パスカル・シーラン(Paschal Sheeran)の論文一覧:「やるつもりです」が「まだやってません」に化ける瞬間を追った心理学者
パスカル・シーラン(Paschal Sheeran)のプロフィール
パスカル・シーランは、「やろうと思っていたのに、なぜ人はやらないのか」という、人類のちょっと切ない謎を長年追いかけてきた社会心理学者です。
たとえば日曜日の夜。「明日から早起きする」「今週こそ運動する」「甘い物は控える」「あのメールに返信する」。人は未来の自分に、ずいぶん立派な約束をします。ところが翌朝になると、目覚ましは止められ、運動靴は玄関で静かに待機し、返信すべきメールには新しい仲間が三通ほど増えている。決意はあった。やる気も、たぶんあった。では、どこで話がすれ違ったのでしょう。
シーランが注目したのは、まさにこの「決めたこと」と「実際にしたこと」のあいだに生まれるすき間です。心理学ではこれを、意図と行動のギャップと呼びます。少し難しそうな名前ですが、要するに「やるつもり」と「やった」のあいだにある、見えない溝のことです。
彼の研究が面白いのは、「意志が弱いから」で話を終わらせなかったところにあります。人が行動できないのは、根性が足りないからとは限りません。始めるタイミングを逃したり、別の誘惑に気を取られたり、疲れや不安に足を引っぱられたりする。あるいは、そもそも毎日の習慣が、古い自分のレールをしっかり走っている。人の心は、決意ひとつで急カーブを曲がれるほど単純な乗り物ではないのです。
シーランは、アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・ダブリンで心理学を学び、その後、イギリスのシェフィールド大学で博士号を取得しました。長くシェフィールド大学で研究と教育に携わったのち、アメリカのノースカロライナ大学チャペルヒル校へ移り、心理学と公衆衛生の分野をまたぎながら研究を続けています。
彼の専門は、自分の考え、気持ち、行動を目標に向けて整えていく力です。言い換えれば、「未来の自分を助けるために、今日の自分が何をしておけるか」を考える学問です。特に、健康に関する行動の変化や、感情との付き合い方に関心を向けてきました。運動、食事、禁煙、病気の予防など、頭では大切だと分かっているのに続けるのが難しいテーマには、彼の研究がよく似合います。
シーランの研究では、よい意図が実際の行動に変わるのは、おおよそ半分程度にとどまることが示されています。半分、と聞くと少しがっかりするかもしれません。でも、これはむしろ救いのある話です。「決めたのにできなかった」のは、自分だけがだらしないからではない。人間全体が、わりと高い確率でここにつまずく。つまり私たちは、立派な決意を抱えたまま、ときどきソファに沈む生き物なのです。
そこで彼が重要なヒントとして扱ったのが、「もし、この場面になったら、こうする」とあらかじめ決めておく方法です。「運動する」だけではなく、「仕事から帰って着替えたら、十分だけ歩く」と決める。「野菜を食べる」だけではなく、「昼にコンビニへ行ったら、最初にサラダを一つ選ぶ」と決める。目標を立派な旗として掲げるだけでなく、実際に足を出す場所まで案内板を置くわけです。
もちろん、人生は予定表どおりには進みません。疲れる日もあります。急な用事もあります。気持ちが荒天の日だってあるでしょう。それでも、「何を目指すか」だけでなく、「どんな場面で、何をするか」まで考えておくと、行動は少しだけ現実の地面に降りてきます。シーランは、その小さな着地の技術を、地道な研究で確かめ続けた人です。
彼の仕事は、「やれなかった自分」を責める前に、「行動しやすい仕組みをつくれていただろうか」と問い直す視点を与えてくれます。決意は大切です。でも決意だけでは、ときどき未来の自分に丸投げになってしまう。だからこそ、明日の自分が迷わないように、今日の自分が小さな道しるべを置いておく。その発想を、心理学の言葉で育ててきた研究者が、パスカル・シーランなのです。
参考文献・確認先:パスカル・シーラン 公式プロフィール(ノースカロライナ大学チャペルヒル校) / Google Scholar:Paschal Sheeran 論文・引用情報 / PubMed:Paschal Sheeran 関連論文

パスカル・シーラン(Paschal Sheeran)の研究から学べること
「明日から早起きするぞ」
人はときどき、夜の自分をかなり信用します。布団に入る前の自分は、未来に向かって実に立派です。「朝六時に起きて散歩する」「帰宅したら勉強する」「お菓子は今日で終わりにする」。未来の自分は、健康的で、勤勉で、野菜にも優しい。まるで人生を立て直す市長選に当選したような勢いです。
ところが翌朝。目覚ましは鳴ります。鳴りますが、こちらも止めます。散歩用の靴は玄関で待っていますが、本人は布団のなかで「今日は体を休めることも大事だから」と、たいへん立派な理屈を発見します。
ここで多くの人は、「自分は意志が弱い」と反省会を始めます。しかし、パスカル・シーランの研究は、少し違う角度からこちらを見ています。
問題は、意志の弱さだけではない。
「やろうと思うこと」と「実際にやること」のあいだには、思っている以上に深い川が流れている。しかもその川には、疲れ、不安、誘惑、忘却、予定変更、スマホ、ソファなど、なかなか手ごわい生き物が泳いでいます。決意だけを小舟にして渡ろうとすると、途中でポテトチップスの島に漂着することもあるわけです。
