メレディス・ヴァン・ブリート(Meredith Van Vleet)の論文一覧:ふたりで遊ぶ、ふたりで伸びる。人間関係の“安心基地”を、かなり楽しげに掘った論文たち

メレディス・ヴァン・ブリート(Meredith Van Vleet)の論文を読む女性
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メレディス・ヴァン・ブリート(Meredith Van Vleet)のプロフィール

メレディス・ヴァン・ブリートは、「人とのつながりって、ただ仲良しなだけでは終わらないよね?」というテーマを、かなり丁寧に追いかけてきた心理学者です。専門は、人間関係、愛着、支え合い、そして“遊び心が人を元気にする力”あたり。いわば、心の公園を地図にしている研究者です。

たとえば、「安心できる相手がいると、人は新しいことに挑戦しやすくなるのでは」「ふざけ合ったり笑い合ったりする時間は、関係を深める栄養になるのでは」といった、一見すると日常の雑談みたいな問いを、きちんと研究として扱ってきました。ここが実に面白いところです。世の中には壮大なテーマを語る人もいますが、彼女は“夕食後の何気ない会話”みたいな場所に宝石を見つけるタイプです。

研究では、とくに親しい関係の中で、人がどう支えられ、どう成長し、どう安心を得るのかに注目しています。「誰かに頼ることは弱さではなく、次へ進むための土台かもしれない」という視点に、静かに光を当ててきた人物ともいえます。

もし人間関係を建物にたとえるなら、壁紙の色ではなく、土台や柱の強さを見ている人です。しかも、その柱に少しユーモアの飾りまでつけてくる。堅苦しい理論だけでなく、「笑える関係」「ほっとする関係」「一緒にいると前向きになれる関係」に価値を見出しているところが魅力です。

つまりメレディス・ヴァン・ブリートとは、人と人のあいだにある見えない温度を、研究という体温計で測ってきた人。そんなふうに言えるでしょう。

参考文献・確認先:Google Scholar:Meredith Van VleetResearchGate:Meredith Van VleetWiley:Play Behavior and Playfulness in AdulthoodPubMed:Young at Heart

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

メレディス・ヴァン・ブリート(Meredith Van Vleet)の研究から学べること

メレディス・ヴァン・ブリートさんの研究から学べることを、ひとことで言うなら、「大人にも“遊び”が必要であり、よい人間関係は、人が安心して挑戦したり、病気や困難を一緒に抱えたりする力になる」ということです。

「遊び」と聞くと、子どものものだと思いがちです。砂場、鬼ごっこ、ブロック、折り紙、謎の棒を剣にするあの高度な想像力。大人になると、「遊んでいる場合じゃない」「ちゃんとしなきゃ」と思いますよね。たしかに、請求書は鬼ごっこでは消えませんし、仕事の締め切りに向かって「だるまさんがころんだ」をしても、上司はあまり喜びません。

でも、ヴァン・ブリートさんの研究を見ると、大人にとっての遊びは、ただの暇つぶしではありません。心をやわらかくし、人との距離を縮め、日々のストレスを少し軽くする、とても大切な働きを持っている可能性があります。ヴァン・ブリートさんは、カーネギーメロン大学などで、親しい関係、遊び、支え合い、慢性疾患への共同対処などを研究してきた心理学者です。研究者ページでも、親しい関係、遊び行動、共同対処、支援などが主な関心として示されています。

まず注目したいのが、「大人の遊び」です。

ヴァン・ブリートさんとブルック・フィーニーさんは、大人の遊びについての研究を進めています。2015年の論文では、子どもや動物の遊びはよく研究されてきた一方で、人間の大人の遊びは十分に研究されてこなかったと指摘し、大人の遊びが幸福感や親しい関係の中で重要かもしれないと論じています。

これ、かなり味わい深い話です。

大人の遊びとは、別に毎日ブランコに乗りましょうという話ではありません。もちろん乗ってもいいですが、スーツで全力ブランコは少し目立ちます。ここでいう遊びは、もっと広い意味です。冗談を言い合う。ちょっとしたふざけ合いをする。一緒にゲームをする。散歩中にどうでもいい話で笑う。料理をしながら謎の歌を作る。そういう、目的だけでガチガチにならない時間のことです。

人間関係って、まじめな話だけでは少し息苦しくなります。将来の話、仕事の話、お金の話、健康の話、家事分担の話。どれも大切ですが、毎日そればかりだと、関係が会議室になります。しかも議題が重い。ホワイトボードに「今後の課題」と書かれすぎて、心がそっと退室したくなります。

