ソフィー・ルロワ(Sophie Leroy)の論文一覧:脳に「前の仕事、まだ終わってませんけど?」と居残りさせる注意研究者
ソフィー・ルロワ(Sophie Leroy)のプロフィール
ソフィー・ルロワは、アメリカのワシントン大学ボセル校で経営学を教える研究者です。現在は同校の経営大学院長も務めています。
彼女が研究しているのは、職場で働く人の「注意」です。
……と聞くと、少し地味に感じるかもしれません。
「注意を研究するって、よそ見をした人に笛でも吹くんですか?」
いいえ。彼女が見つめているのは、もっと身近で、もっと厄介な現象です。
メールを書いている途中で電話が鳴る。電話を切った瞬間に会議が始まる。会議中なのに、頭の片隅ではさっきのメールの続きを考えている。そして会議が終われば、今度は会議で言われた一言が頭から離れない。
体は次の仕事へ移動しているのに、注意だけが前の仕事場に居残っている。
ソフィー・ルロワは、そんな「脳内の居残り」を研究してきた人物です。
研究の出発点は、自分の頭の中で起きた事件
ソフィー・ルロワが仕事の中断や切り替えに関心を持ったきっかけは、研究室ではなく、企業で働いていた頃の経験でした。
彼女はもともと集中することが得意だったそうです。ところが、同時にいくつもの仕事を担当し、次々と頭を切り替えなければならなくなると、以前のように目の前の仕事へ集中できなくなりました。
あるとき、会社の最高責任者が出席する重要な会議を終えた彼女は、チームの仲間にこう言いました。
「しまった。あの質問をするのを忘れていた」
すると仲間たちは、不思議そうな顔で答えました。
「いや、質問していましたよ」
なんと彼女は、その場にいて、会話にも参加していたのに、自分たちが質問したことを覚えていなかったのです。会議中のメモを見ると、そこには別の仕事に関する小さな予定表が書かれていました。
つまり、体は会議室にいたのに、頭の一部は別の仕事へ出張していたのです。
この経験から彼女は、「仕事を切り替えたとき、人の注意には何が起きているのだろう」と考えるようになりました。のちに、この素朴な疑問が彼女を代表する研究へと育っていきます。
前の仕事が、頭の中から退勤してくれない
ソフィー・ルロワが広めた重要な考え方が、「注意残留」です。
日本語では少し難しく聞こえますが、簡単にいえば「前の仕事に注意の一部が残ってしまうこと」です。
たとえば、資料を作っている途中で上司から呼ばれ、別の相談を受けたとします。本人としては資料作りを中断し、相談へ頭を切り替えたつもりです。
ところが脳の中では、
「さっきの文章、あれでよかったかな」
「表の数字を直していない」
「戻ったら、どこから始めるんだっけ」
と、前の仕事が小声で話し続けています。
新しい仕事を始めても、注意を百パーセントそちらへ向けられません。前の仕事が、頭の片隅に自分の荷物を置いたまま帰ってくれないからです。
ブラウザーで大量の画面を開き、「あとで見るから」と閉じずにいる状態に近いでしょう。画面では一つしか見ていなくても、裏側ではいくつもの仕事が静かに動いています。その結果、判断が浅くなったり、間違いを見落としたり、新しい情報を十分に理解できなくなったりします。
ルロワの研究は、仕事を切り替えた直後には、前の仕事への注意が残りやすく、それが次の仕事の成績を下げる可能性を示しました。
「同時進行が得意」は、脳の早着替えかもしれない
私たちはよく、「私は複数の仕事を同時にできます」と言います。
メールを確認しながら会議に参加し、会議を聞きながら資料を直し、資料を直しながら昼食の注文を考える。
見た目は、仕事のできる人です。机の上では指が踊り、画面が次々と切り替わり、本人も少し誇らしげです。
しかし、ソフィー・ルロワの説明によれば、人間は複数の仕事へ同時に集中しているというより、注意をものすごい速さで行ったり来たりさせています。
つまり、複数の仕事を同時に持ち上げているのではありません。
一つを置き、もう一つを持ち、また置いて、最初のものを持ち直しているのです。脳内では、落ち着きのない引っ越し作業が一日中続いています。
しかも、仕事を切り替えるたびに、前の仕事の一部が注意の底へ沈殿します。これが積み重なれば、夕方には頭の中が「今日やった仕事の寄せ鍋」のようになっても不思議ではありません。
