ミシェル・リチャードソン(Michelle Richardson)の論文一覧:人が変わる方法を集めたら、心の工具箱が93段になった研究者
ミシェル・リチャードソン(Michelle Richardson)のプロフィール
ミシェル・リチャードソン(Michelle Richardson)は、人の行動や健康に関する研究を、一つずつ丁寧に集めて整理するイギリスの研究者です。
現在は、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの社会研究機関にある「政策や実践に役立つ研究情報を整理する研究センター」で准教授を務めています。少々長い名前の研究機関ですが、簡単にいえば、「世の中に散らばっている研究を集めて、本当に役立つ知識へと整える場所」です。研究の山から使える情報を探し出す、学問界の鉱山技師のような仕事といえるでしょう。
「人はなぜ動くのか」を細かく分けて考える
リチャードソンの名前が広く知られるきっかけとなったのが、スーザン・ミッチーらと発表した「行動を変える技法の分類」に関する研究です。
たとえば、健康のために運動してもらいたいとします。
「運動しましょう」
これだけでは、たいていの人の心は動きません。
心の中では、「はいはい、わかっています」と返事をしながら、体はソファに深く沈んでいきます。人間の行動は、正論を一杯注いだからといって、コーヒーメーカーのように自動で出てくるものではないのです。
そこで研究チームは、実際に人の行動を変えるために使われている方法を整理しました。目標を決める、行動を記録する、具体的な計画を立てる、周囲から支えてもらう、成功したらごほうびを用意する。こうした技法を、最終的に93種類へ分類したのです。
リチャードソンは、この巨大な「行動変容の道具箱」を作るだけでなく、研究者が同じ基準で技法を見分けられるようにする訓練にも関わりました。
なぜ訓練が必要なのでしょう。
たとえば、ある支援の説明文を読んで、一人は「これは目標設定ですね」と判断し、もう一人は「いや、問題解決でしょう」と判断したら、研究結果を正確に比べられません。
料理でいえば、同じものを見て一人が「砂糖」、もう一人が「塩」と記録している状態です。それでは、再現した料理が大変なことになります。
リチャードソンらは、研究者が行動変容の技法を正確に見分けられるよう、対面講習や遠隔講習を行いました。彼女自身も、判定の基準となる文章の作成や、専門家同士の意見をまとめる作業、講師としての訓練に参加しています。
研究を一件ずつ読むだけでなく、全体像をつかむ
リチャードソンの研究のもう一つの柱が、複数の研究結果を集め、全体として何がわかるのかを調べる「系統的な研究整理」です。
世の中には、同じテーマを扱った研究が何十本、何百本とあります。
ある研究では「効果があった」、別の研究では「それほどでもなかった」、さらに別の研究では「条件によって違った」と報告されることもあります。これでは、読む側の頭の中で研究者たちが一斉にしゃべり始めます。
「結局、どれを信じればいいんですか」
そこで必要になるのが、研究を決められた手順で集め、質を確かめ、結果を整理する仕事です。
リチャードソンは、数字で示された効果だけでなく、当事者がどのように感じたのか、何が利用の妨げになったのかといった質的な情報も組み合わせる方法に関心を持っています。異なる種類の証拠を一つの地図にまとめ、「何が効くか」だけでなく、「なぜ効くのか」「誰には使いにくいのか」まで見ようとしているのです。
精神医療から学生の成績、健康政策まで
リチャードソンが扱ってきたテーマは、行動変容だけではありません。
初期の研究では、精神病性障害のある人と医療者との関係、治療への満足度、薬を飲み続ける行動などを調べています。また、大学生の性格や学習意欲と成績の関係についても研究し、多数の先行研究をまとめた分析を発表しました。
その後は、体重管理、軽い体調不良への対処、子どものネット上のいじめと心の健康、抗菌薬の適切な使用、地域の健康づくりなど、より幅広い社会的課題へ研究対象を広げています。
一見すると、大学生の成績とネット上のいじめと健康づくりは、ずいぶん離れた話に見えます。
けれども、その奥には共通する問いがあります。
「人は、どのような条件がそろうと行動を変えられるのか」
「支援する側が良いと思う方法は、当事者にとっても本当に良いのか」
「たくさんの研究から、社会で使える答えをどう取り出すのか」
リチャードソンは、この三つの問いを抱えながら、研究の森を歩いてきた研究者といえるでしょう。
派手な結論より、使える証拠を
