ウェンディ・ウッド(Wendy Wood)の論文一覧:「やる気が出たらやる」部を廃部にし、習慣の自動運転を研究した心理学者
ウェンディ・ウッド(Wendy Wood)のプロフィール
ウェンディ・ウッドは、「明日から本気出す」と何度も言ってきた人類の横で、静かにメモを取り続けてきた心理学者です。
私たちは何かを変えたいとき、つい自分に気合いを入れます。「よし、今日から早起きだ」「甘いものは控える」「帰宅したら勉強する」。ところが三日後には、目覚まし時計と話し合いをはじめ、机の前ではなぜか動画を見ている。そんな自分に対して、「意志が弱いんだ」と反省会を開いてしまう人も多いでしょう。
けれどウッドは、そこで少し待ったをかけます。
「本当に、ぜんぶ意志のせいでしょうか?」
彼女が長年見つめてきたのは、人の行動をひそかに動かしている「習慣」の力です。習慣とは、同じ場所、同じ時間、同じきっかけのなかで何度も繰り返された行動が、だんだん半自動になる仕組みのこと。朝、歯ブラシを持てば歯を磨く。コンビニに入ると、つい同じお菓子を買う。仕事で疲れると、気づけばスマートフォンを開いている。頭の中の小さな係員が、「はいはい、いつもの流れですね」と、こちらの許可を待たずに動き出すようなものです。
もちろん、その係員は敵ではありません。毎日すべてをゼロから考えていたら、「靴下はどちらから履こうか」で午前中が終わってしまいます。習慣は、私たちの判断の手間を省き、生活をなめらかに進めてくれる便利な仕組みです。問題は、昔は役に立っていた行動が、今の自分には合わなくなっていても、係員だけが律儀に勤務を続けてしまうことです。
ウッドの研究は、「変われない人」を根性不足として裁くよりも、「変わりにくい仕組み」を理解しようとします。悪い習慣をやめたいなら、ただ我慢するだけではなく、行動が始まる場面そのものを見直す。良い習慣を身につけたいなら、気合いを毎朝しぼり出すより、やりやすい場所や順番をつくる。つまり彼女は、人生を大声で叱りつけるのではなく、生活の舞台装置を少しずつ動かす方法を教えてくれるのです。
アメリカの大学で心理学を学び、長く大学で研究と教育に携わってきたウッドは、習慣だけでなく、人がどう判断し、どう行動を変えていくのかを幅広く研究してきました。テキサスA&M大学、デューク大学を経て、南カリフォルニア大学で心理学とビジネスの教授を務め、現在は名誉教授として知られています。研究の世界で長く歩いてきた彼女の視線は、いつも「人はなぜ、わかっているのにできないのか」という、あまりにも身近で、少し切実な問いに向いています。
ウェンディ・ウッドの仕事を読むと、「自分を変える」とは、自分を毎日しかることではないのだと気づかされます。むしろ、自分がどんな場面でつまずき、どんな流れで動き、どんな小さなごほうびに引っぱられているのかを、責めずに観察すること。人生の操縦席に座るのは意志だけではありません。習慣という、無口だけれど働き者の副操縦士も、いつも隣にいるのです。
参考文献・確認先:ウェンディ・ウッド 公式プロフィール(南カリフォルニア大学) / Google Scholar:Wendy Wood 論文・引用情報 / PubMed:Wendy Wood 関連論文

ウェンディ・ウッド(Wendy Wood)の研究から学べること
「今度こそ早起きするぞ」
「今日から間食をやめるぞ」
「寝る前のスマホは、もう見ないぞ」
人は人生で何度、この“ぞ”を発行してきたのでしょう。決意表明は立派です。勢いもあります。初日の朝など、心のなかに小さな国会議事堂が建ち、「本日より健康的な市民として生きます」と拍手まで起こっています。
ところが翌朝。
布団「まだ寒いですよ」
スマホ「通知が一件あります」
心「今日は準備運動ということで」
……そして決意は、三日どころか三時間で行方不明になる。
こんなとき、私たちはつい自分を責めます。「意志が弱い」「だらしない」「やる気がない」。まるで心のなかに常駐している厳しめの監督が、腕組みをしながら採点表をつけているようです。
けれど、心理学者ウェンディ・ウッドの研究は、そんな反省会にちょっと待ったをかけます。
続かないことを、すべて「本人の根性不足」で説明しなくていい。人の行動は、やる気や決意だけで決まっているわけではないからです。私たちは、場所、時間、目に入るもの、直前にしていたことなど、日常の小さな合図に引っぱられながら生きています。
つまり人生は、毎日ゼロから考えて動く試験会場ではありません。むしろ、「いつもの場面」に入ると、「いつもの行動」がするりと出てくる、かなり手慣れた劇場です。
自分を責める前に、「場面」を見てみる
たとえば、仕事から帰ってくると、気づけばソファに座り、スマホを開き、動画を見始めている。
