マリー・ジョンストン(Marie Johnston)の論文一覧:人が変わる瞬間を、心と行動のあいだで待ち伏せした心理学者
マリー・ジョンストン(Marie Johnston)のプロフィール
マリー・ジョンストンは、人の心をただ眺めるだけではなく、「その心が、健康や日々の行動にどうつながっているのか」を長年にわたって調べてきたイギリスの心理学者です。
たとえば、お医者さんから「運動してくださいね」と言われたとしましょう。
「はい、わかりました」
その場では、みんな立派にうなずきます。ところが翌日になると、運動靴は玄関で静かに眠り、本人はソファでお菓子の袋を開けています。
人間というのは、知識を渡せば自動的に動き出すほど、親切設計にはできていません。
ジョンストンが研究してきた健康心理学は、まさにこの「わかっているのに、なぜ動けないのですか問題」を扱う学問です。気持ち、考え方、習慣、周囲の環境などが、病気の予防や治療、回復にどう影響するのかを科学的に調べていきます。
心と身体のあいだに橋を架けた研究者
ジョンストンは、アバディーン大学で心理学を学び、ハル大学で博士号を取得しました。その後は、オックスフォード大学、ロンドン大学の医学系教育機関、セント・アンドルーズ大学などで研究と教育に携わり、のちにアバディーン大学の健康心理学教授となりました。現在は同大学の名誉教授です。健康心理学と臨床心理学の専門家として、医療の現場と心理学の研究室を行き来してきた人物だといえるでしょう。
心理学というと、「あなたの幼少期には何がありましたか」と、心の奥に懐中電灯を当てる学問を想像するかもしれません。
もちろん、それも心理学です。
けれどジョンストンの関心は、もう少し生活感があります。
「手術を受ける人の不安を減らすには、どんな準備が役立つのか」
「脳卒中を経験した人が、生活を立て直すには何が必要なのか」
「医療者が、よりよい治療や支援を実行できるようになるには、どう働きかければよいのか」
「感染症対策を、人々に無理なく続けてもらうにはどうすればよいのか」
こうした、病院の廊下や家庭の食卓にそのまま持っていけるような問題を研究してきました。初期医療に心理学を取り入れる仕事や、ストレスへの対処、手術後の回復、障害のある人への支援、脳卒中からの回復を助ける教材の開発など、その研究範囲は実に幅広いものです。
「頑張りましょう」では、研究にならない
健康のために行動を変えてもらおうとすると、私たちはつい、気合いに頼ってしまいます。
「もっと意識を高く持ちましょう」
「強い意志を持ちましょう」
「今日から本気を出しましょう」
ところが、「本気」というものは、なかなか測れません。朝には元気でも、夕方にはどこかへ帰宅していることがあります。
ジョンストンは、行動を変えるための働きかけを、もっと細かく、観察できる形にしようと考えました。
目標を決める。自分の行動を記録する。できたことに感想をもらう。周囲から支えてもらう。うまくいった場面を褒める。失敗しそうな状況をあらかじめ考えておく。
こうした一つひとつの方法を、「行動を変える技法」として整理していったのです。
ジョンストンは、スーザン・ミッチーらとともに、行動を変えるための技法を93種類に整理した研究にも参加しています。これは、行動変容の世界に巨大な工具箱を置いたような研究です。
それまでは、ある研究者が「助言を行った」と書き、別の研究者が「支援した」と書いていました。しかし、それだけでは実際に何をしたのか、さっぱりわかりません。
「助言って、具体的に何を言ったのですか」
「支援って、横で応援旗を振ったのでしょうか」
そんな曖昧さを減らすため、研究者や医療者が共通して使える言葉をつくったのです。この分類づくりには、研究者、実務家、政策に関わる人など400人以上が参加し、最終的に93の技法がまとめられました。
人を変える前に、変化の仕組みを調べる
ジョンストンの研究には、人を無理やり動かそうとしない姿勢があります。
「運動しないのは、本人の意志が弱いからだ」