リチャードソンの仕事は、「これをすれば人生が変わります」と大声で宣言するものではありません。
むしろ、その少し手前に立っています。
「その方法は、本当に効果があるのですか」
「どんな人を対象に調べたのですか」
「別の研究でも、同じ結果が出ていますか」
「当事者は、その支援をどう感じていますか」
そんな質問を一つずつ重ねながら、研究結果の足元を確かめていくのです。
研究の世界では、新しい発見をする人に光が当たりやすいものです。しかし、すでにある研究を整理し、違いを見つけ、政策や支援の現場で使える形に整える人も欠かせません。
ミシェル・リチャードソンは、人が変わる方法を93個に整理しただけの研究者ではありません。
研究という大量の書類が積まれた部屋に入り、「さて、本当に役立つものはどれでしょう」と腕まくりをする人です。
彼女の研究をたどると、人を変えるために必要なのは、勢いのよい掛け声ではなく、行動を細かく観察し、当事者の声を聞き、確かな証拠を積み上げることなのだと見えてきます。
「やる気を出してください」で人が動くなら、世界はもう少し簡単だったでしょう。
人間がそれほど単純ではないからこそ、リチャードソンの研究が必要なのです。
参考文献・確認先:ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ:ミシェル・リチャードソン公式プロフィール / ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ:ミシェル・リチャードソン論文一覧 / Google Scholar:ミシェル・リチャードソン論文・引用情報 / PubMed:行動変容技法93項目の分類に関する共著論文

ミシェル・リチャードソン(Michelle Richardson)の研究から学べること
ミシェル・リチャードソンの研究から学べることは、ひとことで言えば、「人を変えたいなら、気合ではなく仕組みを見よう」ということです。
私たちは、なかなか行動できない人を見ると、つい性格の問題にしたくなります。
「本人のやる気が足りないんじゃない?」
「本気なら、もう動いているでしょう」
「結局、意志が弱いんですよ」
ずいぶん手厳しい言葉です。人間の心を、ボタンを押せば動き出す家電くらいに考えています。
しかし実際には、人の行動はそれほど単純ではありません。
「健康のために運動したほうがいい」と知っていても、帰宅するとソファが両手を広げています。
「早く寝たほうがいい」と理解していても、寝床で動画を一本だけ見るつもりが、気づけば知らない国の屋台料理まで見ています。
知識はある。反省もしている。明日の自分に期待もしている。
それでも動けない。
リチャードソンたちの研究は、そんな人間らしい渋滞を、「意志が弱い」の一言で片づけません。行動を変えるために、どのような働きかけが使われているのかを細かく分け、研究者や支援者が共通の言葉で扱えるように整理しました。代表的な研究では、行動を変える技法が93種類に分類されています。
93種類です。
「人を変える方法なんて、励ますか、叱るか、ごほうびを出すかくらいでしょう」
そう思っていた人の机に、いきなり93段の工具箱が置かれたようなものです。
ここから、私たちは何を学べるのでしょうか。
「やる気がない」で話を終わらせない
最初に学べるのは、行動できない理由を、本人の性格だけに押しつけないことです。
たとえば、運動を続けられない人がいたとします。
「運動する気がないんですね」
これで面談を終えたら、話が早すぎます。閉店準備が早すぎるラーメン屋です。
本当は、いくつもの理由が考えられます。
何をすればよいのかわからないのかもしれません。
最初から高い目標を立てすぎているのかもしれません。
運動する時間が決まっていないのかもしれません。
一人では続けにくいのかもしれません。
成果を感じられず、途中で嫌になったのかもしれません。
つまり、「運動できない」という一つの結果の下に、違う原因が何本も隠れているのです。
ここで必要なのは、「もっと頑張ってください」という大ざっぱな応援ではありません。
「夕食後に10分歩く」
「歩いた日は手帳に印をつける」
「雨の日に行う代わりの運動を決めておく」
「家族や友人に応援してもらう」
このように、行動を小さな部品へ分けていきます。
人が動けないとき、壊れているのは「本人」ではなく、「行動までの道筋」かもしれません。
ここは、とても大切な視点です。
うまくいかない人に対して、「あなたには根性がない」と判決を言い渡すのではなく、「どこで道が途切れているのでしょう」と一緒に地図を広げる。
リチャードソンたちの研究は、そんな支援の姿勢を教えてくれます。
