マーティン・E・P・セリグマン(Martin E. P. Seligman)の論文一覧:どうせ無理、から、けっこういけるかも、へ向かう心理学さんぽ
マーティン・E・P・セリグマン(Martin E. P. Seligman)のプロフィール
マーティン・E・P・セリグマンは、アメリカの心理学者です。1942年、アメリカのニューヨーク州オールバニ生まれ。現在はペンシルベニア大学で心理学の教授を務め、同大学の「ポジティブ心理学センター」の中心人物として知られています。ざっくり言うと、「人はなぜ心が折れるのか」と「人はどうすればよく生きられるのか」の両方を、心理学の虫眼鏡でじっくり見つめてきた人です。
セリグマンさんの名前を有名にしたのが、「学習性無力感」という考え方です。これは、何をしても状況が変わらない経験を何度もすると、人はやがて「どうせ何をしても無理だ」と感じ、行動する力を失ってしまう、というものです。心の中に「もう試すだけムダです係」が勝手に配属されてしまう感じですね。本人はなまけているのではなく、心が「やっても変わらない」と学習してしまっている。ここがとても大事なところです。
ただ、セリグマンさんがおもしろいのは、ずっと「人が落ち込む仕組み」だけを見ていたわけではないところです。のちに彼は、「では、人が元気に生きるには何が大切なのか?」という方向へ研究の船をこぎ出します。ここから生まれたのが「ポジティブ心理学」です。日本語で言えば、「前向き心理学」や「幸福と強みの心理学」といったところでしょうか。単に「ポジティブになれば全部うまくいく!」という根性論ではなく、喜び、強み、人とのつながり、生きがい、達成感などを、きちんと研究対象にした分野です。
つまりセリグマンさんは、心理学の世界で「病気や苦しみを減らすことも大事。でも、それだけだと人生はゼロ地点までしか戻らない。そこから先の“よく生きる”も研究しようよ」と言った人です。これはけっこう大きな転換です。心理学の教室に、治療室の椅子だけでなく、日なたのベンチも持ち込んだような感じです。
また、彼は1998年にアメリカ心理学会の会長も務めています。心理学界ではかなり大きな役職です。そこで彼は、ポジティブ心理学を広げる重要なきっかけをつくりました。代表的な著作には、『オプティミストはなぜ成功するか』『世界でひとつだけの幸せ』『ポジティブ心理学の挑戦』などがあります。英語の題名を無理に並べるより、日本語で言うなら、「希望の持ち方」「幸せの育て方」「人生を花開かせる方法」を考えた本、と言うとわかりやすいです。
セリグマンさんの研究の魅力は、「がんばれ!」と肩をたたくだけでは終わらないところです。人があきらめてしまう背景には、ちゃんと理由がある。けれど同時に、人がもう一度立ち上がったり、自分の強みを見つけたり、人とのつながりの中で回復したりする道もある。彼の研究は、心のどん底に懐中電灯を向けたあと、「では、出口の看板も探してみましょう」と言ってくれるような温かさがあります。
一言でまとめるなら、セリグマンさんは、「どうせ無理」と座り込んだ心に、『ほんとうにそうかな?』と声をかけ、幸福や希望の研究へと歩いていった心理学者です。心の弱さを責めるのではなく、心が弱ってしまう仕組みを理解し、そのうえで人がよりよく生きる道を探した人、と言えます。
参考文献・確認先:ペンシルベニア大学ポジティブ心理学センター:Martin E.P. Seligman 公式プロフィール / Google Scholar:Martin Seligman 論文・引用情報 / PubMed:Martin E. P. Seligman 関連論文

マーティン・E・P・セリグマン(Martin E. P. Seligman)の研究から学べること
マーティン・E・P・セリグマンさんの研究から学べることを、ひとことで言うなら、「人は、つらい経験によって“どうせ無理だ”と学んでしまうこともある。でも反対に、“まだできることがある”と学び直すこともできる」ということです。
これは、かなり希望のある話です。人間の心は、ただのガラス細工ではありません。もちろん傷つくことはあります。割れそうになることもあります。でも、経験の中で学び直し、回復し、前に進む力も持っています。セリグマンさんの研究は、その「心がしおれるしくみ」と「心が立ち上がるしくみ」の両方を教えてくれます。
セリグマンさんは、アメリカの心理学者で、もともとは「学習性無力感」の研究で有名になりました。これは、何度やってもうまくいかない経験が続くと、人は本当は逃げられる場面でも「どうせ無理だ」と思って動けなくなってしまう、という考え方です。
たとえば、何度も注意される。何度も失敗する。頑張っても認められない。相談しても聞いてもらえない。そういう経験が続くと、人は心の中で「もう何をしても変わらない」と学んでしまうことがあります。これは怠けではありません。心が「動いても痛いだけ」と判断して、省エネモードに入ってしまうのです。スマホで言えば、バッテリーが少なくなって画面が暗くなる感じです。本人の性格が暗いのではなく、心の電池が守りに入っているのです。
この視点は、支援や教育、職場でとても大切です。
