やる気は根性じゃない。習慣と行動の心理学25選
- やる気が出ないのは、あなたの根性が家出したからではありません
- 第1章:やる気の正体を知る
- 1.『自己決定理論とは何か:内発的動機づけ、社会的成長、そしてウェルビーイングを育てる心理学』リチャード・M・ライアン、エドワード・L・デシ(2000)
- 2.『ごほうびは、やる気の火を強めるのか消すのか:外からの報酬が内なる意欲に与える影響を読み解くメタ分析レビュー』エドワード・L・デシ、リチャード・ケストナー、リチャード・M・ライアン(1999)
- 3.『「できるかもしれない」が行動を変える。自己効力感で読み解く、変化の統一理論』アルバート・バンデューラ(1977)
- 4.『やる気と性格のしくみを読み解く、社会的認知アプローチ』キャロル・S・ドゥエック、エレン・L・レゲット(1988)
- 5.『やる気の設計図:信念・価値・目標が行動を動かすしくみ』ジャクリーン・S・エクルズ、アラン・ウィグフィールド(2002)
- 第2章:目標を行動に変える
- 6.『目標はなぜ人を動かすのか? 実践で使える目標設定・課題動機づけ理論、35年の探究』エドウィン・A・ロック、ゲイリー・P・レイサム(2002)
- 7.『実行意図:「もし〜なら、〜する」という小さな計画が、行動を大きく変える』ピーター・M・ゴルヴィツァー(1999)
- 8.『「やるつもり」は、なぜ「やった」にならないのか?――意図と行動の関係を読み解く理論・実証レビュー』パスカル・シーラン(2002)
- 9.『未来への「ただの空想」を、逃げられない目標に変える方法――目標設定を自分で動かす心理学』ガブリエレ・エッティンゲン、ヒョンジュ・パク、カロリーネ・シュネッター(2001)
- 10.『目標は言い訳か、道しるべか?――「ここまで進んだ」という感覚が、選択を自由にするとき』アイエレット・フィッシュバック、ラヴィ・ダール(2005)
- 第3章:習慣はどう作られるのか
- 11.『習慣をあらためて見つめる――「いつもの行動」と目標が出会う場所』ウェンディ・ウッド、デイヴィッド・T・ニール(2007)
- 12.『習慣は、どうやって身につくのか:日常のなかで「続く行動」が育つまでを追った習慣形成モデル』フィリッパ・ラリー、コーネリア・H・M・ファン・ヤールスフェルト、ヘンリー・W・W・ポッツ、ジェーン・ウォードル(2010)
- 13.『これまでの行動を振り返る:習慣がどれほど身についているかを測る自己報告式指標』バス・フェルプランケン、シェイナ・オーベル(2003)
- 14.『習慣は今日も同じ舞台をくり返す』デイヴィッド・T・ニール、ウェンディ・ウッド、ジェフリー・M・クイン(2006)
- 15.『健康を「考えなくても続く習慣」にする――習慣形成の心理学と、日常診療でできること』ベンジャミン・ガードナー、フィリッパ・ラリー、ジェーン・ウォードル(2012)
- 第4章:先延ばし・誘惑・自制心
- 16.『先延ばしの正体――「あとでやる」が自己コントロールを狂わせる仕組みを、メタ分析と理論で解き明かす』ピアーズ・スティール(2007)
- 17.『先延ばしがもたらす成績・ストレス・健康への長期的影響―“ぐずぐずすること”の、目先の得と後から来る代償』ダイアン・M・タイス、ロイ・F・バウマイスター(1997)
- 18.『自我消耗:がんばる心は、使えば減る“限りある資源”なのか?』ロイ・F・バウマイスター、エレン・ブラツラフスキー、マーク・ムラヴェン、ダイアン・M・タイス(1998)
- 19.『やり抜く力「グリット」:長い目標を追い続ける情熱と粘り強さ』アンジェラ・L・ダックワース、クリストファー・ピーターソン、マイケル・D・マシューズ、デニス・R・ケリー(2007)
- 20.『ごほうびを待てる子は、どこを見ているのか? 満足を先延ばしにする「注意」と「考え方」のメカニズム』ウォルター・ミシェル、エベ・B・エベセン、アントネット・ラスコフ・ツァイス(1972)
- 第5章:行動を変える技術
- 21.『人はなぜ「やろう」と思い、実際に動くのか – 意思を行動へ変える「計画的行動理論」』イツェク・アイゼン(1991)
- 22.『人はどうやってタバコをやめるのか-禁煙に至る「変化の段階」とプロセスを統合する』ジェームズ・O・プロチャスカ、カルロ・C・ディクレメンテ(1983)
- 23.『行動を変える「93の技法」を世界共通語にする-行動変容プログラムを正確に伝えるための技法分類体系・第1版』スーザン・ミッチー、ミシェル・リチャードソン、マリー・ジョンストン、チャールズ・エイブラハム、ジル・フランシス、ウェンディ・ハーデマン、マーティン・P・エクルズ、ジェームズ・ケイン、キャロライン・E・ウッド(2013)
- 24.『人を動かすデザインのしくみ:行動を引き出すためのモデル』ブライアン・ジェフリー・フォッグ(2009)
- 25.『フレッシュスタート効果:「時間の節目」が、なりたい自分への一歩を後押しする』ヘンチェン・ダイ、キャサリン・L・ミルクマン、ジェイソン・リース(2014)
- まとめ:やる気を待つより、動きやすい道をつくろう
- あとがき:やる気のない日は、人間として正常運転なのかもしれない
やる気が出ないのは、あなたの根性が家出したからではありません
「やる気が出ない……」
この言葉、人生で何回つぶやいたでしょうか。おそらく、カップラーメンの待ち時間より多く、スマホの充電残量を見る回数より少し少ないくらいかもしれません。
やる気が出ないとき、私たちはつい自分を責めがちです。
「自分は意志が弱いのでは?」
「根性が足りないのでは?」
「昨日の夜、あんなに決意した自分はどこへ行ったのか?」
まるで、昨日の自分が立派な演説をして、今日の自分がその会場を無断欠席したみたいな気持ちになります。
でも、心理学の研究を見ていくと、どうやら話はそんなに単純ではありません。やる気とは、気合いのスイッチを「オン!」にすれば出てくる便利な家電ではないようです。むしろ、目標の立て方、環境のつくり方、習慣の育て方、報酬との付き合い方、「自分にもできそう」と思える感覚など、いろいろな部品が組み合わさって動く、なかなか繊細な心の機械です。
たとえば、やる気は「自分で選んでいる」と感じたときに育ちやすくなります。行動は「いつ・どこで・何をするか」が決まっていると始めやすくなります。習慣は、毎回がんばることでできるというより、同じ状況で同じ行動をくり返すうちに、だんだん自動運転になっていきます。
つまり、続けられる人は、必ずしも心の中に熱血監督を住まわせているわけではありません。むしろ、行動しやすい道をあらかじめ作っているのです。玄関に運動靴を置く。朝に書く時間を決める。スマホを遠ざける。小さく始める。そういう地味な工夫が、やる気の巨大ロボよりも頼りになることがあります。
この特集では、やる気・習慣・行動に関する心理学論文を25本集めました。
テーマは、自己決定理論、自己効力感、目標設定、実行意図、習慣形成、先延ばし、自制心、行動変容など。名前だけ見ると、少し白衣の香りがしますが、どれも私たちの日常に深く関わっています。
勉強が続かない。運動が三日坊主になる。仕事に取りかかれない。やると決めたのに、なぜかソファと一体化してしまう。そんなとき、「自分はダメだ」と責める前に、人間の行動の仕組みを少しのぞいてみましょう。
やる気は、根性だけでどうにかするものではありません。
やる気は、育てるもの。
習慣は、仕組みにするもの。
行動は、小さく始めて、少しずつ道にしていくもの。
この25本の論文が、動けない日のあなたを叱るムチではなく、「ここからなら一歩出せそう」と思える小さな地図になればうれしいです。

