ピーター・M・ゴルヴィツァー(Peter M. Gollwitzer)の論文一覧:「そのうちやる」という逃げ足の速い妖怪を、「このとき、これをする」で捕まえた心理学者

ピーター・M・ゴルヴィツァー(Peter M. Gollwitzer)の論文を読む女性
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ピーター・M・ゴルヴィツァー(Peter M. Gollwitzer)のプロフィール

「明日から早起きする」「今度こそ運動を続ける」「あのメール、今日中に返す」。人は決意をするとき、だいたい少しだけ主人公です。ところが翌朝になると、布団は急に国宝級の魅力を放ち、運動靴は部屋のすみで静かな置物になり、メールは“あとで返す王国”へと亡命します。いったい、あの立派な決意はどこへ行ったのでしょうか。

この、人間の「やる気はあるのに、なぜか動けない」という不思議な谷間を、長年じっくり研究してきたのが、ピーター・M・ゴルヴィツァーです。

ゴルヴィツァーが注目したのは、「目標を持つこと」と「実際に動くこと」は、似ているようで別の仕事だという点でした。

たとえば、「健康になりたい」は目標です。でも、それだけでは夕食後にソファへ吸い寄せられたとき、なかなか勝てません。そこで彼は、目標をもっと具体的な行動の形にする方法を考えました。

それが、実行意図です。

難しそうな名前ですが、中身はとても生活感があります。「もし夕食を食べ終えたら、十分だけ散歩する」「もし仕事から帰ってカバンを置いたら、まず机に座って原稿を三行書く」といった具合です。未来のある場面と、そのときにする行動を、あらかじめ結びつけておく。すると本番で毎回「さて、どうしよう」と会議を開かなくてよくなります。

人の心には、ときどき議題だけ多い会議室があります。「やったほうがいいのは分かる」「でも今日は疲れている」「明日から本気を出す」という役員たちが、延々と話し合っているのです。ゴルヴィツァーの発想は、その会議室に小さな張り紙を貼るようなものです。

「もし午後三時になったら、五分だけ作業を始める」
「もしお菓子を買いたくなったら、まず水を飲む」
「もし不安で手が止まったら、次の一手だけ書き出す」

決めるのは、気分が荒れやすい本番の瞬間ではありません。まだ少し冷静な、前もっての自分です。言ってしまえば、未来の自分へ渡す“行動のカンペ”ですね。

またゴルヴィツァーは、人が行動するときには、「まだ迷っている段階」と「もうやると決めた段階」があることも大切にしました。前者では、「本当にこれでいいのかな」と選択肢を比べる。後者では、「どうすれば進められるだろう」と実行へ意識を向ける。同じ人の頭の中でも、目標を選ぶときと、目標へ向かうときでは、使う心の道具が違うのです。

ここには、少し救われる話があります。動けない日があるからといって、その人に根性がないとは限りません。目標が悪いわけでも、人格がだらしないわけでもない。ただ、「いつ、どこで、何をするか」という橋が、まだ架かっていないだけかもしれないのです。

もちろん、実行意図は、唱えれば何でも叶う魔法の呪文ではありません。本当にやりたいと思える目標があり、自分がつまずきやすい場面に合わせた計画を立ててこそ力を発揮します。それでも、「頑張るぞ」と気合いだけを増量するより、「この場面で、これをする」と決めておくほうが、人生の歯車はずっと回りやすくなります。

ゴルヴィツァーは、意志の強さを叫ぶ人というより、意志が迷子にならないための案内板を設計した心理学者です。彼の研究は、壮大な夢を持つ人だけでなく、「洗濯物をたたむ」「返信をする」「五分だけ始める」といった、小さな日常の戦いにも静かに効いてきます。

“そのうちやる”という逃げ足の速い妖怪を捕まえるには、「いつか頑張る」では足りないのかもしれません。「もしこのときが来たら、私はこれをする」。その一文が、未来の自分を少しだけ助けてくれるのです。

