メリッサ・L・カミンズ(Melissa L. Kamins)の論文一覧:「その一言、性格まで採点してません?」ほめ方・叱り方を研究した心理学者

メリッサ・L・カミンズ(Melissa L. Kamins)の論文一覧:「その一言、性格まで採点してません?」ほめ方・叱り方を研究した心理学者
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メリッサ・L・カミンズ(Melissa L. Kamins)のプロフィール

メリッサ・L・カミンズは、「子どもをほめるなら、とにかくたくさんほめればいいのでしょうか?」という、一見すると簡単そうで、じつは底の深い問題を研究した心理学者です。

「え、ほめるのって良いことじゃないの?」

そう思いますよね。

もちろん、ほめること自体が悪者という話ではありません。

カミンズが注目したのは、ほめる量よりも、“何を”ほめているのかでした。

「あなたは本当に頭のいい子ね」

「あなたはいい子だね」

こんな言葉は、聞いただけならかなり温かい。親や先生としても、子どもを元気づけようとして言っているはずです。

ところがカミンズは、ここに心理学の虫眼鏡を持ってきます。

「その言葉、成功しているときはいいけれど、失敗したときにはどう働くんでしょう?」

……ほめ言葉の取り調べが始まりました。

「できなかった」が「私はダメ」に変わる瞬間

カミンズの名前がよく知られているのが、心理学者キャロル・S・ドゥエックと発表した1999年の研究です。当時、カミンズとドゥエックはコロンビア大学心理学部に所属していました。

研究の大きなテーマは、人そのものを評価する言葉と、行動や取り組み方を評価する言葉では、子どもの失敗への反応が変わるのではないかというものです。

たとえば、子どもが何かに成功したとします。

そこで、

「あなたはいい子だね」

と、その子自身を評価する。

一方では、

「よく考えて工夫したね」

と、その子が行った過程に目を向ける。

大人から見ると、

「まあ、どっちもほめてるんだから、そんなに変わらないでしょう」

と思いたくなります。

ところが心理学という世界は、ときどき日常語の小さな隙間から、とんでもなく大きなものを発掘してきます。

カミンズとドゥエックの研究では、5~6歳の子どもを対象に、ほめ方や批判の仕方を変え、その後に失敗を経験したときの反応を調べました。その結果、その人自身を評価するようなほめ方や批判を受けた子どもほど、その後の失敗で自分を責めたり、無力感を示したりする傾向が強かったのです。

