スーザン・ノーレン=ホークセマ(Susan Nolen-Hoeksema)の論文一覧:考えすぎの沼にハシゴをかけた、反すう心理学さんぽ
スーザン・ノーレン=ホークセマ(Susan Nolen-Hoeksema)のプロフィール
スーザン・ノーレン=ホークセマは、アメリカの心理学者で、特に「反すう」の研究で有名な人です。反すうというのは、牛が草をもぐもぐ噛み直すように、頭の中で同じ悩みを何度も何度も噛み直してしまうことです。つまり、「あのとき、なんであんなこと言ったんだろう」「また失敗したらどうしよう」「私はやっぱりダメなのでは……」という心の中の再放送番組を、深夜枠まで延々と流してしまう状態ですね。ノーレン=ホークセマは、この“脳内ぐるぐる劇場”が、落ちこみやうつ、不安とどう関係しているのかを研究しました。
彼女は1959年にアメリカで生まれ、イェール大学で心理学を学び、その後ペンシルベニア大学で臨床心理学の博士号を取得しました。スタンフォード大学、ミシガン大学、そしてイェール大学で教え、研究者としてだけでなく、学生を育てる先生としても高く評価されました。晩年はイェール大学で、うつと認知、つまり「落ちこみ」と「考え方」の関係を研究する中心的な役割を担っていました。
ノーレン=ホークセマのすごいところは、「落ちこむ人は、なぜさらに落ちこみから抜けにくくなるのか?」という問いに、かなりわかりやすい光を当てたところです。彼女は、つらい気分になったときに「なぜ私はこんな気分なんだろう」「どうしていつもこうなんだろう」と考え続けることが、必ずしも解決につながらず、むしろ気分を長引かせる場合があると考えました。悩みを見つめること自体が悪いのではありません。ただ、考えることが“解決会議”ではなく、“自分責めフェスティバル”になってしまうと、心はどんどん疲れてしまうのです。
彼女の研究は、特に女性のうつのなりやすさについて考えるうえでも大きな影響を与えました。ノーレン=ホークセマは、女性が男性よりもうつになりやすい背景の一つとして、つらい出来事や気分について繰り返し考えこむ傾向に注目しました。もちろん「女性はみんな考えすぎる」という単純な話ではありません。社会的な役割、ストレス、人間関係、感情の扱い方など、いろいろな要素がからみあっています。心という鍋の中には、玉ねぎもにんじんも見えないスパイスも入っている、という感じです。
代表的な考え方として知られるのが、「反応スタイル理論」です。これは、つらい気分になったときに人がどう反応するかによって、その後の心の状態が変わってくる、という考え方です。たとえば、気分転換をしたり、具体的な行動をとったり、人に相談したりする人もいます。一方で、同じ問題を頭の中でぐるぐる回し続ける人もいます。ノーレン=ホークセマは、この後者の「ぐるぐる考え続ける反応」が、落ちこみを強めたり、問題解決をしにくくしたり、人間関係の支えを弱めたりする可能性を示しました。
ただし、彼女の研究は「考えるな!」と言っているわけではありません。ここ、大事です。頭を空っぽにして生きましょう、という話ではないのです。むしろ、「考えるなら、心をいじめる方向ではなく、次の一歩につながる方向へ」という話に近いです。たとえば「なぜ私はダメなんだろう」ではなく、「今できる小さな対処は何だろう」と考える。これは、心の中の裁判官を少し休ませて、代わりに親切な作戦会議係を座らせるようなものです。
ノーレン=ホークセマは2013年に53歳で亡くなりましたが、彼女の研究は今も心理学や臨床の世界で大きな影響を持っています。反すうは、うつ、不安、ストレス、感情調整を考えるうえで、とても重要なキーワードになっています。彼女は、目に見えない「考え方のクセ」を、研究というライトで照らした人でした。心の暗い部屋に入って、「ここに、つまずきやすいコードがありますよ」と教えてくれたような研究者です。
一言でいうと、スーザン・ノーレン=ホークセマは、「考えすぎが心を助けるときと、心を沈めるときの違いを教えてくれた心理学者」です。
悩むことそのものを責めるのではなく、「その悩み方、心にやさしい形に変えられないかな?」と問いかけてくれる研究者、と言ってもよいかもしれません。頭の中のぐるぐる洗濯機に、そっと一時停止ボタンをつけてくれた人ですね。
