マリヌス・H・ファン・アイゼンドールン(Marinus H. van IJzendoorn)の論文一覧:「親子の絆に説明書はありません。でも研究はあります」愛着を科学した心理学者
マリヌス・H・ファン・アイゼンドールン(Marinus H. van IJzendoorn)のプロフィール
「親子の絆って、大切ですよね」
ここまでは、まあ誰でも言えます。
ところが、
「では、その“大切”って具体的に何ですか?」
「親がどう接すると、子どもは安心しやすくなるんですか?」
「幼いころの経験は、大人になってからも残るんですか?」
「生まれつきと育った環境、結局どっちが大事なんですか?」
と質問を重ねていくと、急に話が難しくなります。
そんな親子関係の「なんとなく大切そう」を、何十年にもわたって研究データの山に変えてきた人物が、**マリヌス・H・ファン・アイゼンドールン(Marinus H. van IJzendoorn)**です。
オランダを拠点に活動してきた発達・家族研究の研究者で、とくに有名なのが**愛着(アタッチメント)**の研究です。ライデン大学では1981年から2018年まで子ども・家族研究の教授を務め、現在は名誉教授となっています。
「この子にとって、ここは安全な場所だ」と思える関係
愛着という言葉を聞くと、
「親子が仲良しってことでしょ?」
と思いたくなります。
もちろん、それもまったく無関係ではありません。ただ、愛着研究が見ようとしているのは、もう少し繊細なところです。
たとえば小さな子どもが転んで泣いたとします。
「うわーん!」
そのとき、子どもは誰かのところへ戻っていきます。そして抱っこされたり、声をかけてもらったりしながら、
「大丈夫そうだ」
となれば、また地面へ降りて遊び始める。
つまり愛着とは、四六時中くっついていることではなく、怖いとき、つらいとき、不安なときに戻ってこられる“心の安全基地”があることに近いのです。
ファン・アイゼンドールンは、こうした愛着がどのように形成されるのか、親のかかわり方とどう関係するのか、そして親から子へどのような形で受け継がれていくのかを長く研究してきました。彼の研究領域には、生涯にわたる愛着、親の養育行動、感情の調整、子どもの虐待やネグレクト、養子縁組、施設養育などが含まれています。
「ひとつの研究だけで決めるの、ちょっと待ちません?」
ファン・アイゼンドールンの研究を語るうえで欠かせないのが、メタ分析です。
なんだか必殺技っぽい名前ですが、やっていることを簡単に言えば、
「ひとつの研究だけ見て結論を出すのではなく、たくさんの研究を集めて、全体では何が言えるのか調べよう」
という方法です。
心理学では、ある研究で「関係がありました」と出ても、別の研究では「いや、それほどでもありませんでした」となることがあります。
研究の世界も、ときどき会議室みたいなものです。
「効果あります」
「いや、うちでは出ませんでした」
「対象者が違うんじゃないですか」
「ちょっとサンプル少なくないですか」
……全員、一回座りましょう。
そこで大量の研究結果をまとめて、森全体を眺めるのがメタ分析です。
ファン・アイゼンドールンは、この方法を愛着研究に積極的に用いてきました。たとえば、親の愛着のあり方や子どもへの応答と、乳幼児の愛着との関係を統合的に検討した研究があります。 また、親が子どものサインにどれくらい敏感に反応するかと、子どもの愛着との関係についても、多数の研究をまとめた検討が行われています。
彼の研究スタイルを乱暴に一言で表すなら、
「その話、感動的ですけど、何人分のデータがあります?」
という感じかもしれません。
愛を疑っているわけではありません。
むしろ愛のように曖昧で大切なものだからこそ、丁寧に確かめようとした研究者なのです。
子育てを「親の性格」だけで説明しない
さらに面白いのは、研究対象が親子のやり取りだけにとどまらなかったことです。
ファン・アイゼンドールンは、気質、遺伝、脳、ホルモン、環境、文化などにも研究を広げていきました。ライデン大学の研究者紹介でも、愛着だけでなく、感情調整、遺伝と環境、子育ての神経生物学、文化による養育の違い、発達における環境への感受性などが専門領域として挙げられています。
