心理学の論文・著者検索「か」:考えすぎも感情も、かなり本気で調べた人たち

心理学の論文・著者検索「か」
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「か」から始まる心理学の論文著者一覧

心理学における「か」とは?

心理学における「か」は、もしかすると「考えすぎ」の「か」かもしれません。

「考えすぎだよ」と言われても、考えすぎを止められない。
「気にしなくていいよ」と言われても、気になるものは気になる。
「大丈夫だよ」と言われても、心の中の心配係が腕まくりして働き続ける。
「今日はもう寝よう」と思った瞬間に、脳内で反省会の司会者がマイクを握る。

こういうこと、ありますよね。あります。人間の心というものは、なかなか素直に閉店してくれません。「本日の営業は終了しました」と看板を出しても、頭の中ではまだ蛍光灯がついていて、感情たちが会議資料を配り始めます。

「あの言い方、変じゃなかったかな」
「なんであんなこと言ってしまったんだろう」
「もしかして嫌われた?」
「いや、でも考えすぎかもしれない。でも、考えすぎだとしても、考えてしまうんですけど」

心の中で、考えがぐるぐる回り始める。まるで洗濯機の中に、心配と後悔と不安をまとめて放り込んだような状態です。しかも脱水が長い。なかなか終わりません。

心理学というと、少し難しそうに感じるかもしれません。実験、調査、理論、統計。聞いただけで、心の中の小さな自分が「すみません、今日は早退します」と言い出しそうです。でも、心理学の入口はもっと身近なところにあります。

「なぜ、人は同じことを何度も考えてしまうのか」
「なぜ、感情は自分の思い通りにならないのか」
「なぜ、わかっているのに不安が消えないのか」
「なぜ、頭では納得しているのに、心が納得してくれないのか」

こうした疑問こそ、心理学の大事な入口です。

たとえば、「考える」という力は、人間にとってとても大切なものです。先のことを予測したり、失敗から学んだり、人との関係を調整したり、目標に向かって準備したりできます。考える力があるから、私たちは昨日より少しよい選択をしようとできます。つまり、考える力は心の工具箱です。ドライバーも入っています。メジャーも入っています。たぶん、なぜか使わない六角レンチも入っています。

でも、この工具箱がときどき暴走します。

考えることが、自分を助けるためではなく、自分を追い詰める方向に働いてしまうことがあるのです。未来を考えるつもりが、不安の映画を上映してしまう。反省するつもりが、自分を責める裁判を開いてしまう。相手の気持ちを想像するつもりが、「きっと嫌われたに違いない」という結論へ全力疾走してしまう。

心の中の考えは、ときどき名探偵のふりをした脚本家になります。証拠は少ないのに、ものすごくリアルな不安物語を書いてくるのです。

「この人、返信が遅い。つまり怒っているのでは?」
「今日、あいさつが少し軽かった。つまり距離を置かれているのでは?」
「少し失敗した。つまり自分は向いていないのでは?」

いやいや、待ってください。そこまで話を進めるには、証拠が足りません。裁判なら、まだ開廷前です。けれど、心はときどき証拠よりも感情の勢いで判決を出してしまいます。

ここで心理学が登場します。

心理学は、「考えすぎるあなたが悪い」とは言いません。むしろ、「なぜ、そう考えてしまうのか」を見ようとします。考え方には、クセがあります。感じ方にも、クセがあります。人によって、同じ出来事でも受け止め方が違います。同じ雨の日でも、「落ち着くなあ」と感じる人もいれば、「今日は気分が沈むなあ」と感じる人もいます。雨は同じでも、心の天気予報は人それぞれです。

また、感情も不思議です。

うれしい、悲しい、腹が立つ、不安になる、さびしい、ほっとする。感情は、私たちの中に勝手に湧いてきます。「では、今から三分間だけ自信満々でお願いします」と言われても、そう簡単にはいきません。心はリモコン操作ではありません。音量ボタンも、早送りボタンも、消音ボタンも見当たらないことがあります。