たとえば、利用者さんや部下が「無理です」「できません」「どうせ失敗します」と言ったとき、こちらはつい「そんなこと言わずに頑張りましょう」と励ましたくなります。でも、本人の中では、過去の失敗体験が山積みになっているかもしれません。心の倉庫に「また失敗」「また怒られた」「また迷惑をかけた」という段ボールが積み上がっている状態です。そこに「頑張れ!」だけを投げると、段ボールの上にさらに荷物を載せることになるかもしれません。
では、どうすればいいのか。
セリグマンさんの研究から学べるのは、「無力感には、小さな成功体験で対抗する」ということです。いきなり大きな目標を掲げるのではなく、「これならできるかも」という小さな一歩を作る。たとえば、いきなり一日中働くのではなく、まず30分だけ作業してみる。いきなり面接本番ではなく、まず自己紹介を一文だけ練習する。いきなり完璧な生活リズムではなく、まず同じ時間に起きる日を週に一日作る。
小さな成功は、心の中でこう言います。
「あれ、もしかして少しは動かせる?」
「全部は無理でも、ここだけならできる?」
「前と違う結果もあるかもしれない?」
この“かもしれない”が、心の固まった土を少しやわらかくします。無力感は「どうせ無理」という黒いペンキで未来を塗りつぶします。でも、小さな成功は、そこに細い白線を引きます。最初は小さくても、そこから道ができることがあります。
そして、セリグマンさんは後に「ポジティブ心理学」の中心人物としても知られるようになりました。ポジティブ心理学とは、簡単に言えば、「人間の弱さや病気だけでなく、幸福、強み、意味、よい人生についても科学的に研究しよう」という考え方です。
ここで大事なのは、「ポジティブ心理学」は、ただの「明るく考えよう教」ではないということです。
「つらいことがあっても笑顔で!」
「ネガティブなことを考えちゃダメ!」
「毎日ハッピーでいよう!」
こういう無理やりキラキラしたものとは少し違います。つらいときに「前向きになろう」と言われると、心の中で「今それどころじゃないんですけど」と座布団を投げたくなることがありますよね。セリグマンさんの考え方は、そんな薄っぺらい根性論ではありません。
むしろ、「人がよりよく生きるためには、どんな要素があるのか」をまじめに調べようとしたものです。
セリグマンさんは、幸福やよい人生を考えるうえで、いくつかの要素を重視しました。代表的には、よい感情、何かに夢中になること、人とのよい関係、人生の意味、達成感などです。ここでは英語を使わずに言うなら、「うれしい気持ち」「没頭」「つながり」「意味」「やり遂げた感覚」です。
これ、かなり現実的です。
人は、ただ楽しいだけでは満たされません。もちろん、プリンを食べる喜びも大事です。ふわふわの布団に入る幸せも大事です。スーパーで半額シールに出会う奇跡も大事です。でも、それだけでは人生全体の満足には足りないことがあります。
人は、「誰かとつながっている」「自分の行動に意味がある」「少し成長できている」「何かをやり遂げた」と感じるとき、より深い充実感を得やすいのです。つまり、幸せは単なる気分の花火ではありません。日々の関係、行動、意味、達成の中で育つ庭のようなものです。
セリグマンさんの研究から学べる二つ目の知恵は、「自分の強みに目を向けること」です。
人間は、自分の欠点にはやたら敏感です。「ここがダメ」「またできなかった」「自分は弱い」と、心の中のダメ出し職人が朝から営業しています。しかも年中無休です。けれど、強みには意外と気づきません。まじめに続けられること、人の気持ちに気づけること、細かい作業ができること、困っている人を放っておけないこと、ユーモアがあること、学ぶのが好きなこと。こうした強みは、自分にとって当たり前すぎて見えにくいのです。
でも、強みを知ることは大切です。なぜなら、人は欠点を削るだけでは元気になりにくいからです。もちろん苦手を補うことも必要です。でも、自分の強みを使える場面が増えると、人は少し生き生きします。火のつき方が違います。
たとえば、人と話すのは苦手でも、文章を書くのが得意な人がいます。大勢の前では緊張するけれど、一対一なら相手の話を丁寧に聞ける人がいます。スピードは遅いけれど、確認が正確な人がいます。支援や職場では、その人の「できないところ」だけを見るのではなく、「どこなら力が出るか」を見ることが大切です。
これは、セリグマンさんの研究を現場に活かすうえで、とても大事な視点です。
人を育てるとは、弱点に赤ペンを入れ続けることではありません。もちろん赤ペンも必要なときはあります。でも、赤ペンだけで人生を添削されたら、誰でも疲れます。大切なのは、「ここは光っていますよ」と蛍光ペンも使うことです。人は、自分の中に使える力があると感じると、次の一歩を踏み出しやすくなります。
三つ目の知恵は、「説明の仕方を変えると、心の回復力が変わる」ということです。
セリグマンさんは、楽観的な考え方や悲観的な考え方にも注目しました。ここでいう楽観とは、「全部うまくいくよ、知らんけど」という雑な明るさではありません。出来事の受け止め方のクセです。
たとえば、失敗したときに、
「自分はいつもダメだ」
「何をやってもダメだ」