ここが大事なところです。
子どもの育ちについて話すと、
「親の育て方がすべてだ」
となりがちです。
逆に、
「性格なんて生まれつきだから仕方ない」
と片づけられることもあります。
でも、人間はそんなに一枚板ではありません。
同じ環境でも大きく影響を受ける子もいれば、比較的影響を受けにくい子もいる。悪い環境に敏感な人が、良い環境からも大きな恩恵を受ける可能性がある。
こうした考え方は、**「環境への感受性には個人差がある」**という研究へつながっていきました。ファン・アイゼンドールンの研究は、「遺伝か環境か」という二択ではなく、生まれ持った特徴と経験がどう組み合わさるのかを見る方向へ進んでいったのです。
人間、そんな簡単な二択問題ではありません。
残念ながら人生の答案用紙には、
「A:遺伝 B:環境」
とは書いていないのです。
「研究したら、家庭で使える形にもしてみよう」
そして彼の研究には、もうひとつ特徴があります。
「なるほど、親の敏感な応答が大事なんですね」
で論文を閉じなかったことです。
ファン・アイゼンドールンは、マリアン・バケルマンス=クラーネンブルフやフェミー・ユファーらとともに、親子のやり取りを撮影し、その映像を見ながら親のよい関わり方を見つけていく映像を使った子育て支援プログラムの研究にも取り組みました。
親に、
「もっと子どもの気持ちを理解してください」
と言うだけでは、具体的にどうすればいいのかわかりません。
それなら実際の親子の映像を見て、
「今、お子さんがあなたを見ましたね」
「このとき、すぐ反応できていますね」
と確かめる。
つまり、子育てを“説教”ではなく“観察”から変えていこうとしたわけです。
この方法を用いた最初の25件の無作為化比較試験をまとめた分析では、親の養育行動や子どもの愛着などへの効果が検討されています。
なんというか、
「親なんだからちゃんとしなさい」
ではなく、
「すでにできているところ、一緒に探してみません?」
という研究です。
この違い、けっこう大きい気がします。
研究の視線は、家庭の外へも向かった
さらにファン・アイゼンドールンは、家庭で育つ子どもだけでなく、施設で暮らす子どもや養子となった子どもの発達についても研究してきました。
とくに、幼少期に十分な個別的養育を受けにくい環境で暮らした子どもたちが、その後どのように発達するのか。そして家庭的な環境へ移ったあと、どの程度回復する可能性があるのか。
これは、単なる学問上の疑問ではありません。
「子どもには、どんな環境が必要なのか」
という社会そのものへの問いです。
2020年には、施設養育と脱施設化が子どもの発達へ及ぼす影響について、幅広い研究を統合した論文にも参加しています。
研究室で親子を観察していた視線が、いつの間にか福祉制度や社会政策のところまで歩いてきた。
そんな広がりを持つ研究者でもあります。
そして現在も、「子どもはどう育つのか」を問い続けている
ファン・アイゼンドールンは1976年にアムステルダム大学で修士号を取得し、1978年にベルリン自由大学とマックス・プランク研究所で博士号を取得。その後ライデン大学を中心に研究活動を続け、2018年に同大学の名誉教授となりました。エラスムス大学ロッテルダムでも人間発達の教授を務め、英国など複数の大学でも研究活動を行ってきました。
そして名誉教授になったからといって、
「はい、研究終了。盆栽でも育てます」
となったわけではありません。
2026年にも、子どもの虐待や愛着、オキシトシン、戦争下の子どもの愛着とトラウマなどに関する研究や執筆が続いています。本人のウェブサイトでは、2026年6月にも戦争下の子どもの愛着・トラウマ・支援・回復を扱った新しい研究が紹介されています。
ファン・アイゼンドールンの研究をずっと眺めていると、中心にはひとつの素朴な問いがあるように見えます。
「人は、誰かにどう扱われることで育っていくのだろう?」
親の声のかけ方。
泣いたときの反応。
安心して戻れる場所。
生まれ持った気質。
家庭環境。
施設での生活。
文化。
遺伝。
脳。
社会制度。