彼女は、一般に語られる意味での「同時進行」は存在せず、実際には注意を高速で切り替えているのだと説明しています。
脳は、途中のまま置いていかれるのが嫌い
では、なぜ前の仕事が頭に残るのでしょうか。
人間の脳には、始めたことを終わらせたいという性質があります。
仕事がきれいに終わっていれば、「はい、この件は閉店です」と頭の中でシャッターを下ろせます。しかし、途中で電話が鳴ったり、急な会議へ呼ばれたりすると、シャッターが半分開いたままになります。
脳としては気になります。
「店、開いていますけど?」
「続きはどうするんですか?」
「責任者の方、帰らないでください」
そのため、新しい仕事をしていても、注意の一部が未完了の仕事を見張り続けます。
ルロワは、特に「元の仕事へ戻ったとき、時間が足りなくなるかもしれない」と感じている場合、前の仕事が頭に残りやすいことを共同研究で明らかにしました。不安の強い仕事ほど、脳が手放してくれないのです。
中断をなくせないなら、戻るための目印を置く
現代の職場から中断を完全になくすのは難しいでしょう。
電話に出ないわけにはいきません。上司に「今、私の脳が繊細な切り替え作業中ですので、三十分後にお願いします」と毎回答えるのも、なかなか勇気が要ります。
そこでルロワは、中断される前に「再開するための簡単な計画」を残しておく方法を研究しました。
たとえば、
「戻ったら、三ページ目の表を修正する」
「次に確認するのは、売上金額と日付」
「この文章の結論から書き始める」
といった具合です。
再開地点を短く書いておけば、脳は「続きを忘れないように、ずっと考えておかなければ」と踏ん張る必要がなくなります。
これは、山道で迷わないように目印を置いてから、いったん別の道へ向かうようなものです。
元の仕事への帰り道がわかっていれば、脳も少し安心して、目の前の仕事へ注意を移せます。ルロワと共同研究者の研究では、このような再開計画が、注意残留の影響をやわらげる可能性が示されています。
研究者になる前に、企業で働いていた
ソフィー・ルロワは、最初から大学だけを歩いてきた研究者ではありません。
フランスの経営大学院で学び、アメリカの企業で金融、企業価値、ブランドづくりなどに関わる仕事を経験しました。その後、ニューヨーク大学スターン経営大学院で、経営学と組織行動を専門として博士号を取得しています。
博士論文で扱ったのも、「その場にはいるけれど、完全にはそこにいない」という、仕事を切り替えた後の注意と成果の問題でした。
その後、ミネソタ大学で教員を務め、2014年にワシントン大学ボセル校へ移りました。現在は経営学の教授として研究や教育を行いながら、経営大学院長を務めています。
最初は「そんな研究、誰が気にするの?」と言われた
今では「注意残留」という考え方は、働き方や生産性を考えるうえで広く紹介されています。
しかし、ルロワが研究を始めた2000年代初めには、仕事の中断は重要な研究対象だと思われていませんでした。最初に論文を評価した人からは、「なぜ、そんなことを研究するのか」「中断なんて、誰が気にするのか」と疑問を向けられたそうです。
それでも彼女は、研究をやめませんでした。
自分自身が集中を失った経験があり、周囲にも同じことで困っている人がいたからです。
「これは確かに起きている」
「働く人の多くが困っている」
「まだ名前がないだけで、重要な問題ではないか」
彼女はその直感を信じました。
結果として、仕事の中断や注意の切り替えは、組織の中で働く人を理解するための重要な研究分野へと発展していきました。看護師、教師、情報技術者など、さまざまな職業の人から「自分にも同じことが起きていた」「研究を知って助けられた」という声が届いているそうです。
研究だけでなく、教えることでも高い評価
ルロワは、研究室で注意の残りかすを集めているだけの人物ではありません。
大学では、リーダーシップ、チーム運営、国際的な組織管理、倫理的な意思決定などを教えています。ワシントン大学ボセル校へ移ってからは、大学院や学部の学生が選ぶ教育賞を何度も受賞しています。
注意を研究している先生の授業ですから、学生の注意まで置き去りにするわけにはいかなかったのでしょう。
