マーク・ムラヴェン(Mark Muraven)の論文一覧:意志力の電池は、なぜコンビニ前で切れるのか
マーク・ムラヴェン(Mark Muraven)のプロフィール
マーク・ムラヴェンは、「人はどうして目標を立てるのか」「そして、なぜその目標の前で見事に転ぶのか」を研究してきた心理学者です。現在は、ニューヨーク州立大学オールバニー校の心理学部で教授を務めています。研究の中心にあるのは、自制心、動機づけ、感情、依存といったテーマです。ざっくり言えば、「心のアクセルとブレーキの研究者」と呼びたくなる人物です。
私たちは日々、けっこう立派な目標を立てます。「今日は早く寝る」「お菓子は控える」「怒らずに話す」「スマホは少しだけ見る」。ところが現実はどうでしょう。夜になると冷蔵庫が光り、スマホがこちらを手招きし、布団に入ったはずなのに動画の森で迷子になる。人間の心というのは、なかなか手ごわい小動物です。
ムラヴェンの研究がおもしろいのは、この「意志が弱いからダメなんです!」で終わらせないところです。彼は、自制心を根性論ではなく、限りある力として考えました。つまり、ガマンや集中を続けると、心の燃料が減ることがある。朝は「私はやれる人間だ」と勇ましく出発したのに、夕方にはコンビニのプリンに完敗する。あれは魂の敗北ではなく、心の電池が赤く点滅している状態なのかもしれません。
有名な自我消耗の研究でも、ムラヴェンはロイ・バウマイスターらとともに、自制心が使えば減る資源のように働く可能性を探りました。自分を抑える、感情をこらえる、誘惑に耐える。そうした行動のあとには、次の自制が難しくなることがあるという考え方です。いわば心の中に、小さな体育会系マネージャーがいて、「今日もう三試合目なんですけど!」とタオルを投げているようなものです。
ただし、ムラヴェンの研究は「人間の自制心はすぐ尽きる。以上、閉店です」という暗い話ではありません。彼は、自制心が崩れる条件だけでなく、それを支える条件にも注目しています。たとえば、自分で納得して取り組むこと、目標の意味をとらえ直すこと、環境を整えること、自制心を少しずつ練習すること。こうした工夫によって、人は目標に近づきやすくなると考えています。
ここが、ムラヴェンのやさしいところです。彼の研究は、人間を責めるための心理学ではありません。「なぜできないんだ」と心にムチを打つのではなく、「どんな条件なら、人はもう少しうまく自分を助けられるのか」と考える心理学です。自制心を、気合いの竹刀で叩くのではなく、仕組みとして見つめる。そこに、彼の研究のあたたかさがあります。
また、ムラヴェンはお酒や依存に関する研究にも関わっています。お酒を前にして飲まないようにする、飲みすぎないようにするという場面は、まさに自制心の実験室です。飲み物が目の前にある。においもする。周囲の雰囲気もある。その中で「いや、今日はやめておこう」と踏みとどまる。これは心の中で、かなり本格的な綱引きが起きています。彼はそうした場面を通して、自制心と依存、感情の関係を探ってきました。
さらにおもしろいのは、ムラヴェンが「目標同士の衝突」にも関心を持っている点です。人間の願いは、いつも一枚岩ではありません。「健康でいたい」けれど「甘いものも食べたい」。「仕事をがんばりたい」けれど「休みたい」。「人にやさしくしたい」けれど「自分も限界です」と叫びたい。心の中では、複数の目標が小さな会議を開いています。しかも全員、発言が長い。
ムラヴェンは、こうした目標のぶつかり合いをどう扱うかが、人の成長や長期的な目標の形成に関わると考えています。つまり、人はただ誘惑に勝つだけの生き物ではありません。迷いながら、揺れながら、「自分は何を大切にしたいのか」を少しずつ形にしていく存在なのです。
マーク・ムラヴェンの研究を読むと、自制心というものが、ずいぶん人間らしく見えてきます。それは鋼鉄の鎧ではありません。むしろ、疲れたり、回復したり、意味づけによって強くなったりする、かなり繊細な心の道具です。
だから、彼の研究は私たちにこう語りかけているように思えます。
「あなたが誘惑に負けたのは、あなたがダメだからとは限らない。心の仕組みを知らなかっただけかもしれないよ」
そう考えると、自制心の研究は、人生の小言ではなく、心の取扱説明書になります。マーク・ムラヴェンは、その説明書のページを一枚ずつめくりながら、「人はどうすれば、自分の願いにもう少しやさしく近づけるのか」を探り続けている心理学者なのです。
参考文献・確認先:Mark Muraven 公式プロフィール / Google Scholar:Mark Muraven 論文・引用情報 / PubMed:Mark Muraven 関連論文 / Social Psychology Network:Mark Muraven プロフィール

マーク・ムラヴェン(Mark Muraven)の研究から学べること
マーク・ムラヴェンの研究から学べることは、ひと言でいうと、「自分を責める前に、心の燃料計を見よう」ということです。
私たちはつい、できなかった自分に対して、すぐ裁判を開きます。
「なんで我慢できなかったの?」
「昨日も同じこと言ってたよね?」