入口は「親子の絆」だったのに、調べていくうちに人間そのものが丸ごと研究対象になってしまった。
そんな研究人生です。
そして彼の仕事が教えてくれるのは、子育てには魔法の正解がある、ということではありません。
むしろ反対です。
人間の育ちは複雑だからこそ、ひとつの思い込みで決めつけず、たくさんの人を見て、たくさんの研究を重ね、少しずつ確かめていこう。
ファン・アイゼンドールンは、そんな途方もなく地道な作業を続けてきた研究者です。
親子の絆には説明書がありません。
でも、「だから何もわからない」で終わらせず、その説明書の余白に鉛筆で少しずつ書き込み続けてきた。
それが、マリヌス・H・ファン・アイゼンドールンという研究者なのだと思います。
参考文献・確認先:Marinus H. van IJzendoorn 公式サイト / ライデン大学:Marinus H. van IJzendoorn 公式プロフィール / Google Scholar:Marinus H. van IJzendoorn 論文・引用情報 / PubMed:Marinus H. van IJzendoorn 関連論文

マリヌス・H・ファン・アイゼンドールン(Marinus H. van IJzendoorn)の研究から学べること
マリヌス・H・ファン・アイゼンドールンの研究を読んでいると、子育てについて少し肩の力が抜けてきます。
なぜなら、
「親はいつも正しくなければならない」
という話ではないからです。
むしろ見えてくるのは、
子どもが困ったときに、「ここに戻れば大丈夫」と思える関係を、日々ちょっとずつ作っていくこと。
そんな、ものすごく地味だけれど大切な話です。
親子関係というと、どうしても「愛情」という巨大な言葉が登場します。
「愛情をたっぷり注ぎましょう」
……いや、わかります。
わかるんですけど、
「たっぷりって何ミリリットルですか?」
と聞きたくなることもあります。
ファン・アイゼンドールンの研究がおもしろいのは、その曖昧な「愛情」を、もう少し具体的な行動へ降ろして考えてきたところです。彼の研究の中心には、親や養育者が子どもの発達にどのような影響を与えるのか、そして愛着や感情の調整がどのように育つのかという問いがあります。
大切なのは「完璧な親」より「気づいて応える親」
ファン・アイゼンドールンの研究から、まず持ち帰りたいのが、
子どもの小さなサインに気づくこと
です。
子どもは、大人のように、
「本日わたくしは心理的安全性が低下しておりますので、適切な情緒的支援をお願いいたします」
とは言ってくれません。
泣く。
黙る。
しがみつく。
目をそらす。
急に怒る。
「見て見て」と何度も言う。
そういう小さな行動のなかに、
「怖い」
「寂しい」
「こっちを見て」
「ちょっと助けて」
が混ざっています。
愛着研究では、そうした子どもの合図に気づき、それをできるだけ正しく受け取り、適切に応じる養育者の姿勢が重視されてきました。ファン・アイゼンドールンらの研究でも、このような養育者の応答性と、子どもの安定した愛着との関係が長く検討されています。
だからといって、
「子どもの要求には全部応えなさい」
という意味ではありません。
ここは大事です。
夕食前に、
「アイス食べたい!」
と言われて、
「あなたの気持ちに敏感でありたいので、ハーゲンダッツをどうぞ」
となったら、冷凍庫が心理学に乗っ取られています。
大切なのは、要求を全部かなえることではなく、
「アイス食べたいんだね。でもご飯のあとにしよう」
と、気持ちは受け止めつつ、必要な境界線も作ることです。
実際、ファン・アイゼンドールンらが研究してきた映像を使った子育て支援でも、親の敏感な応答だけでなく、穏やかに限界を示すことが組み込まれています。
「一回失敗したら終わり」ではない
これは個人的にも、かなり救いのある部分だと思います。
人間関係について考えていると、
「あのとき、もっとちゃんと話を聞けばよかった」
「あんな怒り方しなければよかった」
と、過去の失敗が突然、脳内上映会を始めることがあります。
しかも再上映無料。
ポップコーンはいりません。
でもファン・アイゼンドールンらの研究は、親子関係を石に刻まれた運命のようには扱っていません。
