう状態では、自分も疲れるし、周りも緊張します。

だから、「不公平だ」と感じたときは、すぐに判決を出す前に、少し整理することが役立ちます。

何が起きたのか。

自分は何を不公平だと感じたのか。

相手に悪意があったのか、それとも説明不足や手違いなのか。

自分はどうしてほしいのか。

これを整理すると、怒りが少し言葉になります。怒りは、そのままだと火の玉です。でも言葉にすると、たいまつになります。燃やすだけでなく、照らすことができるのです。

四つ目の知恵は、「公平さは、結果だけでなく“決め方”にも関係する」ということです。

人は、結果が自分の思い通りにならなくても、決め方が公平だと感じられれば、まだ受け入れやすいことがあります。逆に、結果がそれほど悪くなくても、決め方が不透明だと不満が残ります。

「誰が決めたのか」

「理由は説明されたのか」

「意見を聞いてもらえたのか」

「ルールは全員に同じように適用されたのか」

こういう点が大切なのです。メースさんたちが関わる公正さへの敏感さの研究は、個人がこうした不公平や不公正をどのように感じ取るかを理解するための土台になります。

これは職場や支援の現場でかなり重要です。

たとえば、作業の割り振りを決めるとき、ただ「これでお願いします」と伝えるだけだと、人によっては「なぜ自分だけ?」と感じるかもしれません。でも、「今日はこの理由でこの分担にしています」「次回は調整します」「負担が大きければ教えてください」と伝えると、公平さが見えやすくなります。

公平さは、実際に公平であることも大事ですが、「公平だと伝わること」も大事です。せっかく丁寧に考えていても、説明がなければ、相手には見えません。見えない公平は、相手にとって存在しないのと同じになってしまうことがあります。透明性は、人間関係の窓ふきです。窓が曇っていると、外が晴れていても暗く見えるのです。

五つ目の知恵は、「他人の不公平感をすぐ否定しないこと」です。

誰かが「不公平だ」と言ったとき、周りはつい「そんなことないよ」「気にしすぎだよ」と言いたくなります。でも、その言葉は、相手の不公平感にふたをするだけになることがあります。ふたをされた鍋は、火がついていると余計に危ないです。圧力鍋になります。

まずは、「どの部分が不公平に感じたのか」を聞くことが大切です。

「そう感じたんですね」

「どこが一番納得しにくかったですか」

「どんな説明があれば受け止めやすかったですか」

「次からどうすると公平に感じやすいですか」

こう聞くと、不公平感は対話の材料になります。相手をわがままと決めつけるのではなく、関係や仕組みを整えるきっかけにできるのです。

もちろん、不公平感がいつも事実と一致するわけではありません。誤解もあります。思い込みもあります。過去の経験が反応していることもあります。だからこそ、否定ではなく確認が必要なのです。

支援の場面では、この視点がとても役立ちます。

利用者さんが「自分だけ注意された」と感じている。職員さんが「自分だけ負担が多い」と感じている。家族が「こちらの苦労をわかってもらえない」と感じている。こうした場面では、すぐに正誤を裁くより、まず不公平感の中身を整理することが大切です。

「実際に何が起きたか」

「本人はどう受け取ったか」

「どの点がつらかったか」

「次に同じことが起きないためには何が必要か」

この順番で見ていくと、不満がただの爆発ではなく、改善の材料になります。火山の噴火を、温泉づくりに変えるようなものです。難しいですが、できるとかなり価値があります。

ユルゲン・メースさんの研究が教えてくれるのは、公平さへの感覚は、人間関係のかなり深いところにあるということです。

人は、自分が大切に扱われているかを見ています。

人は、他人が不当に扱われていないかも見ています。

人は、自分が誰かを傷つけていないかも気にします。

そして、その感じ方には個人差があります。

だから、公平さを考えることは、ただのルールづくりではありません。人の尊厳、安心、信頼に関わる話なのです。

公平さは、人間関係の床のようなものです。普段はあまり意識しません。でも、床が傾いていると、そこに立つ人は落ち着きません。少しずつ不安になります。逆に、床がしっかりしていると、人は安心して歩けます。

メースさんの研究は、その床の傾きに気づくための研究です。

「誰が損をしているのか」

「誰が傷ついているのか」

「誰が説明を受けていないのか」

「誰が自分の加害性に気づいているのか」

そうした問いを持つことで、私たちは人間関係や職場、支援の場を少しずつ整えることができます。

不公平センサーは、やっかいなものではありません。大切な警報機です。ただし、鳴ったらすぐ爆発するのではなく、何が起きているのかを確認する。自分の感度を知る。相手の感じ方も聞く。そして、必要なら仕組みを直す。

ユルゲン・メースさんの研究は、私たちにこう教えてくれます。正義感とは、相手を責めるためだけの剣ではありません。自分と他人が、もう少し安心して同じ場所に立てるようにするための道具なのです。公平さへの感覚を、怒りの炎ではなく、関係を照らすランタンとして使うこと。そこに、日常で活かせる大切な知恵があります。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ユルゲン・メース(Jürgen Maes)の論文一覧

1.『自己肯定感は人生を通してどう育っていくのか ドイツの大規模縦断調査が明かした生涯発達の軌跡』ウルリッヒ・オルト、ユルゲン・メース、マンフレート・シュミット(2015)

Orth, U., Maes, J., & Schmitt, M.(2015). Self-esteem development across the life span: A longitudinal study with a large sample from Germany. Developmental Psychology, 51(2), 248–259. DOI:10.1037/a0038481

「自己肯定感って、若いうちに完成して、その後はずっと同じなんでしょ?」と思っている人に、この論文は静かに「いや、そうでもないんです」と返してきます。ドイツの大規模な縦断調査をもとに、14歳から89歳までの自己肯定感の変化を追いかけたところ、自己肯定感は若い時期から中年にかけて高まり、60歳ごろでピークを迎え、その後は下がる傾向が見られました。つまり心にも年齢ごとの波がある。自分を“固定キャラ”だと思いがちな人ほど、ちょっと読みたくなる論文です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
【論文要約】自己肯定感は一生同じじゃない? ドイツの大規模研究が明かした心の変化
【論文要約】自己肯定感は一生同じじゃない? ドイツの大規模研究が明かした心の変化
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