マイケル・D・マシューズ(Michael D. Matthews)の論文一覧:根性・勇気・人格を、戦場より細かく観察した心理学者
マイケル・D・マシューズ(Michael D. Matthews)のプロフィール
マイケル・D・マシューズ(Michael D. Matthews)は、アメリカの心理学者です。
ひと言で紹介するなら、「人は極限状態に置かれたとき、何を支えに踏ん張るのか」を研究してきた人物といえるでしょう。
心理学者と聞くと、静かな研究室で質問用紙を配り、
「最近、気分はいかがですか?」
と穏やかに尋ねている姿を想像するかもしれません。
ところが、マシューズの研究舞台には、軍隊、危険な任務、強い緊張、厳しい訓練が登場します。研究室の窓を開けたら、向こうから号令と靴音が聞こえてきそうです。
彼が長年教えてきたのは、アメリカ陸軍士官学校です。将来、軍の指揮官となる若者たちが学ぶ場所で、心理学や指導者教育に携わってきました。専門は「工学心理学」と呼ばれる分野です。少し機械油の香りがする名前ですが、ロボットの気持ちを研究する学問ではありません。
人間が道具や組織、厳しい環境の中で、どのように考え、判断し、行動するのかを調べる心理学です。マシューズは同校で長く教授を務め、現在は名誉教授として紹介されています。また、イギリスの大学でも客員教授を務めています。
強い人は、最初から強いのか
マシューズが見つめてきたのは、腕力や体力だけでは測れない「人間の強さ」です。
危険を前にしても行動できる勇気。
失敗しても立ち上がる回復力。
長い訓練から逃げ出さず、目標に向かって進み続ける粘り強さ。
仲間を裏切らず、自分の役割を果たそうとする人格。
こうした力は、体重計に乗っても表示されません。健康診断の血液検査にも、おそらく「勇気が少々不足しています」とは書かれないでしょう。
しかし、実際に困難な状況を乗り越えるためには、知識や技術だけでなく、この目に見えない力が大きな役割を果たします。
マシューズは、戦闘や災害、緊急事態など、判断を間違えれば重大な結果につながる場面で、人がどのように力を発揮するのかを研究してきました。そこで問われるのは、単に「頭がよいか」だけではありません。
疲れているときに冷静でいられるか。
怖くても必要な一歩を踏み出せるか。
自分だけでなく、仲間のことまで考えられるか。
つまり彼が調べてきたのは、履歴書の資格欄には書きにくいけれど、人生の大切な場面ではやたらと頼りになる力なのです。
「やり抜く力」の研究にも参加
マシューズの名前は、「やり抜く力」に関する有名な研究にも登場します。
アンジェラ・ダックワース、クリストファー・ピーターソンらとともに発表した研究では、長期的な目標に対する情熱と粘り強さが取り上げられました。
才能があっても、途中で「今日はもういいかな」と布団へ帰ってしまえば、遠くまでは進めません。一方、飛び抜けた才能がなくても、転びながら進み続ける人は、気づけばかなり遠い場所に到着していることがあります。
この研究では、陸軍士官学校の生徒を含む複数の集団を対象に、粘り強さと成果の関係が調べられました。
マシューズにとって陸軍士官学校は、単なる勤務先ではありません。若者たちが厳しい訓練を受け、迷い、疲れ、ときには自信を失いながらも前へ進んでいく場所です。そこは、人間の粘り強さを考えるうえで、教科書よりもずっとにぎやかな研究現場だったのでしょう。
もちろん、「粘れば何でも成功する」という単純な話ではありません。努力には方向も必要ですし、休息や環境の支えも欠かせません。
それでもマシューズたちの研究は、成功を才能だけの物語にしませんでした。
「生まれつきの能力だけでなく、長く続ける力にも注目してみよう」
そうやって、成功の舞台裏にいる地味な働き者へ、研究の照明を向けたのです。
戦場を研究しながら、人間らしさを考える
軍事心理学という言葉には、少し身構えてしまう響きがあります。
「人をもっと強く戦わせるための研究なの?」
そんな疑問が浮かぶのも自然でしょう。
ただし、マシューズの研究対象は、武器の性能ではなく、そこで働く人間です。
強い恐怖の中で判断力を失わないためには、何が必要なのか。