「あなた、意志が豆腐なの?」
心の中の検察官が、朝から晩まで元気いっぱいです。しかも声がでかい。こちらはもう疲れているのに、脳内法廷だけは二十四時間営業。眠らない裁判所。いや、ちょっと休廷してくれませんか、という話です。
ムラヴェンの研究が教えてくれるのは、そこです。自制心は、単なる根性ではない。気合いの鉢巻きを巻けば無限に出てくる魔法の汁でもない。感情をこらえる、誘惑に耐える、やるべきことに集中する、言いたいことを飲み込む。そうした「自分を調整する行動」は、心の力を使うことがある。つまり、人間の心には、スマホの電池みたいなところがあるのです。朝は百パーセントだったのに、職場で気をつかい、メールに返信し、会議で笑顔を保ち、帰りにスーパーへ寄ったころには、心の画面に「低電力モードにしますか?」と出ている。そこでプリンを買ってしまったからといって、人格が崩壊したわけではありません。たぶん、電池が赤かったのです。
ムラヴェンらの研究では、先に感情や考えを抑えるような課題をした人は、その後の別の課題で粘りにくくなることが示されました。たとえば、気持ちを抑えたあとに体力を使う課題が続くと、ふんばりが弱くなる。考えを抑えたあとには、解けない問題に対して早くあきらめやすくなる。これらは、「自制心を使うと、その後の自制がしんどくなることがある」という考えにつながっています。
ここから学べる第一のことは、「自分を責めるより、消耗を見積もろう」ということです。
たとえば、夜に食べすぎる人がいます。本人は「私はだらしない」と思っている。でも実際には、朝からずっと仕事で気を張り、人に合わせ、失敗しないように注意し、家に帰るころには心の財布が小銭しか残っていない状態かもしれません。そこで冷蔵庫を開ける。チョコがある。袋が光る。人類史上もっとも静かな戦争が始まります。
このとき大事なのは、「私は弱い」と断罪することではありません。「今日はもうかなり心の力を使ったな」と気づくことです。自分の状態を読む。燃料が少ない夜に、巨大な誘惑と一騎打ちしない。これは逃げではなく、戦略です。武士だって、寝不足で空腹のまま魔王城には行きません。おにぎりぐらい食べます。
第二に学べることは、「自制心は環境にかなり左右される」ということです。
ムラヴェンは、自制心をよくする方法として、練習、目標のとらえ直し、環境の作り直しに関心を持っています。つまり、「気合いで何とかしろ」ではなく、「やりやすい形に変えよう」という発想です。
これは、生活に落とし込むとかなり使えます。
たとえば、スマホを見すぎるなら、「見ないぞ、見ないぞ、私は見ないぞ」とスマホの前で念仏を唱えるより、充電場所を別の部屋にするほうがいい。お菓子を控えたいなら、「鋼の意志で耐える」のではなく、そもそも家に大袋を置かないほうがいい。朝に運動したいなら、前の晩に服を出しておく。勉強したいなら、机の上から関係ないものをどける。
人間は、思っているほど高性能な自動操縦装置ではありません。むしろ、目の前に置かれたものにけっこう引っぱられる生き物です。だからこそ、環境を整えることは、自分を甘やかすことではなく、自分を助けることです。心の道に手すりをつけるようなものです。転びやすい道に「転ぶな」と看板を立てるより、手すりをつけたほうがやさしい。しかも効果的です。
第三に学べることは、「自分で選んでいる感覚があると、心は消耗しにくい」ということです。
ムラヴェンらの研究には、自分から納得して行う自制は、外から強く命令されて行う自制よりも、消耗が少ない可能性を示したものがあります。つまり、「やらされている我慢」と「自分で選んだ我慢」では、心の疲れ方が違うかもしれないのです。
これは、かなり大きな話です。
同じ「お菓子を控える」でも、「太るから絶対ダメ!」と自分を脅すのと、「明日の朝、体が軽いほうがうれしいから今日は控えよう」と考えるのでは、心の手触りが違います。前者は心の中に怖い監督が立っています。後者は、未来の自分に毛布をかけている感じです。
同じ「早く寝る」でも、「寝なきゃ終わりだ」と追い立てるより、「明日の自分を少し楽にしてあげよう」と思うほうが、行動に温度が生まれます。人間は、命令されると反発したくなる生き物です。しかも、自分で自分に命令している場合でも、なぜか反発します。心の中に小さな反抗期が住んでいるのです。
だから、目標を立てるときは、「何を禁止するか」だけではなく、「なぜそれを選びたいのか」を言葉にすることが大切です。
「間食しない」より、
「夕方に体が重くならないように、軽めにする」
「スマホ禁止」より、
「寝る前の一時間は、心を静かに戻す時間にする」
「怒らない」より、
「大切な人との関係を壊さない言い方を選ぶ」
こうやって言い換えると、目標がムチではなく、灯台になります。ムチは人を急がせますが、灯台は帰る方向を教えてくれます。
第四に学べることは、「自制心は少しずつ育てられるかもしれない」ということです。
ムラヴェンは、自制心を練習することにも関心を持っています。自制心を筋肉のように考える見方では、使いすぎると一時的に疲れるけれど、ほどよく練習すれば強くなる可能性があります。
ここで大事なのは、「いきなり人生を大改造しない」ということです。
