ピーター・F・ラヴィボンド(Peter F. Lovibond)の論文一覧:不安とストレスと抑うつに、そっとメジャーを当てた心の測量士
ピーター・F・ラヴィボンド(Peter F. Lovibond)のプロフィール
ピーター・F・ラヴィボンドは、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学で心理学を研究してきた心理学者です。専門は、ざっくり言うと「人はどうやって学び、どうやって怖がり、どうやって予想するのか」という心のしくみです。本人の大学プロフィールでも、研究領域は「連合学習」、つまり「これが起きたら、次はこれが来るぞ」と心が結びつけて覚える働きだと紹介されています。博士課程はニューサウスウェールズ大学、その後ケンブリッジ大学で動物の条件づけ研究に取り組み、さらに臨床心理学も学んでいます。
ラヴィボンドさんの研究を一言でいうなら、「心の警報機が、なぜピーピー鳴るのかを調べる人」です。
たとえば、熱い鍋を一度さわると、次から鍋を見るだけで「危ないかも」と思いますよね。これが学習です。ところが心の世界では、この警報機が少し敏感になりすぎることがあります。まだ何も起きていないのに、不安の非常ベルが鳴る。まだ失敗していないのに、「たぶんダメだ」と予想してしまう。ラヴィボンドさんは、そうした心の結びつきや予測の働きを、実験心理学と臨床心理学の両方からじっくり見てきた研究者です。
そして、ラヴィボンドさんの名前を広く知られるようにした大きな仕事が、DASSという尺度です。これは「抑うつ・不安・ストレス尺度」と訳せます。シドニー・H・ラヴィボンドとともに作られたもので、DASSは抑うつ、不安、ストレスという三つのつらさを測る自己記入式の尺度として紹介されています。
ここが面白いところです。
普通、心がしんどいときって、本人の中では全部まとめて「もう無理です、心が天ぷらです」みたいな状態になります。
でも研究では、そこを少し分けて見ます。
「これは気分の沈み込みが強いのかな」
「これは不安のサイレンが鳴っているのかな」
「これはストレスで心の輪ゴムが伸びきっているのかな」
そんなふうに、ぐちゃっとした心の天気を、雨、風、雷に分けて観察する。DASSは、そのための道具です。まるで、心の空に置かれた小さな気象台ですね。
1995年の有名な論文では、DASSとベックの抑うつ尺度・不安尺度を比較しながら、否定的な感情状態の構造を調べています。論文の著者所属には、ニューサウスウェールズ大学心理学部が記載されています。
ただし、ラヴィボンドさんは「DASSの人」だけではありません。むしろ本丸は、人間の学習や条件づけです。怖い経験をしたあと、人はどうやって似た状況を怖がるようになるのか。期待や推論は、学習にどう関わるのか。大学プロフィールでは、現在の研究の焦点として、推論や期待といった認知過程が連合学習に果たす役割が挙げられています。
つまりラヴィボンドさんは、心をただ「感じるもの」として見るだけではなく、
「心って、けっこう予想屋さんなんだよね」
と見ている研究者でもあります。
人間の心は、未来を勝手に予告します。
「また怒られるかも」
「また失敗するかも」
「また不安になるかも」
この“心の予告編”が役に立つこともあります。でも、ときどき編集が過激すぎて、ただの会議をホラー映画の予告みたいにしてしまうこともある。ラヴィボンドさんの研究は、そうした心の予測システムを落ち着いて調べていくものです。
プロフィールとしてまとめるなら、ピーター・F・ラヴィボンドは、不安・ストレス・抑うつを測る道具づくりにも関わり、人がどう学び、どう怖がり、どう予測するのかを探ってきた心理学者です。
心の中で鳴る小さな警報音に、
「はいはい、君はどこから来たのかな?」
と虫眼鏡を向ける人。
それが、ピーター・F・ラヴィボンドという研究者です。
参考文献・確認先:ピーター・F・ラヴィボンド 公式プロフィール / Google Scholar:Peter F. Lovibond 論文・引用情報 / PubMed:Peter F. Lovibond 関連論文

ピーター・F・ラヴィボンド(Peter F. Lovibond)の研究から学べること
