ルネ・バイヤルジョン(Renée Baillargeon)の論文一覧:「赤ちゃん、何もわかってないと思ったら大間違いです」小さな頭の中の物理世界をのぞいた心理学者
ルネ・バイヤルジョン(Renée Baillargeon)のプロフィール
ルネ・バイヤルジョンは、ひと言でいえば、「赤ちゃん、あなた本当はどこまでわかってるんですか?」を何十年も本気で調べてきた発達心理学者です。
1954年、カナダのケベック州に生まれました。1975年にマギル大学で心理学を学び、1981年にはペンシルベニア大学で心理学の博士号を取得。その後、マサチューセッツ工科大学で研究を続け、テキサス大学を経て、1983年からイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で研究生活を送ってきました。現在は同大学の名誉教授です。
こう書くと、
「はいはい、立派な心理学者なのね」
で終わってしまいそうなのですが、バイヤルジョンの研究はかなり面白い。
何しろ研究相手が、まだ「私はこう考えています」と説明してくれない赤ちゃんなのです。
「この物体についてどう思いますか?」
と聞いても、
「ばぶ」
で終了です。
アンケートも書いてくれません。面接調査もできません。研究者泣かせにもほどがあります。
では、どうするのか。
バイヤルジョンは、赤ちゃんの**「見る」**という行動に注目しました。
「赤ちゃんが驚いた」を、研究にする
バイヤルジョンの研究を有名にしたもののひとつが、赤ちゃんが「予想外の出来事」をどれくらい長く見るのかを調べる方法です。
たとえば、目の前に物体がある。それが板の向こうに隠れる。
大人なら、
「見えなくなっただけで、物体そのものが宇ルトラ消滅したわけではない」
と考えます。
では赤ちゃんはどうでしょう。
昔の発達心理学では、幼い赤ちゃんは、見えなくなった物体がそのまま存在し続けていることを十分には理解していないのではないか、と考えられていました。
ところがバイヤルジョンたちの研究からは、かなり幼い時期から赤ちゃんが物体について一定の予想を持っていることを示す結果が積み重なっていきました。赤ちゃんは、物体が不自然に消えたり、本来通り抜けられない場所を通り抜けたりするような出来事を見ると、より長く注目することがあります。
赤ちゃんの心の声を勝手に字幕にするなら、
「……いや、今のはおかしくない?」
でしょうか。
しゃべれない。
指摘もしない。
学会にも投稿しない。
でも、じーっと見る。
この「じーっ」に、赤ちゃんの知性が隠れているのではないか。
そこを丁寧に掘り下げてきたのが、バイヤルジョンです。
赤ちゃんの頭の中には、小さな「世界の説明書」がある?
バイヤルジョンが研究してきたのは、物体が隠れても存在し続けるという理解だけではありません。
現在の研究テーマはかなり広く、赤ちゃんが世界についてどのように原因と結果を考えるのかを、主に物の世界、人の心、生き物、社会や道徳という領域から調べています。
たとえば物の世界なら、
「支えがなくなったら落ちるのでは?」
「物体は突然消えないのでは?」
「ここを通ったなら、次はこっちから出てくるのでは?」
といった理解です。
人の心については、
「この人は何を知っているのか」
「何を望んでいるのか」
「この人から見えている世界と、自分から見えている世界は同じなのか」
といった問題まで研究しています。
さらに、生き物についてどんな予想を持っているのか、そして公平さ、他者を傷つけないこと、仲間への協力、権威などについて赤ちゃんがどのような期待を持つのかまで研究対象になっています。
もはや、
「赤ちゃんはいつ物があるとわかるの?」
から始まった話が、
「人間は、世界を理解するためのどんな土台を持って生まれてくるの?」
という、とんでもなく大きな問いに育っています。
研究というものは、ときどき最初の小さな穴を掘っていたら地下帝国に着きます。
「できない」と「わかっていない」は、同じではない
バイヤルジョンの研究から感じられる大切な視点のひとつが、
「行動としてできないからといって、理解していないとは限らない」