第1章:やる気の正体を知る
1.『自己決定理論とは何か:内発的動機づけ、社会的成長、そしてウェルビーイングを育てる心理学』リチャード・M・ライアン、エドワード・L・デシ(2000)
Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-Determination Theory and the Facilitation of Intrinsic Motivation, Social Development, and Well-Being. American Psychologist, 55(1), 68–78. DOI:10.1037/0003-066X.55.1.68
「やる気?気合いでしょ」と思った瞬間、ライアンとデシが白衣の袖をまくります。この論文は、人が本当にいきいき動くには「自分で選ぶ感覚」「できる感覚」「人とつながる感覚」が大事だと教えてくれる自己決定理論の代表作。アメとムチで人を走らせる前に、心のエンジンルームをのぞいてみよう、そんな一篇です。


2.『ごほうびは、やる気の火を強めるのか消すのか:外からの報酬が内なる意欲に与える影響を読み解くメタ分析レビュー』エドワード・L・デシ、リチャード・ケストナー、リチャード・M・ライアン(1999)
Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M. (1999). A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin, 125(6), 627–668. DOI:10.1037/0033-2909.125.6.627
「ごほうび出すよ!」と言われた瞬間、やる気くんは一瞬ニコッ。でも心の奥では「え、好きでやってたのに仕事扱い?」とザワザワ。この論文は128研究をまとめ、賞やお金など“見えるごほうび”が、内側から湧くやる気をしぼませる場合があると示します。一方で、あたたかい言葉は燃料にもなる。やる気の台所、のぞいてみませんか?


3.『「できるかもしれない」が行動を変える。自己効力感で読み解く、変化の統一理論』アルバート・バンデューラ(1977)
Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215. DOI:10.1037/0033-295X.84.2.191
「やる気が出たらやる」は、心の中の“そのうち係”に仕事を丸投げしがちです。そこでバンデューラは言いました。大事なのは、才能の有無よりも「この場面なら自分にもできそう」という自己効力感だ、と。小さな成功、似た人の成功、励まし、心身の落ち着きが、その感覚を育てる。行動は根性の大鍋ではなく、“できるかも”の小さな火種から始まる。自信の正体を、ぐっと現実的に解き明かした名論文です。


4.『やる気と性格のしくみを読み解く、社会的認知アプローチ』キャロル・S・ドゥエック、エレン・L・レゲット(1988)
Dweck, C. S., & Leggett, E. L. (1988). A social-cognitive approach to motivation and personality. Psychological Review, 95(2), 256–273. DOI:10.1037/0033-295X.95.2.256
「失敗した。はい、才能なし。解散!」
心の中の早とちり審査員、たまに仕事が速すぎませんか?
ドゥエックとレゲットは、人が失敗で止まる理由を「根性不足」で片づけず、能力をどう見ているかに注目しました。才能は固定だと思うと、失敗は自分の価値への赤紙になりやすい。けれど、能力は育つと思えれば、失敗は“次の作戦会議の資料”にもなる。
なぜ同じ壁の前で、挑み続ける人と立ち止まる人が分かれるのか。やる気の舞台裏をのぞいてみたい人におすすめの論文です。


5.『やる気の設計図:信念・価値・目標が行動を動かすしくみ』ジャクリーン・S・エクルズ、アラン・ウィグフィールド(2002)
Eccles, Jacquelynne S., & Wigfield, Allan. (2002). Motivational Beliefs, Values, and Goals. Annual Review of Psychology, 53, 109–132.
DOI:10.1146/annurev.psych.53.100901.135153
「やる気が出ない。さては根性が蒸発したな?」……と決めつける前に読んでほしい一本です。エクルズとウィグフィールドは、人が動く心の仕組みを、「自分ならできそう」という見通し、「それは面白い・大切・役に立つ」という価値、そして目標の立て方から大整理。自分で学びを整える力や、途中で投げ出したくなる心まで視野に入れます。自信だけでは足りず、意味だけでも続かない。やる気の会議室で何が話し合われているのかを、理論の地図とともに案内してくれる総説です。「気合い不足」で終わらせたくない人ほど、ページを開きたくなるはずです。


第2章:目標を行動に変える
6.『目標はなぜ人を動かすのか? 実践で使える目標設定・課題動機づけ理論、35年の探究』エドウィン・A・ロック、ゲイリー・P・レイサム(2002)
Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a practically useful theory of goal setting and task motivation: A 35-year odyssey. American Psychologist, 57(9), 705–717.
DOI:10.1037/0003-066X.57.9.705
「よし、頑張ろう!」で動けたら苦労はない。では人は、何があると本当に動き出すのか?ロックとレイサムは35年分の研究をたどり、「具体的で、少し難しい目標」が注意、努力、粘り強さ、さらには工夫まで呼び起こすことを示しました。目標は未来の自分を追い立てるムチではなく、今日の自分が迷わず一歩目を出すための地図だった。やる気の正体を、根性論の霧から救い出す一篇です。


