リチャード・N・アスリン(Richard N. Aslin)の論文一覧:「まだしゃべれませんけど、規則はだいたい見えてます」赤ちゃんの学ぶ力を追いかけた心理学者
リチャード・N・アスリン(Richard N. Aslin)のプロフィール
リチャード・N・アスリンは、ひとことで言えば、「赤ちゃん、まだしゃべれないだけで、頭の中ではものすごいことをやっているのでは?」と本気で調べ続けてきた心理学者です。
大人から見ると、赤ちゃんはずいぶん謎の存在です。
「今日も天井を見ていますね」
「はい」
「何を考えているのでしょう?」
「わかりません」
研究、開始5秒で終了しそうです。
ところがアスリンは、そこで帰りませんでした。
赤ちゃんは言葉で説明してくれなくても、何を長く見るのか、どんな音に反応するのか、何を予想しているように見えるのかを丁寧に調べていけば、その小さな頭の中で進んでいる「学習」の姿が見えてくる。
そんな研究を長年積み重ねてきた、発達心理学・認知科学を代表する研究者の一人です。現在はイェール大学の児童研究センターや心理学部に所属し、ハスキンズ研究所でも研究を続けています。長年在籍したロチェスター大学では、脳・認知科学の研究者として33年間活動しました。
赤ちゃんの頭の中には、「小さな統計家」がいる?
アスリンの研究を知るうえで、ぜひ覚えておきたいのが**「統計的学習」**という考え方です。
名前だけ見ると、
「赤ちゃんに統計ですか。平均値とか標準偏差とかですか」
となりそうですが、もちろん電卓を渡す研究ではありません。
ここでいう統計的学習とは、ざっくり言えば、身のまわりで繰り返される出来事から「どうやら、こういう規則がありそうだ」と自然にパターンを見つけていく力のことです。
たとえば私たち大人が外国語を聞くと、
「…………どこからどこまでが一単語なんです?」
となることがあります。
日本語なら「今日は・いい・天気・ですね」と自然に言葉の区切りがわかりますが、知らない言語では音が一本の長い麺のようにつながって聞こえる。
赤ちゃんだって、最初は似たような状況です。
「はい、ここまでが一単語です」
などと字幕が出るわけでもありません。
それなのに、いつの間にか言葉を見つけていく。
どうやって?
ここが、アスリンたちの研究の面白いところです。
「よく一緒に出てくる音」を赤ちゃんは見つけていた
アスリンの名前を有名にした研究の一つが、ジェニー・R・サフラン、エリッサ・L・ニューポートと行った1996年の研究です。
研究チームは、生後8か月ほどの赤ちゃんに人工的につくった音の列を聞かせました。
そこには、
「この音の次には、この音が来やすい」
という規則が仕込まれていました。
すると赤ちゃんは、わずかな時間音を聞いただけでも、その規則を手がかりにして、音の流れの中から「まとまり」を見つけられることが示されたのです。つまり、まだ言葉を話せない時期から、赤ちゃんは音の並びに含まれる規則性を利用して、単語らしい区切りを見つける可能性が示されました。
これ、かなり驚きです。
赤ちゃん側からすると、
「しゃべれないからって、何もしてないと思いました?」
という話なのです。
大人たちが、
「かわいいねえ。ほっぺぷにぷにだねえ」
と盛り上がっている横で、本人はひっそり、
「ふむ。この音の次には、この音が来る確率が高いな」
みたいなことをやっている。
もちろん赤ちゃんが頭の中で数式を書いているわけではありません。しかし脳は、本人が意識して計算しなくても、環境の中にある規則性を拾い続けているらしい。
アスリンの研究は、そんな人間の学習能力の土台を見せてくれました。
言葉だけではなく、「見ること」も研究する
アスリンの研究は、言語だけに限られません。
赤ちゃんがどのように物を見るのか、どこへ注意を向けるのか、視覚情報の中からどんな規則を学んでいるのかなど、知覚の発達そのものにも長く取り組んできました。
さらに研究方法も、赤ちゃんの行動を見るだけではありません。視線の動きを調べたり、脳活動を測定したりしながら、
「この子は何を知っているのか」
