トーマス・A・ウィルズ(Thomas A. Wills)の論文一覧:ストレスの雨の日に、心へ傘をさす社会的支援の心理学さんぽ
トーマス・A・ウィルズ(Thomas A. Wills)のプロフィール
トーマス・A・ウィルズ(Thomas A. Wills)は、ひとことで言うと、「人はストレスにどう押しつぶされずにすむのか」を、社会的支援や対処行動の面から研究してきた心理学者です。名前を日本語っぽく言えば、トーマス・アシュビー・ウィルズさん。なんだか英国紳士が紅茶を片手に「君、そのストレスには人間関係というクッションを置きたまえ」と言ってくれそうな名前ですが、研究内容はとても実用的です。
特に有名なのは、シェルドン・コーエンさんとの1985年の論文「ストレス、社会的支援、緩衝仮説」です。この論文では、人とのつながりや支えが、ストレスの悪影響をやわらげるのではないか、という考えを整理しました。つまり、社会的支援は心の防弾チョッキというより、日常の中に置いてある“やわらかい座布団”みたいなものです。人生がドスンと落ちてきたとき、その衝撃を少し受け止めてくれるわけですね。
ウィルズさんの研究テーマは、社会的支援だけではありません。青年期のたばこ、飲酒、薬物使用などのリスク行動についても多く研究しています。たとえば、親からの支援や友人からの影響が、若者の物質使用にどう関係するのかを調べています。ここが面白いところで、「支援」と聞くと全部よさそうに聞こえますが、友人関係の種類によっては、よい方向にも悪い方向にも転がることがある。つまり人間関係は、薬にもなるし、時には“ポテチを一袋開けたら止まらない装置”にもなる、ということです。
所属としては、過去にはコーネル大学医学部、アルベルト・アインシュタイン医科大学などに関わり、近年はハワイ大学がんセンターの予防研究分野にも関係しています。ハワイと聞くと、つい青い海とパンケーキが頭に浮かびますが、ウィルズさんの場合は、そこで若者の健康行動や喫煙、電子たばこなどの研究にも取り組んでいます。南国の風の中で、研究テーマはなかなかシリアスです。
ウィルズさんの研究をやさしく言うなら、**「人はひとりで頑張る生き物ではなく、まわりの支え方によって、折れ方も、立ち直り方も変わる」**ということを、データを使って確かめてきた人です。ストレスがあるとき、人は気合いだけでは乗り切れません。気合いは大事ですが、気合いだけだと心のエンジンが空ぶかしになります。そこに必要なのが、相談できる人、安心できる場所、状況を見直すヒント、そして「まあ、今日はここまででええんちゃう」と言ってくれる空気です。
参考文献・確認先:ハワイ大学がんセンター:Thomas A. Wills 公式プロフィール / Google Scholar:Thomas A. Wills 論文・引用情報 / PubMed:Thomas A. Wills 関連論文

トーマス・A・ウィルズ(Thomas A. Wills)の研究から学べること
トーマス・A・ウィルズさんの研究をひとことで言うなら、「人はストレスに弱い生きものだけれど、誰かに支えられていると、そのストレスの直撃をやわらげられることがある」というお話です。
ストレスって、心に降ってくる雨みたいなものです。小雨の日もあれば、横なぐりの嵐の日もあります。しかも厄介なのは、傘を持っていない日に限って、上司の一言、家庭の心配、体調不良、財布の中身のさみしさがまとめて降ってくることです。空も心も、遠慮というものを知りません。
ウィルズさんは、社会的支援、ストレスへの対処、健康行動、思春期の飲酒・喫煙・薬物使用などについて研究してきた心理学者です。特に有名なのは、シェルドン・コーエンさんとともに発表した「ストレス、社会的支援、緩衝仮説」に関する研究です。これは、ざっくり言えば「人とのつながりは、ストレスが心身に与える悪影響をやわらげるクッションになるのではないか」という考え方です。
ここでいう「社会的支援」は、難しく言えばそれっぽいですが、日常の言葉にすると「ひとりで抱えなくていいと思える支え」です。相談できる人がいる。話を聞いてくれる人がいる。困ったときに具体的に助けてくれる人がいる。「あなたは大丈夫」と言ってくれる人がいる。こういう存在は、心の防災グッズです。普段は棚の奥にあるように見えても、いざというときに効いてきます。
たとえば、仕事で失敗して落ち込んだとします。ひとりで考えていると、頭の中に反省会場が勝手に設営されます。司会は不安、書記は自己嫌悪、議題は「なぜ自分はこうなのか」。しかも閉会時間がありません。そこに誰かが、「それはしんどかったね」「でも、全部あなたのせいとは限らないよ」「次はこうしてみたら?」と言ってくれる。すると、心の会議室に窓が開きます。空気が入れ替わるのです。