これ、なかなか考えさせられます。

「あなたは頭がいい」

と言われ続けた子どもが、難しい問題にぶつかった。

すると、

「今回は解けなかったな」

だけで話が終わらず、

「頭がいいはずなのに解けなかった」

「ということは、本当は頭がよくないのでは?」

と、自分自身の価値にまで話が飛んでしまう可能性があるわけです。

失敗したのは一問だけなのに、心の中ではなぜか人間まるごと決算書が作られている。

これはちょっと怖いところです。

カミンズが問いかけたのは「ほめるか、ほめないか」ではない

ここは、とても大事なところです。

カミンズの研究を、

「なるほど。子どもはほめない方がいいんですね」

と読んでしまうと、話が急カーブしすぎます。

研究が問題にしているのは、ほめることそのものではなく、評価をどこに向けるのかです。

「あなたはすごい人」

と、人そのものに札を貼るのか。

それとも、

「そこを工夫したね」

「最後まで続けたね」

「この方法を試してみたんだね」

と、行動や努力、方法を見るのか。

カミンズたちの研究では、後者のような過程に向けた言葉の方が、その後の失敗に対して粘り強く向き合いやすいことが示されました。

つまり、

「あなたの価値を採点します」

ではなく、

「あなたが今やったことを一緒に見てみよう」

という姿勢です。

似ていますが、心への届き方はかなり違います。

叱り方についても、同じ問題がある

そしてカミンズの研究が面白いのは、ほめ方だけではありません。

叱り方にも同じ構造があるのではないかと考えました。

「なんでそんなことをするの。悪い子ね」

これは、人そのものへの評価です。

一方、

「そのやり方だとうまくいかなかったね」

なら、行動や方法への評価になります。

もちろん現実の子育ては、心理学実験ほどきれいではありません。

朝は時間がない。

牛乳はこぼれる。

宿題は行方不明になる。

靴下はなぜか片方だけ消える。

そんな中で毎回、

「では、過程中心の適切なフィードバックを……」

などと冷静に考えていられる親ばかりではないでしょう。

人間ですからね。

しかしカミンズの研究は、そんな忙しい日常の中でも覚えておきたい、小さな方向標を置いてくれています。

「その子自身」と「その子がしたこと」は、できるだけ分けて考える。

失敗した行動を注意しても、その子の存在まで否定する必要はありません。

逆に成功したときも、「あなたは優秀な人間だ」という巨大な看板を背負わせなくても、「ここを頑張ったね」と一緒に喜ぶことはできます。

有名なドゥエック研究の、もう一つの入口

カミンズと共同研究を行ったキャロル・ドゥエックは、その後「能力は固定されたものなのか、それとも伸ばせるものなのか」という考え方の研究で広く知られるようになりました。

その流れの中でカミンズの研究を見ると、かなり重要な位置にあります。

子どもが、

「失敗した。でも次は方法を変えてみよう」

と思うのか、

それとも、

「失敗した。ということは私はダメなんだ」

と思うのか。

その分かれ道には、本人の性格だけでなく、周囲の大人が日頃どんな言葉でその子を評価しているのかも関係するかもしれない。

カミンズは、そんな「言葉から自己評価へつながる細い道」を研究したわけです。

1999年の研究では、人そのものに向けた肯定的な評価でさえ、失敗場面では傷つきやすさにつながる可能性が示されました。つまり、「いい言葉だから安全」とは限らないのです。

「いい子」を育てるより、「やり直せる子」を育てる

カミンズの研究を読んでいると、子どもへの声かけについて、少し視点が変わってきます。

私たちはつい、

「自信を持ってほしい」

と思って子どもをほめます。

その願い自体は、とても自然です。

でも、本当に強い自信というのは、

「私はいつでも優秀です」

と思えることではないのかもしれません。

むしろ、

「今日はうまくいかなかった。でも、やり方を変えればいい」

と思えること。

失敗しても、自分という家そのものを取り壊さなくて済むこと。

カミンズの研究が見つめていたのは、そんなしなやかな自己評価の育ち方だったように思えます。

なお、メリッサ・L・カミンズ本人については、現在の所属や詳しい経歴など、一般公開されている人物情報がかなり限られています。そのため、プロフィールを作る際には、確認できる1999年当時のコロンビア大学心理学部への所属と、カミンズ本人が著者として残した研究を中心に紹介するのが安全でしょう。

華やかな肩書きがずらりと並ぶタイプの研究者紹介ではありません。

けれど、

「何を言ったかだけではなく、その言葉が子どもの中で“私はどんな人間なのか”という物語に変わっていくところまで考えてみよう」

そんな問いを残した研究者として、メリッサ・L・カミンズの仕事は今でも十分に読む価値があります。

何気なく口にした「いい子だね」。

たった四文字ほどの小さな言葉なのに、心理学者が覗いてみると、その奥には子どもの自信、失敗、自己評価、そして立ち直る力までつながる長い廊下がある。

言葉って、なかなか油断ならないものです。

参考文献・確認先:PubMed:Melissa L. Kamins 関連論文 / Google Scholar:Melissa L. Kamins 論文・引用情報 / CiNii Research:Melissa L. Kamins 関連論文 / APA・DOI:Person Versus Process Praise and Criticism

