マーク・R・レッパー(Mark R. Lepper)の論文一覧:「ごほうびをあげたら、やる気が逃げました」人間の不思議なモチベーションを研究した心理学者

マーク・R・レッパー(Mark R. Lepper)の論文一覧:「ごほうびをあげたら、やる気が逃げました」人間の不思議なモチベーションを研究した心理学者
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マーク・R・レッパー(Mark R. Lepper)のプロフィール

マーク・R・レッパーは、アメリカの社会心理学者・発達心理学者です。

ひと言で紹介するなら、

「人間って、ごほうびを出せば出すほど、やる気になるんですよね?」

という、いかにも正しそうな話に対して、

「うーん。それ、場合によっては逆かもしれませんよ」

と研究室の奥から出てきた人です。

現在は、アメリカのスタンフォード大学で心理学の名誉教授を務めています。大学の公式プロフィールでは、文化、教育、学習と記憶、動機づけと感情、推論や問題解決など、かなり幅広い分野を研究してきた人物として紹介されています。

スタンフォードからイェールへ、そしてまたスタンフォードへ

レッパーは1944年、アメリカのワシントンD.C.に生まれました。

1966年にスタンフォード大学で心理学を学び、その後、イェール大学大学院へ進みます。1970年には、社会心理学と発達心理学を専門として博士号を取得しました。翌1971年からスタンフォード大学で教え始め、長年にわたって心理学の研究と教育に携わっていきます。

つまり、かなり大ざっぱに言うと、

「スタンフォードで心理学を学ぶ」

「イェールでさらに心理学を掘る」

「スタンフォードに戻って、今度は教える側になる」

という経歴です。

大学を出て旅に出たと思ったら、知識をたっぷり詰め込んで母港に戻ってきた感じでしょうか。

ただし、レッパーが持ち帰った荷物の中には、なかなか厄介な問いが入っていました。

「そもそも、人はなぜ何かをやりたくなるのか?」

という問いです。

「好きだからやる」と「ごほうびがあるからやる」は、同じなのか?

レッパーの名前を心理学で有名にした研究のひとつが、内発的動機づけに関する研究です。

難しそうな名前ですが、意味はわりと身近です。

たとえば、

「絵を描くのが楽しいから描く」

「本を読むのがおもしろいから読む」

「ギターを弾いていると時間を忘れるから弾く」

こうした、行為そのものがおもしろくて動く力が「内側から生まれるやる気」です。

一方で、

「100点を取ったらお小遣いがもらえる」

「これを終わらせたらシールがもらえる」

「成績が上がったらゲームを買ってもらえる」

となると、外から与えられる報酬が行動の理由になります。

そこでレッパーたちは考えました。

「もともと好きでやっていることに、ごほうびをつけたら、もっと好きになるんだろうか?」

普通に考えれば、

「好き+ごほうび=めちゃくちゃ好き」

になりそうですよね。

ところが、人間の心はそんなに素直な足し算ではありません。

ごほうびをもらったら、なぜか「仕事」になってしまった

1973年、レッパーはデイヴィッド・グリーン、リチャード・ニスベットとともに、子どもの内発的な興味と報酬の関係を調べた有名な研究を発表しました。

もともと絵を描くことを楽しんでいた子どもたちに対して、条件によって報酬を与え、その後の行動を観察したのです。

ここから見えてきたのが、後に**「過剰正当化」**と呼ばれる考え方です。

ざっくり言えば、

「好きだからやっていたはずなのに、報酬をもらっているうちに『報酬のためにやっていたのかも』と感じるようになり、もともとの興味が弱くなることがある」

という現象です。

昨日まで、

「お絵描き楽しー!」

だった子どもの心に、大人が「描いたら賞状をあげるよ」と札を下げる。

すると心の中で、

「……あれ? これって遊びじゃなくて仕事でした?」

という小さな人事異動が起こるわけです。

もちろん、これは「報酬はすべて悪い」という話ではありません。

報酬が役立つ場面もありますし、仕事で給料をもらうことまで否定したら、社会そのものが月曜日の朝から停止します。

レッパーが明らかにしようとしたのは、もっと繊細な問題です。

外から人を動かそうとするとき、その方法によっては、本人の中にすでにあった「やってみたい」という火まで弱めてしまうことがある。

ここが重要なのです。

レッパーが研究したのは「ごほうび」だけではない

レッパーというと、どうしても「報酬とやる気の研究者」という印象が強くなります。

しかし、実際の研究範囲はかなり広いです。

たとえば、人は一度信じたことを、反対の証拠が出てもなかなか捨てられないという信念の持続についても研究しています。

「その情報、間違いでした」

と言われても、

「いや、でもなんとなく最初の印象が……」

と残ってしまう。

人間の脳内には、ときどき訂正テープがうまく作動しない書記係が住んでいるようです。

さらにレッパーは、子どもの自己統制、教育におけるコンピューターの利用、優れた家庭教師はどんな教え方をしているのか、人が「自分で選べる」と感じることにはどんな意味があるのか、そして選択の効果が文化によってどう違うのか、といったテーマにも研究を広げていきました。