7.『実行意図:「もし〜なら、〜する」という小さな計画が、行動を大きく変える』ピーター・M・ゴルヴィツァー(1999)
Gollwitzer, P. M. (1999). Implementation intentions: Strong effects of simple plans. American Psychologist, 54(7), 493–503. DOI:10.1037/0003-066X.54.7.493
「よし、やるぞ!」と決めたのに、なぜか翌日の自分はソファと動画に完敗している。そんな人間あるあるに、ゴルヴィツァーは小さな作戦を出します。合言葉は「もし○○になったら、△△する」。目標だけでなく、いつ・どこで・何をするかまで先に決めると、行動はぐっと始めやすくなるというのです。意志力をムキムキに鍛えるより、未来の自分が迷わない道順を置いておく。この論文は、「明日こそやる」を現実に近づける、静かで頼もしい心理学の作戦会議です。


8.『「やるつもり」は、なぜ「やった」にならないのか?――意図と行動の関係を読み解く理論・実証レビュー』パスカル・シーラン(2002)
Sheeran, P. (2002). Intention—Behavior Relations: A Conceptual and Empirical Review. European Review of Social Psychology, 12(1), 1–36. DOI:10.1080/14792772143000003
「明日から運動する」「今度こそ早寝する」。人間の“やるつもり”は立派な名刺なのに、当日になると行動本人が欠勤していることがあります。この論文は、その不可解な欠勤理由を大捜査。数多くの研究をまとめ、「意図」と「実行」の間には、思った以上に深い溝があると確かめます。しかも橋を渡れるかどうかは、目標の具体性、習慣、状況、考え方などで変わるのだとか。「意志が弱い」で片づけず、やる気を行動へ運ぶ橋の設計図を見せてくれる一篇です。靴ひもを結ぶ前に、まずこの地図を開きたくなります。


9.『未来への「ただの空想」を、逃げられない目標に変える方法――目標設定を自分で動かす心理学』ガブリエレ・エッティンゲン、ヒョンジュ・パク、カロリーネ・シュネッター(2001)
Oettingen, G., Pak, H.-J., & Schnetter, K. (2001). Self-regulation of goal setting: Turning free fantasies about the future into binding goals. Journal of Personality and Social Psychology, 80(5), 736–753.
DOI:10.1037/0022-3514.80.5.736
この論文は、「いつか海外で暮らす」「もっといい仕事をする」と未来を夢見るだけでは、心がソファに沈んだままになりがちだよ、という話です。望む未来と、今そこにある障害を並べて見ることで、人は初めて「じゃあ、どう動く?」を考え始める。しかも成功できそうなら本気で踏み出し、難しそうなら執着を弱めて別の道を探せる。夢を風船のまま飛ばさず、現実という地面につなぐ。願いごとを予定表へ変える、その心のからくりをのぞける一篇です。


10.『目標は言い訳か、道しるべか?――「ここまで進んだ」という感覚が、選択を自由にするとき』アイエレット・フィッシュバック、ラヴィ・ダール(2005)
Fishbach, Ayelet, & Dhar, Ravi. (2005). Goals as Excuses or Guides: The Liberating Effect of Perceived Goal Progress on Choice. Journal of Consumer Research, 32(3), 370–377. DOI:10.1086/497548
「朝に散歩したし、昼はラーメン大盛りでも帳尻は合うはず」――そんな心の会計をごまかす瞬間を、まじめに追いかけた論文です。人は目標に少し近づいたと感じると、その達成感を「もっと進むための案内板」にも、「今日は自由にしてよい」という通行証にも変えてしまう。貯金、勉強、ダイエット。最初の一歩が、なぜ次の一歩ではなく寄り道の口実になるのか。心のごほうび担当が会議を乗っ取る舞台裏をのぞくと、自分の「つい」にも新しい名前がつきそうです。がんばるほど油断する、その不思議な逆転劇を読み解く一篇です。


第3章:習慣はどう作られるのか
11.『習慣をあらためて見つめる――「いつもの行動」と目標が出会う場所』ウェンディ・ウッド、デイヴィッド・T・ニール(2007)
Wood, W., & Neal, D. T. (2007). A New Look at Habits and the Habit–Goal Interface. Psychological Review, 114(4), 843–863. DOI:10.1037/0033-295X.114.4.843
「今日は早く寝るぞ」と誓ったのに、気づけば布団で動画を3本目。意志はどこへ? この論文は、そんな人間の小さな迷子事件を、習慣と目標の関係から解き明かします。著者たちによれば、習慣は“やる気”だけで動くのではなく、ベッド、帰り道、コーヒーなど、いつもの場面を合図に勝手に起動しやすい存在。しかも目標と習慣は敵同士ではなく、最初は同じチームだったこともあるのです。心の自動運転は、なぜあなたの決意を追い越すのか。読めば「自分がだめだから」という判決が、少し保留になるかもしれません。


12.『習慣は、どうやって身につくのか:日常のなかで「続く行動」が育つまでを追った習慣形成モデル』フィリッパ・ラリー、コーネリア・H・M・ファン・ヤールスフェルト、ヘンリー・W・W・ポッツ、ジェーン・ウォードル(2010)
Lally, P., van Jaarsveld, C. H. M., Potts, H. W. W., & Wardle, J. (2010). How are habits formed: Modelling habit formation in the real world. European Journal of Social Psychology, 40(6), 998–1009. DOI:10.1002/ejsp.674
「習慣は21日で身につく」と聞いて、21日目の朝に急に別人になれる気がしたあなたへ。ちょっと待ってください。この論文は、96人の日常を追いかけ、「毎日同じ場面で行動すると、どれくらい“考えなくてもやる”状態に近づくのか」を調べました。結果は、習慣化にかかる日数は人それぞれ。早い人もいれば、のんびり屋の習慣もいる。そして一日サボったからといって、人生の習慣化計画が即・閉店するわけでもない。気合いより、毎日の流れに行動を置く。そんな静かで現実的な習慣の育て方を、のぞいてみませんか。


13.『これまでの行動を振り返る:習慣がどれほど身についているかを測る自己報告式指標』バス・フェルプランケン、シェイナ・オーベル(2003)
Verplanken, B., & Orbell, S. (2003). Reflections on Past Behavior: A Self-Report Index of Habit Strength. Journal of Applied Social Psychology, 33(6), 1313–1330.
DOI:10.1111/j.1559-1816.2003.tb01951.x
「またスマホを見てる……」と思ったとき、犯人は意志の弱さだけではないかもしれません。この論文は、習慣を単なる“回数”ではなく、「考える前に始まる」「気づかないうちにしている」「自分らしいと感じる」といった心の自動運転として見つめました。そして、その強さを12の質問で測る道具を開発。歯みがきから夜食、つい開くスマホまで、あなたの毎日に住みつく“いつもの行動”の正体が、少し見えてくる研究です。続かない理由も、やめられない理由も、根性論だけでは片づかない。そんな発見が、暮らしの見え方を少し変えてくれます。