「これは一生変わらない」
と考えると、心は一気に重くなります。失敗が、人生全体を覆う黒い雲になります。
一方で、
「今回は準備が足りなかった」
「この部分は改善できる」
「次はやり方を変えてみよう」
と考えると、失敗は痛いけれど、未来まで全部黒く塗りつぶさずに済みます。
つまり、出来事そのものよりも、「それをどう説明するか」が心の立ち直りに関わるのです。これはかなり実用的です。失敗をなかったことにはできません。でも、失敗にどんな意味を与えるかは、少しずつ変えられます。
もちろん、何でも無理やり前向きに解釈する必要はありません。つらいものはつらい。悲しいものは悲しい。そこをごまかすと、心の押し入れに未処理の荷物がたまります。大事なのは、つらさを認めたうえで、「それでも全部が終わりではない」と見ることです。
たとえば、
「今日はうまくいかなかった。でも、自分の全部がダメなわけではない」
「この失敗はつらい。でも、次に活かせる情報もある」
「今はしんどい。でも、この状態が永遠に続くとは限らない」
こういう考え方は、心の足場になります。崖から落ちそうなとき、立派な橋はいきなり作れなくても、足を置ける石がひとつあるだけで違います。
セリグマンさんの研究は、支援の場面にもとてもよく合います。
たとえば、長く失敗体験が続いている人には、「前向きに考えましょう」よりも、「小さく成功できる課題」を用意することが大切です。言葉で励ますだけではなく、実際に「できた」を経験してもらう。これは、心に証拠を渡す作業です。
「自分は何もできない」という思い込みに対して、
「今日はここまでできた」
「前より一分長く続いた」
「前回より落ち着いて話せた」
「確認すればできることがわかった」
という証拠を一緒に集めていく。まるで、心の裁判で「できる可能性があります」という資料を提出していくようなものです。小さな証拠が積み重なると、自己イメージは少しずつ変わります。
また、職場や家庭でも、セリグマンさんの視点は役立ちます。
誰かが失敗したとき、「また?」「いつもそうだよね」と言うと、その人は「自分は変われない」と感じやすくなります。反対に、「今回はどこでつまずいたかな」「次はどこを変えようか」「できていた部分もあるね」と言えば、失敗を学びに変えやすくなります。
言葉は、心の天気を変えます。もちろん一言で快晴にはなりません。でも、どんよりした雲に少し切れ間を作ることはあります。
マーティン・E・P・セリグマンさんの研究が教えてくれるのは、人間は「傷つく存在」であると同時に、「学び直せる存在」でもあるということです。つらい経験が続くと、人は無力感を学んでしまうことがあります。でも、小さな成功、支え、強みの活用、出来事の受け止め方によって、「自分にもできることがある」と学び直すこともできます。
人生には、どうにもならないことがあります。そこを無理に「全部自分次第」と言うのは、乱暴です。雨の日に「晴れていると思えば晴れです」と言われても、普通に濡れます。傘が必要です。
でも、雨の日にもできることはあります。傘をさす。雨宿りする。誰かに迎えを頼む。靴を乾かす。次に備える。セリグマンさんの研究が教えてくれる希望は、まさにそこです。
すべてを変えられるわけではない。
でも、何も変えられないわけでもない。
人は、無力感を覚えることがある。
でも、希望を学び直すこともできる。
これは、支援にも、教育にも、仕事にも、自分自身の生活にも使える、とても大切な考え方です。
セリグマンさんの研究は、心にこう語りかけているようです。
「あなたが動けなくなったのは、弱いからだけではないかもしれない」
「何度も傷つく中で、心が“無理だ”と学んだのかもしれない」
「でも、心はまた別のことも学べる」
だから、最初の一歩は小さくていいのです。大きな夢を掲げなくてもいい。今日できる小さな行動、少し安心できる関係、自分の中の強み、失敗の受け止め直し。そうしたものが、心の再起動ボタンになります。
セリグマンさんの研究は、人生を無理やり明るく塗り替えるペンキではありません。むしろ、暗い部屋の中で「ここに小さな窓がありますよ」と教えてくれる研究です。窓を開けるかどうかは、自分のペースでいい。でも、窓があると知っているだけで、人は少し息がしやすくなるのです。

マーティン・E・P・セリグマン(Martin E. P. Seligman)の論文一覧
1.『学習された無力感:「どうせ無理」を覚えてしまう心のしくみ』マーティン・E・P・セリグマン(1972)
Seligman, M. E. P. (1972). Learned helplessness. Annual Review of Medicine, 23, 407–412. DOI:10.1146/annurev.me.23.020172.002203
「え、何をしても変わらないって思うと、人って本当に動けなくなるの?」という心の不思議に切り込んだのが、セリグマンさんのこの論文です。失敗続きの心は、まるで電池切れのリモコンみたいに「押してもムダです」と思い込んでしまう。でもそれは、なまけではなく“学習”だった。落ち込みやあきらめの正体を知る入口として、心理学の世界を大きく揺らした一本です。