参考文献・確認先:ニューヨーク大学 公式プロフィール / NYU Motivation Lab:Peter M. Gollwitzer 論文一覧 / Google Scholar:Peter Gollwitzer 論文・引用情報 / PubMed:Peter M. Gollwitzer 関連論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ピーター・M・ゴルヴィツァー(Peter M. Gollwitzer)の研究から学べること

人は、決意するのがわりと得意です。

「来月から運動する」
「今日こそ部屋を片づける」
「もう先延ばしをやめる」
「人にやさしくする」
「早めに寝る」

言葉にすると、どれも立派です。少し背筋も伸びます。人生の新しい章が、静かに始まりそうな気さえします。

ところが、いざその時間になると、話は急に変わります。

運動しようと思った夜にかぎって、ソファがこちらを見つめてくる。片づけようと思った休日にかぎって、なぜか引き出しの奥から昔の写真が出てきて、思い出上映会が始まる。早く寝ようと決めたのに、気づけばスマホで「猫が初めてきゅうりを見たときの反応」を眺めている。

人間とは、志が低い生き物なのでしょうか。
いいえ。ピーター・M・ゴルヴィツァーの研究は、もう少しやさしい見方を教えてくれます。

問題は、「やりたい」という気持ちがないことではありません。
問題は、「やりたい」と「実際にやる」のあいだに、橋が架かっていないことなのです。

「目標」と「行動」は、似ているようで別の生き物

「健康になりたい」は目標です。
「毎晩、夕食後に十分歩く」は行動です。

「仕事を進めたい」は目標です。
「午前九時にパソコンを開いたら、まず企画書の見出しだけ書く」は行動です。

ここで大事なのは、目標そのものを否定しないことです。「健康になりたい」「仕事を進めたい」と思うことは、ちゃんと意味があります。ただし、目標だけでは、現場で迷ってしまうことがある。

人の頭の中には、行動する直前になると急に会議を始める部署があります。

「今日は疲れているし」
「明日のほうが集中できるかも」
「せっかくなら一時間くらいやらないと意味がない」
「先にコーヒーを淹れてから考えよう」

この会議、だいたい長引きます。そして最終的には、「本件は次回に持ち越し」で閉会します。拍手はありません。残るのは、少しの後悔だけです。

ゴルヴィツァーが注目したのは、この“行動直前の会議”でした。そこで彼は、目標を持つこととは別に、「どの場面で、何をするか」を先に決めておく方法を考えました。

これが「実行意図」と呼ばれる考え方です。

名前は少し堅そうですが、中身はとても庶民的です。

「もし夕食を食べ終えたら、運動靴を履いて家のまわりを十分歩く」
「もし夜九時になったら、机に座って原稿を三行書く」
「もし返信を後回しにしたくなったら、件名だけでも入力する」
「もし不安で手が止まったら、次にやる一つだけ紙に書く」

つまり、「もしこの場面になったら、私はこれをする」と、未来の自分にあらかじめ指示書を渡しておくのです。

未来の自分は、意外と忙しい。疲れていることもある。不安で頭がいっぱいの日もある。だから、その場で立派な判断をしてもらおうと期待しすぎない。あらかじめ、少し元気な自分が道しるべを置いておく。

これは、自分を甘やかすことではありません。
むしろ、自分を過信しない賢さです。

やる気を待たずに、行動の入口を決める

「やる気が出たら始めよう」は、気持ちとしてはよく分かります。でも、やる気は気まぐれです。晴れの日だけ営業する屋台のようなところがあります。

来る日もあれば、来ない日もある。しかも、こちらが本当に困っているときほど、平気で休業します。

そこでゴルヴィツァーの研究から学べるのは、やる気を主役にしすぎないということです。

大きな目標を立てることは大切です。ただ、それを実際の行動へ変えるには、「気合い」よりも「入口」を決めたほうが役に立つことがあります。

たとえば、「読書を習慣にする」と決めるよりも、「歯を磨いたら、枕元の本を二ページ読む」と決める。
「部屋を片づける」と決めるよりも、「土曜日の午前十時になったら、机の上だけを五分片づける」と決める。