「その知識は、どうやってつくられたのか」
という、とんでもなく難しい問いに迫っています。現在までの研究では、行動を観察する方法に加えて、脳画像や脳活動を調べる方法なども取り入れています。
研究対象は小さい。
問いは巨大です。
この落差が、発達研究の面白いところでしょう。
目の前にいるのは、まだ「ママ」「パパ」さえ十分には言えない赤ちゃん。
ところが研究者が知りたいのは、
「人間は、どうやって世界についての知識をつくるのか」
なのです。
赤ちゃん一人を見つめながら、人間という生き物全体を考えている。
なかなか壮大な仕事です。
心理学者になるまで
アスリンは1971年にミシガン州立大学で心理学を学び、1975年にはミネソタ大学で児童心理学の博士号を取得しました。その後、インディアナ大学で教員を務め、1984年から2017年までロチェスター大学で心理学や脳・認知科学の研究と教育に携わりました。その後はイェール大学を中心に研究を続けています。
つまり、彼の研究人生をかなり大ざっぱに言えば、
「人間は、生まれてからどうやって世界を理解していくのか」
という問いを、何十年にもわたって追いかけてきたことになります。
普通なら途中で、
「いや、世界を理解するってテーマが大きすぎません?」
となりそうですが、そこを赤ちゃんの視線や音への反応という、とても小さな手がかりから少しずつ解いていく。
巨大な山を、赤ちゃんサイズの虫眼鏡で登っていくような研究です。
「教えられる前から、人は学んでいる」
アスリンの研究を眺めていると、人間についての見方が少し変わってきます。
私たちは「学習」と聞くと、
先生が教える。
本を読む。
問題を解く。
暗記する。
そんな姿を思い浮かべがちです。
でも、人間の学習はそれよりずっと前から始まっている。
まだ教科書を開けない。
鉛筆も持てない。
そもそも「勉強」という言葉すら知らない。
それでも赤ちゃんは、音を聞き、顔を見て、物を眺めながら、
「これはよく一緒に起こるぞ」
「次はこうなることが多いぞ」
「このまとまりには何か意味がありそうだぞ」
と、世界の規則を少しずつ拾っている。
アスリン自身の研究テーマも、まさに人間の乳児がどのように世界についての知識を形成するのか、特に周囲に含まれる情報の分布や規則性からどのように学ぶのかという問題に向けられてきました。
ここには、ちょっと胸が熱くなるものがあります。
人間は、「さあ勉強しましょう」と言われてから学び始めるのではない。
生まれてまもないころから、世界を眺め、耳を澄ませ、規則を探している。
つまり私たちは、ずっと昔から、
世界について知りたがる生き物だった
のかもしれません。
派手ではない。でも、人間観を静かに変えた研究者
アスリンは、長年にわたる発達心理学・認知科学への貢献によって、米国科学アカデミーの会員に選ばれているほか、2020年には心理・認知科学分野のアトキンソン賞を受賞するなど、多くの評価を受けています。
けれど彼の研究の面白さは、賞の数だけではよく伝わりません。
もっと素朴に言えば、
赤ちゃんを見ながら、
「この子、まだ何も知らないんだろうな」
と思っていた私たちに、
「いやいや。かなり学んでますよ」
と教えてくれた研究者なのです。
赤ちゃんは、世界についての説明書をもらって生まれてくるわけではありません。
言葉の辞書もない。
物理法則の教科書もない。
「この世界では、こういうことが起きます」という研修動画もない。
完全なる新人です。
なのに、そこから少しずつ規則を見つけ、人の声を聞き分け、物を認識し、やがて言葉を使う人間になっていく。
考えてみれば、ものすごいことです。
リチャード・N・アスリンの研究は、その当たり前すぎて見逃してしまう奇跡に、科学の虫眼鏡をそっと向けた仕事だったと言えるでしょう。
赤ちゃんを見て、
「まだ何もわからないんだね」
と思ったら、一度だけ言い直したくなります。
「いや。この人、いま猛烈に世界を勉強している最中なのかもしれない」
そう考えると、何も言わず天井を眺めている赤ちゃんの姿まで、少し違って見えてくるのです。