14.『習慣は今日も同じ舞台をくり返す』デイヴィッド・T・ニール、ウェンディ・ウッド、ジェフリー・M・クイン(2006)
Neal, D. T., Wood, W., & Quinn, J. M. (2006). Habits—A Repeat Performance. Current Directions in Psychological Science, 15(4), 198–202. DOI:10.1111/j.1467-8721.2006.00435.x
「また夜ふかしした」「気づけばお菓子を買っていた」。そのたびに意志の弱さを反省している人へ、脳内から異議申し立てです。この論文は、習慣を“気合いで続く行動”ではなく、「いつもの場面」に出会うと勝手に始まる自動再生として解説します。ベッド、帰り道、ソファ。あなたを動かしているのは決意より、案外この舞台装置かもしれません。自分を責める前に、習慣の裏方をのぞいてみたくなる一篇です。


15.『健康を「考えなくても続く習慣」にする――習慣形成の心理学と、日常診療でできること』ベンジャミン・ガードナー、フィリッパ・ラリー、ジェーン・ウォードル(2012)
Gardner, B., Lally, P., & Wardle, J. (2012). Making health habitual: the psychology of ‘habit-formation’ and general practice. British Journal of General Practice, 62(605), 664–666.
DOI:10.3399/bjgp12X659466
「運動は大事です」「野菜を食べましょう」。はい、知っています。知っているのに、なぜ夜にはポテチと仲直りしているのでしょう。そんな人類の永遠の宿題に、この論文は“意志の弱さ”ではなく“習慣の置き場所”から迫ります。
ポイントは、健康行動を毎日気合いで始めるのではなく、「歯みがきのあとに薬」「昼食後に5分歩く」のように、いつもの場面と結びつけること。やる気が残業を拒否する日でも、生活の流れがそっと背中を押してくれるかもしれません。
健康は根性論だけでは続かない。では、どうすれば暮らしに住みつくのか。診療の現場にも持ち込める“習慣づくりの心理学”を、やさしくのぞいてみたくなる論文です。


第4章:先延ばし・誘惑・自制心
16.『先延ばしの正体――「あとでやる」が自己コントロールを狂わせる仕組みを、メタ分析と理論で解き明かす』ピアーズ・スティール(2007)
Steel, P. (2007). The nature of procrastination: A meta-analytic and theoretical review of quintessential self-regulatory failure. Psychological Bulletin, 133(1), 65–94. DOI:10.1037/0033-2909.133.1.65
「明日こそ本気を出す」は、なぜ毎日やって来ないのか? 先延ばしを“怠け”の一言で片づけず、691件のデータから心のからくりを解いた名論文です。犯人は、意志の弱さだけではありません。面倒な課題、遠い締切、目の前のスマホ、そして「自分には無理かも」という気持ち。未来の自分に仕事を宅配し続ける私たちへ、今日の一歩を軽くするヒントを渡してくれます。読めば、自己嫌悪の前に「さて、どこを小さくしよう?」と考えたくなるはずです。締切前の謎の大掃除にも、ちょっと意味が見えてきます。


17.『先延ばしがもたらす成績・ストレス・健康への長期的影響―“ぐずぐずすること”の、目先の得と後から来る代償』ダイアン・M・タイス、ロイ・F・バウマイスター(1997)
Tice, D. M., & Baumeister, R. F. (1997). Longitudinal Study of Procrastination, Performance, Stress, and Health: The Costs and Benefits of Dawdling. Psychological Science, 8(6), 454–458.
DOI:10.1111/j.1467-9280.1997.tb00460.x
「あとでやるって、今は最高に甘い言葉なんですよ」
「わかる。未来の自分、万能そうに見えるし」
でもこの論文、そこに待ったをかけます。大学生を追跡すると、先延ばし派は最初こそストレス少なめ。ところが学期末には不調もストレスも増え、成績も低めに。未来の自分、じつは超人じゃなかった問題を暴く一作です。


18.『自我消耗:がんばる心は、使えば減る“限りある資源”なのか?』ロイ・F・バウマイスター、エレン・ブラツラフスキー、マーク・ムラヴェン、ダイアン・M・タイス(1998)
Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Muraven, M., & Tice, D. M. (1998). Ego depletion: Is the active self a limited resource? Journal of Personality and Social Psychology, 74(5), 1252–1265. DOI:10.1037/0022-3514.74.5.1252
「今日は我慢をがんばったから、夜のプリンくらい許されるよね?」そんな心の会議に、心理学がそっと議事録を差し出したのがこの論文。クッキーを我慢した人は、その後の難しい課題で粘りにくくなるのか?意志力は無限の根性ではなく、使うと減る“心の燃料”かもしれない。読めば、昨日のポテチ敗北にも少し理由が見えてくる一篇です。


19.『やり抜く力「グリット」:長い目標を追い続ける情熱と粘り強さ』アンジェラ・L・ダックワース、クリストファー・ピーターソン、マイケル・D・マシューズ、デニス・R・ケリー(2007)
Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101.
DOI:10.1037/0022-3514.92.6.1087
「成功するのは、やっぱり才能のある人ですよね?」「ちょっと待った。その人、何年続けました?」そんな疑問から始まったのが、このグリット研究です。大学生、陸軍士官候補生、スペリング大会の子どもたちを調べると、長期目標への情熱と粘り強さが、成績や継続と関係していました。しかも、頭のよさだけでは説明しきれません。「では根性がすべて?」「いいえ、方向を確かめず走ると迷子です」。才能と努力の間にある、地味だけれど侮れない力をのぞいてみませんか。


20.『ごほうびを待てる子は、どこを見ているのか? 満足を先延ばしにする「注意」と「考え方」のメカニズム』ウォルター・ミシェル、エベ・B・エベセン、アントネット・ラスコフ・ツァイス(1972)
Mischel, W., Ebbesen, E. B., & Raskoff Zeiss, A.(1972). Cognitive and attentional mechanisms in delay of gratification. Journal of Personality and Social Psychology, 21(2), 204–218.
「我慢できる子って、意志が強いんでしょ?」「ところがどっこい、マシュマロを見つめて耐えた子より、歌ったり、遊んだり、別のことを考えた子のほうが長く待てたんです」「えっ、正面突破じゃないの?」「はい。誘惑に勝つコツは、にらみ合うことではなく、心の視線をそっとずらすことでした」。自制心を“根性”から“注意の使い方”へ引っ越しさせた、心理学史に残る名論文です。


