シドニー・H・ラヴィボンド(Sydney H. Lovibond)の論文一覧:心の天気予報を、数字で読もうとした感情スケールの職人
シドニー・H・ラヴィボンド(Sydney H. Lovibond)のプロフィール
シドニー・H・ラヴィボンド(Sydney H. Lovibond)は、オーストラリアの心理学者です。
名前は「S. H. Lovibond」や「Syd Lovibond」と表記されることもあります。オーストラリア心理学会の記事では、現代オーストラリア心理学の父のひとりとも紹介されています。つまり、心理学界のちゃぶ台をただ囲んでいた人ではなく、そのちゃぶ台そのものを運んできた側の人です。
ラヴィボンドの名前がよく知られている理由のひとつが、ピーター・F・ラヴィボンドとの共著による『抑うつ・不安・ストレス尺度マニュアル』です。これは、心の中でごちゃごちゃに絡まりがちな「落ち込み」「不安」「ストレス」を、できるだけ見える形にしようとした心理測定の道具です。心の冷蔵庫を開けて、「これは不安の棚、これはストレスの引き出し、これは抑うつの奥のほうですね」と整理していくような研究、と言ってもいいかもしれません。
この尺度は、現在でも「DASS」や「DASS-21」として、心理学や臨床、研究の現場で広く使われています。DASS-21は、抑うつ・不安・ストレスという三つのつらさを測るための自己記入式の質問紙として紹介されています。つまり、心の天気を「今日は曇りです」だけで終わらせず、「湿度は不安、気圧はストレス、空の重さは抑うつですね」と、少し細かく見ようとする道具です。
また、シドニー・ラヴィボンドはニューサウスウェールズ大学で名誉教授として活動し、1983年に退職した後も心理学界に関わり続けました。1988年にシドニーで開かれた国際心理学会議では科学委員会の議長を務め、さらに薬物・アルコール研究機関の設立にも関わったとされています。研究室の椅子に座っているだけでなく、心理学という畑の水路を整えた人でもあったわけです。
シドニー・H・ラヴィボンドの研究から学べることは、心は「なんとなくつらい」で終わらせなくてもいい、ということです。もちろん、人の心は数字だけで全部わかるほど単純ではありません。でも、つらさに名前をつけ、形を与え、少し距離を置いて見られるようにすることには、大きな意味があります。
心の中で「不安くん」「ストレスさん」「落ち込み係長」が同時に会議を始めると、本人はもう大混乱です。
「議題が多すぎます!」
「誰が司会なんですか!」
「そもそもこの会議、いつ終わるんですか!」
そんなときに、ラヴィボンドの仕事はこう言ってくれるようです。
「まず、ひとつずつ見ていきましょう。全部まとめて怪物にしなくて大丈夫です」
シドニー・H・ラヴィボンドは、心のつらさを乱暴に決めつけるのではなく、ていねいに測り、整理し、理解しようとした研究者です。
いわば、感情の散らかった机にそっと近づき、「まずはこの紙から片づけましょうか」と声をかけてくれる、心理測定の大先輩なのです。
参考文献・確認先:Australian Psychological Society:Sydney H. Lovibond 追悼記事 / DASS公式ページ:Depression Anxiety Stress Scales / Google Scholar:Sydney H. Lovibond 論文・引用情報 / PubMed:S. H. Lovibond 関連論文

シドニー・H・ラヴィボンド(Sydney H. Lovibond)の研究から学べること
シドニー・H・ラヴィボンドの研究から学べることは、ひとことで言えば、心のつらさは、ちゃんと分けて見たほうが扱いやすくなるということです。
私たちはよく、しんどいときにこう言います。
「なんかもう、全部しんどい」
はい、出ました。心の全部盛り定食です。
不安、落ち込み、ストレス、疲れ、焦り、自己嫌悪、寝不足、上司の一言、昨日の失敗、将来へのモヤモヤ。ぜんぶ同じ皿にドサッとのっている状態です。
この状態になると、心の中はまるで会議室です。
「私は不安です!」
「いや、これはストレス案件です!」
「落ち込み部長も発言します!」
「疲労課長、資料を忘れました!」
もう、誰が何を言っているのかわかりません。議事録もぐちゃぐちゃ。お茶もこぼれています。
そこでラヴィボンドの研究が教えてくれるのは、
「まず、分けて見ましょう」
ということです。
つらさを全部まとめて「自分はダメだ」と決めつけるのではなく、
「これは不安が強いのかもしれない」
「これはストレスがたまっているのかもしれない」
「これは落ち込みのサインかもしれない」
と、少しずつ名前をつけていく。
名前をつけると、心の怪物は少し小さくなります。
たとえば、夜に急に胸がざわざわして眠れないとします。
そのときに「人生終わった」と思うと、心の中にラスボスが登場します。しかも音楽つきです。
でも、
「これは不安が強くなっているのかもしれない」
と考えると、少しだけ見え方が変わります。
ラスボスではなく、
「あ、不安くんが深夜にピンポンしてきたな」
くらいになる。