正しい助言より、具体的な一歩を考える
世の中には、正しいけれど役に立ちにくい言葉がたくさんあります。
「生活習慣を整えましょう」
「計画的に行動しましょう」
「自信を持ちましょう」
「前向きに考えましょう」
どれも間違ってはいません。
しかし、受け取った側は困ります。
「生活習慣を整えるって、今夜から何をすればいいんですか」
「計画的にと言われましても、その計画を立てられないから困っているんですが」
正論は、ときどき立派な看板だけを置いて帰ります。道は教えてくれません。
そこで役立つのが、行動を具体的にするという考え方です。
たとえば、「就職活動を頑張る」では、何をしたら達成なのかわかりません。
そこで、
「水曜日の午前10時に求人を三件見る」
「金曜日までに履歴書の自己紹介欄だけを書く」
「応募する前に支援者と一緒に募集内容を確認する」
というところまで小さくします。
すると、ぼんやりした決意が、手でつかめる行動に変わります。
私たちは、大きな目標を掲げると、少し立派になった気がします。
「今年こそ人生を変えるぞ」
気持ちは勇ましいのですが、人生からすると「具体的には?」です。
大きな目標は、遠くに見える灯台にはなります。しかし、足元の石につまずかないためには、「今日の午後に何をするか」まで決める必要があります。
研究から学べるのは、理想を低くしようという話ではありません。
理想までの階段を細かくしよう、という話です。
人によって必要な「変わり方」は違う
行動を変える技法が93種類もあるということは、裏を返せば、「全員に効く魔法の一言はない」ということでもあります。
目標を決めることで動きやすくなる人もいます。
記録をつけると続きやすい人もいます。
誰かと一緒なら頑張れる人もいます。
反対に、人に見張られているようで苦しくなる人もいます。
ごほうびがあるとやる気になる人もいれば、「ごほうびをもらうためにやっているみたいで嫌だ」と感じる人もいるでしょう。
人間の心は、同じ鍵で全部開く集合住宅ではありません。
だから支援では、「一般的に正しい方法」を渡すだけでなく、「この人には何が合うのか」を一緒に考える必要があります。
たとえば、毎日の記録が役立つ人もいますが、完璧主義の強い人にとっては、記録表が新しい採点表になることがあります。
一日できなかっただけで、
「また続かなかった」
「私は何をやっても駄目だ」
と、自分を責める材料にしてしまうかもしれません。
その場合は、毎日ではなく週に一度振り返る、できなかった日ではなくできた日だけ記録する、数字ではなく短い感想を書くなど、方法を調整できます。
大切なのは、技法に人を合わせるのではなく、人に技法を合わせることです。
「この方法は研究で効果があるらしいから、あなたもこれをやりなさい」
そう言い始めると、研究は便利な棒になります。
しかし本来、研究は人をたたく棒ではなく、道を照らす明かりです。
名前をつけると、支援の中身が見えてくる
リチャードソンたちの研究では、行動を変える働きかけに共通の名前をつけることが重視されています。
これは一見すると、研究者向けの細かい話に見えます。
「名前なんて、だいたい通じればいいでしょう」
そう思うかもしれません。
ところが、名前が曖昧だと、何をしたのかも曖昧になります。
たとえば、報告書に「参加者を支援した」とだけ書いてあったとします。
具体的には何をしたのでしょう。
励ましたのでしょうか。
目標を一緒に決めたのでしょうか。
困った場面への対処法を考えたのでしょうか。
毎週、進み具合を確認したのでしょうか。
家族に協力してもらったのでしょうか。
全部「支援」ですが、中身はまったく違います。
これは料理の説明で、「材料をいい感じにして、うまく仕上げました」と書くようなものです。
それでは再現できません。
支援や教育の現場でも、「声かけを行った」「意欲を高めた」「寄り添った」という表現がよく使われます。
もちろん、寄り添うことは大切です。しかし、「どのように寄り添ったのか」まで言葉にできると、その支援を振り返りやすくなります。
たとえば、
「本人が決めた目標を毎週確認した」
「できたことを本人と一緒に記録した」
「不安が出たときの対処方法を事前に考えた」
「似た経験を持つ人の事例を紹介した」
ここまで具体的にすると、支援の中身が見えてきます。
うまくいった理由も、うまくいかなかった理由も検討できます。
名前をつけることは、人間を箱に入れることではありません。
曖昧だった働きかけに輪郭を与えることです。
一つの研究だけで、世界の答えにしない