第5章:行動を変える技術
21.『人はなぜ「やろう」と思い、実際に動くのか – 意思を行動へ変える「計画的行動理論」』イツェク・アイゼン(1991)
Ajzen, I. (1991). The theory of planned behavior. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 50(2), 179–211.
DOI:10.1016/0749-5978(91)90020-T
「明日から運動するぞ!」
「で、やったの?」
「……明日の明日に延期しました」
人は、やろうと思っただけでは動きません。アイゼンは、行動を左右するのは「それを良いと思うか」「周りはどう見るか」「自分にもできそうか」という3つの判断だと考えました。つまり、動けないのは根性不足ではなく、心の会議でまだ可決されていないのかもしれません。意志と行動のすれ違いを、驚くほど整理してくれる名論文です。


22.『人はどうやってタバコをやめるのか-禁煙に至る「変化の段階」とプロセスを統合する』ジェームズ・O・プロチャスカ、カルロ・C・ディクレメンテ(1983)
Prochaska, J. O., & DiClemente, C. C.(1983). Stages and processes of self-change of smoking: Toward an integrative model of change. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 51(3), 390–395.
DOI:10.1037/0022-006X.51.3.390
「禁煙できない?それ、意志の弱さだけで片づけて大丈夫ですか?」と問いかけるのが、この論文です。872人を調べると、まだやめる気がない人、迷っている人、実際に禁煙中の人では、使っている“変化の作戦”が違っていました。さらに、また吸ってしまっても即ゲームオーバーではありません。人は一発の決心で変わるのではなく、考え、動き、戻りながら進む。禁煙の話なのに、三日坊主の自分まで少し許せる一篇です。


23.『行動を変える「93の技法」を世界共通語にする-行動変容プログラムを正確に伝えるための技法分類体系・第1版』スーザン・ミッチー、ミシェル・リチャードソン、マリー・ジョンストン、チャールズ・エイブラハム、ジル・フランシス、ウェンディ・ハーデマン、マーティン・P・エクルズ、ジェームズ・ケイン、キャロライン・E・ウッド(2013)
Michie, S., Richardson, M., Johnston, M., Abraham, C., Francis, J., Hardeman, W., Eccles, M. P., Cane, J., & Wood, C. E.(2013). The Behavior Change Technique Taxonomy(v1)of 93 Hierarchically Clustered Techniques: Building an International Consensus for the Reporting of Behavior Change Interventions. Annals of Behavioral Medicine, 46(1), 81–95. DOI:10.1007/s12160-013-9486-6
「人って、どうしたら変わるんですか?」
「気合いです」
「解散!」
そんな雑な会議を終わらせるため、ミッチーらは行動を変える方法を世界中から集め、なんと93種類に整理しました。目標設定、記録、ごほうび、環境づくり、周囲の支援まで、行動変容の道具箱は想像以上にぎっしり。ただし、この論文は“最強の方法”を決めたのではありません。研究者同士が「具体的に何をしたの?」と確認できる共通語をつくったのです。変われない自分を責める前に、まだ開けていない引き出しを探したくなる一篇です。


24.『人を動かすデザインのしくみ:行動を引き出すためのモデル』ブライアン・ジェフリー・フォッグ(2009)
Fogg, B. J.(2009). A behavior model for persuasive design. Proceedings of the 4th International Conference on Persuasive Technology(Persuasive ’09), Article 40, 1–7. ACM.
DOI:10.1145/1541948.1541999
「やる気はあるんです。でも動けません」「では、行動が大きすぎませんか?」「通知も来ています」「その通知、始められる瞬間に鳴っています?」。フォッグは、人が動くには「やる気」「やりやすさ」「きっかけ」の三人が同時に集合する必要があると考えました。やる気係だけを叱っても、行動の会議は始まりません。運動、勉強、買い物、アプリの通知まで、日常の「なぜ動けない?」が三つの歯車で見えてくる論文です。読み終えるころには、自分を責めるより、まず目標を小さくしたくなります。


25.『フレッシュスタート効果:「時間の節目」が、なりたい自分への一歩を後押しする』ヘンチェン・ダイ、キャサリン・L・ミルクマン、ジェイソン・リース(2014)
Dai, H., Milkman, K. L., & Riis, J.(2014). The Fresh Start Effect: Temporal Landmarks Motivate Aspirational Behavior. Management Science, 60(10), 2563–2582. DOI:10.1287/mnsc.2014.1901
「月曜日から本気出す」って、ただの先延ばしじゃないの? ところがこの論文によると、人は月曜日、月初、新年、誕生日などの“時間の節目”を迎えると、過去の失敗を前のページへ送り、新しい自分として動き出しやすくなるそうです。検索、ジム通い、目標への約束まで、節目のあとに行動が増えていました。カレンダーは予定表ではなく、心の再起動ボタンだった? 三日坊主にも、次の月曜日があります。