そこに遊びが入ると、空気が少しやわらぎます。

くだらないことで笑う。

失敗を少し軽く受け止める。

相手の意外な一面を見る。

一緒に楽しむ時間を持つ。

これらは、人間関係の潤滑油になります。立派な愛の宣言より、日曜日の変な替え歌のほうが、関係をあたためる日もあります。人間、深い話だけで生きていません。しょうもない笑いにも救われます。

ヴァン・ブリートさんたちは、1型糖尿病のある大人を対象に、日々の遊びと気分の関係を調べた研究にも関わっています。研究業績では「1型糖尿病のある大人の日々の遊びの重要性」という論文が確認できます。 病気や治療の管理がある生活では、どうしても「しなければならないこと」が増えます。血糖管理、食事、運動、通院、薬、体調の確認。生活がチェックリストの森になります。そこに遊びや楽しさが入ることは、単なるおまけではなく、心の呼吸口になるかもしれません。

ここから学べる一つ目の知恵は、「大人こそ、遊びを生活から追放しないこと」です。

大人になると、遊びは後回しにされがちです。「時間ができたら」「余裕ができたら」「全部片づいたら」と思っているうちに、全部片づく日はなかなか来ません。人生のやることリストは、なぜか勝手に繁殖します。洗濯物と同じです。気づくと増えています。

だから、遊びは“余った時間”に入れるのではなく、少しだけ予定に入れてしまうほうがよいのです。大げさでなくていいです。10分の散歩。好きな音楽。妻や友人とのくだらない会話。ちょっとしたゲーム。仕事の合間の小さな笑い。こういうものは、心の柔軟体操です。固まった心を、ぐにゃりとほぐしてくれます。

二つ目の知恵は、「支える関係は、人を守るだけでなく、挑戦させる力にもなる」ということです。

ヴァン・ブリートさんは、ブルック・フィーニーさんらとともに、親しい関係の中で人が挑戦することを支える研究にも関わっています。ある研究では、夫婦の一方が挑戦的な機会を提示されたとき、パートナーの支えがその挑戦を受け入れるかどうかに関わる場面が調べられています。

これは、支援の現場にもかなり使えます。

人を支えるというと、困っているときに助けることを思い浮かべます。もちろん、それは大切です。でも、それだけではありません。相手が「やってみたいけど怖い」と思っているときに、安心して一歩踏み出せるようにすることも、支援なのです。

たとえば、誰かが「新しい仕事に挑戦したいけど不安です」と言ったとします。そのとき、ただ「大丈夫、できます!」と背中をドンと押すと、相手は崖から落とされた気分になるかもしれません。背中を押すにも、押し方があります。力士の立ち合いみたいに押してはいけません。

よい支えは、こういう感じです。

「不安があるのは自然ですね」

「どこが一番心配ですか」

「最初の一歩を小さくするとしたら、何ができそうですか」

「もしうまくいかなかったら、一緒に振り返りましょう」

こう言われると、人は少し挑戦しやすくなります。支えとは、相手を転ばせないように縛ることではありません。転んでも戻れる場所を作りながら、歩ける道を一緒に探すことです。

三つ目の知恵は、「病気や困難を“私ひとりの問題”から“私たちの問題”にできると、支え合いやすくなる」ということです。

ヴァン・ブリートさんは、慢性疾患、とくに糖尿病を抱える人とそのパートナーや周囲の関係についても研究しています。研究業績には、糖尿病をめぐる「共同対処」や「病気を共有された問題として見ること」に関する論文が並んでいます。

ここでいう共同対処とは、簡単に言えば、「これはあなた一人の問題」ではなく、「一緒に向き合う問題」として扱うことです。

たとえば、糖尿病の管理で考えると、本人だけが食事や運動や通院を抱え込むと、かなり孤独になります。周りから「ちゃんと管理して」と言われるだけだと、本人はまるで生活習慣の監査を受けているような気持ちになるかもしれません。心の中に税務調査が来ます。つらいです。

でも、パートナーや家族が「一緒に食事を考えよう」「無理なく歩ける時間を作ろう」「疲れている日はどう支えると楽?」と関わると、問題は少し変わります。本人だけの重い荷物ではなく、二人で持ち方を工夫する荷物になります。同じ重さでも、持ち手が増えると運びやすいのです。