ここでのコツは、立派な計画をつくらないことです。

人は、ときどき計画まで壮大にしすぎます。「毎日一時間走る」「毎晩二時間勉強する」「部屋を完璧に整える」。もちろんできれば素敵です。でも、最初から巨大な計画を置くと、行動の入口が重くなります。玄関の前に巨大な岩が置かれているようなものです。出かける前から、もう帰りたい。

だから最初は、小さくていいのです。

十分歩く。
一段落だけ読む。
三行書く。
返信文の下書きだけする。
机の上の紙を三枚捨てる。

小さな行動は、夢が小さいという意味ではありません。大きな夢へ行く道に、ちゃんと最初の一歩があるというだけです。

「いつか」は予定表に住んでいない

ゴルヴィツァーの研究が教えてくれる、もう一つの大事なことがあります。

それは、「いつか」という言葉は、行動を助けてくれないことが多い、ということです。

「時間ができたらやる」
「気持ちが整ったら始める」
「余裕が出たら連絡する」

どれも悪い言葉ではありません。ただし、「いつか」は予定表に書き込めません。時計も「いつか三時」を知らせてくれません。

だから、できるだけ場面を具体的にします。

「帰宅してカバンを置いたら」
「昼食後に席へ戻ったら」
「土曜日の午前中になったら」
「お風呂から出たら」
「不安でスマホを開きたくなったら」

場面が見えるほど、行動は迷子になりにくくなります。

これは、自分をロボットにする話ではありません。毎日を分刻みで管理して、心をカチカチの弁当箱に詰める話でもない。むしろ、迷いで疲れやすいところだけ、少し自動化してあげる話です。

人は一日に何度も選びます。何を食べるか。いつ始めるか。返信するか。休むか。片づけるか。選択肢が多すぎると、脳は小さな疲労をため込みます。

だからこそ、「このときは、これをする」と決めておく。
それは、心の電池を節約する工夫でもあります。

目標を決めるときと、実行するときは、仕事が違う

ゴルヴィツァーは、人が目標に向かう過程を、いくつかの段階に分けて考えました。これを難しく言う必要はありません。日常の言葉にすると、だいたい次のような流れです。

まず、「本当にそれをやりたいのか」と考える段階。
次に、「やる」と決める段階。
そして、「いつ、どこで、どう動くか」を決める段階。
最後に、実際に動いて、振り返る段階です。

ここで面白いのは、どの段階でも同じことを考えればいいわけではない、という点です。

まだ目標を決めていないときには、「自分にとって大切か」「現実的か」「今の生活に合うか」をよく考えたほうがいい。

でも、いったん「やる」と決めた後まで、「本当にこれでいいのかな」「もっといい方法があるかも」と考え続けていると、今度は行動が進みません。

目標を選ぶときには、じっくり考える。
動くと決めたら、次は具体的に動く。

これは、人生のあちこちで役に立ちます。

転職を考えるなら、最初は条件や価値観を丁寧に比べる。けれど応募すると決めたら、「明日の十九時に履歴書の住所欄を書く」と行動を小さくする。

資格を取りたいなら、最初は本当に必要な資格かを考える。けれど受けると決めたら、「平日の夜八時に問題を三問解く」と決める。

ダイエットでも、創作でも、家事でも同じです。

考えるべきときに考える。
動くべきときには動く。

この切り替えができると、心の中の会議室は少し静かになります。

失敗した日は、自分を裁く日ではなく、計画を直す日

ここで、実行意図を使うときに忘れたくないことがあります。

計画どおりにできなかった日があっても、それは「自分には意志がない」という判決ではありません。

たとえば、「帰宅後に十分歩く」と決めたのに、残業でへとへとだった。雨が強かった。家族の急な用事が入った。体調が悪かった。そういう日はあります。人生は、こちらの予定表を見てから事件を起こしてくれるほど親切ではありません。

そんなときは、自分を責めるより、計画を少し調整してみる。

「雨の日は、家でストレッチを三分する」
「帰宅が遅い日は、歩く代わりに玄関で靴をそろえるだけにする」
「原稿が書けない日は、題名候補だけを三つ出す」
「気持ちが沈んでいる日は、何もしないで休むことを予定に入れる」