このとき、「動画が好きだから見ている」と言うこともできます。けれど実際には、帰宅、ソファ、疲れ、手元のスマホという一連の景色がそろった瞬間に、体がいつもの台本を読み始めているのかもしれません。
帰宅したらソファ。
ソファに座ったらスマホ。
スマホを開いたら動画。
動画を見たら、なぜか一時間。
人間、案外すごいのです。本人が「今日は早く寝よう」と思っていても、生活の流れが「はい、いつものコースはこちらです」と案内してくる。しかも案内係は非常に親切で、迷わせてくれません。
ウッドの研究から学べる一つ目のことは、変えたい行動があるときは、自分の性格より先に、その行動が起きる場面を観察することです。
「私はだめだ」ではなく、
「どんなときに、その行動が始まるのだろう」
「何が合図になっているのだろう」
「その前に、いつも何をしているだろう」
と考えてみる。
これは自分を甘やかすためではありません。むしろ、問題の居場所を正確に探すためです。犯人はあなたの人格ではなく、玄関からソファまでの動線にいるかもしれないのです。
よい習慣は、気合いより「始めやすさ」で育つ
私たちは変わろうとすると、すぐに大きな決意を掲げます。
「毎日一時間運動する」
「毎日二時間勉強する」
「毎日ていねいな暮らしをする」
たいへん立派です。ただし、いきなり立派すぎる目標は、生活の入口で靴を脱いでいるうちに帰ってしまうことがあります。
ウッドの研究が教えてくれるのは、よい習慣は「強い意志」だけで作るものではなく、その行動を始めるまでの面倒を減らすことで育ちやすくなるということです。
運動をしたいなら、運動着を見えない引き出しの奥にしまわない。帰宅後すぐ目に入る場所に置いておく。
本を読みたいなら、本棚にきれいに並べて満足しない。今読む本を、机や枕元に開いて置いておく。
朝に勉強したいなら、朝の自分へ難問を投げつけない。前夜のうちに机を整え、最初にする一問を決めておく。
人は、やる気があるから始めることもあります。しかし現実には、始めやすいから始め、その繰り返しのなかで「やるのが普通」になっていくことも少なくありません。
やる気は、立派な来客です。でも毎日来るとは限らない。
その点、習慣は無口な近所の人です。派手な応援はしませんが、玄関までの道が整っていれば、黙って毎日来てくれます。
やめたい習慣には、少しだけ「面倒」を置く
逆に、やめたい行動があるときはどうすればいいのでしょう。
ここで大切なのは、「絶対にしない」と自分へ命令することよりも、その行動を始めるまでに、ほんの少し面倒を置くことです。
夜の動画視聴を減らしたいなら、スマホを枕元ではなく別の部屋で充電する。
お菓子を食べすぎるなら、机の引き出しに常備しない。
衝動買いを減らしたいなら、通販サイトに登録した支払い情報を消しておく。
勉強中に通知が気になるなら、スマホを手の届かない場所へ置く。
この「ほんの少し面倒」が、思った以上に効きます。
人は強い決意を持っているようで、意外と「あと一手間」に弱い生き物です。動画を見るために、別の部屋までスマホを取りに行かなければならない。お菓子を買うために、わざわざ外へ出なければならない。その数十秒の間に、心のなかの別の声が出てきます。
「本当に今、必要かな」
「明日に回してもいいかな」
「いや、眠ろうかな」
この小さな間が、習慣の自動運転にブレーキをかけてくれます。
自分の心を説得し続けるのは、なかなか骨が折れます。けれど、部屋の配置や手順を少し変えることなら、今日からできます。
人生を変えるのは、ときに壮大な決意ではなく、「お菓子を目の前に置かない」という地味な引っ越し作業だったりするのです。
目標は地図、習慣は足どり
ウッドの研究では、目標と習慣は同じものではありません。
目標は、「こうなりたい」「ここへ行きたい」と方向を示してくれるものです。健康になりたい。資格を取りたい。人にやさしくしたい。生活を整えたい。目標は、人生の地図のような役割をします。
一方で習慣は、その地図を持って歩くときの足どりです。
どれほど素晴らしい地図を持っていても、毎朝の靴ひもを結ぶところで止まってしまえば、目的地には近づけません。そこで役に立つのが、「朝起きたら水を飲む」「机に座ったら一問だけ解く」「帰宅したら先に着替える」といった、小さな習慣です。
目標だけでは、遠くを見すぎて足元が消えてしまうことがあります。
習慣だけでは、どこへ向かっているのかわからなくなることがあります。
だから必要なのは、目標と習慣をけんかさせないことです。
「健康になりたい」という目標があるなら、「夕食後に十分歩く」という小さな行動を、毎日の流れに置く。
「本を読みたい」という目標があるなら、「歯みがきのあとに二ページ読む」という習慣を作る。
「部屋を整えたい」という目標があるなら、「寝る前に床のものを三つだけ戻す」と決める。
大きな理想を、小さな繰り返しに翻訳する。
これができると、人生は急に魔法のように変わるわけではありません。けれど、変わるための道が、少しずつ現実の床に敷かれていきます。