つまり彼がずっと見つめていたのは、

「人は、どういうときに自分から動くのか」

という問題だったのだと思います。

人間は、ボタンを押せば動く機械ではない

レッパーの研究がおもしろいのは、子育てや教育だけにとどまらないところです。

会社でもそうです。

「もっと頑張ってほしいから報奨金を出そう」

学校でも、

「勉強したらシールをあげよう」

家庭でも、

「片づけたらゲームしていいよ」

どれも、一見すると合理的です。

そして実際、うまく働くこともあります。

でもレッパーの研究を知ったあとだと、もう一つ問いが増えます。

「その方法で、今は動いてくれるかもしれない。でも、その人自身の『やってみたい』はどうなるんだろう?」

ここまで考えると、人を動かすということが急に難しくなってきます。

人間は自動販売機ではありません。

100円を入れてボタンを押したら「やる気」がガコンと落ちてくるわけではない。

むしろ、こちらが親切のつもりで押したボタンによって、本人の中で静かに燃えていた火が、

「では報酬がないので、本日は休業します」

となってしまうことさえある。

だからこそレッパーの研究は、半世紀近くたった今でも、教育、子育て、仕事、習慣づくりを考えるうえで読み返す価値があります。

スタンフォード大学の現在の紹介でも、レッパーは「動機づけと感情」「教育」「学習」「文化」などにまたがる研究者として位置づけられています。

マーク・R・レッパーが私たちに残した大きな問いは、案外シンプルです。

「人をどうやって動かすか」よりも、「その人が自分から動きたくなるものを、どうすれば壊さずにいられるか」。

ごほうびを配る前に、ちょっとだけ立ち止まる。

「この人、もう十分楽しんでいるんじゃない?」

レッパーの研究は、そんな小さな確認を私たちに求めているように思います。

参考文献・確認先:スタンフォード大学:Mark R. Lepper 公式プロフィール / Google Scholar:Mark R. Lepper 論文・引用情報 / PubMed:Mark R. Lepper 関連論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