シーランの研究からまず学べるのは、「決めただけでは、行動はまだ始まっていない」という、少し冷静で、でも救いのある事実です。
これは、決意をばかにする話ではありません。「運動したい」「勉強したい」「人にやさしくしたい」と思えること自体は、もちろん大切です。ただし決意は、出発駅の切符のようなものです。切符を買ったからといって、電車が勝手に目的地へ連れていってくれるわけではありません。改札を通り、ホームへ行き、乗る電車を選ぶ必要があります。
では、どうすれば「やるつもり」が「やった」に変わりやすくなるのか。
ここで登場するのが、「もし、この場面になったら、こうする」と前もって決める考え方です。
たとえば、「運動する」と決めるだけでは、まだ少しふんわりしています。空に浮かぶ綿あめのように、見た目はやさしいのですが、つかみにくい。
そこで、こう変えます。
「平日の夜、夕食を食べ終えたら、十分だけ家の近所を歩く」
あるいは、
「昼休みにコンビニへ入ったら、最初に飲み物とサラダを選ぶ」
「寝る前に歯を磨いたら、机に座って五分だけ本を開く」
「不安で先延ばししたくなったら、まず一行だけメールを書く」
こんなふうに、「いつ」「どんな場面で」「何をするか」を先に決めておく。これが、シーランたちが大切にしてきた行動の工夫です。
人は、いざその場になると迷います。「今からやる? でも疲れているし」「明日でもいいかな」「今日は特別ということにしよう」。心のなかでは、毎日ちいさな会議が開かれます。そして司会者も参加者も自分なので、会議はだいたい長引きます。
けれど、前もって「この場面では、これをする」と決めておくと、その会議が短くなります。判断の回数を減らせるからです。目の前の状況が合図になり、行動へつながる。決意を毎回思い出して気合いを入れるのではなく、行動への道に小さな案内板を立てておくのです。
ここで大事なのは、計画を壮大にしすぎないことです。
「毎朝五時に起きて、一時間走って、英会話をして、読書をして、部屋を片づけてから出勤する」
これは計画というより、未来の自分に対する無茶ぶりです。未来の自分も、今日の自分と同じく眠いし、急な用事もあるし、ときどき唐揚げを食べたい普通の人間です。
だから最初は、小さくていい。
「机の前に座る」
「靴を履く」
「書類を一枚だけ開く」
「一分だけ歩く」
「返信文の最初の一文を書く」
行動の入口を低くすると、始めるための心の重さが軽くなります。大仕事に見えたものが、「とりあえずこれだけなら」と手を伸ばせるサイズになる。やる気が満タンになる日を待つのではなく、やる気が半分でも動ける仕組みをつくる。ここに、シーラン研究の実用的な知恵があります。
そしてもう一つ、忘れたくないことがあります。
計画は、心をムチで叩くためのものではありません。
「できなかった。だから私はだめだ」と自分を追い込むために予定表を使うと、計画はすぐに監視員の顔をし始めます。でも本来、計画は未来の自分を助けるためのものです。
疲れることが分かっているなら、「帰宅して疲れていたら、運動は五分のストレッチにする」と決めておく。不安が強いときは、「不安になったら、まず深呼吸して、次にやることを紙に一つ書く」と決めておく。予定が崩れたら、「できなかった自分」を裁くのではなく、「次に動きやすくするには何が必要だったか」を考える。
これは甘やかしではありません。むしろ、人間という少々複雑な生き物を、現実的に扱う知恵です。
パスカル・シーランの研究は、私たちにこう語りかけているようです。
「決意したのに動けなかったとき、あなたの人格を疑う前に、行動の道順を見直してみませんか」
やる気は、気分のご機嫌に左右されます。けれど、仕組みは少しずつ整えられます。
「いつかやる」を、「月曜日の帰宅後、着替えたら五分だけやる」へ。
「もっと健康になる」を、「昼食のとき、最初にお茶を選ぶ」へ。
「人にやさしくする」を、「イライラしたら、返事をする前に一度深呼吸する」へ。
立派な決意を抱えることも大切です。でも人生を前へ運ぶのは、ときに立派さよりも、具体性です。
未来の自分が迷子にならないように、今日の自分が小さな道しるべを置いておく。その一本の案内板が、思っている以上に遠くまで、自分を連れていってくれるのかもしれません。

パスカル・シーラン(Paschal Sheeran)の論文一覧
1.『「やるつもり」は、なぜ「やった」にならないのか?――意図と行動の関係を読み解く理論・実証レビュー』パスカル・シーラン(2002)
Sheeran, P. (2002). Intention—Behavior Relations: A Conceptual and Empirical Review. European Review of Social Psychology, 12(1), 1–36. DOI:10.1080/14792772143000003
「明日から運動する」「今度こそ早く寝る」。人は決意を立てるのが案外うまい。でも、なぜ行動はそのまま付いてこないのか。本論文は、この「やるつもり」と「実際にやった」のあいだにある深い溝を、たくさんの研究を集めて徹底点検した一篇です。行動の種類、決意の強さ、考え方や性格、そして習慣まで。犯人候補は意外に多い。「意志が弱い」で終わらせず、決意が現実に着地する条件を探る心理学の名探偵。三日坊主を責める前に、ぜひ読んでみたい論文です。