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

メリッサ・L・カミンズ(Melissa L. Kamins)の研究から学べること

メリッサ・L・カミンズの研究から学べることを、ひとことで言うなら、

「人を評価するより、行動や工夫を一緒に見るほうが、失敗から立ち直りやすくなる」

ということだと思います。

たとえば、子どもがテストで100点を取ったとします。

そこで、

「あなたって本当に頭がいいね!」

と言う。

これは、とても自然なほめ方です。言われた本人もうれしいでしょう。

ところが、次のテストが60点だったらどうでしょう。

昨日まで「頭がいい子」だったのに、今日は60点。

すると心の中で、

「……あれ?」

となるかもしれません。

「頭がいいはずなのに、できなかった」

「じゃあ、本当は頭がよくないのかな」

「もしかして、私ってダメなのかな」

テストの点数が下がっただけなのに、いつの間にか人生そのものの株価が暴落している

カミンズの研究が教えてくれるのは、こうした心の動きに、私たちが普段使っている「評価の言葉」が関係しているかもしれない、ということです。

「あなたはすごい」と「そこを工夫したね」は、似ているようで違う

私たちは誰かを励ますとき、つい人そのものを評価したくなります。

「あなたは優秀だね」

「本当にいい子だね」

「才能があるね」

どれも悪口ではありません。

むしろ、かなり立派なほめ言葉です。

でも、ここにはちょっとした落とし穴があります。

「あなたは優秀だ」

という言葉は、成功している間は気持ちいい。

ところが失敗した瞬間、

「優秀じゃなくなった?」

という不安が生まれやすくなります。

一方で、

「その方法、うまく工夫したね」

「最後まで粘ったね」

「前よりここができるようになったね」

という言葉なら、失敗しても、

「じゃあ次は別の方法を試してみよう」

と考えやすい。

評価の矢印が、人間そのものではなく、行動や工夫に向いているからです。

ここが、カミンズの研究から持ち帰りたい大きなポイントです。

人は、存在そのものを採点されると苦しくなります。

でも、

「今回はここがうまくいった」

「今回はここが難しかった」

と出来事として扱えるなら、やり直す余地が残ります。

心にちゃんと非常口があるんですね。

失敗と人格を、勝手に結婚させない

この考え方は、子育てだけの話ではありません。

大人にも、かなり刺さります。

仕事でミスをした。

そこで、

「今回の確認が足りなかった」

と思えば、まだ修正できます。

ところが、

「私は仕事ができない人間だ」

まで話が飛ぶと、一気に苦しくなります。

料理を失敗した。

「今日は火加減を間違えた」

なら次があります。

でも、

「私は料理の才能がない」

になると、急に台所から引退したくなってきます。

人間関係でうまく話せなかった。

「今日はタイミングが悪かった」

なら改善できます。

でも、

「私は人付き合いが下手な人間なんだ」

となると、ひとつの出来事が人格の判決文になってしまいます。

カミンズの研究を大人の生活に置き換えるなら、

「失敗したこと」と「自分の価値」を、すぐに同じ箱へ入れない

ということになります。

失敗と人格は、付き合ってもいないのに、私たちの頭の中で勝手に婚姻届を出しがちです。

そこは、

「いやいや、別件です」

と役所の窓口で返していい。

これは、とても大事な心の技術だと思います。

ほめるときも、未来が残る言葉を

カミンズの研究を知ると、

「じゃあ、ほめちゃダメなの?」

という心配も出てきます。

でも、そういう話ではありません。

ほめるなら、次につながるほめ方を意識するといい。

たとえば、

「天才だね!」

だけで終わるより、

「前よりずいぶん工夫したね」

「難しかったのに、途中でやめなかったね」

「その考え方、面白かったよ」

と伝える。

こうした言葉には、

「あなたの価値は、この一回の成功で決まったわけではない」

という含みがあります。

だから次に失敗しても、

「あのときできた私は本物で、今回できない私は偽物」

みたいな壮大な自己裁判を開かなくて済みます。

人間、毎回100点なんて無理です。

むしろ人生は、60点の日、32点の日、採点不能の日まであります。

だからこそ、100点を取ったときに「あなたは100点の人間」と言ってしまうより、

「今日はここがうまくいったね」

くらいのほうが、長い人生には向いているのかもしれません。

叱るときこそ「あなた」と「行動」を分ける

この考え方は、叱る場面ではさらに重要です。

「なんでそんなことするの。悪い子ね」

と言われると、子どもは、

「悪かったのは行動なのか、自分なのか」

がわからなくなります。

一方で、

「その行動はよくなかったね」

なら、まだ道が残ります。