困難な経験をした人が、その後も心の健康を保つには、どのような支えが必要なのか。
危険な状況で人を導く指導者には、能力だけでなく、どのような人格が求められるのか。
彼の研究をたどっていくと、軍隊という特殊な世界を扱いながら、問いそのものは私たちの日常にもつながっていることがわかります。
もちろん、会社の月曜朝の会議は戦場ではありません。上司から届いた「少しお話できますか」という連絡も、たいていの場合は緊急招集ではありません。
それでも、強い緊張の中で冷静さを保つこと、失敗から立ち直ること、仲間と協力すること、立場が上になっても誠実さを失わないことは、どんな職場や人生にも関係します。
極限状態を研究すると、普段は見えにくい人間の性質が、くっきりと姿を現します。
日常生活では立派なことを言えても、余裕がなくなった瞬間に、その人の考え方や人格が顔を出すことがあります。心の化粧が汗で流れ、「さて、本当のあなたはどうしますか」と問われるのです。
マシューズは、そうした瞬間に人を支えるものを、精神論ではなく心理学の方法で確かめようとしてきました。
指導者に必要なのは、能力だけではない
マシューズは、人を導く立場にある者の「人格」も重視しています。
指導者というと、決断が速く、声が大きく、自信満々であることが評価されがちです。
しかし、どれほど能力が高くても、誠実さがなければ、その人物についていく人は安心できません。方向を示す羅針盤が壊れているのに、船だけ高速で進んでいるようなものです。速いぶん、間違えたときには遠くまで行ってしまいます。
マシューズは、元陸軍士官学校長のロバート・キャスレンとともに、指導力と人格の関係を扱った本も著しています。そこで中心となるのは、勝つためなら何をしてもよいという考えではなく、誠実さを保ちながら成果を生み出す指導者のあり方です。
軍隊の指揮官であれ、企業の管理職であれ、学校の先生であれ、家庭の中の大人であれ、人に影響を与える立場には責任があります。
人は、指導者の言葉だけを見ているのではありません。
困ったときに誰を守るのか。
失敗したときに誰のせいにするのか。
自分に不利な状況でも約束を守るのか。
そうした小さな選択の積み重ねから、「この人を信頼してよいか」を判断しています。
人格は、壁に掲げる標語ではありません。
誰も見ていない場面で、どのように振る舞うか。
マシューズの研究や著作には、そんな静かで重たい問いが流れています。
心の強さを、根性論から救い出す
マシューズの研究がおもしろいのは、「強くなれ」「気合いで乗り越えろ」と叫んで終わらないところです。
心の強さを語るとき、私たちはつい根性論へ走りがちです。
「つらくても我慢しろ」
「弱音を吐くな」
「昔の人はもっと大変だった」
この三つがそろうと、心の昭和定食が完成します。量は多いのですが、少々胃にもたれます。
マシューズが扱ってきた心理学は、人間の強さを、測り、比べ、育てる方法を考えます。粘り強さ、回復力、人格、勇気などを、「ある人にはある、ない人にはない」で片づけず、どのような環境や教育によって伸ばせるのかを探ろうとします。
彼は、軍事心理学に関する論文や著作を数多く発表し、アメリカ心理学会の軍事心理学部門で会長も務めました。また、二十一世紀の戦争や危険な任務に心理学がどう関わるのかを解説する著書も執筆しています。
マイケル・D・マシューズが見つめてきたのは、弾丸よりも速く計算する機械ではありません。
恐怖を抱えながら判断する人。
自信を失っても、もう一度立ち上がろうとする人。
仲間のために責任を引き受ける人。
大きな力を持っても、誠実であろうとする人。
つまり彼が研究してきたのは、極限状態の向こう側に立っている「人間そのもの」なのです。
心の強さとは、何も感じなくなることではありません。
怖さも迷いも抱えたまま、自分が大切だと信じる方向へ、一歩を選び直すことなのかもしれません。
マシューズの研究は、そんな人間の強さを「気合い」という一語で片づけず、丁寧に分解し、観察し、もう一度組み立てようとする試みです。
根性や勇気や人格を研究室の机に並べ、
「さて、君たちはいったい、どこからやって来たのだろう?」