研究者としても、2024年にはワシントン大学ボセル校から、研究・学術・創造活動における優れた業績をたたえる賞を受けています。
ソフィー・ルロワが教えてくれること
ソフィー・ルロワの研究は、「もっと集中力を鍛えなさい」と私たちを叱るものではありません。
むしろ、集中できない自分を必要以上に責めなくてもよいと教えてくれます。
仕事を切り替えたのに、前のことが気になる。
会議へ出ても、別の仕事を考えてしまう。
一日中忙しかったのに、何も深く考えられなかった気がする。
それは、あなたの意思が弱いからとは限りません。
私たちの働き方が、脳に無理な早着替えを何度も求めている可能性があります。
人間の注意は、電灯のスイッチのように、一瞬で切り替わるものではありません。前の仕事を片づけ、次に戻る場所を確認し、ほんの少し間を置く。その短い余白があって、ようやく注意は次の仕事へ歩き始めます。
ソフィー・ルロワは、私たちが「仕事のできない自分」の証拠だと思っていた現象に、名前を与えました。
前の仕事が頭から離れないのは、怠けているからではない。
あなたの注意が、まだ前の仕事から帰宅途中なのかもしれません。
参考文献・確認先:ワシントン大学ボセル校:ソフィー・ルロワ公式プロフィール / Google Scholar:ソフィー・ルロワ 論文・引用情報 / ワシントン大学ボセル校:注意残留についての研究紹介 / ワシントン大学ボセル校:ソフィー・ルロワ研究者紹介

ソフィー・ルロワ(Sophie Leroy)の研究から学べること
ソフィー・ルロワの研究から学べることは、ひとことで言えば、「人間の注意は、パソコンの画面ほど素早く切り替わらない」ということです。
私たちは、資料作成の画面からメールへ、メールから会議へ、会議から電話へと、軽やかに移動しているつもりです。
画面を切り替えるだけなら、一秒もかかりません。
けれども、脳はそんなに身軽ではありません。
「では、次の仕事へ参りましょう」
と席を立ったあとも、注意の一部は前の仕事場に残り、机の上を片づけたり、忘れ物がないか確認したりしています。
体は会議室に到着しているのに、頭の一部はまだ資料作成の席で、
「さっきの数字、間違っていなかったかな」
と、ぶつぶつ言っているのです。
ソフィー・ルロワは、このように前の仕事へ注意が残ってしまう現象を研究しました。彼女の研究を知ると、集中力についての見方が少し変わります。
集中できない人が弱いのではありません。
人間の注意というものが、もともと切り替えに時間のかかる生き物なのです。
仕事を変えても、注意はすぐについてこない
たとえば、あなたが大切な報告書を書いているとします。
ようやく文章がまとまりかけたところで、上司から声をかけられました。
「ちょっといい?」
この「ちょっと」は、職場において実際にはちょっとではないことが多いのですが、それはさておき、あなたは報告書を中断して、別の相談へ移ります。
ところが、相談を聞いている最中にも、頭の中ではこんな声が聞こえてきます。
「報告書の結論、まだ書いてないよ」
「三ページ目の数字も確認してないよ」
「どこまで書いたか忘れそうだよ」
これでは、目の前の相談だけに集中するのは難しくなります。
前の仕事が、頭の中で閉店していないからです。
商店にたとえるなら、店主は別の店へ応援に行ったのに、元の店のシャッターが半分開いたままになっています。電気もついています。レジも開いています。
そりゃあ、気になります。
ルロワの研究が教えてくれる一つ目の大切なことは、仕事を切り替えた瞬間に、注意まで完全に切り替わるわけではないということです。
「私は今、会議に出ているのだから、会議だけに集中しなければならない」
そう思っても、前の仕事が頭に残ることはあります。
それは意志が弱いからではありません。
脳が未完成の仕事を忘れないように、見張り番を置いているのです。
「同時にできる」は、実は高速で行ったり来たりしている
世の中には、「私はいくつもの仕事を同時にこなせます」という人がいます。
会議に参加しながらメールを読み、メールを書きながら予定表を確認し、予定表を見ながら昼食について考える。
見た目はとても忙しく、仕事ができる人に見えます。
指は素早く動き、画面は次々と変わり、本人も「今日も頭が回っているな」と感じるかもしれません。