参考文献・確認先: Yale News:Susan Nolen-Hoeksema 追悼記事 / Google Scholar:Susan Nolen-Hoeksema 論文・引用情報 / PubMed:Susan Nolen-Hoeksema 関連論文 / Annual Reviews:Susan Nolen-Hoeksema の研究業績レビュー

スーザン・ノーレン=ホークセマ(Susan Nolen-Hoeksema)の研究から学べること
スーザン・ノーレン=ホークセマ(Susan Nolen-Hoeksema)の研究から学べることは、ひとことで言うと、「考えることは大切だけれど、考えすぎが“心の沼”になることもある」ということです。
ノーレン=ホークセマさんは、うつや気分の落ち込みに対して、人がどう反応するかを研究した心理学者です。特に有名なのが「反すう」という考え方です。反すうとは、落ち込んだときに「なぜこんな気分なんだろう」「自分はどうしてダメなんだろう」「この先どうなるんだろう」と、同じような考えを何度も何度もくり返してしまうことです。もともと反すうは、牛が食べた草をもう一度口に戻して噛むことを指します。人間の心でも、つらい考えを何度も口の中ならぬ頭の中に戻して、もぐもぐ噛み続けてしまうわけです。なかなか渋い脳内牧場です。ノーレン=ホークセマさんの「反応スタイル理論」では、落ち込んだ気分に対して反すうする人ほど、気分の落ち込みが長引いたり強まったりしやすいと考えられています。
ここで大事なのは、「考えること」そのものが悪いわけではないということです。考えることは大切です。失敗を振り返る、原因を探る、次にどうするか考える。これは人間のすばらしい力です。問題は、考えているようで、実は同じ場所をぐるぐる回っているときです。
たとえば、仕事で失敗したとします。
「なぜ失敗したんだろう」
「自分は向いていないのかな」
「前も似たようなことがあった」
「また同じことをしたらどうしよう」
「こんな自分ではダメだ」
最初は反省だったはずなのに、気づけば心の中で“自分責め大回転寿司”が始まります。流れてくる皿は、「後悔」「不安」「自己批判」「未来の最悪予想」。たまに「昔の恥ずかしい記憶」まで流れてきます。注文していないのに、なぜ来るのでしょう。厨房、止めてください。
ノーレン=ホークセマさんの研究が教えてくれるのは、反すうは問題解決に見えて、実は問題解決から遠ざけることがあるという点です。2008年の総説では、反すうは落ち込みを悪化させ、否定的な考えを強め、問題解決を妨げ、行動を起こしにくくし、人からの支えまで弱めてしまうことがあると整理されています。
これ、かなり怖いです。なぜなら本人は「ちゃんと考えている」と思っているからです。でも実際には、心の中で重たい石を磨き続けているだけ、ということがあります。磨いても宝石にはならず、ただ手が疲れる石です。
では、反省と反すうは何が違うのでしょうか。
反省は、次の行動につながります。「確認不足だったから、次はチェック表を作ろう」「言い方がきつかったから、明日謝ろう」「準備時間が足りなかったから、次は前日に一つだけ済ませよう」。こういう考えは、心の中に小さな橋をかけます。
一方、反すうは、同じ問いを何度も投げます。「なぜ自分はダメなのか」「どうしていつもこうなのか」「この先も失敗するのではないか」。でも答えは出ません。橋ではなく、穴を掘っています。しかも掘りながら「なぜ穴が深いんだ」と悩んでいます。スコップをいったん置きましょう。
ノーレン=ホークセマさんの研究から学べる実用的な知恵は、「考え続けるより、少し行動すること」です。落ち込んでいるとき、頭の中だけで解決しようとすると、考えがどんどん暗い方向へ行くことがあります。そんなときは、まず小さく動く。散歩する。水を飲む。机の上を一つ片づける。信頼できる人に短く話す。紙に書いて、次にできる一つだけを決める。
これは逃げではありません。脳内の沼から、いったん岸に上がる作業です。
たとえば、「自分はダメだ」とぐるぐるしているなら、「いま解決できることは何か」と聞いてみる。もし答えが出ないなら、「今日は寝る」「明日相談する」「メモに書いて閉じる」でもいいのです。心の会議は、閉会してもいいのです。議長の不安さんには、「本日の審議はここまでです」と伝えましょう。