と問い続けてきた心理学者。
それが、マイケル・D・マシューズです。
参考文献・確認先:アメリカ陸軍士官学校:Michael D. Matthews 公式プロフィール / Google Scholar:Michael D. Matthews 論文・引用情報 / PubMed:Michael D. Matthews 関連論文

マイケル・D・マシューズ(Michael D. Matthews)の研究から学べること
マイケル・D・マシューズの研究から学べることは、ひと言でいえば、人間の強さは、腕力や才能だけでは決まらないということです。
マシューズは、戦闘や危険な任務など、強い緊張がかかる場面で、人がどのように考え、判断し、行動するのかを研究してきました。研究の中心にいるのは、恐怖を感じない超人ではありません。怖くなり、迷い、疲れ、それでも何とか役割を果たそうとする、ごく人間らしい人たちです。
「それは兵士の話でしょう。私は明日の会議でさえ逃げたいのですが」
たしかに、私たちが朝から戦車に乗ることは、まずありません。
しかし、先の見えない仕事、突然の失敗、重たい責任、人間関係の緊張など、心に負荷がかかる場面は日常にもあります。規模は違っても、「余裕がなくなったとき、どう振る舞うか」という問いは同じです。
マシューズの研究は、そんな場面で役立つ心の装備品を、そっと点検してくれます。
強い人とは、怖がらない人ではない
私たちはつい、勇気のある人を「何も怖がらない人」だと思ってしまいます。
しかし、何も怖くない人が危険へ進むのは、勇気というより、危険に気づいていない可能性があります。火災報知器が鳴っているのに、「今日もにぎやかだね」とコーヒーを飲んでいる場合ではありません。
本当の勇気は、恐怖を消すことではなく、恐怖を抱えたまま必要な行動を選ぶことです。
「怖い。でも、ここで逃げたら仲間が困る」
「失敗するかもしれない。でも、何もしなければ状況は変わらない」
そうやって、自分の感情を認めながら、価値のある方向へ足を出す。それが、マシューズの研究から見えてくる人間の強さです。
日常生活でも同じでしょう。
上司に相談するのが怖い。
新しい仕事へ応募するのが怖い。
間違いを認めるのが怖い。
けれど、勇気とは、胸の中から恐怖が完全退去する日を待つことではありません。恐怖には少し端へ寄ってもらい、一緒に乗車したまま出発することなのです。
才能があっても、続かなければ遠くへ行けない
マシューズは、アンジェラ・ダックワースやクリストファー・ピーターソンらとともに、長期的な目標へ情熱を持ち、努力を続ける「やり抜く力」の研究に参加しました。
この研究では、陸軍士官学校の生徒をはじめ、大学生、社会人、つづり字競技の参加者などが調べられました。その結果、やり抜く力は、学校に残り続けることや成果などと一定の関係を示しました。
ここから学べるのは、人生が才能だけの競技会ではないということです。
才能は、たしかに大切です。理解が速い人、器用な人、最初から上手にできる人はいます。
しかし、才能は少々気まぐれです。
褒められている間は元気なのに、うまくいかなくなった瞬間、
「では、私はこのあたりで失礼します」
と上着を着て帰ろうとすることがあります。
一方、やり抜く力は派手ではありません。
昨日も練習した。
今日も少し進めた。
失敗したので、やり方を変えてもう一度試した。
そんな地味な行動を積み重ねます。表彰台ではあまり目立ちませんが、舞台裏ではずっと働いている、無口な職人のような力です。
ただし、ここで注意したいことがあります。
元の研究でも、やり抜く力だけですべての成功を説明できたわけではありません。研究全体では、成果の違いを説明した割合は平均すると数パーセント程度でした。
つまり、
「粘れば絶対に成功する!」
という話ではないのです。
環境、運、能力、支援、健康状態など、結果にはさまざまな要素が関係します。
それでも、数パーセントを「たったそれだけ」と笑ってはいけません。人生は、多くの小さな要因が綱引きをして決まります。その中で、自分の行動によって育てられる可能性がある力は、なかなか貴重です。
続けることと、しがみつくことは違う