ということです。
赤ちゃんは、大人と同じようには行動できません。
隠れた物を上手に探せないかもしれない。
言葉で説明できない。
理由も述べられない。
でも、それだけで、
「つまり、何もわかっていないんですね」
と結論づけてしまうと、赤ちゃんの頭の中で起きていることを見逃してしまうかもしれません。
そこでバイヤルジョンは、「何ができるか」だけではなく、何を予想し、何に驚き、どんな出来事を不自然だと感じるのかを見ることで、赤ちゃんの認知を調べてきました。イリノイ大学も、彼女の研究を、乳幼児が周囲の世界をどのように理解し、予測し、学習していくのかを探る研究として紹介しています。
この発想の転換が、乳児研究の景色を大きく変えることになりました。
世界的にも高く評価されている研究者
バイヤルジョンは、その長年の研究によって数多くの評価を受けています。
2015年には米国科学アカデミーの会員に選出され、米国芸術科学アカデミーの会員でもあります。また、子どもの発達や認知研究への貢献に対して複数の科学賞を受けており、2025年には知覚・発達心理学への優れた貢献をたたえるクルト・コフカ・メダルも授与されました。
もっとも、バイヤルジョンの研究の面白さは、受賞歴の豪華さだけではありません。
彼女の仕事を追いかけていると、赤ちゃんを見る目そのものが少し変わってきます。
ベビーベッドの中で天井を見ている赤ちゃん。
おもちゃを落としている赤ちゃん。
大人の顔をじっと見ている赤ちゃん。
こちらから見ると、
「ぼんやりしてるなあ」
と思うことがあります。
けれど、その小さな頭の中では、
「物はこう動く」
「人はこう行動する」
「これは普通」
「これは何か変だ」
という世界の地図が、ものすごい勢いで描かれているのかもしれません。
バイヤルジョンの研究は、そんな赤ちゃんの沈黙の向こう側に耳を澄ませてきた研究ともいえるでしょう。
赤ちゃんは、まだ世界について語れません。
でもだからといって、世界について何も考えていないわけではない。
むしろ私たち大人が思っているよりずっと早く、小さな頭の中では、
「この世界って、どういう仕組みなんだろう?」
という壮大な研究会が始まっているのかもしれません。
参加者、一名。
議事録、なし。
ただし観察力は、なかなか侮れません。
参考文献・確認先:イリノイ大学:ルネ・バイヤルジョン公式プロフィール / 乳児認知研究室:ルネ・バイヤルジョン研究紹介 / Google Scholar:ルネ・バイヤルジョン 論文・引用情報 / PubMed:ルネ・バイヤルジョン 関連論文

ルネ・バイヤルジョン(Renée Baillargeon)の研究から学べること
ルネ・バイヤルジョンの研究を読んでいると、赤ちゃんについて学んでいたはずなのに、途中から妙に大人の自分まで反省させられます。
というのも、彼女の研究がずっと問いかけていることのひとつは、
「見えている行動だけで、その人の中身まで決めつけていませんか?」
ということだからです。
赤ちゃんは、言葉で説明できません。
「この物体は、ついたての後ろに隠れただけなので、存在そのものが消滅したわけではありません」
なんて説明してくれる赤ちゃんはいません。
そんな赤ちゃんがいたら、研究する前にニュースになります。
でも、説明できないからといって、何もわかっていないとは限らない。
バイヤルジョンは、赤ちゃんが何を見るのか、どんな出来事を長く見るのか、何を「なんか変だぞ」と感じているらしいのかを丁寧に調べることで、私たちが思っているよりずっと早い時期から、赤ちゃんが世界についてさまざまな予想を持っている可能性を示してきました。
ここには、赤ちゃん研究を超えて、私たちの日常にも持ち帰れる大切な視点があります。
「できない」と「わかっていない」は、別の話
これはバイヤルジョンの研究から持ち帰りたい、大きなお土産のひとつです。
私たちはつい、
「できなかった」
という結果を見ると、
「理解していないんだな」
と判断してしまいます。
たとえば子どもが問題を解けなかった。
「わかってないのね」
職場で新人がうまく説明できなかった。