まとめ:やる気を待つより、動きやすい道をつくろう
ここまで、やる気・目標・習慣・先延ばし・自制心・行動変容について、25本の心理学論文を見てきました。
いやはや、ずいぶん長い旅でした。
出発したときには、「結局、やる気を出すにはどうすればいいの?」という素朴な疑問を持っていたはずなのに、気づけば自己決定理論や実行意図、習慣形成、計画的行動理論まで登場しています。心の中に、心理学者が25人ほど引っ越してきた気分です。
しかし、これだけ多くの研究を眺めてみると、ひとつの大きな共通点が見えてきます。
それは、人が動けない理由を、単純に「意志が弱いから」で片づけてはいけないということです。
「運動を続けられない」
「勉強を始められない」
「仕事を先延ばししてしまう」
「今日こそ早く寝ようと思ったのに、深夜になって知らない猫の動画を見ている」
こうした出来事が起きると、私たちはすぐ自分の人格を裁判にかけます。
「自分はだらしない」
「昔から何をやっても続かない」
「根性という部品が、製造段階で入っていなかったのかもしれない」
けれども、心理学が見ているのは、もっと細かな仕組みです。
その目標に意味を感じられているか。自分にもできそうだと思えているか。行動を始める場面が決まっているか。誘惑の多い環境になっていないか。毎日の流れと行動が結びついているか。そもそも、いまの自分は本当に変わる準備ができているか。
つまり、問題なのは「あなたという人間」ではなく、行動が始まるまでの道のどこかに、通行止めがあることなのかもしれません。
やる気は、出発の条件ではない
私たちはよく、こんな順番を思い描きます。
「やる気が出る」
「行動する」
「続ける」
とてもきれいな三段活用です。
ところが現実では、やる気は朝礼に遅刻してくる社員のようなものです。こちらが待っていても、なかなか来ません。
「やる気さん、そろそろ出勤してください」
「本日は都合により休ませていただきます」
そんな日もあります。
だから、やる気を行動の出発条件にしてしまうと、やる気が休んだ日は、こちらまで一日休業することになります。
大切なのは、やる気が十分でなくても始められるように、行動を小さくしておくことです。
本を30ページ読むのではなく、机に置く。30分走るのではなく、運動靴を履く。記事を一本書き上げるのではなく、タイトルを一行だけ入力する。
「そんな小さなことで意味があるの?」
と思うかもしれません。
あります。
行動の最初にある扉は、たいてい重いのです。しかし、いったん開いてしまえば、その先は少し進みやすくなります。最初から立派な結果を求めるのではなく、まず扉の取っ手に手をかける。それくらいでいいのです。
意志力より、環境に働いてもらう
続けられる人を見ると、私たちはつい「あの人は意志が強い」と考えます。
けれども実際には、毎日、誘惑との一騎打ちに勝ち続けているとは限りません。むしろ、戦わなくてよい環境を先につくっていることがあります。
スマホを別の部屋に置く。帰宅したらすぐ運動着に着替える。朝食後に薬を飲む。机の上に、明日使う資料を開いておく。
こうした工夫は地味です。
映画にはなりません。主人公がスマホを引き出しに入れる場面で、壮大な音楽が流れることもないでしょう。
しかし、行動を変えるのは、案外こうした地味な仕組みです。
私たちは、自分の意志に仕事を任せすぎています。
「明日の自分なら、きっと頑張ってくれる」
そう言って、予定も準備もないまま仕事を送りつけます。未来の自分は、いつも突然大量の荷物を受け取る宅配センターです。
そして翌日になると、その未来の自分は現在の自分になっています。
「誰だ、こんな無茶な依頼を出したのは」
昨日の自分です。
未来の自分を信じることは大切ですが、丸投げしてはいけません。「何時になったら始める」「どこで行う」「最初に何をする」と決めて、せめて道順くらいは残しておきましょう。
続かなかった日は、失敗ではなく観察日
習慣づくりでは、一日できなかっただけで、すべてが終わったような気持ちになることがあります。
「昨日サボってしまった。もうだめだ」
「三日坊主になった。やはり私は三日しか営業できない店だった」
しかし、習慣は判決ではありません。育てていくものです。
できなかった日があったなら、「なぜできなかったのか」を観察してみればいいのです。
疲れていたのか。行動が大きすぎたのか。時間が決まっていなかったのか。目の前に別の誘惑があったのか。それとも、そもそも自分にとって大切な目標ではなかったのか。
ここで必要なのは反省会というより、作戦会議です。
「お前はなぜできないんだ」と自分を椅子に座らせて説教しても、行動はあまり変わりません。
それよりも、
「夜は疲れているから、朝に移してみよう」
「30分は重いから、5分にしよう」
「毎回思い出せないから、歯みがきのあとに結びつけよう」
と考えるほうが、次の一歩につながります。
失敗は、自分の価値を証明するものではありません。方法を調整するための資料です。うまくいかなかった日は、人生の赤点ではなく、行動研究のデータが一件増えた日なのです。
人は、行ったり戻ったりしながら変わる
行動の変化は、一直線には進みません。
「決意しました」
「始めました」
「続きました」
「人生が変わりました」
そんなに美しく進めば、手帳売り場はもう少し静かでしょう。
実際の人間は、やってみたり、やめたり、また始めたりします。月曜日に本気を出し、水曜日に少し迷子になり、日曜日に反省し、次の月曜日に再び立ち上がります。
でも、それでいいのです。
一度戻ったからといって、最初の地点に完全に戻るわけではありません。前に挑戦した経験があります。自分がつまずきやすい場所も、少しわかっています。うまくいった方法がひとつでもあれば、それも残っています。
変化とは、階段をきれいに上ることではなく、同じ場所をぐるぐる回りながら、少しずつ高さを変えていく螺旋階段のようなものです。
本人には「また同じところに戻ってきた」と見えることがあります。しかし、よく見ると、以前とは少し違う景色が見えています。
今日できることを、ひとつだけ小さくする
この特集を読み終えたからといって、明日から別人になる必要はありません。
25本の論文を読んだ勢いで、
「よし、毎朝5時に起きて、運動して、勉強して、日記を書いて、健康的な朝食を作ろう」
と目標を並べると、翌朝の自分が布団の中で労働組合を結成する可能性があります。
まずは、ひとつで十分です。
始めたい行動があるなら、その最初の一歩を小さくする。
続けたい行動があるなら、毎日の決まった場面と結びつける。
やめたい行動があるなら、それを始めるきっかけを遠ざける。
先延ばししているなら、「完成させる」ではなく「2分だけ手をつける」。
そして、うまくできなかった日には、自分を責める前に「どこを変えれば、少しやりやすくなるだろう」と尋ねてみる。
やる気は、いつも私たちを先頭で引っ張ってくれるわけではありません。ときには、こちらが小さく歩き始めたあとから、息を切らして追いついてきます。
「あ、もう始めてたんですね」
そんな顔でやって来ます。
だから、やる気が出ない日に、自分の人生まで止まっていると思わなくて大丈夫です。
大きな決意はいりません。完璧な一日もいりません。
ただ、いまの自分でも通れそうな、小さな道を一本つくる。
人が変わるのは、心の中に突然巨大な炎が燃え上がったときだけではありません。机の上を少し片づけたとき、靴を玄関に置いたとき、「もし夕食が終わったら、5分だけやる」と決めたとき。
そんな目立たない瞬間にも、変化は静かに始まっています。
やる気は、根性で絞り出すものではありません。
行動しやすい環境の中で育て、習慣という道に変えていくものです。
今日のあなたに必要なのは、自分を叱る大きな声ではなく、
「ここからなら、できるかもしれない」
と思える、小さな入口なのだと思います。