人はやる気が出た瞬間、なぜか急に革命政府を樹立します。
「明日から朝五時に起きる」
「毎日十キロ走る」
「砂糖を完全に断つ」
「本を一日一冊読む」
「人格も磨く」
「ついでに部屋も美術館にする」
そして三日後、革命政府は財政破綻します。布団王国に吸収合併されます。
ムラヴェンの研究から考えるなら、自制心は巨大な一発勝負ではなく、小さな練習として扱ったほうがよさそうです。たとえば、「寝る前にスマホを五分だけ早く置く」「一日一回だけ深呼吸してから返信する」「お菓子をゼロにするのではなく、皿に出した分だけにする」。このくらいの小さな練習でいいのです。
小さすぎて笑えるくらいが、案外ちょうどいい。心は、スパルタ合宿よりも、毎日のやさしい反復で育つことがあります。いきなり山頂を目指すのではなく、今日は靴ひもを結ぶ。それも立派な登山です。
第五に学べることは、「目標は一つだけではない」ということです。
私たちの心の中には、いろいろな目標が同居しています。「健康でいたい」「楽をしたい」「人にやさしくしたい」「認められたい」「休みたい」「成長したい」「今日はもう何も考えたくない」。まるで心の中に町内会があって、全員が違う議題を持ち寄っているようなものです。
この目標同士のぶつかり合いを、ムラヴェンは重視しています。人は複数の目標を同時に持ち、その衝突を調整しながら生きている、という見方です。
これを知ると、「自分は矛盾している」と落ち込まなくてよくなります。
仕事をがんばりたいけど休みたい。
人に会いたいけど一人でいたい。
痩せたいけど唐揚げも愛している。
将来のために努力したいけど、今日の自分も助けたい。
これは、ダメな人間だからではありません。人間の中には、複数の願いがあるからです。問題は、願いが複数あることではなく、その会議に司会者がいないことです。
だから必要なのは、どれか一つの願いを殴って黙らせることではありません。「今日はどの願いを優先するのか」「どの願いにも少しずつ席を用意できないか」と考えることです。健康の願いにも席を。休みたい願いにも席を。楽しみたい願いにも席を。心の会議を、乱闘ではなく話し合いにするのです。
そして最後に、ムラヴェンの研究からいちばん大切にしたいことがあります。
それは、「自制できない自分」を、人間失格の証拠にしないことです。
自制心に関する理論は、その後も研究が続き、消耗だけでなく、やる気、回復、対人関係、仕事やスポーツでの応用など、より広い視点から見直されています。近年の整理でも、自制心の研究は単純な「使えば空になる燃料」という話だけでなく、守る、回復する、状況によって変わるものとして考えられています。
つまり、私たちはこう考えていいのです。
「私は意志が弱い」のではなく、
「私の心は、条件によって揺れる」
「私はダメだ」のではなく、
「今のやり方が、私には厳しすぎたのかもしれない」
「また失敗した」のではなく、
「次は環境を変えてみよう」
この発想の転換は、けっこう救いになります。なぜなら、人は責められると縮こまりますが、理解されると少し動けるからです。心は、叱責で動く機械ではありません。声のかけ方で向きが変わる、小さな船のようなものです。
マーク・ムラヴェンの研究は、私たちに「もっと強くなれ」とだけ言っているのではありません。
「疲れる仕組みを知ろう」
「自分で選べる形にしよう」
「環境を整えよう」
「小さく練習しよう」
「複数の願いを調整しよう」
そう教えてくれているように思います。
自制心とは、心を縛り上げるロープではありません。自分が本当に行きたい方向へ進むための、やわらかな手綱です。強く引っぱりすぎれば痛い。手放しすぎれば迷子になる。だから、ちょうどいい力で持つ。
今日も私たちは、冷蔵庫の前で、スマホの前で、布団の中で、小さな選択をしています。そのたびに完璧でなくていい。心の電池を見ながら、環境を少し整えながら、未来の自分に小さな親切を渡していく。
それが、ムラヴェンの研究から学べる、いちばん人間らしい自制心の使い方なのかもしれません。

マーク・ムラヴェン(Mark Muraven)の論文一覧
1.『自我消耗:がんばる心は、使えば減る“限りある資源”なのか?』ロイ・F・バウマイスター、エレン・ブラツラフスキー、マーク・ムラヴェン、ダイアン・M・タイス(1998)
Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Muraven, M., & Tice, D. M. (1998). Ego depletion: Is the active self a limited resource? Journal of Personality and Social Psychology, 74(5), 1252–1265. DOI:10.1037/0022-3514.74.5.1252
「意志力って、もしかして電池式?」そんな疑問に挑んだ名作論文です。感情をこらえたり、誘惑に耐えたりすると、その後のガマン力がへなへなになるかも?という自我消耗を実験で検証。心の中の“がんばる係”が、休憩を要求してくる理由をのぞけます。