マーク・R・レッパー(Mark R. Lepper)の研究から学べること

マーク・R・レッパーの研究を読んでいると、だんだん人間という生き物がかわいく見えてきます。

だって私たちは、

「ごほうびが増えれば、やる気も増えるでしょう」

と思うじゃないですか。

お菓子をあげる。
お金をあげる。
褒める。
ポイントをつける。
スタンプカードをいっぱいにする。

これだけ並べると、人間のやる気というものは、燃料を注げば注ぐほど勢いよく走るエンジンのように思えてきます。

ところがレッパーの研究が、

「いや、人の心って、そんな給油口みたいに単純じゃありませんよ」

と横から静かに入ってきます。

ここがおもしろいところです。

彼の研究から学べるのは、単なる「ごほうびの使い方」ではありません。

もっと大きく言えば、

人を動かすときには、その人の外側だけでなく、その人の内側で何が起きているのかを見る必要がある

ということなのです。

「やらせる」ことと「やりたくなる」ことは、似ているようで別物

まず、レッパーの研究から持ち帰りたい一番大きなポイントはこれでしょう。

人が行動したからといって、その人のやる気が育ったとは限らない。

ここ、かなり大事です。

たとえば子どもに、

「宿題をやったらゲームしていいよ」

と言ったとします。

すると子どもは宿題をするかもしれません。

親としては、

「よし。作戦成功」

となります。

でも、ちょっと待ってください。

その子の頭の中では、

「勉強すると知らないことがわかっておもしろい」

ではなく、

「宿題とはゲームを解放するために倒す中ボスである」

という認識が育っている可能性もあります。

行動だけを見ると、ちゃんと宿題をしています。

だから大成功に見える。

けれど、心の中に何が育っているかまで見ると、話は少し変わります。

これは大人でも同じです。

職場で、

「この仕事を達成したら報奨金を出します」

と言われれば、もちろん頑張れる人もいるでしょう。

でも、それが続くと、

「これ、お金が出ないなら別にやらなくてもいい仕事ですよね?」

という感覚が生まれることもある。

つまり、

人を一時的に動かす仕組みと、長く続くやる気を育てる仕組みは、必ずしも同じではない。

レッパーの研究は、そこをかなり早い時期から私たちに教えてくれていました。

好きなことに値札を貼ると、景色が変わることがある

レッパーらの有名な研究では、もともと絵を描くことを楽しんでいた子どもたちに報酬を与えることで、その後の興味がどう変わるかが調べられました。

ここから考えられるのが、

「好きだからやっていた」

という行動に、

「ごほうびをもらうためにやる」

という別の理由が入り込むと、本人が行動の意味を読み替えてしまうことがある、ということです。

これは、日常でもけっこうあります。

本が好きで毎日読んでいた人に、

「一冊読んだら500円ね」

と言ったら、最初はうれしいかもしれません。

ところがいつしか、

「今日は500円にならないなら、読まなくていいか」

となる可能性もある。

これは、本が嫌いになったというより、

本を読む理由が変わってしまった

と考えるとわかりやすいでしょう。

「楽しいから」が、

「報酬があるから」

に引っ越してしまう。

心の中で、動機の住所変更届が出されてしまうわけです。

だから、すでに本人が楽しんでいることに対しては、

「もっとやらせよう」

と急いで報酬を追加する前に、

「これ、もう本人の中でちゃんと火がついているんじゃないかな?」

と考える余地があります。

火が燃えているなら、毎回ガソリンをぶちまける必要はありません。

むしろ危ない。

だからといって「ごほうび禁止!」ではない

ここで非常に重要なのですが、レッパーの研究を、

「ごほうびは悪である」

と読むのは少し乱暴です。

もし報酬そのものが悪なら、給料も賞与も表彰も全部撤去しなければなりません。

月末になるたび会社員全員が、

「本日より情熱だけで働いてください」

と言われたら、日本列島のあちこちから静かな悲鳴が上がるでしょう。

大切なのは、

報酬があるかないかではなく、それが人の心にどう受け取られるか

です。

自分の努力が認められたと感じる報酬なら、励みになることもあります。

「よく頑張ったね」

という言葉が、

「次もやらないと評価を失うぞ」

ではなく、

「あなたの頑張りをちゃんと見ていましたよ」

と伝われば、むしろ力になるでしょう。

つまり問題は、報酬を渡すことそのものではありません。

報酬が「あなたを操作する道具」になっているのか、「あなたの努力を認めるもの」になっているのか。

この違いは、とても大きいのです。

人は「自分で決めた」と感じると、少し強くなる

レッパーの研究を広く見ていくと、「選ぶこと」も重要なテーマとして見えてきます。

人間には、

「自分で決めた」

と思えることが、意外なほど大切です。

同じ仕事でも、

「これをやれ」

と言われたときと、

「AとBなら、どちらからやりますか?」

と聞かれたときでは、気持ちが違います。

仕事内容はほぼ同じでも、

「自分の意思が入っている」

というだけで、人はその行動を少し自分のものとして感じやすくなります。

これは子育てでも使えます。

「今すぐ歯を磨きなさい」

だけではなく、

「先に歯を磨く? それとも着替えてから磨く?」

と選べる形にする。

会社でも、

「この方法でやってください」

だけではなく、

「目的はこれです。方法について何かやりやすい案はありますか?」

と聞いてみる。

もちろん何でも自由にすればいいという話ではありません。

社会には締切もルールもあります。

「今日は会社に行くかどうか自分で選びます」

まで行くと、上司の眉毛が少し動きます。

そうではなく、

決められた枠の中でも、人が自分で選べる余白を残す。

この発想は、やる気を考えるうえでとても重要です。

「優れた先生」は、答えを渡す人ではなく、考えられる場所まで連れていく

レッパーは教育や家庭教師の研究にも関わっています。

ここから見えてくることも興味深いものです。

教える側は、つい答えを説明したくなります。

相手が困っている。

「そこ違うよ。答えはこう!」

はい、一件落着。

……したように見えます。

でも教育では、答えを教えれば終わりというものでもありません。