参考文献・確認先:イェール大学:Richard N. Aslin 公式プロフィール / Google Scholar:Richard N. Aslin 論文・引用情報 / PubMed:Richard N. Aslin 関連論文

リチャード・N・アスリン(Richard N. Aslin)の研究から学べること
リチャード・N・アスリンの研究を読んでいると、だんだん不思議な気分になってきます。
というのも、彼が長年研究してきた相手は、まだうまくしゃべれない赤ちゃんです。
こちらが、
「あなたはいま、何を学んでいるんですか?」
と聞いても、
「ばぶ」
で終了です。
アンケートも書いてくれない。
インタビューもできない。
研究者泣かせにもほどがあります。
ところがアスリンたちは、赤ちゃんがどんな音に反応するのか、何を長く見るのか、どんな規則を覚えるのかを丁寧に調べることで、ある驚くべき姿を明らかにしてきました。
それは、
人間は、誰かに教えてもらう前から、世界の中にある規則を勝手に探し始める生き物らしい
ということです。
アスリンの研究は、言葉の習得や知覚、統計的学習などを中心に、人間が経験の中からどのように規則性を見つけ、知識をつくっていくのかを探ってきました。特に、赤ちゃんが音や映像の流れに含まれる規則を、明示的に教えられなくても学習できることを示す研究で知られています。
ここから私たち大人が持ち帰れるものは、意外なほどたくさんあります。
学ぶとは、「教えてもらうこと」だけではない
私たちはつい、
「勉強するなら、本を読まなくちゃ」
「先生に教えてもらわなくちゃ」
「ちゃんと講座を受けなくちゃ」
と思います。
もちろん、それも大切です。
でもアスリンの研究を見ていると、学習というものはもっと原始的で、もっとしぶとい活動なのだと気づかされます。
赤ちゃんは教科書を持っていません。
ノートもありません。
蛍光ペンもありません。
「ここ試験に出ますよ」
と言ってくれる先生もいません。
それなのに、周囲から聞こえてくる音を聞き続けながら、
「この音とこの音は、よく一緒に出てくるな」
「ここで音のまとまりが切れることが多いな」
といった規則を少しずつ拾っていきます。
有名な1996年の研究では、生後8か月ほどの赤ちゃんが、わずか2分ほど人工的な音声を聞いただけで、音同士のつながり方を手がかりに、単語らしいまとまりを区別できることが示されました。
つまり赤ちゃんは、
「本日の授業テーマは言語の統計的構造です」
などと言われなくても、もう学んでいたわけです。
ここから大人の私たちが学べるのは、
理解してから始めなくてもいい
ということではないでしょうか。
新しい仕事。
新しい趣味。
新しい場所。
最初はわからないことだらけです。
でも、わからないまま見て、聞いて、触れているうちに、
「この職場では朝にこの作業をすることが多いな」
「この人に相談すると話が早いな」
「この楽器はこう触るときれいな音が出るな」
と、少しずつ規則が見えてきます。
学習は、理解した人だけが参加できる会議ではありません。
わからない人でも、会場には入っていい。
むしろ、そこから始まるのです。
「できない」と「まだ規則を知らない」は違う
ここは、アスリンの研究からぜひ持ち帰りたいところです。
何かがうまくできないと、私たちはすぐに、
「自分には向いていない」
「才能がない」
「頭が悪い」
という壮大な結論を出してしまいます。
一回失敗しただけなのに、人生裁判所が開廷します。
「被告人、自分。罪状、才能不足」
判決が早すぎます。
でも実際には、
ただ、その世界の規則をまだ十分に拾えていないだけ
かもしれません。
たとえば初めて料理をする人にとって、
「中火」
という言葉すら結構な難問です。
「中ってどこです?」
となります。
仕事でも同じです。
慣れた人は何気なく、
「この場合は先に担当者へ一本入れておいたほうがいいよ」
と言います。
初心者からすると、
「そのルール、どこに書いてありました?」
です。
書いてありません。
こういう暗黙の規則を、私たちは経験の中から拾っています。