子育ての関わり方を変えるための支援について研究をまとめたメタ分析では、親の応答の仕方を改善する介入が有効であり、そうした変化が子どもの愛着の安定とも関係していました。さらに、2023年に発表された25件、2,000人以上の親や養育者を含む研究の統合でも、映像を使った支援によって、養育行動や子どもの愛着の安定に効果がみられています。
つまり、
関係は「完成品」ではなく、修正できるものでもある。
ということです。
昨日うまくできなかったから、今日もダメ。
そんな決まりはありません。
「あ、今の言い方きつかったな」
「さっきちゃんと聞いてなかったな」
と気づいたら、
「さっきはごめんね」
と戻ればいい。
人間関係には、ありがたいことに「戻る」という機能があります。
人生には保存ボタンはありませんが、修正ボタンは意外と残されています。
過去は大切。でも、過去が人生の最終判決ではない
ファン・アイゼンドールンの研究でもうひとつ印象的なのが、人間の発達には変化する力があるという視点です。
彼は養子となった子どもや、施設で暮らした経験をもつ子どもの研究にも取り組んできました。
2006年には、270以上の研究、養子となった子どもとそうでない子どもなど23万人以上を含む研究をまとめています。その結果、発達の領域によって回復の程度には違いがあるものの、養子となった子どもたちには身体、認知、社会・感情面などで大きな発達の追いつきがみられました。
ここから、
「つらい幼少期なんて気にしなくて大丈夫!」
と結論づけるのは乱暴です。
過去の環境は確かに影響します。
十分な養育を受けられなかった経験が、何もなかったことになるわけでもありません。
でも同時に、
人間は過去だけで出来上がっているわけでもない。
ということです。
いい環境に移る。
安心できる人と出会う。
丁寧に扱われる。
必要な支援を受ける。
そうした新しい経験によって、人は変化していく可能性があります。
これって子どもだけの話ではないと思うんです。
大人になってからでも、
「自分は昔からこうだから」
という言葉を、私たちはよく使います。
でも、
「昔からこうだった」
と、
「これからもずっとこうである」
は、同じ文章ではありません。
この二つの間には、ちゃんと未来が入っています。
同じ育て方でも、同じ子どもにはならない
そしてファン・アイゼンドールンの研究を読むと、もうひとつ重要なことが見えてきます。
人によって、環境から受ける影響の大きさが違う。
ということです。
彼は、子どもによって環境への「感じやすさ」が違う可能性についても研究してきました。ある子どもは環境の影響を比較的受けにくく、別の子どもは悪い環境の影響も受けやすい一方で、良い環境から得られる恩恵も大きい可能性があります。
これ、子育てだけでなく、人間関係全般で覚えておきたいところです。
同じ言葉を言われても、
「まあ、そういう日もあるよね」
で終わる人もいれば、
夜11時37分になっても、
「あの言い方、どういう意味だったんだろう……」
と布団のなかで反省会を続ける人もいます。
どちらが正しいという話ではありません。
人にはそれぞれ、世界を受け取る感度がある。
だから、
「私は平気だったんだから、あなたも平気でしょ」
という考え方には注意したほうがいい。
子どもでも、大人でも同じです。
同じ職場。
同じ家庭。
同じ学校。
同じ言葉。
それでも受け取る重さは違います。
人間関係で必要なのは「みんな同じに扱うこと」だけではなく、
その人には、どう届いているのだろう
と考えることなのかもしれません。
「愛情があれば何とかなる」にしない
ファン・アイゼンドールンの研究から学べるもうひとつの大きなことは、
人間をひとつの原因だけで説明しない
という姿勢です。
子どもに問題が起きると、
「親の愛情不足だ」
と簡単に言われることがあります。
でも、それではあまりにも雑です。
ファン・アイゼンドールン自身の研究テーマには、親子関係だけでなく、遺伝、脳、感情調整、虐待、施設養育、環境への感受性などが含まれています。つまり、「親だけ」「遺伝だけ」「脳だけ」という一発回答ではなく、さまざまな要因がどう絡み合って発達するのかを考えてきた研究者なのです。