本当に上手な教え方では、相手がどこまで理解しているのかを見ながら、必要なところだけ手助けします。

少し難しければヒントを出す。

できそうなら黙って見守る。

間違えたら、いきなり正解を渡すのではなく、

「どこからおかしくなったと思う?」

と考えてもらう。

つまり、

教師が全部やってしまわない。

これ、実は人間関係全般にも言えることかもしれません。

誰かが悩んでいると、

「こうしなよ」

「それはやめたほうがいい」

「私だったらこうする」

と、ついつい人生の答え合わせ係になってしまいます。

でも、本当に相手の力を育てたいなら、

「あなたはどうしたい?」

「どんな選択肢がありそう?」

と、その人自身が考える余地を残す。

助けることと、代わりに生きることは違うのです。

人間は、一度つくった物語をなかなか手放さない

レッパーは「やる気」以外にも、人の考え方について重要な研究をしています。

そのひとつが、

一度信じたことは、根拠が崩れても残りやすい

という現象です。

これも、ものすごく人間らしい話です。

たとえば、

「あの人は冷たい人だ」

という印象を一度持ったとします。

その後、

「実はあの日、ご家族のことで大変だったらしいよ」

と事情を知った。

普通なら、

「なるほど。じゃあ冷たい人という判断は間違いだったな」

となりそうです。

ところが心の中では、

「まあ、それはそうなんだけど……でもなんか冷たそう」

が残ったりします。

証拠は撤去されたのに、建物だけ残っている。

心理学的には、なかなか興味深い廃墟です。

この研究から学べることは、

最初の印象や、自分の思い込みを、ときどき点検したほうがいい

ということです。

「私は人付き合いが苦手だ」

「自分は仕事ができない」

「あの人は私を嫌っている」

「どうせ私は何をやっても続かない」

こうした考えも、一度できあがると、証拠が変わっても残ってしまうことがあります。

だから、

「それ、本当に今も事実かな?」

と問い直す。

昔の自分が書いた取扱説明書を、現在の自分がずっと使わなくてもいいのです。

やる気がない人ではなく、「やる気が出にくい環境」にいる人かもしれない

レッパーの研究から、もうひとつ大切な視点を持ち帰ることができます。

誰かが動かないとき、

「この人はやる気がない」

と性格のせいにしてしまうのは簡単です。

でも、

選択肢がまったくない。

細かく管理される。

失敗するとすぐ責められる。

何をしても評価されない。

目的がわからない。

自分なりに工夫できない。

こういう場所に置かれたら、もともと意欲的な人でもしぼんでしまいます。

植物に向かって、

「君は成長意欲が足りない!」

と説教しても、水も日光もなければ育ちません。

人間だって似たところがあります。

「どうすればこの人をやる気にさせられるか」

だけではなく、

「この環境は、人がやる気を失いやすい形になっていないか」

と考える。

これは教育にも職場にも家庭にも使える視点です。

いちばん大切なのは「やる気を作る」より「すでにあるやる気を壊さない」こと

マーク・R・レッパーの研究を読んでいて、最後に残るのは、私はこんな感覚です。

私たちは、人のやる気を「ないもの」だと思いすぎているのかもしれません。

だから、

「どうすればやる気を出させられる?」

と考える。

けれど実際には、人の中には最初から、

「知りたい」

「できるようになりたい」

「誰かの役に立ちたい」

「うまくなりたい」

「おもしろそうだからやってみたい」

という小さな火があることも多いのです。

その火に対して、

「もっと燃えろ!」

と巨大な扇風機を向ける必要はないのかもしれません。

必要なのは、ときに風よけです。

評価しすぎない。

管理しすぎない。

答えを奪わない。

選ぶ余地を少し残す。

本人の「やってみたい」を軽く扱わない。

そう考えると、レッパーの研究は単なる「モチベーションの心理学」ではなくなってきます。

そこにあるのは、

人間を、自分から考え、自分から選び、自分から動こうとする存在として扱おう

という、とても人間的な視点です。

人を動かす方法を探すより、

その人の中ですでに動き始めているものを見つける。

「やる気スイッチはどこですか?」

と背中を探し回る前に、

「もしかして、この人のスイッチ、もう入ってない?」

と気づいてみる。

マーク・R・レッパーの研究は、そんなふうに人を見る目を、少しだけやわらかくしてくれるのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

マーク・R・レッパー(Mark R. Lepper)の論文一覧

1.『ごほうびをあげると、『好き』が減る? 外的報酬が子どもの内発的な興味を弱める:『過剰正当化』仮説の検証』マーク・R・レッパー、デイヴィッド・グリーン、リチャード・E・ニスベット(1973)

Lepper, M. R., Greene, D., & Nisbett, R. E. (1973). Undermining children’s intrinsic interest with extrinsic reward: A test of the “overjustification” hypothesis. Journal of Personality and Social Psychology, 28(1), 129–137. DOI:10.1037/h0035519

「好きでやってる子に、ごほうびをあげたら、もっと好きになるでしょ?」……ところが心は、そんな単純な足し算をしてくれません。レッパーらは、もともと絵を描くのが好きな幼児を調査。すると、「描いたらごほうびがもらえる」と期待して描いた子どもは、その後、自発的に絵を描く時間が減りました。

好きだったはずなのに、「ごほうびのためにやったのかも」と理由がすり替わる。この不思議な現象が過剰正当化です。「やる気を足したつもりが、元のやる気を薄めていた?」教育や子育てはもちろん、大人の仕事にも刺さる一篇です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
ご褒美でやる気は下がる?子どもの「好き」を弱めた心理学実験
ご褒美でやる気は下がる?子どもの「好き」を弱めた心理学実験
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