アスリンが研究してきた統計的学習も、広い意味では、繰り返される経験の中から規則性を見つける力です。彼自身、長年にわたりこの種の暗黙的な学習を研究してきたと説明しています。
だから何かができないとき、
「才能がない」
と結論を出す前に、
「まだ、この世界のパターンを十分に見ていないだけでは?」
と考えてみる。
この一言だけでも、自分への見方はかなり変わります。
人は、「繰り返し」の中から世界を理解していく
アスリンの研究でもう一つ面白いのは、
繰り返しには情報がある
ということです。
私たちは繰り返しを退屈なものとして扱いがちです。
同じ仕事。
同じ練習。
同じ道。
同じ失敗。
「またこれか」
と思う。
でも脳からすると、
「ありがとうございます。データが増えました」
なのかもしれません。
一回ではわからなかったことも、何度も経験すると見えてきます。
最初の電話対応では、
「何を言えばいいんだ」
だった人が、20回目には、
「この質問が来たら、次はたぶんこれを聞かれるな」
と予測できる。
最初の接客では、
「お客さん、怖い」
だった人が、100人と接しているうちに、
「この表情の人は急いでいることが多いな」
と気づく。
料理だって、
一回目は焦げる。
二回目も若干焦げる。
三回目、
「火が強いのでは?」
と人類が文明を取り戻します。
経験を重ねるということは、単に回数を増やすことではありません。
世界の規則を見つけるための材料を増やすことでもあるのです。
そう考えると、「慣れる」という言葉も少し違って見えてきます。
慣れとは、
ただ緊張しなくなることではない。
見えなかった規則が見えてくることなのかもしれません。
人間は、想像以上に「予測しながら」生きている
アスリンの研究を考えていると、
私たちは世界をただ受け取っているだけではないことにも気づきます。
「次はこうなるだろう」
と、いつも少し先を予測している。
ドアノブを回せば、扉が開くだろう。
信号が青になれば、車が進むだろう。
「ちょっと話があるんだけど」
と言われたら、
だいたい気楽な話ではないだろう。
最後の予測は外れてほしいところですが。
こうした予測ができるのは、過去の経験から規則を学んできたからです。
何度も経験する。
規則を見つける。
次を予測する。
外れたら修正する。
また予測する。
人間はこの小さな循環を、ものすごい回数繰り返しながら生きています。
だから失敗も、少し見方を変えれば、
「予測モデルの修正材料」
になります。
難しく言う必要はありません。
「思ってたんと違った」
それでいい。
それは失敗であると同時に、
「なるほど、こうではなかった」
という情報でもあるのです。
赤ちゃんの学び方は、大人にも少し効く
赤ちゃんの学習研究というと、
「子育てしてないし、自分には関係ないな」
と思うかもしれません。
ところが、かなり関係あります。
赤ちゃんの学び方を眺めていると、
大人はいつからこんなに、
「ちゃんと理解してから始めなければ」
と思うようになったのだろう、と感じます。
赤ちゃんは、
「言語体系を完全に理解できていないので、発話は来年度からにします」
とは言いません。
とりあえず聞く。
とりあえず見る。
とりあえず真似する。
間違える。
また聞く。
少しわかる。
また間違える。
そうやって進みます。
大人になると私たちは、
「下手なところを見られたくない」
「理解していないと思われたくない」
「失敗したくない」
と考えてしまいます。
その結果、
学習の入口で腕を組んだまま立ち尽くす
ことがあります。
でも、人間の学びの原型はもっと泥くさい。
まず触れる。
何度も経験する。
規則を拾う。
少しずつ上手になる。
それでいいのです。
「気づいていない学習」も、ちゃんと積み上がっている
これも大事なところです。
私たちは成長するとき、
「成長している感じ」
を求めます。
昨日より今日。
今日より明日。
できればグラフは右肩上がり。
気分としては毎日、
「レベルアップ!」
という音が鳴ってほしい。
でも現実の学習は、そんなに親切ではありません。
しばらく何も変わっていないように見えることがあります。