ピーター・F・ラヴィボンドの研究から学べることは、ひとことで言えば、「心の警報機は、鳴ったからといって必ずしも火事とは限らない」ということです。
これ、かなり大事です。
私たちの心には、見えない警報機があります。
「危ないぞ」
「失敗するぞ」
「嫌われるぞ」
「また同じことが起きるぞ」
こうやって、未来を先回りして知らせてくれる。ありがたい。実にありがたい。
でも、たまにこの警報機、感度がよすぎます。
ちょっとした物音で、
「事件です!」
少し返事が遅いだけで、
「人間関係、終了のお知らせです!」
上司の眉間にしわが寄っただけで、
「今すぐ心の防空壕へ!」
いやいや、待って。まだ何も始まっていない。
でも心の中では、すでにドラが鳴り、赤ランプが回り、係員が笛を吹いている。ピーッ。
ラヴィボンドの研究は、まさにこの「心がどうやって危険を覚えるのか」「なぜ、まだ起きていないことまで怖くなるのか」を探ってきたものです。
人は、経験から学びます。
たとえば、犬に吠えられて怖い思いをした人は、次に犬を見たときに体がこわばるかもしれません。これは自然な反応です。心が「前に怖かったから、気をつけてね」と教えてくれているわけです。
ここまでは、心の警備員として優秀です。
でも、そのうち犬だけでなく、犬の写真、犬の鳴き声、犬っぽいぬいぐるみ、犬という漢字、しまいには「ワン」という効果音にまで反応し始めることがあります。
心の警備員、働きすぎです。
有給を取ってください。
ここから学べるのは、不安は“弱さ”ではなく、学習の結果として起こることがあるということです。
つまり、不安になる自分を見て、
「自分はダメだ」
「メンタルが弱い」
「気にしすぎだ」
と責める必要はありません。
むしろ、心が一生懸命に過去の経験を覚えて、未来の危険を避けようとしている。
ただ、その予測がちょっと大げさになっているだけかもしれません。
ここ、すごく人間らしいところです。
心は、過去の痛みをメモします。
それも、なかなか字が濃い。油性ペンです。しかも太字です。
「前に傷ついた」
「前に怒られた」
「前に失敗した」
このメモをもとに、心は次の場面でそっと耳打ちします。
「また起きるかもよ」
でも、ここで大切なのは、“また起きるかも”は、“必ず起きる”ではないということです。
心の予測は、天気予報に似ています。
「雨が降るかもしれません」と言われても、実際には晴れることもあります。
でも私たちは、不安が強いとき、心の予報をまるで絶対命令のように受け取ってしまいます。
「不安だ。だから危険に違いない」
「怖い。だからやめたほうがいい」
「緊張する。だから自分には無理だ」
でも、本当はこう考えてもいいのです。
「不安が出ている。心が警戒しているんだな」
「怖さがある。過去の経験が反応しているのかもしれない」
「緊張している。でも、危険確定ではない」
この少しの距離感が、心を助けます。
ラヴィボンドの研究から学べるもう一つの大事なことは、心の反応は、学び直せるということです。
一度覚えた不安は、永遠の呪いではありません。
心に貼られた「危険!」の赤いシールは、少しずつ貼り替えることができます。
たとえば、人前で話すのが怖い人がいるとします。
最初は、
「人前で話す=失敗する=恥ずかしい=地球の裏側まで逃げたい」
というつながりが心の中にできているかもしれません。
でも、少しずつ経験を重ねると、別のつながりも生まれます。
「少し緊張したけど、最後まで話せた」
「言葉に詰まったけど、誰も石を投げてこなかった」
「思ったより大丈夫だった」
こういう経験が増えると、心は新しいメモを作ります。
「人前で話す=怖いけど、なんとかなるかもしれない」
この“なんとかなるかもしれない”は、心にとってかなり大きな一歩です。
豪華客船ではありません。最初は小舟です。
でも、その小舟が出るだけで、心の海は少し広くなります。
そして、ラヴィボンドといえば、抑うつ・不安・ストレスを分けて測る尺度に関わった研究者としても知られています。ここから学べるのは、心のしんどさは、まとめて「つらい」で終わらせなくてもいいということです。
もちろん、つらいときは全部まとめてつらいです。
心の台所で、抑うつ、不安、ストレスが一緒に鍋をかき混ぜている感じです。
しかも火加減が強い。
でも、少し落ち着いて見てみると、違いがあります。