「ちゃんと理解してないんだろうな」
誰かが自分の気持ちを言葉にできなかった。
「何も考えてないのかな」
でも、本当にそうでしょうか。
理解していても、うまく表現できないことはあります。
知っていても、緊張して動けないことがあります。
頭の中にはあるのに、言葉にするところで渋滞していることだってあります。
私たち大人ですら、
「いや、言いたいことはあるんだけど……ちょっと待って……」
となることがありますよね。
脳内では壮大な演説が完成しているのに、口から出たのは、
「まあ、その……いろいろです」
だけ。
人間、そんなものです。
だから、表に出ている行動だけを見て、その人の理解や能力のすべてを判断しない。
これは教育でも、仕事でも、人間関係でも、とても大切な視点だと思います。
人は「目の前にあるもの」だけを見て生きているわけではない
バイヤルジョンの研究では、赤ちゃんが物の動きについてある程度の予想を持っていることが調べられてきました。
物体が隠れた。
でも、なくなったわけではない。
物体を支えていたものが消えた。
だったら落ちるはず。
目の前で起こったことに対して、
「この世界なら、普通はこうなるはず」
という予想を赤ちゃんも少しずつ持っているらしい。
考えてみれば、私たち大人も毎日同じことをしています。
ドアノブを回せばドアが開くだろう。
電気のスイッチを押せば明かりがつくだろう。
「あとで連絡します」と言われたら、そのうち連絡が来るだろう。
最後だけ急に物理学ではなく人間関係になりましたが、人間はいつも「次に何が起きるか」を予想しながら生きています。
そして、その予想と現実がズレると、
「ん?」
となる。
つまり「驚く」ということは、裏を返せば、その前に何かを予想していたということでもあるのです。
これが面白い。
驚きは、単なる感情ではありません。
その人が世界をどう理解していたのかを教えてくれる、小さな窓になることがあります。
赤ちゃんは「空っぽの容器」ではない
昔から、子どもは何も知らない状態で生まれ、周囲から一つずつ知識を入れてもらう存在だという見方がありました。
もちろん、生まれたばかりの赤ちゃんが世の中について何でも知っているわけではありません。
スマートフォンの契約方法も知りませんし、確定申告もできません。
そこは大人でも怪しいところがあります。
ただ、バイヤルジョンを含む乳児研究が示してきたのは、
赤ちゃんはただ受け身で世界を眺めているだけではない
ということです。
赤ちゃん自身が、
「これはどう動くんだろう」
「この人は何をしようとしているんだろう」
「さっきと何か違うぞ」
といった形で、世界の規則性を見つけ、予想し、修正しながら学んでいる可能性があります。
そう考えると、赤ちゃんを見る目が少し変わりませんか。
ベビーベッドで寝転がって、
「あうー」
と言っているだけに見える。
ところが頭の中では、
「重力、だいたい把握」
「物体の移動、確認」
「大人の顔色、本日も観測中」
みたいな研究活動が進んでいるのかもしれません。
赤ちゃん、かなり忙しい。
「何を知っているか」より、「どうやって知るか」に注目する
バイヤルジョンの研究の魅力は、赤ちゃんが何歳で何を理解するのかという年齢表だけではありません。
むしろもっと面白いのは、
人間は、世界についての理解をどうやって組み立てていくのか
という問いです。
私たちは、目の前で起こる出来事をただ記録しているわけではありません。
「こうなるはずだ」
と予想する。
実際の出来事を見る。
予想と違えば驚く。
そして少しずつ、自分の理解を作り直していく。
これって、赤ちゃんだけではないですよね。
大人の学びも同じです。
「自分はこういう人間だ」
と思っていたけれど、意外なことができた。
「この人とは合わない」
と思っていたけれど、話してみたら案外面白かった。
「努力すれば必ずうまくいく」
と思っていたけれど、どうにもならないこともあった。
私たちも毎日の経験によって、自分の中にある「世界の説明書」を何度も書き換えています。
完成版はありません。
ずっと改訂中です。
人間という生き物には、どうやら最終版の取扱説明書が配られていないようです。