あとがき:やる気のない日は、人間として正常運転なのかもしれない
今回、やる気や意志力についての論文を25本まとめながら、私は何度も自分の過去を振り返っていました。
「あのとき、もっと意志が強ければ続けられたのに」
「どうして私は、決めたことを守れないのだろう」
「昨日はあんなに本気だったのに、今日の私はどこへ行ったんだ」
そんなことを、私も何度も考えてきました。
夜には人生を変えるほどの決意をしていたのに、翌朝になると、その決意が布団の奥で丸くなっている。前日の自分から届いた「明日は早起きして頑張ってください」という業務連絡を見て、朝の自分が静かに既読無視をする。
人間とは、なかなか統一感のない生き物です。
昨日の自分と今日の自分が、同じ会社の別部署くらい連携できていません。
だから私は長いあいだ、何かを続けられないのは、自分の中に欠陥があるからだと思っていました。成功する人には立派なエンジンが積まれていて、自分には自転車のベルくらいしか搭載されていないのではないか、と。
しかし、今回の論文を読み進めるうちに、少し見方が変わりました。
人が動けないのは、必ずしも根性が足りないからではありません。
目標が大きすぎるのかもしれない。いつ行動するか決まっていないのかもしれない。疲れているのかもしれない。誘惑が近すぎるのかもしれない。そもそも、その目標が自分の望みではなく、誰かに「そうしたほうがいい」と言われただけなのかもしれない。
そう考えると、行動できない自分は、裁かれるべき被告人ではなく、少し事情を聞いてみる必要のある相談者に見えてきます。
「なぜできないんだ」と机をたたくのではなく、
「どのあたりで止まってしまうんですか」
と、椅子をすすめて話を聞いてみる。
心理学の論文には、そんな静かな優しさがあるように感じます。
「やる気を出せ」は、かなり難しい注文である
私たちは日常の中で、ずいぶん簡単に「やる気」という言葉を使います。
「もっとやる気を出そう」
「本人のやる気次第だ」
「やる気があれば何でもできる」
しかし、やる気というものは、蛇口をひねれば出てくる水ではありません。
「はい、ただいま出しますね」と言って、心の倉庫から段ボールで運んでこられるものでもありません。
むしろ、やる気はかなり気分屋です。
こちらが必要としている朝には来ず、寝る直前になって突然やって来て、
「今から部屋の模様替えをしませんか」
などと言い始めます。
今じゃない。
そのやる気は明日の午前9時に来てほしかった。
けれども、やる気には時計も予定表もありません。呼び出しても来ないのに、頼んでいないときに現れる。なかなか扱いの難しい同居人です。
今回紹介した研究を読んでいると、心理学者たちは「どうすれば常にやる気満々になれるか」だけを考えているのではないとわかります。
むしろ、
「やる気がそれほどなくても、人はどうすれば動けるのか」
「決意が消えたあとも、行動を残すにはどうすればよいのか」
「意志力に頼らず、環境や習慣に助けてもらえないか」
という問いに向き合っています。
私はこの姿勢が、とても好きです。
人間を理想的な機械に改造するのではなく、不安定で、疲れやすく、誘惑に弱く、昨日の決意を忘れる生き物のまま、どうにか暮らしやすくしようとしているからです。
「人間は弱い。だから失格です」ではなく、
「人間は弱い。では、弱いまま進める方法を考えましょう」
と言ってくれる。
心理学は、ときどき白衣を着た励まし屋さんです。
意志力の強い人にならなくてもいい
私は以前、「もっと意志の強い人にならなければ」と思っていました。
毎朝決まった時間に起き、予定どおりに仕事を進め、運動を欠かさず、食べすぎず、夜にはきちんと眠る。
そんな人間になれたら、人生はもっと整うのだろうと思っていたのです。
けれども、あらためて考えると、それは「雨の日にも濡れない人になろう」とするようなものだったのかもしれません。
雨が降ることはあります。
だったら、傘を持てばいい。
自分の中から誘惑を完全に消そうとするのではなく、誘惑を遠ざける。毎回正しい判断をしようとするのではなく、判断しなくてもよい仕組みをつくる。気合いで始めようとするのではなく、始める時間と場所を決めておく。
つまり、強い人間になるよりも、弱い自分を助ける道具を増やしていく。
こちらのほうが、ずっと現実的です。
たとえば、仕事中にスマートフォンを見てしまうなら、「集中力のない自分」を説教するより、手の届かない場所に置いたほうが早い。
運動が続かないなら、「毎日一時間走る」と宣言するより、玄関に靴を出しておくほうがいい。
勉強を始められないなら、「今日こそ本気を出す」と拳を握るより、教科書を開いたまま机に置いておく。
どれも地味です。
あまりにも地味なので、SNSに投稿しても大きな反響は期待できません。
「本日、教科書を机に置きました」
いいねは、たぶん三つくらいです。
しかし、人の人生を変えるのは、意外とこういう拍手の起きない工夫なのだと思います。
大きな決意は美しい。でも、美しいだけでは毎日を運んでくれません。
毎日を実際に運ぶのは、小さな仕組みです。
できなかった自分にも、事情がある
今回、私がもっとも心に残ったのは、行動を「性格」だけで説明しないという点でした。
何かが続かなかったとき、私たちはすぐに自分の人格へ話を広げてしまいます。
一日運動できなかった。
「私は継続力のない人間だ」
仕事を先延ばしした。
「私はだらしない人間だ」
目標をあきらめた。
「私は何をやっても中途半端だ」
一回の出来事から、人間全体に判決を下します。
裁判が早い。
証人も呼ばず、現場検証もせず、昼休み前には有罪判決が出ています。
けれども、本当はもっといろいろな事情があるはずです。
その日は睡眠不足だったかもしれない。仕事で気力を使い果たしていたかもしれない。方法が自分に合っていなかったかもしれない。目標が大きすぎて、どこから始めればよいかわからなかったのかもしれない。
もちろん、すべてを環境のせいにすればよいという話ではありません。
ただ、自分を責める前に、事情を調べてもいいのではないでしょうか。
できなかった自分にも、できなかったなりの理由がある。
その理由を知ることは、言い訳ではありません。次の方法を考えるための資料集めです。
「私は意志が弱い」で話を終わらせると、次も同じ場所で止まります。
けれども、
「夜は疲れてできなかった」
「一回の量が多すぎた」
「始めるきっかけがなかった」
と具体的に考えられれば、方法を変えられます。
夜がだめなら朝にする。量が多いなら減らす。きっかけがないなら、毎日の行動と結びつける。
人格はすぐに変えられませんが、方法なら今日から変えられます。
ここには、とても大きな希望があると思うのです。