抑うつは、心の電池が切れて、世界の色が薄くなる感じ。
不安は、まだ起きていない未来に向かって、心が先に走ってしまう感じ。
ストレスは、やることや刺激が多すぎて、心の机の上が書類雪崩になる感じ。
同じ「しんどい」でも、中身が違う。
中身が違えば、必要な助け方も変わります。
電池切れなら、まず休む。
未来への不安なら、考えを整理する。
負荷が多すぎるなら、荷物を減らす。
心の状態を分けて見られると、対処も少しやさしくなります。
ここで大事なのは、心を責めることではありません。
心を観察することです。
「また不安になってる。ダメだな」ではなく、
「今、不安の警報が鳴っているな」
「ストレスに弱いな」ではなく、
「今、荷物が多すぎるんだな」
「何もしたくない自分は怠け者だ」ではなく、
「今、心の電池がかなり減っているんだな」
この言い換えだけで、心への接し方が変わります。
心は、怒鳴ると縮こまります。
でも、観察すると少しだけ落ち着きます。
まるで暗い部屋に、小さなランプを置くようなものです。
ラヴィボンドの研究が教えてくれるのは、心の反応には理由がある、ということです。
不安にも、ストレスにも、抑うつにも、いきなり空から落ちてきた隕石みたいなものではなく、経験、学習、予測、体の反応、環境の負荷などが関わっています。
だからこそ、私たちは自分にこう言ってあげてもいいのです。
「なるほど、心はそう学んできたんだね」
「じゃあ、少しずつ別の学び方もしていこうか」
これは、甘やかしではありません。
心の再教育です。
黒板に赤字で「危険!」と書かれているなら、いきなり消そうとしなくていい。
まずは横に小さく書き足せばいいのです。
「でも、今回は大丈夫かもしれない」
「前とは違うかもしれない」
「怖いけど、一歩だけなら試せるかもしれない」
心は、一度で変わる機械ではありません。
でも、何度も学び直す生きものです。
ラヴィボンドの研究から日常に持ち帰れる知恵は、こんな感じです。
不安が出たら、すぐに「危険だ」と決めつけない。
ストレスを感じたら、「自分が弱い」ではなく「負荷が大きい」と見る。
気分が沈んだら、「気合い不足」ではなく「心の電池残量」を確認する。
過去の経験で怖くなっているなら、「昔の記憶が今の場面に反応しているのかも」と考える。
そして、小さな安全な経験を積み重ねて、心に新しいメモを渡していく。
結局、ピーター・F・ラヴィボンドの研究から学べることは、こういうことです。
心は、勝手に暴れているのではない。
心なりに、あなたを守ろうとしている。
ただし、その守り方が少し古くなっていることがある。
だから私たちは、心の警報機を壊す必要はありません。
音量を少し下げたり、鳴る条件を見直したりすればいい。
不安が鳴ったら、こう言ってみる。
「知らせてくれてありがとう。でも、今は本当に火事かな?」
この一言だけで、心の中の警備員は、少しだけ笛を下ろしてくれるかもしれません。

ピーター・F・ラヴィボンド(Peter F. Lovibond)の論文一覧
1.『ネガティブ感情の設計図:うつ・不安・ストレス尺度(DASS)とベック式うつ・不安検査を比べて見えた、心の曇り空のかたち』ピーター・F・ラヴィボンド、シドニー・H・ラヴィボンド(1995)
Lovibond, P. F., & Lovibond, S. H. (1995). The structure of negative emotional states: Comparison of the Depression Anxiety Stress Scales (DASS) with the Beck Depression and Anxiety Inventories. Behaviour Research and Therapy, 33(3), 335–343. DOI:10.1016/0005-7967(94)00075-U
この論文は、心の「しんどい三兄弟」こと抑うつ・不安・ストレスを、DASSという物差しで分けて測ってみた研究です。ベックの抑うつ・不安尺度とも比べながら、「ただつらい」ではなく、「沈んでいるのか、ビクビクしているのか、張りつめているのか」を整理します。心のごちゃまぜ鍋に、ラヴィボンド兄弟がそっとラベルを貼る一作。読めば、自分のモヤモヤにも名前札をつけたくなります。