リチャードソンは、複数の研究を決められた手順で集め、全体として何がわかるのかを整理する研究にも取り組んでいます。心理学、公衆衛生、行動科学の知識を生かし、研究結果をまとめて現場や政策に役立てることが、彼女の中心的な仕事の一つです。
ここから学べるのは、「一件の研究結果に飛びつかない」という姿勢です。
インターネットでは、
「最新研究で判明!」
「○○をすると幸福度が上がる!」
「科学的に証明された最強の方法!」
という見出しが元気よく走り回っています。
研究結果のほうが、「いや、そこまでは言っていません」と後ろから追いかけていることも珍しくありません。
一つの研究で効果が見つかっても、別の集団では同じ結果にならないかもしれません。
参加者が少なかったかもしれません。
調査期間が短かったかもしれません。
効果はあったものの、ごく小さな違いだったかもしれません。
だからこそ、複数の研究を集め、研究の質や違いを確かめる必要があります。
これは私たちの日常にも応用できます。
一人の成功体験を、全員に当てはめないことです。
「私は朝5時に起きたら人生が変わりました」
それはすばらしい経験です。
しかし、夜勤の人に朝5時起きを勧めたら、人生より先に睡眠が壊れます。
「この方法でうまくいった人がいる」と「この方法なら誰でもうまくいく」は、似ているようで別の話です。
経験談はヒントになります。
研究もヒントになります。
けれども、目の前の人に合うかどうかは、もう一度考えなければなりません。
結果だけでなく、当事者の声にも耳を傾ける
数字は大切です。
何人が参加したのか。
どれくらい改善したのか。
効果はどのくらい続いたのか。
こうした情報がなければ、支援の効果を客観的に確かめられません。
ただし、数字だけでは見えないこともあります。
参加した人は、その支援をどう感じたのでしょう。
利用しやすかったのでしょうか。
恥ずかしさや負担はなかったのでしょうか。
途中でやめた人には、どんな事情があったのでしょう。
平均点が上がっていても、参加者が毎回ぐったりしていたら、「成功です」と笑顔で報告してよいのか迷います。
研究の世界では、数字で表される結果と、当事者の語りから得られる情報を組み合わせることがあります。
これを日常の言葉にすると、「効果があったか」だけでなく、「その方法を本人がどう体験したか」も見るということです。
支援者が、
「最近、来所回数が増えましたね。順調です」
と言ったとします。
本人は、
「実は、毎回来るだけで精いっぱいです」
と思っているかもしれません。
外から見える行動と、内側で起きていることは、いつも同じとは限りません。
だから、「できたか、できなかったか」だけでなく、
「やってみてどうでしたか」
「続けにくかったところはありますか」
「どんな助けがあると、もう少し楽になりますか」
と聞く必要があります。
人を数字だけにしない。
けれども、気持ちだけで効果を決めない。
その両方を見ることが、丁寧な支援につながります。
変化は、本人と環境の共同作品である
行動が続かないとき、私たちは本人の内側ばかり見がちです。
「意識を変えなければ」
「考え方を変えなければ」
もちろん、考え方が役立つことはあります。
しかし、人間は真空の瓶の中で暮らしているわけではありません。
時間、家族、職場、体調、お金、交通手段、人間関係など、さまざまな環境の中で動いています。
早起きしたくても、夜遅くまで家族の世話をしている人がいます。
働きたくても、通勤手段がない人がいます。
運動したくても、安全に歩ける場所が近くにない人がいます。
相談に行きたくても、「こんなことで相談してよいのだろうか」と不安な人もいます。
その人の努力だけに注目すると、環境にある障害物が透明になります。
本人は何度も石につまずいているのに、支援する側には平らな道に見えてしまうのです。
「もっと足を上げて歩いてください」
本人からすれば、「まず、この石をどけてくれませんか」です。
行動を変える支援では、本人を励ますだけでなく、行動しやすい環境をつくることも重要です。
予定を忘れやすいなら、見える場所に知らせを置く。
手続きが複雑なら、一緒に順番を整理する。
最初の一歩が怖いなら、見学や短時間の体験から始める。
一人では不安なら、支援者が同行する。
変化は、本人の根性だけで作る作品ではありません。
本人の意思と、周囲の支えと、環境の工夫による共同作品です。
「できなかった」は失敗ではなく、資料になる
計画どおりに行動できなかったとき、多くの人は自分を責めます。
「また三日坊主だった」
「私は続ける力がない」
「最初から無理だったんだ」
しかし、行動を細かく観察する立場から見れば、「できなかった」は失敗というより資料です。
なぜできなかったのでしょう。