実行意図は、自分を追い込むためのむちではありません。
つまずきやすい場所に、手すりをつける工夫です。

予定どおりにいかなかったら、「私はだめだ」で終わらせない。
「この場面では、この計画だと難しいのか」と見直す。

それだけで、失敗は少しずつ“次の設計図の材料”になります。

自分を変える前に、環境との約束を変える

私たちは、何かが続かないとき、すぐに自分の性格を疑いがちです。

「私は意志が弱い」
「私は三日坊主だ」
「結局、私は続かない人間だ」

けれどゴルヴィツァーの研究は、別の見方をくれます。

人を変えようとする前に、場面と行動のつながりを変えてみる。
気合いを増やす前に、迷いを減らしてみる。
理想の自分を叫ぶ前に、明日の自分が動ける場所をつくっておく。

たとえば、読書をしたいなら、本を机の奥にしまわず、枕元に置く。
散歩をしたいなら、運動靴を玄関に出しておく。
朝に原稿を書きたいなら、前の夜にパソコンを開き、書きかけの画面を残しておく。

これは環境に頼っているのではありません。
環境と仲直りしているのです。

人は、意志だけで生きているわけではありません。目に入るもの、手の届く場所、時間の流れ、その日の疲れ具合に影響を受けながら生きています。だから、行動しやすい環境をつくることも、自分を助ける立派な力です。

「もし〜なら、私は〜する」が、未来の自分を助ける

ゴルヴィツァーの研究から学べることを、一文にするなら、こうなるでしょう。

人は、決意だけで進むのではない。決意を行動に変えるための、具体的な約束があると進みやすい。

「いつか頑張る」ではなく、
「もし夜九時になったら、五分だけ始める」。

「ちゃんと片づける」ではなく、
「もし土曜の午前になったら、机の上だけを片づける」。

「不安に負けない」ではなく、
「もし不安で止まったら、深呼吸をして次の一手を紙に書く」。

人生には、気合いで突破しなければならない日もあります。けれど、毎日を気合いだけで渡ろうとすると、心はすぐに息切れします。

だから、未来の自分に小さな道案内を残しておく。
「ここで右へ曲がってください」
「ここでは五分だけ始めてください」
「ここで疲れていたら、休んでください」

そんなふうに、自分の人生へ手すりを増やしていく。

ゴルヴィツァーの研究は、「強い人になれ」と言っているわけではありません。むしろ、「迷うことを前提に、動ける仕組みをつくろう」と語りかけています。

それは、完璧な人のための方法ではありません。
やる気が逃げたり、予定が狂ったり、つい後回しにしてしまったりする、私たち普通の人間のための知恵なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ピーター・M・ゴルヴィツァー(Peter M. Gollwitzer)の論文一覧

1.『実行意図:「もし〜なら、〜する」という小さな計画が、行動を大きく変える』ピーター・M・ゴルヴィツァー(1999)

Gollwitzer, P. M. (1999). Implementation intentions: Strong effects of simple plans. American Psychologist, 54(7), 493–503. DOI:10.1037/0003-066X.54.7.493

「今度こそ早起きする!」と宣言したのに、翌朝の自分は布団と和平条約を結んでいる。そんな人間の“決意と行動のすき間”へ、ゴルヴィツァーは小さな橋を架けました。鍵は、「もし○時になったら机に座る」「もし昼食を終えたら十分歩く」という“もし〜なら、これをする”の計画です。やる気という気まぐれな部長に全権を預けず、場面に行動を予約しておく。目標を立てても動けないのは、意志が弱いからではないかもしれません。未来の自分に具体的なカンペを渡せばいい。本論文は、シンプルな予定がなぜ人を動かすのかを、鮮やかに解き明かします。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
【心理学論文】「やるつもり」が続かないのはなぜ? 「もし〜なら、〜する」で行動を変える「実行意図」の研究
【心理学論文】「やるつもり」が続かないのはなぜ? 「もし〜なら、〜する」で行動を変える「実行意図」の研究
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