月曜日の自分に、期待を背負わせすぎない
人間は区切りが好きです。
月曜日から始めよう。
来月から本気を出そう。
誕生日を機に変わろう。
新しい手帳を買ったら人生を立て直そう。
区切りには、不思議な力があります。
昨日までの自分と、今日からの自分の間に線を引いて、「ここから新章です」と言いたくなります。気持ちはよくわかります。私も新しいノートの一ページ目では、急に字が丁寧になります。
三ページ目あたりから、いつもの自分が帰ってきます。
でも、それも悪いことではないのでしょう。
大切なのは、区切りを使って始めることと、区切りが過ぎても続けられる仕組みをつくることです。
月曜日の勢いだけで一週間を走りきろうとすると、木曜日あたりで燃料切れになります。
新年の決意だけで一年を支えようとするのは、元日の餅に年間の食費を任せるようなものです。さすがに荷が重い。
始める日の高揚感は、ありがたく借りる。
けれども、その後は習慣や環境に引き継いでもらう。
やる気は開会式には向いていますが、大会運営を一人で任せるには不安があります。
毎日の進行役には、もっと地味で安定した仕組みが必要なのです。
変わることを急がない
変わりたいと思うと、私たちはすぐに結果を求めます。
始めたのだから、続けたい。
努力したのだから、成果がほしい。
昨日決意したのだから、今日には立派な人間になっていたい。
しかし、心や行動は、インターネット通販ではありません。
注文した翌日に、新しい自分が段ボールに入って届くわけではないのです。
変化には時間がかかります。
進む日もあれば、止まる日もある。以前の行動に戻ることもある。やる気がなくなることもある。
そのたびに「全部だめになった」と考えるのは、少しもったいない気がします。
一度戻ったように見えても、挑戦した経験は残っています。
何が難しかったかを知っています。どんな場面で崩れやすいかも、以前よりわかっています。小さくても、うまくいった日があったなら、その記憶も残っています。
人の変化は、右肩上がりのきれいなグラフではありません。
上がったり下がったりしながら、長い目で見ると少しずつ進んでいる。そんな、手書きの山道のような線です。
だから、止まった日には、人生全体を評価しなくていい。
今日は止まっている。
それだけです。
明日また動くかもしれないし、しばらく休むかもしれない。それでも、その人の物語が終わったわけではありません。
論文を、生活の中へ持ち帰る
心理学の論文を読んでいると、ときどき賢くなった気分になります。
「なるほど、これは自己決定理論ですね」
「この状況は実行意図で対処できますね」
「習慣の文脈依存性が関係しています」
言葉を知ると、世界に名札がつきます。
それはとても面白いことです。
ただ、名札をつけただけでは、生活はあまり変わりません。
冷蔵庫に「冷蔵庫」と書いた紙を貼っても、夕飯は出てこないのです。
論文を読んだあとに大切なのは、知識をひとつだけ生活へ持ち帰ることだと思います。
「明日から何もかも変えよう」ではなく、
「まずはスマートフォンを机から離そう」
「運動を5分にしてみよう」
「夕食後に本を一ページだけ開こう」
「できなかった日は、責める前に理由を書いてみよう」
それくらいでいい。
むしろ、それくらいのほうがいいのかもしれません。
知識を大量に持ち帰ろうとすると、帰り道で袋が破れます。
一つだけポケットに入れて帰る。
そして、暮らしの中で使ってみる。
合わなければ別の方法を試す。
心理学は、人間の取扱説明書ではありますが、全員に同じ設定を求める説明書ではありません。自分に合うページを探し、少しずつ試すための分厚いヒント集なのだと思います。
「アドラーの昼寝」がつくりたい場所
「アドラーの昼寝」というサイト名には、少し変わった響きがあります。
心理学者の名前が入っているのに、昼寝をしています。
研究する気があるのか、休む気があるのか、本人にもよくわかっていない名前です。
でも私は、この名前を気に入っています。
人が変わるためには、学ぶことも大切ですが、休むことも必要だからです。
努力の方法を知ることも大事ですが、「今日は動けない」と感じている自分に、少し場所を空けてあげることも大事です。
このサイトでは、論文を紹介しています。
けれども、ただ知識を並べたいわけではありません。
「あなたのやり方が悪かったのではなく、方法が合っていなかったのかもしれません」
「できない日があっても、人間として失格ではありません」
「もう少し小さな一歩から始めてもいいのではないでしょうか」
そんな言葉を、研究の力を借りながら届けたいと思っています。
世の中には、人を急がせる言葉がたくさんあります。
もっと頑張れ。
早く決めろ。
行動しろ。
結果を出せ。
もちろん、背中を押す言葉が必要な日もあります。
けれども、背中を押されすぎて、うつ伏せになっている人もいます。
そういう人に、さらに「前へ進め」と言うのではなく、
「まずは起き上がれる姿勢を探しましょうか」
と声をかけられる場所でありたい。
心理学は、人を強くするためだけの学問ではありません。
私は、人が自分を少し誤解しなくなるための学問でもあると思っています。
怠けていると思っていたけれど、疲れていたのかもしれない。
意志が弱いと思っていたけれど、目標が大きすぎたのかもしれない。
何をしても続かないと思っていたけれど、続く仕組みを知らなかっただけかもしれない。
そうやって、自分に下していた厳しい判決を、少しずつ取り消していく。
そのために論文を読むのも、悪くありません。
今回の25本の研究が、読んでくださった方の人生を劇的に変えるかどうかは、私にはわかりません。
明日の朝、突然5時に目覚め、運動をし、英語を学び、野菜たっぷりの朝食を作るようになるとも限りません。
おそらく、多くの人はいつもどおりの朝を迎えます。
目覚まし時計を止め、もう少し眠り、少し慌てて一日を始めるでしょう。
でも、その朝にほんの少しだけ、
「自分はだめな人間なのではなく、やり方を変えればいいのかもしれない」
と思えたなら、この特集をつくった意味はあったと思っています。
人は、大きな決意だけで変わるのではありません。
自分への見方が少しやわらかくなったときにも、変化は始まります。
やる気がない日は、人生が止まった日ではありません。
人間が人間として、少し疲れている日です。
そんな日は、無理に心へ火をつけなくてもいい。
火がつかないなら、まずは明かりを小さく灯す。机に座る。本を開く。靴を出す。あるいは、今日は休むと決める。
その小さな選択も、立派な行動です。
やる気を待ちながら一日を責めるより、今の自分にできることを、ほんの少しだけ。
それでも人は、ちゃんと前へ進んでいるのだと思います。