英語を聞いてもわからない。
仕事をしても慣れない。
楽器を練習しても上達した気がしない。
それでも、脳はパターンを拾っている可能性があります。
「この音、前にも聞いた」
「この手順、見覚えがある」
「この状況、前と似ている」
そんな小さな蓄積が、ある日突然、
「あれ、なんかわかる」
に変わる。
もちろん、ただ回数を重ねれば必ず何でも上達するという話ではありません。
やり方を変えたり、助言をもらったり、休んだりすることも必要です。
それでも、
自分が気づいていない時間にも、学習は進むことがある
という見方は、少し心強いものです。
「今日も大して成長できなかったな」
と思った日にも、
脳の奥では小さな整理整頓が進んでいるかもしれない。
そう考えると、地味な一日にも少し意味が戻ってきます。
私たちは、生まれたころから「世界の研究者」だった
アスリンの研究から私がいちばん面白いと思うのは、
人間という存在の見え方そのものが変わることです。
赤ちゃんというと、
守られる存在。
教えられる存在。
何も知らない存在。
そんなイメージがあります。
もちろん、それも間違いではありません。
でも同時に赤ちゃんは、
観察している存在
でもある。
聞いている。
比べている。
規則を見つけている。
予測している。
学んでいる。
つまり私たちは、ずっと昔から小さな研究者だったのかもしれません。
「これは何だろう」
「次はどうなるんだろう」
「さっきと同じかな」
そんな問いを言葉にできるより前から、世界に向けていた。
アスリンの研究が教えてくれるのは、
人間の学習能力がすごいということだけではありません。
知らない世界に放り込まれても、人間はそこから少しずつ規則を見つけて生きていける
ということでもあるように思います。
新しい職場に入った日。
知らない土地へ引っ越した日。
初めて何かを学び始めた日。
そこでは誰もが、少し赤ちゃんに戻ります。
何が正解かわからない。
何をすればいいかわからない。
周りの人だけが全部知っているように見える。
でも、それでいい。
見ていればいい。
聞いていればいい。
少し試してみればいい。
そのうち、
「ここでは、こうすることが多いんだな」
という規則が一つ見える。
もう一つ見える。
さらにもう一つ。
気づけば、最初は外国のようだった場所が、
少しずつ「自分の世界」になっていく。
人間は、そうやって生きてきたのでしょう。
だから、新しいことを前にして、
「自分には無理かもしれない」
と思ったときには、
アスリンの研究を少し思い出してみてもいいかもしれません。
生後8か月の赤ちゃんですら、
誰にも正解を教えてもらわないまま、
音の海の中から規則を見つけていました。
だったら私たちも、全部わからなくていい。
まずは世界の中に立ってみる。
何度か経験してみる。
そして、
「さて、この世界にはどんな規則があるんだろう」
と眺めてみる。
学ぶというのは、案外そこから始まるのだと思います。

リチャード・N・アスリン(Richard N. Aslin)の論文一覧
1.『8か月の赤ちゃんは、ことばの規則を見抜ける? 音の並びから学ぶ「統計学習」』ジェニー・R・サフラン、リチャード・N・アスリン、エリッサ・L・ニューポート(1996)
Saffran, J. R., Aslin, R. N., & Newport, E. L. (1996). Statistical Learning by 8-Month-Old Infants. Science, 274(5294), 1926–1928.
DOI:10.1126/science.274.5294.1926
「赤ちゃんって、言葉を教わる前は何をしてるの?」と思ったら、どうやら耳の中でこっそり“規則探し”をしていました。生後8か月の赤ちゃんに、切れ目のない人工的な言葉をわずか2分ほど聞かせると、よく一緒に現れる音の組み合わせを手がかりに「ここが単語っぽいぞ」と区別できたのです。電卓も辞書もないのに、音の確率を拾ってしまう赤ちゃん。言葉を覚える脳の底力に「え、もうそんなことしてるの?」と驚かされる名研究です。