また、ノーレン=ホークセマさんは、反すうが女性のうつの多さを説明する一因になるのではないかとも考えました。もちろん、女性だから必ず反すうする、男性だからしない、という単純な話ではありません。ただ、社会的な役割、感情への向き合い方、対人関係の負担などが重なると、考えすぎのループに入りやすくなる人がいる、という視点は大切です。PubMedに掲載された研究でも、反すうしやすい人は、その後の抑うつエピソードを経験しやすかったことが報告されています。
ここから学べるのは、「考えすぎてしまう人を、ただ弱い人として見ないこと」です。反すうは、ある意味ではまじめさの裏返しでもあります。ちゃんと原因を知りたい。失敗をくり返したくない。自分をよくしたい。だから考える。でも、そのまじめな心が、自分を責める方向に暴走してしまうことがあります。まじめな馬が、なぜか沼地へ全力疾走している状態です。馬は悪くない。手綱が必要なのです。
日常で使える合言葉は、「これは考えているのか、回っているのか」です。
考えが次の一歩につながっているなら、それは考えることです。
考えが同じ場所に戻ってきて、自分を責めるだけなら、それは反すうかもしれません。
そのときは、次のように切り替えてみるとよいです。
「なぜ自分はダメなのか」ではなく、「次に一つだけ変えるなら何か」。
「どうしてこんな気分なのか」ではなく、「今の気分を少し軽くする行動は何か」。
「また失敗したらどうしよう」ではなく、「失敗を減らす準備を一つするとしたら何か」。
問いの形を変えると、心の進む方向が変わります。問いは、心のハンドルです。「なぜダメか」と聞くと、心はダメな証拠を探しに行きます。「何ができるか」と聞くと、小さな出口を探しに行きます。脳はけっこう素直な検索エンジンです。検索語を変えると、出てくる結果も変わります。
スーザン・ノーレン=ホークセマの研究からたどりつく学びは、とても現実的です。
落ち込んだとき、考えることは自然です。
でも、考え続けることが、必ずしも解決につながるとは限りません。
同じ不安、同じ後悔、同じ自己批判を何度も噛み続けると、心はさらに疲れてしまいます。
だから、悩みの中にいるときは、自分にこう聞いてみるとよいと思います。
「この考えは、次の行動につながっている?」
「それとも、ただ自分を責める方向に回っている?」
「今できる小さな一歩は何?」
反すうの沼から抜けるために必要なのは、完璧な答えではありません。小さな行動です。水を飲む、書き出す、相談する、休む、歩く、明日の一手を決める。どれも地味です。でも、沼から出る道は、たいてい地味な板道です。金色の橋はなかなか現れません。
ノーレン=ホークセマさんの研究は、私たちに教えてくれます。心は、考えることで救われることもある。でも、考えすぎで沈むこともある。だからこそ、頭の中だけで苦しみをこね続けるのではなく、言葉にし、行動にし、人とつながり、少しずつ外へ出していくことが大切なのだと。
悩みを噛みしめる牛になる日があってもいい。人間ですから。でも、ずっと反すう牧場に住まなくてもいいのです。ときどき柵を開けて、外の空気を吸いに行きましょう。

スーザン・ノーレン=ホークセマ(Susan Nolen-Hoeksema)の論文一覧
1.『うつ病と不安・抑うつ混合症状における「反すう思考」の役割-心が同じ場所をぐるぐる歩き続けるとき、何が起きているのか』スーザン・ノーレン=ホークセマ(2000)
Nolen-Hoeksema, S. (2000). The role of rumination in depressive disorders and mixed anxiety/depressive symptoms. Journal of Abnormal Psychology, 109(3), 504–511. DOI:10.1037/0021-843X.109.3.504
この論文は、心の中で「なんで私はこんなにダメなんだろう会議」を延々と開いてしまう“反すう”が、うつや不安とどう関係するのかを調べた研究です。ノーレン=ホークセマは、「考えること」そのものが悪いのではなく、同じ悩みをぐるぐる再放送し続けると、気分がさらに沈みやすくなることに注目しました。つまり、心の洗濯機が脱水モードのまま止まらない状態です。この論文を読むと、「考えすぎる私」は怠け者でも弱い人でもなく、ちゃんと心理学で説明できる現象なんだとわかります。悩みの迷路に地図を持ち込みたい人におすすめの一本です。