しかし、実際には複数の仕事へ同時に注意を向けているというより、注意を何度も切り替えています。
会議を聞く。
メールを見る。
会議に戻る。
予定表を見る。
メールの続きを書く。
また会議に戻る。
これは同時進行というより、脳内で開かれている短距離走です。
しかも、切り替えるたびに前の仕事の欠片が少しずつ残ります。
会議の内容、書きかけのメール、確認途中の予定、返事をしていない連絡。それらが頭の中に薄く積もっていきます。
夕方になる頃には、脳内の机が書類だらけになっています。
「今日は一日中忙しかったのに、何をしたのか思い出せない」
そんな感覚があるのは、怠けていたからではないかもしれません。
注意の切り替えに、たくさんの力を使っていた可能性があります。
ルロワの研究から学べる二つ目のことは、仕事の数だけでなく、「何回切り替えたか」も疲労に関係するということです。
十個の仕事を順番に行うのと、十個の仕事を一分ごとに切り替えながら行うのとでは、同じ十個でも負担が違います。
脳にとっては、仕事の引っ越し回数が増えるからです。
中断される前に「戻る場所」を書いておく
では、仕事を途中で止めなければならないとき、どうすればよいのでしょうか。
電話は鳴ります。
上司からは呼ばれます。
同僚から「今、少しいいですか」と言われます。
仕事の中断を完全になくすのは難しいでしょう。
そこで役立つのが、元の仕事へ戻るための小さな目印です。
たとえば、資料作成の途中で呼ばれたなら、席を立つ前に短く書いておきます。
「次は三ページ目の売上数字を確認する」
「結論の二段落目から再開する」
「田中さんの回答を入れて完成」
このように、次に何をするかを具体的に残しておくのです。
ほんの一行でかまいません。
この一行があると、脳は少し安心できます。
「続きを覚えておかなくても、紙に書いてある」
「戻ったときに迷子にならない」
そうわかれば、前の仕事を頭の中で握り続ける必要が減ります。
これは、登山中にいったん脇道へ入る前に、帰り道へ目印を置くようなものです。
目印がなければ、
「ここで合っていたかな」
「戻れなくなったらどうしよう」
と気になります。
目印があれば、別の用事へ向かいやすくなります。
大切なのは、「あとで続きをやる」とだけ書かないことです。
脳は、そんな大ざっぱな指示では安心してくれません。
「あとでって、いつ?」
「続きって、どこから?」
と質問攻めにしてきます。
そのため、「何を」「どこから」再開するのかまで書くのがポイントです。
仕事を終えるときは、頭の中にも閉店札を出す
一つの仕事が終わったとき、すぐ次の仕事へ飛び込む人は少なくありません。
資料を送信した瞬間にメールを開き、メールを閉じた瞬間に会議へ向かう。
その姿は、次々と列車を乗り換える旅人のようです。
しかし、乗り換えの間に一度も立ち止まらなければ、自分がどこから来て、どこへ向かっているのかわからなくなります。
そこで、仕事と仕事の間に短い区切りを入れます。
「この仕事はここまで終わった」
「残っているのはこの二点」
「次に再開するのは明日の午前中」
このように、仕事の状態を確認してから次へ移ります。
一分でもかまいません。
ノートに書く。
資料を決まった場所へ保存する。
必要な書類をまとめる。
深呼吸してから次の画面を開く。
こうした小さな行動が、脳にとっての閉店作業になります。
店の電気を消し、レジを閉め、戸締まりを確認してから帰る。
そうすれば、次の仕事中に、
「前の店、鍵をかけたかな」
と心配し続けなくて済みます。
集中力を責める前に、仕事の仕組みを疑ってみる
ソフィー・ルロワの研究で特に重要なのは、集中できない原因を、個人の性格だけで考えないことです。
職場では、集中できない人に対して、
「もっと意識を高く持とう」
「優先順位を考えよう」
「気合いを入れて取り組もう」
という言葉が向けられることがあります。
もちろん、工夫や努力が役立つ場面はあります。
しかし、一日に何十回も仕事を中断され、連絡が次々と届き、会議が細切れに入り、同時にいくつもの期限を抱えていたら、集中力だけで乗り切るのには限界があります。
たとえるなら、道路に信号を百個設置しておいて、
「なぜ、もっと速く走れないんだ」
と運転手を責めるようなものです。