もちろん、不安くんもなかなかしつこい訪問者です。玄関先で帰ってくれない日もあります。でも、正体が少し見えるだけで、こちらの構え方が変わります。
落ち込みも同じです。
「自分は何もできない人間だ」と思うと、とても苦しくなります。
でも、
「今は落ち込みが強くなっていて、考え方まで暗く染まっているのかもしれない」
と見ることができれば、自分そのものを責めずにすみます。
ストレスもそうです。
「自分の根性が足りない」ではなく、
「今、負荷が多すぎるのかもしれない」
と考える。
これは甘えではありません。むしろ、かなり現実的な見方です。
鍋に水を入れすぎたら、ふきこぼれます。心も同じです。どんなに立派な鍋でも、火力全開で材料を詰め込みすぎたら、台所は小さな事件現場になります。
ラヴィボンドの研究は、心のつらさを数字で測ろうとしました。
ただし、ここで大事なのは「人間を数字にする」ということではありません。
そうではなく、
言葉になりにくい苦しさを、少しでも見える形にする
ということです。
心は目に見えません。
骨折ならレントゲンに写ります。熱なら体温計でわかります。
でも、心のしんどさは、外から見ると「普通にしているように見える」ことがあります。
本人の中では、心の押し入れから布団が雪崩のように落ちてきているのに、周りからは「大丈夫そうだね」と言われる。
これがつらい。
だからこそ、心の状態を測る道具には意味があります。
「気のせい」ではなく、
「今、たしかに負担が強い状態なんだ」
と確認できるからです。
これは、日常生活でも役立ちます。
たとえば、調子が悪い日に、すぐにこう考えなくてもいいのです。
「自分は弱い」
「努力が足りない」
「またダメだった」
その代わりに、こう問いかけてみる。
「今のこれは、不安かな?」
「ストレスかな?」
「落ち込みかな?」
「それとも、ただ寝不足の妖怪が肩に乗っているだけかな?」
この問いかけだけでも、心との距離が少し取れます。
心のつらさは、近すぎると巨大に見えます。
目の前に置いたまんじゅうも、近づきすぎると山に見えます。
少し離れて見ると、まんじゅうはまんじゅうです。食べられるかもしれません。いや、話がそれました。
大切なのは、つらさを「自分そのもの」と思わないことです。
不安があるから、自分が不安そのものなのではありません。
落ち込みがあるから、自分が落ち込みそのものなのではありません。
ストレスがあるから、自分が壊れているわけでもありません。
ただ、今の心にそういう反応が起きている。
まずはそこから見ていけばいいのです。
シドニー・H・ラヴィボンドの研究から学べるのは、心を乱暴にひとまとめにしないやさしさです。
「しんどい」という大きな雲を、
「不安」「落ち込み」「ストレス」という小さな雲に分けてみる。
すると、空全体が少しだけ見えてきます。
そして、空が見えてくると、次にできることも見えてきます。
休むのか。
相談するのか。
予定を減らすのか。
考え方を整理するのか。
病院や専門家の力を借りるのか。
心の問題は、気合いだけで片づけるものではありません。
気合いは便利そうに見えて、たまにネギくらいの働きしかしないことがあります。彩りはよい。でも主食にはならない。
だからこそ、心を測る、分ける、名前をつける。
この地味な作業が、実はとても大切なのです。
ラヴィボンドの研究は、私たちにこう教えてくれます。
「あなたのしんどさは、ぐちゃぐちゃのままで終わらせなくていい」
「少しずつ分けて見れば、少しずつ扱えるようになる」
「心の中の大混雑にも、交通整理はできる」
不安くんも、ストレスさんも、落ち込み係長も、いきなり全員を追い出す必要はありません。
まずは席に座ってもらいましょう。
そして、ひとりずつ話を聞いていく。
そこから、心の整理は始まるのです。

シドニー・H・ラヴィボンド(Sydney H. Lovibond)の論文一覧
1.『ネガティブ感情の設計図:うつ・不安・ストレス尺度(DASS)とベック式うつ・不安検査を比べて見えた、心の曇り空のかたち』ピーター・F・ラヴィボンド、シドニー・H・ラヴィボンド(1995)
Lovibond, P. F., & Lovibond, S. H. (1995). The structure of negative emotional states: Comparison of the Depression Anxiety Stress Scales (DASS) with the Beck Depression and Anxiety Inventories. Behaviour Research and Therapy, 33(3), 335–343. DOI:10.1016/0005-7967(94)00075-U
「落ち込み」「不安」「ストレス」って、心の中でよく三者面談を始めますよね。「君たち、似てるけど別人なの?」という疑問に、ラヴィボンド親子がDASSという心の仕分け箱を持って挑んだ論文です。ベックの抑うつ尺度・不安尺度とも比べながら、心のつらさをどう分けて測るかを検証。感情のぐちゃぐちゃ鍋に、そっとお玉を入れて具材を見分けるような一作です。