だからこそ、感情をただ押さえつけるのではなく、「この感情は何を伝えようとしているのか」と見ていくことが大切になります。

不安は、何かを大事にしている合図かもしれません。
怒りは、守りたい境界線が踏まれた合図かもしれません。
悲しみは、失ったものや願っていたものの大きさを知らせているのかもしれません。
焦りは、「このままでいいのかな」と心がこちらの袖を引いているのかもしれません。

もちろん、感情はいつも親切な言葉で教えてくれるわけではありません。むしろ、けっこう荒っぽいです。不安は夜中に突然ドアを叩いてきますし、怒りは机をドンと叩くように出てくることがあります。悲しみは、何も言わずに隣へ座り込むこともあります。感情たちは、なかなか個性的な来客です。

心理学は、そうした来客を追い払うだけではなく、「あなたは何を知らせに来たんですか」と少し話を聞いてみる学問でもあります。

このページでは、「アドラーの昼寝」に収録している人物のうち、名前が「か」から始まる研究者を紹介しています。

「か」から始まる研究者たちのページをたどっていくと、考え方、感情、人間関係、ストレス、働き方、健康、行動のしくみなど、さまざまな心の研究に出会えるかもしれません。研究者の名前だけを見ると、最初は少し遠く感じるかもしれません。「ええと、どちらさまでしょうか」と名刺を二度見したくなる名前もあると思います。でも、その先にあるテーマは、私たちの日常としっかりつながっています。

考えすぎて疲れる。
感情に振り回される。
からだは休んでいるのに、頭だけ走り続ける。
過去の失敗を何度も思い出す。
人の反応を気にしすぎる。
変わりたいのに、いつもの考え方に戻ってしまう。

こうした悩みは、特別な人だけのものではありません。かなり人間らしい心の動きです。心はまっすぐな線ではなく、曲がった道や寄り道や行き止まりを含んだ地図のようなものです。しかも、ときどき現在地がずれます。困りますね。心の地図アプリ、更新しておいてほしいところです。

でも、心理学を知ると、その地図の読み方が少しわかってきます。

「また考えすぎている。だめだなあ」と責める代わりに、「今、自分は不安を減らそうとして、一生懸命考えているのかもしれない」と見られるかもしれません。
「感情的になってしまった。情けない」と責める代わりに、「それだけ自分にとって大事なことだったのかもしれない」と気づけるかもしれません。
「気にしすぎる自分が嫌だ」と思う代わりに、「人とのつながりを大事にしているから、反応に敏感になっているのかもしれない」と考えられるかもしれません。

この少しの見方の変化が、心にはけっこう効きます。自分を責める言葉が、自分を理解する言葉に変わると、心の中の空気が少しやわらかくなります。ぎゅっと固まっていた結び目に、少しだけすき間ができる感じです。

心理学における「か」は、「考えすぎ」の「か」。
そして、「感情」「からだ」「関係」「変わりたい気持ち」の「か」でもあります。

考えることも、感じることも、ときには私たちを疲れさせます。でも同時に、それらは自分を知るための手がかりでもあります。考えすぎの中には、不安だけでなく、大切にしたいものが隠れていることがあります。感情の中には、ただの気分ではなく、自分の願いや傷つきや希望が混ざっていることがあります。

だから、心がからまったときは、無理に引っぱらなくても大丈夫です。心理学の研究という小さな道具を借りながら、少しずつほどいていけばいいのです。

このページから、気になる研究者のページをたどりながら、あなた自身の中にある「考えすぎ」や「感情」にも、そっと目を向けてみてください。

「考えすぎてしまう自分」は、ただ面倒な自分ではありません。
「感情に揺れる自分」は、ただ弱い自分ではありません。
そこには、心が何かを伝えようとしているサインがあるのかもしれません。

さあ、「か」から始めてみましょう。
考えすぎも感情も、かなり本気で見つめてみると、心の中から思いがけない発見が顔を出すかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

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