まず信号の数を見直したほうがよいでしょう。
通知を減らす。
集中する時間を予定表に入れる。
すぐに返事を求めない。
会議をまとめる。
相談する時間を決める。
こうした仕事の仕組みそのものを整えることも大切です。
集中力は本人だけの責任ではありません。
注意を守れる環境をつくることは、職場全体の課題でもあります。
「忙しい」と「前へ進んでいる」は同じではない
次々と仕事を切り替えていると、私たちは強い忙しさを感じます。
連絡を返した。
会議に出た。
資料を少し直した。
別の相談にも答えた。
一日中、手は動いています。
そのため、「今日はよく働いた」という感覚も生まれます。
けれども、忙しさと成果は必ずしも同じではありません。
いくつもの仕事へ少しずつ触れた結果、どれも十分に進んでいないことがあります。
料理にたとえるなら、鍋に火をつけ、米を洗い、野菜を切り、魚を焼き始めたところで、全部を途中のまま台所に並べている状態です。
台所は大忙しです。
しかし、夕食はまだ食べられません。
そこで必要なのは、「今、何に手をつけるか」だけでなく、「何を終わらせるか」を考えることです。
短い時間でも、一つの仕事にまとまって取り組む。
小さな区切りまで終わらせてから次へ移る。
そのほうが、注意の残りを減らし、仕事を前へ進めやすくなります。
前の仕事が気になる自分を、少し許してよい
ルロワの研究は、働き方の工夫を教えてくれるだけではありません。
自分への見方も変えてくれます。
仕事中に別のことが頭へ浮かぶと、私たちは自分を責めがちです。
「集中力がない」
「仕事ができない」
「また気が散ってしまった」
しかし、前の仕事が頭に浮かぶのは、あなたが無責任だからではありません。
むしろ、責任を感じているからこそ、脳が仕事を手放せない場合もあります。
「忘れてはいけない」
「きちんと終わらせたい」
「失敗したくない」
そう思うから、注意が前の仕事に残ります。
もちろん、ずっと気にしていると疲れてしまいます。
だからこそ、自分を叱るより、安心して手放せる仕組みをつくることが大切です。
続きを書いておく。
戻る時間を決める。
未完了の仕事を一覧にする。
一つずつ終わらせる。
脳に対して、
「忘れていないよ」
「戻る場所も決めてあるよ」
と伝えるのです。
人間の注意は、命令すればすぐ動く兵隊ではありません。
少し心配性で、忘れ物が気になり、途中の仕事を置いていくのが苦手な同僚のようなものです。
そんな同僚に、
「早く切り替えろ」
と怒鳴るより、
「大丈夫。続きはここに書いてある」
と伝えたほうが、次の仕事へ一緒に向かいやすくなります。
ソフィー・ルロワの研究から学べるのは、集中力を根性の問題にしないことです。
人の注意には、移動する時間があります。
前の仕事を閉じる時間があります。
次の仕事へ着地する時間があります。
私たちは機械のように、一瞬で切り替わる必要はありません。
仕事と仕事の間に、ほんの小さな橋を架ける。
それだけで、頭の中に居残っていた注意も、少しずつこちら側へ渡ってきてくれるのです。

ソフィー・ルロワ(Sophie Leroy)の論文一覧
1.『なぜ、仕事に集中できないのか? タスクを切り替えても頭に残る「注意の残り香」という難敵』ソフィー・ルロワ(2009)
Leroy, S.(2009). Why Is It So Hard to Do My Work? The Challenge of Attention Residue When Switching Between Work Tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 109(2), 168–181.
DOI:10.1016/j.obhdp.2009.04.002
「次の仕事に移ったのに、頭の中では前の仕事が残業中です」そんな脳の困った習性を調べたのが、この論文です。ルロワは実験を通して、未完成の仕事から別の課題へ移ると、注意の一部が前の仕事に居残り、次の仕事の成績まで下がりやすいことを示しました。つまり、画面を切り替えても脳は瞬間移動できない。「私は同時進行が得意」という人の頭でも、実は注意が廊下を全力疾走しているのかもしれません。忙しいのに仕事が進まない謎へ、名前と仕組みを与えた一篇です。