「予想が外れること」は、悪いことではない
ここも個人的には、バイヤルジョンの研究から学びたいところです。
赤ちゃんが予想外の出来事を長く見るという研究を眺めていると、
予想が外れることこそ、学びの入口なのではないか
と思えてきます。
私たちは大人になると、「間違えたくない」という気持ちが強くなります。
予想を外したくない。
知らないと思われたくない。
仕事ではできれば一発正解したい。
でも、学ぶということは本来、
「えっ、そうなるの?」
という瞬間を何度も経験することなのかもしれません。
世界が自分の予想どおりにしか動かなければ、新しく学ぶことはほとんどありません。
「こうだと思っていた。でも違った」
その小さなズレから、理解が一段深くなる。
赤ちゃんが予想外の出来事をじっと見つめるように、大人も、
「自分の考えと違う。じゃあ、何が起きているんだろう?」
と少し長めに眺めてみる。
すぐに否定するのでも、すぐに答えを決めるのでもなく、まず見る。
これは案外、知的で強い姿勢なのだと思います。
人間を、もう少し丁寧に見る
そしてバイヤルジョンの研究から私たちが持ち帰れるものをひとつだけ選ぶなら、私はこれだと思います。
人間を、見えている部分だけで判断しないこと。
赤ちゃんが探せなかったからといって、存在を理解していないとは限らない。
子どもが説明できないからといって、考えていないとは限らない。
部下が動けないからといって、やる気がないとは限らない。
誰かが黙っているからといって、何も感じていないとは限らない。
そして、自分自身についても同じです。
今日できなかったからといって、
「自分には能力がない」
まで話を広げなくていい。
うまく話せなかったからといって、
「自分はコミュニケーションが苦手な人間だ」
と人生全体に判決を出さなくてもいい。
行動は、その人の中で起きていることの一部にすぎません。
私たちの内側には、外からは見えない理解や迷いや期待や努力が、かなりたくさんあります。
バイヤルジョンは、言葉を話さない赤ちゃんの「じっと見る」という小さな反応から、その見えない世界を探ってきました。
それは心理学の研究方法として面白いだけではなく、
「人間の内側は、外から見えるよりずっと豊かかもしれない」
という、とても温かい見方にもつながっている気がします。
赤ちゃんを前にして、
「まだ何もわからないでしょう」
と言うのは簡単です。
でもバイヤルジョンの研究を知ったあとなら、少し違って見えてきます。
「あなた、まだしゃべれないだけで、けっこういろいろ考えてますね?」
世界をじっと見つめる赤ちゃん。
そして実は大人もまた、何度も驚き、予想を外しながら、今日も世界の仕組みを勉強しています。
そう考えると、人間はみんな、生まれてからずっと研究者なのかもしれません。
研究室は、この世界そのもの。
そして実験は、まだまだ続いています。

ルネ・バイヤルジョン(Renée Baillargeon)の論文一覧
1.『「見えなくなっても、ちゃんとそこにある?」生後3か月半・4か月半の赤ちゃんにみる物体の永続性』ルネ・バイヤルジョン(1987)
Baillargeon, R. (1987). Object permanence in 3½- and 4½-month-old infants. Developmental Psychology, 23(5), 655–664.
DOI:10.1037/0012-1649.23.5.655
「赤ちゃんって、見えなくなったら“なくなった”と思うんでしょ?」ところが、バイヤルジョンはそこに待ったをかけます。生後3か月半・4か月半の赤ちゃんに、ついたてが箱をすり抜ける“ありえない場面”を見せると、4か月半児や一部の3か月半児はじーっと長く見つめました。つまり「いやいや、箱そこにあるでしょ?」とでも言いたげ。隠れても物は存在し続けるという「物体の永続性」は、従来考えられていたより早く芽生えているのかもしれない。しゃべれなくても、世界のルールはもう考え始めている。赤ちゃん観がくるっとひっくり返る、発達心理学の名作です。