ただし、ここで大切なのは、支えが「監視」にならないことです。

「食べたらダメでしょ」

「また忘れたの?」

「ちゃんとしなさい」

これでは、共同対処ではなく、家庭内生活指導室です。本人は責められていると感じやすくなります。必要なのは、管理人になることではなく、伴走者になることです。

「一緒にできる工夫を考えよう」

「今日はどこが大変だった?」

「手伝えることはある?」

この違いは大きいです。支えは、相手のハンドルを奪うことではありません。助手席で地図を見ながら、「次の道、どうする?」と一緒に考えることです。

四つ目の知恵は、「親しい関係には、まじめさと遊び心の両方が必要」ということです。

人生には、深刻なことがあります。病気、仕事、将来、お金、家族、老い、不安。避けられないテーマはあります。でも、だからこそ、人間関係の中に遊び心が必要なのです。深刻な話だけでは、関係がカチカチになります。冷蔵庫で三日置いたごはんみたいになります。食べられなくはないけれど、少し固い。

遊び心は、関係の中に空気を入れます。冗談を言う。小さな楽しみを共有する。日常の中で笑う。これは現実逃避ではありません。現実に戻る力を作るための休憩です。山登りで言えば、景色を見る時間です。登るだけでは疲れます。少し立ち止まって、「空、広いね」と言える時間が、人をまた歩かせます。

ヴァン・ブリートさんの研究から日常に活かせることは、とても具体的です。

忙しい日でも、ちょっとした遊びを入れること。

相手が挑戦しようとしているとき、怖さを否定せずに支えること。

病気や困りごとを、本人だけの責任にしすぎないこと。

支援が監視になっていないか、ときどき点検すること。

まじめな関係の中にも、笑える余白を残すこと。

これは、夫婦関係にも、職場にも、福祉の支援にも、友人関係にも使えます。

たとえば、職場なら、ただ「作業をしてください」だけではなく、安心して聞ける空気や、少し笑えるやりとりがあると、人は通いやすくなります。支援の場なら、課題ばかり話すのではなく、「最近ちょっと楽しかったこと」を聞くのも大事です。人は問題だけでできているわけではありません。困りごとの横には、好きなもの、笑えること、挑戦したいこともあります。

メレディス・ヴァン・ブリートさんの研究が教えてくれるのは、人間には「支え」と「遊び」と「共同作業」が必要だということです。

困ったときには、ひとりで抱え込まない。

挑戦するときには、安心できる足場を作る。

病気や困難には、責めるのではなく一緒に向き合う。

そして、大人になっても、笑いや遊びを人生から追い出さない。

人間は、まじめなだけでは少し乾いてしまいます。責任、努力、管理、計画。どれも大切です。でも、そこに遊びが入ると、心に水分が戻ります。カラカラのパンにスープがしみるように、人間関係にも、ちょっとした楽しさがしみ込むのです。

ヴァン・ブリートさんの研究は、こう教えてくれます。

大人にも、遊びがいる。

支援には、安心と挑戦の両方がいる。

困難には、ひとりで立ち向かうより、一緒に持ち方を考える道がある。

人生は、全部を修行にしなくていいのです。ときには笑って、ときには頼って、ときには一緒に考えて、ときにはふざける。その余白の中で、人は少しずつ回復し、関係はやわらかく育っていくのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

メレディス・ヴァン・ブリート(Meredith Van Vleet)の論文一覧

1.『愛着が人を育てるとき。大人になってからの「安心」と「挑戦」の深い関係』ブルック・C・フィーニー、メレディス・ヴァン・ブリート(2010)

Feeney, B. C., & Van Vleet, M. (2010). Growing Through Attachment: The Interplay of Attachment and Exploration in Adulthood. Journal of Social and Personal Relationships, 27(2), 226-234. DOI:10.1177/0265407509360903

「愛されると甘えるだけになる」なんて説、ちょっと待った。こちらの論文は、むしろ“安心できる人がいるからこそ、人は外の世界へ冒険に出られる”と語ります。大人になっても、信頼できる相手は心の基地。仕事への挑戦、新しい学び、人間関係の一歩にも、その基地がじわっと効いてくるのです。恋人、家族、親友。そばにいる誰かの存在が、あなたの可能性をひそかに押し上げているかもしれない。愛着は子どもの話だけではなく、大人の成長エンジンでもあった。読むと「支えられること」の見え方が少し変わる、静かに熱い一本です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
【論文要約】安心できる人がいると、なぜ人は成長できるのか? 愛着と挑戦の意外な関係
【論文要約】安心できる人がいると、なぜ人は成長できるのか? 愛着と挑戦の意外な関係
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