「それなら、何があっても諦めてはいけないのですね」
そう言いたくなりますが、ここにも落とし穴があります。
やり抜く力とは、壊れた自動販売機に百円玉を入れ続けることではありません。
努力を続けることは大切ですが、やり方を変えることも必要です。目標そのものを見直す場合もあります。
たとえば、ある資格を取るという目標があったとします。
勉強方法が合わないなら、方法を変える。
働きながらでは負担が大きいなら、期間を延ばす。
体調を崩したなら、いったん休む。
本当に必要な資格ではないと気づいたなら、別の道へ進む。
これは逃げではありません。
目的地へ向かうために、壊れた橋の前で道を変えているだけです。
大切なのは、「最初に決めた方法を守ること」ではなく、「自分が大切にしている方向を見失わないこと」です。
粘り強い人は、同じ壁に同じ角度で頭をぶつけ続ける人ではありません。頭をさすりながら、「どうもここは扉ではないらしい」と気づける人なのです。
人の強さは、一種類ではない
マシューズらは、軍の指導者を目指す人々の人格的な長所についても研究しました。
そこでは、正直さ、希望、勇気、勤勉さ、協力する力などが、軍人を目指す人々に見られる特徴として取り上げられています。
ここで興味深いのは、「強さ」が勇気だけで作られていないことです。
勇敢でも、正直さがなければ危うい。
勤勉でも、仲間と協力できなければ組織は疲れる。
希望があっても、現実を見なければ計画は空を飛んでいく。
反対に、慎重な人でも、誠実さや協力する力によって、集団をしっかり支えられることがあります。
人間の強さは、一本の太い柱ではなく、複数の柱で支えられた建物です。
勇気の柱が少し細い日には、誠実さが支えてくれる。
自信が揺らいだ日には、仲間とのつながりが支えてくれる。
希望を失いそうな日には、昨日まで積み重ねた習慣が支えてくれる。
だから、「自分は気が弱いから、強い人間ではない」と決めつける必要はありません。
あなたの強さは、声の大きさとは別の場所にあるかもしれないからです。
人の話を丁寧に聞ける。
約束を守れる。
困っている人を放っておけない。
失敗しても、ごまかさずに謝れる。
こうした力は、映画の予告編では地味です。しかし、現実の人生では非常に頼りになります。
心の強さは、個人だけの責任ではない
困難に耐えられない人を見ると、私たちはすぐに、
「本人の心が弱いのではないか」
と考えてしまうことがあります。
しかし、マシューズらが関わった兵士の心の健康を支える取り組みでは、問題が起きた人をあとから治療するだけでなく、日頃から心理的な力を育てるという考え方が重視されました。
これは日常にも大切な視点です。
人が倒れてから、
「もっと強くなりなさい」
と言うのでは遅い場合があります。
仕事量が多すぎないか。
相談できる相手がいるか。
失敗してもやり直せる雰囲気があるか。
休むことが許されているか。
役割や目標がわかりやすいか。
人の回復力は、その人の性格だけではなく、周囲の環境にも左右されます。
どれほど丈夫な植物でも、光も水もない部屋に置けば弱ります。
そこで植物へ向かって、
「君には成長する気合いが足りない」
と説教しても、水の代わりにはなりません。
職場でも家庭でも、本人の努力だけに頼らず、力を発揮しやすい環境を整える必要があります。
強い人を集めるより、人が弱っても支えられる場所をつくる。そのほうが、組織全体は長く踏ん張れるのです。
指導者は、正しい答えより信頼をつくる
危険な状況では、指導者の判断が多くの人に影響します。
だからこそ、指導者には知識や決断力だけでなく、人格が求められます。
能力が高くても、自分の失敗を部下のせいにする人。
大きな声で立派なことを言いながら、自分だけ安全な場所へ逃げる人。
成果が出たときは前へ出て、問題が起きたときは見事な後ずさりを披露する人。
こうした指導者には、なかなか安心してついていけません。
人を導く力は、「私についてこい」と言う声の大きさではなく、「この人なら自分たちを見捨てない」と思ってもらえる信頼から生まれます。
もちろん、指導者がすべての答えを知っている必要はありません。