ウィルズさんたちの考え方から学べる一つ目のことは、「支えは、問題を消す魔法ではなく、問題に押しつぶされにくくするクッションである」ということです。
誰かに話したからといって、請求書が消えるわけではありません。苦手な上司が急に小鳥になるわけでもありません。明日の締め切りが、親切に来月へ引っ越してくれるわけでもありません。でも、話せる相手がいると、「この問題に自分ひとりで立ち向かわなくていい」と感じられます。これは大きいです。荷物そのものは同じでも、持つ手が増えると重さの感じ方は変わります。
二つ目に学べるのは、「支援には種類がある」ということです。
ただ「がんばれ」と言われても、心がくたびれているときには、応援というより追加の重りになることがあります。「がんばれ」は便利な言葉ですが、使い方を間違えると、心の背中に貼る湿布ではなく、なぜか鉄板になります。
必要な支援は場面によって違います。気持ちを受け止めてほしいときもあります。具体的な解決策がほしいときもあります。情報がほしいときもあります。手伝ってほしいときもあります。ただそばにいてほしいときもあります。だから、本当に役立つ支援とは、「相手が今、何に困っているのか」に合っている支援です。傘が必要な人に、長靴だけ渡しても少し惜しい。もちろん長靴もありがたい。でも、頭は濡れています。
三つ目に学べるのは、「ストレスへの対処の仕方が、その後の行動に影響する」ということです。
ウィルズさんは、思春期の若者がストレスにどう対処するかと、飲酒・喫煙・薬物使用との関係も研究しています。2001年の研究では、12歳半前後の参加者1,668人を対象に、ストレス対処の種類とタバコ、アルコール、マリファナ使用の関係が検討されました。行動として問題に向き合う対処は使用の低さと関係し、感情をただ外へ逃がすような対処は使用の高さと関係する傾向が報告されています。
これは大人にも刺さります。しんどいとき、人は何かで気分を変えたくなります。甘いもの、酒、スマホ、買い物、寝逃げ、現実逃避の動画巡礼。もちろん、休息や気晴らしは大事です。心にも給水所が必要です。でも、それが「問題から少し休む」ではなく、「問題を見ないためにずっと逃げる」になると、あとで問題が雪だるま式に大きくなることがあります。逃げた先で、問題がちゃっかり待ち伏せしている。なんとも律儀な厄介者です。
ウィルズさんの研究から考えると、ストレス対処には「その場をしのぐ対処」と「状況を少し変える対処」があります。どちらも必要ですが、前者だけだと苦しくなりやすい。たとえば、嫌なことがあった日に甘いものを食べてほっとするのは悪くありません。でも、毎回それだけだと、悩みの本体は台所の隅で腕組みしています。そこで、「誰に相談するか」「何を確認するか」「次回どう動くか」といった行動の対処も必要になります。
四つ目に学べるのは、「若者の問題行動を、ただ叱るだけでは足りない」ということです。
思春期の飲酒や喫煙などを見たとき、大人はつい「なんでそんなことをするんだ」「やめなさい」と言いたくなります。もちろん、危険な行動には止める力も必要です。ただ、その行動の裏にストレス、孤独、仲間からの圧力、家庭の不安、自己評価の低さがある場合、表面だけを叱っても根っこは残ります。雑草の葉っぱだけちぎって「完了!」と言っているようなものです。数日後、また生えます。しかも少し元気に。
ウィルズさんのストレス対処モデルは、若者のリスク行動を「悪い子だから」で終わらせず、「どんなストレスがあり、どんな対処ができず、どんな仲間関係の中にいるのか」と見ようとします。思春期の物質使用をストレス対処の観点から考える研究も発表されています。
これは、支援の現場でもとても大切です。問題行動は、本人なりの不器用なSOSであることがあります。もちろん、何でも許せばいいわけではありません。でも、「なぜそんなことをしたのか」を責めるだけでなく、「その行動で何をまぎらわせようとしていたのか」を見る。そこに支援の入口があります。
五つ目に学べるのは、「人とのつながりは、ぜいたく品ではなく、健康資源である」ということです。
私たちは、健康というと食事、睡眠、運動を思い浮かべます。もちろん大事です。野菜、睡眠、散歩。この三兄弟は強いです。でも、そこに「人とのつながり」も入れていい。話せる人がいること。支え合える関係があること。自分の存在を覚えてくれている人がいること。これは、心身を守る大切な資源です。
孤独な状態では、ストレスがそのまま心にぶつかりやすくなります。クッションなしで床に落ちる感じです。反対に、支えがあると、同じストレスでも受け止め方が変わります。「これは大変だけど、相談できる」「助けを求めてもいい」「自分だけではない」と思える。支援は、心の骨組みを内側から補強してくれます。