「行動は変えられる」

からです。

これは大人同士でも同じです。

「あなたって本当にだらしない」

と言われれば、人格への攻撃として受け取りやすい。

でも、

「この書類、締め切りを過ぎていたよ」

なら、少なくとも修正対象が見えます。

前者は人間を丸ごと問題にする。

後者は問題を問題の大きさのまま扱う。

これ、かなり違います。

人間は、注意されることよりも、

存在そのものを否定されたと感じることのほうが、ずっとつらいものです。

だからカミンズの研究は、教育だけではなく、職場、家庭、夫婦関係、人間関係全般にも応用できる視点を持っています。

「私はこういう人間だ」を少しゆるめてみる

そして、カミンズの研究からもう一歩進んで考えるなら、自分に対する言葉にも使えます。

私たちは、自分に対してものすごく雑な評価をします。

「私は根性がない」

「私は頭が悪い」

「私はコミュニケーションが苦手」

「私は続かない人間だ」

ずいぶん大きな主語です。

一回寝坊しただけなのに、

「私はだらしない人間です」

と人格全体に判決を下している。

裁判が早すぎます。

もう少し細かく見てみると、

「今日は寝る時間が遅かった」

「今回は準備不足だった」

「初対面では緊張しやすかった」

「三日間は続いたけれど、四日目に崩れた」

となります。

こうすると、改善できそうな場所が見えてきます。

「私はダメ」は、手の打ちようがありません。

でも、

「今回は準備時間が足りなかった」

なら、次は30分早く始めればいい。

つまり、人格の言葉は行き止まりになりやすく、行動の言葉は道を残しやすいのです。

人は、ラベルよりも物語で育つ

カミンズの研究を読んでいると、人間というのはラベルで育てるものではないんだな、と感じます。

「頭のいい子」

「いい子」

「ダメな子」

「優秀な社員」

「使えない人」

こういう言葉は便利です。

短いし、わかりやすい。

でも、人間はそんなに薄っぺらくありません。

昨日できなかったことが今日できたり、得意だったことにつまずいたり、やる気満々の日もあれば、布団と正式に業務提携したい日もあります。

人は変化します。

だから、

「あなたはこういう人」

と決めるより、

「今日はこうだったね」

「ここはうまくいったね」

「ここは次に工夫できそうだね」

と、一緒に物語を見ていく。

そのほうが、人間という不安定で面白い生き物には合っているのでしょう。

メリッサ・L・カミンズの研究が私たちに教えてくれるのは、派手な子育てテクニックではありません。

もっと地味で、でも長く効くことです。

人を評価しすぎない。行動を見る。失敗を人格にしない。

そして、できなかった日にも、

「では次、どうしようか」

と言える余白を残す。

たったそれだけで、言葉は人を採点する道具ではなく、もう一度立ち上がるための手すりになります。

ほめ言葉も、叱る言葉も、自分に向ける言葉も。

どうせ使うなら、人を檻に入れる言葉ではなく、次の一歩が見える言葉にしていきたいものです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

メリッサ・L・カミンズ(Melissa L. Kamins)の論文一覧

1.『「あなたはいい子」と「よく工夫したね」は何が違う? 人そのものを褒める・叱ることと、取り組み方を褒める・叱ることが自己価値と立ち直る力に与える影響』メリッサ・L・カミンズ、キャロル・S・ドゥエック(1999)

Kamins, M. L., & Dweck, C. S. (1999). Person versus process praise and criticism: Implications for contingent self-worth and coping. Developmental Psychology, 35(3), 835–847.
DOI:10.1037/0012-1649.35.3.835

「いい子だね!」って、ほめ言葉なのに危ないこともあるの?
カミンズとドゥエックは、5〜6歳の子どもを対象に、「あなたはいい子」と人そのものを評価する場合と、「上手にできたね」と行動や過程を評価する場合を比べました。すると、人格ごと評価された子ほど、失敗したときに「できなかった」から「私はダメ」へ飛びやすい傾向が。ほめ方ひとつで、失敗の受け止め方まで変わる? 子育てだけでなく、大人の自己評価にも刺さる、「その一言、どこを採点してます?」な論文です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
「いい子だね」と褒めるとどうなる?5〜6歳児の研究でわかった失敗後の反応
「いい子だね」と褒めるとどうなる?5〜6歳児の研究でわかった失敗後の反応
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