むしろ、本当に危険なのは、わからないのにわかったふりをすることです。
「今の時点では答えが出ていない」
「私の判断が間違っていた」
「みんなの意見を聞きたい」
そう言えることも、指導者の強さです。
誠実さは、指導力につける飾りではありません。
それがなければ、どれほど立派な計画も、土台のない家になってしまいます。
折れないことより、戻ってこられることが大切
心の強さというと、「絶対に折れない心」を想像しがちです。
しかし、人間の心は鉄骨ではありません。
疲れれば弱ります。
大きな出来事があれば傷つきます。
思い通りにならなければ落ち込みます。
大切なのは、一度も崩れないことではなく、崩れたあとに少しずつ戻ってこられることです。
休む。
誰かに話す。
生活のリズムを整える。
目標を小さくする。
できたことを確認する。
必要なら専門家の助けを借りる。
こうした行動は、弱さの証明ではありません。心の修理工場へ入るための、正しい手続きです。
自動車の警告灯がついたとき、
「この車は根性がない」
とは言いません。
点検し、必要なら部品を交換し、また走れる状態に戻します。
ところが自分の心となると、警告灯が五つくらい点灯していても、
「気のせいです」
と走り続けてしまいます。
そして煙が出てから驚くのです。
回復力とは、無理を続ける力ではありません。自分の状態を知り、必要な手当てをしながら、再び動き出す力です。
私たちは、日常という小さな訓練場にいる
マシューズが研究してきたのは、戦闘や危険な任務という特殊な環境です。
そのため、研究結果をそのまま、すべての日常生活へ当てはめることはできません。
それでも、極限状態を研究するからこそ見えてくる、人間の基本的な姿があります。
余裕がなくなったとき、何を大切にするのか。
失敗したとき、もう一度立ち上がれるのか。
自分の利益と仲間の利益がぶつかったとき、どう判断するのか。
権限を持ったとき、誠実さを保てるのか。
こうした問いは、戦場だけのものではありません。
職場にも、家庭にも、学校にも、そして自分自身との関係にもあります。
私たちは毎日、人生という小さな訓練場に立っています。
ただし、教官が笛を吹いてくれるわけではありません。
朝起きる。
約束を守る。
嫌な仕事にも少し手をつける。
失敗したら謝る。
困っている人に声をかける。
疲れたら休む。
地味な行動ばかりです。
しかし、人の人格は、大事件が起きた日に突然完成するものではありません。何も起きていない普通の日に、少しずつ形づくられていきます。
勇気も、誠実さも、粘り強さも、ある日空から配達される特殊能力ではありません。
今日の小さな選択が、明日の自分の心をつくります。
マイケル・D・マシューズの研究から学べるのは、強い人間になるために、感情を消す必要はないということです。
怖くてもいい。
迷ってもいい。
疲れて休んでもいい。
そのうえで、自分が大切にしたい方向へ、もう一度小さな一歩を選ぶ。
人間の強さとは、鋼鉄の心を持つことではありません。
揺れながらも、戻る場所を知っていることなのです。

マイケル・D・マシューズ(Michael D. Matthews)の論文一覧
1.『やり抜く力「グリット」:長い目標を追い続ける情熱と粘り強さ』アンジェラ・L・ダックワース、クリストファー・ピーターソン、マイケル・D・マシューズ、デニス・R・ケリー(2007)
Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101.
DOI:10.1037/0022-3514.92.6.1087
「成功するのは、やっぱり頭のいい人ですか?」「いえ、才能が途中で昼寝をすることもあります」。この論文が注目したのは、長い目標に情熱を持ち、失敗しても歩き続ける「やり抜く力」です。研究者たちは、陸軍士官学校の候補生や、つづり字大会の参加者などを調査。すると、知能や体力だけでは説明できない粘り強さが、脱落しにくさや成績を予測していました。とはいえ「根性がすべて」という話ではありません。才能という車を、目的地まで運転し続ける力とは何か。努力が三日坊主になりがちな人ほど、続きを読みたくなる一篇です。