ただし、ここで誤解してはいけないのは、「人が多ければ多いほどよい」とは限らないことです。連絡先が何百人いても、困ったときに誰にも話せないなら、心は空き家みたいに寒くなります。逆に、人数は少なくても、本当に安心して話せる人がいるなら、それは強い支えになります。大切なのは、数より質です。人間関係は、名刺の束ではなく、あたたかい毛布です。
ウィルズさんの研究を日常に活かすなら、まず「相談先をふだんから育てておくこと」です。
いざ大変なときに、急に相談しようとしても、心は遠慮の靴を履いてしまいます。「こんなことで連絡していいのかな」「迷惑かな」と考えているうちに、ひとり反省会が夜通し営業になります。だから、普段から小さなやり取りをしておく。近況を伝える。相手の話も聞く。「困ったときはお互いさま」と思える関係を、少しずつ温めておく。人間関係は、非常食と違って、棚にしまいっぱなしでは育ちません。日々の一言が水やりになります。
次に、「自分の対処法リスト」を作っておくことです。
ストレスが来てから考えると、心の中が停電していて、まともな判断がしにくいものです。だから元気なときに、「しんどくなったら何をするか」を決めておく。散歩する。寝る。信頼できる人に話す。紙に書く。温かい飲み物を飲む。やることを一つに絞る。相談窓口を使う。こうした選択肢を持っておくと、ストレスが来たときに「逃げる」だけではなく「整える」方向へ動きやすくなります。
また、誰かを支える側になるときは、「相手に合った支援」を意識するとよいです。
すぐ助言する前に、「話を聞いてほしい感じ? それとも一緒に対策を考える感じ?」と聞いてみる。これだけで、支援の空振りが減ります。相手が泣いているときに、いきなり改善計画を出すと、心の会議にパワーポイントを持ち込むような感じになります。いや、今は資料ではなくティッシュです、という場面もあります。
一方で、ずっと聞くだけでは足りない場合もあります。「それは大変だったね」と受け止めたあとで、「明日できることを一つだけ決めようか」と進めることが助けになるときもあります。支援とは、相手の心の温度を見ながら火加減を調整する料理のようなものです。強火すぎると焦げるし、弱火すぎると煮えません。
トーマス・A・ウィルズさんの研究から学べることは、結局こういうことです。人は、ストレスをゼロにはできません。人生という台所では、鍋が吹きこぼれる日もあります。でも、支えてくれる人がいること、役に立つ対処法を持っていること、問題に向き合う小さな行動を選べることによって、ストレスのダメージはやわらげられます。
しんどいときに「自分が弱いからだ」と責める必要はありません。むしろ、「今の自分には、どんな支えが必要だろう」と考えるほうが現実的です。人は、ひとりで全部を背負うようにはできていません。スマホだって充電器が必要です。植物だって水が必要です。心だって、人とのつながりや安心できる場所が必要です。
ウィルズさんの研究は、私たちにやさしく教えてくれます。強い人とは、誰にも頼らない人ではありません。自分に必要な支えを知り、必要なときに手を伸ばせる人です。そして、誰かが雨に濡れているときに、そっと傘の端へ入れてあげられる人です。
人生の雨は、完全には避けられません。でも、傘を持つことはできます。雨宿りできる場所を作ることもできます。誰かと一緒に「いやあ、今日の雨はすごいですね」と笑いながら歩くこともできます。トーマス・A・ウィルズさんの研究は、その“心の傘”の大切さを、科学の言葉で教えてくれているのです。

トーマス・A・ウィルズ(Thomas A. Wills)の論文一覧
1.『ストレスの衝撃を、人とのつながりはやわらげるのか:社会的支援と「緩衝仮説」』シェルドン・コーエン、トーマス・A・ウィルズ(1985)
Cohen, S., & Wills, T. A. (1985). Stress, social support, and the buffering hypothesis. Psychological Bulletin, 98(2), 310–357. DOI:10.1037/0033-2909.98.2.310
ストレスがドーンと来たとき、人は気合いだけで耐えるのでしょうか。コーエンさんとウィルズさんは、「いやいや、そこに人とのつながりというクッションがあるんです」と教えてくれます。この論文は、家族や友人、仲間からの支えが、ストレスの衝撃をどのようにやわらげるのかを整理した名作です。社会的支援は、心の救急箱であり、人生の転倒防止マット。読むと、「支えてくれる人がいる」ことのありがたさが、じんわりしみてきます。