生活が変わると、習慣も揺らぐ
引っ越し、進学、転職、部署異動、結婚、子育て。人生には、ときどき生活の景色が大きく変わる時期があります。
こういうときは大変です。慣れた店が遠くなる。通勤経路が変わる。朝の時間の使い方が変わる。心は「前のやり方が通じない」と少し戸惑います。
でも、ウッドの研究から見ると、こうした変化は悪いことばかりではありません。
古い習慣は、いつもの場所や流れと結びついています。つまり、場所や流れが変われば、古い自動運転が少し弱まることがあるのです。
新しい職場に入ったとき。
新しい部屋に引っ越したとき。
生活リズムを組み直す必要が出てきたとき。
それは、古い習慣が通用しにくくなる不安定な時期でもありますが、新しい行動を置きやすい時期でもあります。
「環境が変わって落ち着かない」と感じるとき、すべてを元どおりにしようとしなくてもいいのかもしれません。その揺れのなかに、「これからの自分に合う習慣」を一つだけ植えてみる。
新生活の最初から完璧に整えなくて大丈夫です。まずは、新しい場所で水を飲む場所を決める。本を置く場所を決める。スマホを置かない時間を決める。それだけでも、生活は静かに新しい方向へ動き始めます。
変わるとは、自分を追い込むことではない
ウェンディ・ウッドの研究を読むと、少し肩の力が抜けます。
私たちは、「変わるためには、自分に厳しくしなければならない」と思いがちです。怠けるな。甘えるな。もっと本気を出せ。心のなかの監督は、今日も笛を鳴らしています。
けれど、変化は必ずしも自分を追い込むことではありません。
続けたい行動が始めやすいように、生活を整える。
やめたい行動が始まりにくいように、少し距離をつくる。
失敗したら、「自分は終わりだ」と判決を出すのではなく、「どんな場面で起きたのかな」と記録する。
それは、甘えではありません。人間の仕組みに合った、かなり賢い作戦です。
意志力だけで毎日を乗り切ろうとすると、心はずっと非常ベルを鳴らしているような状態になります。でも、よい習慣が育つと、がんばる前に体が動き始める日が出てきます。
歯をみがくとき、毎晩「今日は本当にみがくべきだろうか」と大演説しないように。
いつか、勉強も運動も片づけも、少しずつ「やるかどうか」の会議から外れていくかもしれません。
ウェンディ・ウッドが教えてくれるのは、意志の炎を大きくする方法だけではありません。
火が消えにくい場所を、暮らしのなかに作る方法です。
そしてそれは、自分を責めるための知識ではなく、自分が前に進みやすくなるための、やさしくて実用的な知恵なのです。

ウェンディ・ウッド(Wendy Wood)の論文一覧
1.『習慣をあらためて見つめる――「いつもの行動」と目標が出会う場所』ウェンディ・ウッド、デイヴィッド・T・ニール(2007)
Wood, W., & Neal, D. T. (2007). A New Look at Habits and the Habit–Goal Interface. Psychological Review, 114(4), 843–863. DOI:10.1037/0033-295X.114.4.843
「目標は立てたのに、なぜ帰宅するとソファに吸い込まれるの?」。この論文は、そんな人類とソファの長年の共犯関係を、習慣のしくみから読み解きます。ウッドとニールによれば、習慣は「意志の敗北」ではなく、場所や時間、直前の行動と結びついた自動運転。だから目標が「野菜を食べよう!」と叫んでも、いつものコンビニ、いつもの棚の前では、手がポテトチップスへ向かうことがあるのです。では、目標は無力なのか? いいえ。目標は習慣を育て、習慣は目標を助ける。気合いと自動運転の、少し複雑で妙に人間らしい関係を解き明かす一篇です。


2.『習慣は今日も同じ舞台をくり返す』デイヴィッド・T・ニール、ウェンディ・ウッド、ジェフリー・M・クイン(2006)
Neal, D. T., Wood, W., & Quinn, J. M. (2006). Habits—A Repeat Performance. Current Directions in Psychological Science, 15(4), 198–202. DOI:10.1111/j.1467-8721.2006.00435.x
「やめようと思ったのに、気づけばまたスマホを開いている」。この“気づけば”の正体を追いかけたのが本論文です。著者たちは、習慣を「意志の弱さ」ではなく、場所・時間・気分などの合図で勝手に再生される行動だと考えます。いつものソファ、いつもの帰り道、いつもの疲れた夜。舞台が整うと、脳内の再放送ボタンがポチッ。だから習慣を変えるには、根性を増量するより、行動が始まる場面を見直すほうが効くかもしれません。あなたの毎日で、何が勝手に再生されているでしょう?