時間帯が合わなかったのでしょうか。
目標が大きすぎたのでしょうか。
忘れていたのでしょうか。
疲れが強かったのでしょうか。
一人で取り組むのが難しかったのでしょうか。
ここがわかれば、次の計画を調整できます。
夕方にできなかったなら、朝に移す。
30分が重かったなら、5分にする。
毎日が難しかったなら、週に二回から始める。
忘れるなら、目につく場所に合図を置く。
つまり、うまくいかなかった一日は、「あなたは駄目です」という通知ではありません。
「この設計では動きにくいようです」という試運転の報告書です。
人間は機械ではありませんが、計画には試運転が必要です。
最初からぴったり合う方法が見つからなくても当然です。
自分を裁判にかけるより、作戦会議を開いたほうが、次の一歩につながります。
人を変える前に、伝え方と仕組みを見直す
ミシェル・リチャードソンの研究から見えてくるのは、人の行動を変えることの難しさです。
しかし、それは絶望的な難しさではありません。
「本人にやる気があるか、ないか」という二択で考えると、行動できない人はすぐ行き止まりになります。
けれども、
目標は具体的だったか。
行動のきっかけは決まっていたか。
進み具合を確認できたか。
周囲の支えはあったか。
障害になっているものは何か。
本人に合った方法だったか。
こうして細かく見ていけば、手を入れられる場所が見つかります。
人は、正論だけではなかなか動きません。
「健康になりましょう」
「自信を持ちましょう」
「就職に向けて頑張りましょう」
正しい。実に正しい。
しかし、正しさだけで動けるなら、私たちは毎日、野菜を食べ、運動をし、夜更かしせず、机の上も美しく片づいているはずです。
現実には、机の上で期限切れの書類が静かに文明を築いています。
だから必要なのは、相手を責めることではありません。
その人が動ける大きさまで行動を小さくし、邪魔になっているものを見つけ、合わなければ方法を変えることです。
そして、うまくいかなかったときには、
「なぜできないのですか」
ではなく、
「どこを変えれば、少しやりやすくなるでしょう」
と尋ねることです。
人を変えるというと、本人の心を強くする話に聞こえます。
けれども本当に必要なのは、心を無理に鍛えることではなく、行動しやすい道を一緒につくることなのかもしれません。
リチャードソンの研究は、私たちにこう語りかけています。
人が動かないとき、すぐに「やる気」という名の容疑者を逮捕しないでください。
目標、環境、支援、記録、計画。
現場には、ほかにもたくさんの関係者がいます。
人間の変化は、一本の太い決意によって起きるとは限りません。
むしろ、小さな工夫が何本も集まり、ある日、動ける道になる。
変化とは、心の中で鳴り響く勇ましい号砲ではなく、足元に一枚ずつ置かれていく飛び石なのです。

ミシェル・リチャードソン(Michelle Richardson)の論文一覧
1.『行動を変える「93の技法」を世界共通語にする-行動変容プログラムを正確に伝えるための技法分類体系・第1版』スーザン・ミッチー、ミシェル・リチャードソン、マリー・ジョンストン、チャールズ・エイブラハム、ジル・フランシス、ウェンディ・ハーデマン、マーティン・P・エクルズ、ジェームズ・ケイン、キャロライン・E・ウッド(2013)
Michie, S., Richardson, M., Johnston, M., Abraham, C., Francis, J., Hardeman, W., Eccles, M. P., Cane, J., & Wood, C. E.(2013). The Behavior Change Technique Taxonomy(v1)of 93 Hierarchically Clustered Techniques: Building an International Consensus for the Reporting of Behavior Change Interventions. Annals of Behavioral Medicine, 46(1), 81–95. DOI:10.1007/s12160-013-9486-6
「人を変える方法って、結局“やる気を出して”でしょ?」と思ったら、この論文が静かに工具箱を開きます。目標を立てる、記録する、ほめる、環境を整えるなど、行動変容の技法をなんと93種類に分類。「その支援、具体的に何をしたの?」を世界共通で話せるようにした研究です。人の変化を根性論から救い出し、再現できる設計図に変えた一冊。三日坊主の裏側を、ここまで細かく分解するのかと驚かされます。