これは子育てに限りません。
仕事がうまくいかない。
学校へ行けない。
人間関係が苦しい。
そんなとき、
「本人の努力不足ですね」
で終わらせてしまえば話は早い。
早いのですが、たいてい雑です。
体調。
家庭環境。
性格。
過去の経験。
職場。
周囲の支援。
本人の特性。
いろいろなものが絡みます。
人間は、原因ひとつで説明できるほど省エネ設計ではありません。
だからこそ、
「誰が悪い?」より「何が起きている?」
と考える。
この姿勢は、ファン・アイゼンドールンの研究から日常生活へ持って帰れる、大きな知恵だと思います。
子育ての目標は「傷つけないこと」ではなく「戻れること」
どれだけ研究を読んでも、完璧な親になる方法は出てきません。
そもそも親だって人間です。
疲れます。
イライラします。
スマホを見ながら、
「うんうん」
と言ったあと、
「……あれ、いま何の話だった?」
となる日もあります。
大事なのは、一度も失敗しないことではなく、
関係がおかしくなったときに、またつながり直せること。
子どものサインに気づく。
間違えたら修正する。
話を聞く。
必要なら謝る。
困ったときに戻れる場所でいる。
ファン・アイゼンドールンらが積み重ねてきた愛着研究を日常の言葉へ訳すなら、そんなところに行き着くのではないでしょうか。親の行動を支援することで愛着の安定にも変化が生じうるという研究結果は、「関係は固定されたものではない」という見方ともよく重なります。
そしてこれは、親子だけの話ではありません。
夫婦でも。
友人でも。
職場でも。
支援者と相談者でも。
「この人の前では、ちょっと失敗しても大丈夫」
「困ったら話していい」
「弱っているときに追い打ちをかけられない」
そんな関係がひとつあるだけで、人はずいぶん遠くまで歩いていけます。
ファン・アイゼンドールンの研究から学べることを、ひとつだけ選ぶなら、私はこうまとめたいです。
人を強くするのは、何があっても一人で立てる力だけではない。安心して戻れる場所を持っていることも、人間の強さのひとつである。
私たちはつい、
「自立しなきゃ」
「迷惑をかけちゃいけない」
「自分で何とかしなきゃ」
と考えます。
でも愛着研究を眺めていると、
「いや、人間って最初から誰かを頼るようにできてるんじゃない?」
と、ちょっと景色が変わってきます。
誰にも頼らず生きられる人が完成形なのではありません。
頼ったり、離れたり、また戻ったりしながら生きていく。
人間はどうやら、一本の立派な木というより、根っこのところで誰かとつながりながら育つ森のような生き物なのかもしれません。

マリヌス・H・ファン・アイゼンドールン(Marinus H. van IJzendoorn)の論文一覧
1.『スティルフェイス・パラダイムのさまざまな顔:赤ちゃんの反応を読み解くレビューとメタ分析』ジュディ・メスマン、マリヌス・H・ファン・アイゼンドールン、マリアン・J・バケルマンス=クラネンブルグ(2009)
Mesman, J., van IJzendoorn, M. H., & Bakermans-Kranenburg, M. J. (2009). The many faces of the Still-Face Paradigm: A review and meta-analysis. Developmental Review, 29(2), 120–162.
DOI:10.1016/j.dr.2009.02.001
赤ちゃんの前で、いつも笑いかけてくれる大人が突然「無表情・無反応」になったらどうなる? この「静止顔実験」を集めて分析したのが本論文です。すると赤ちゃんは、笑顔が減り、相手を見ることも減り、不快そうな反応が増加。しかも再び大人が反応し始めても、すぐには元通りになりませんでした。
つまり赤ちゃんは、ただ大人の顔を眺めているのではなく、「ねえ、ちゃんと私とやり取りしてますよね?」と関係そのものを感じ取っているらしい。赤ちゃんの対人センサー、想像以上に高性能です。「まだ何もわかってないでしょ」が吹き飛ぶ、愛着と親子コミュニケーションの奥深さを味わえる一本です。