「薬を飲み忘れるのは、だらしないからだ」
「生活習慣を変えられないのは、本気ではないからだ」
そう決めつけてしまえば、話は簡単です。しかし簡単すぎる説明は、たいてい大事なものを床下に隠しています。
行動できないのには、理由があります。
やり方がわからないのかもしれません。目標が大きすぎるのかもしれません。失敗した経験が積み重なっているのかもしれません。周囲の環境が邪魔をしているのかもしれません。体力や時間、お金が足りない場合もあります。
ジョンストンは、人の行動を人格の問題にせず、変化が起きる条件を丁寧に調べてきました。研究対象には、健康や医療における行動変容だけでなく、障害に関する理論、測定方法、支援の開発なども含まれています。
健康心理学という新しい道を切り開く
ジョンストンは研究を行うだけでなく、イギリスやヨーロッパで健康心理学という分野そのものを育ててきた人物でもあります。
1986年には、英国心理学会に設けられた健康心理学部門の初代責任者となり、1992年にはヨーロッパ健康心理学会の第2代会長を務めました。当時の健康心理学は、現在ほど広く知られた分野ではありませんでした。いわば、まだ看板も道しるべも少ない土地です。
そこへジョンストンたちは入り、「病気は身体だけの問題ではありません」「治療は薬や手術だけで完結するものではありません」と、心理学の道を一本ずつ延ばしていきました。
その功績から、スコットランド王立協会やイギリス医学アカデミーなど、複数の学術団体の会員にも選ばれています。また、英国心理学会やヨーロッパ健康心理学会などから名誉会員として認められています。
心理学を、役に立つところまで運ぶ人
マリー・ジョンストンの研究を眺めていると、ひとつの姿勢が見えてきます。
それは、「よい理論をつくって終わりにしない」という姿勢です。
理論がどれほど立派でも、病院や家庭で使えなければ、人の生活は変わりません。反対に、なんとなく効果がありそうな支援を続けるだけでは、なぜ効いたのかがわからず、ほかの人に再現することもできません。
だからこそ彼女は、役に立つことと、科学的に確かめることの両方を大切にしてきました。
人が変わる瞬間は、映画のように劇的とは限りません。
昨日より少し歩いた。薬を一度忘れずに飲めた。つらくなる前に休憩を入れられた。医療者が患者に、いつもより一つ丁寧な質問をした。
そんな小さな変化が積み重なり、やがて健康や人生の流れを変えていく。
マリー・ジョンストンは、その小さな変化を見逃さず、心と身体のあいだに測量棒を立て続けてきた心理学者なのです。
参考文献・確認先:アバディーン大学:マリー・ジョンストン公式プロフィール / Google Scholar:Marie Johnston 論文・引用情報 / PubMed:Marie Johnston 関連論文

マリー・ジョンストン(Marie Johnston)の研究から学べること
マリー・ジョンストンの研究から学べることを、思い切ってひとことで言うなら、こうなります。
人が変われないとき、性格を責めるより、行動の仕組みを調べたほうが役に立つ。
たとえば、健康のために運動を始めたい人がいたとします。
「よし、明日から毎日30分歩くぞ!」
決意は立派です。声にも張りがあります。未来の自分は、すでに公園を爽やかに歩いています。
ところが翌日。
「今日は少し疲れているから、明日からにしよう」
そして、その翌日。
「雨が降りそうだから、今日は足首を守ろう」
さらに翌日。
「そもそも急に運動すると身体によくないのでは?」
こうして運動靴は、玄関の置物になります。
私たちはこんなとき、「自分は意志が弱い」「根性がない」「何をやっても続かない」と考えがちです。しかしジョンストンの研究は、そこで人格裁判を始めません。
「では、なぜ行動が起きなかったのでしょう」
静かに椅子を引き、行動の事情聴取を始めます。
「やる気がない」で話を終わらせない
何かを続けられないとき、便利なのが「やる気」という言葉です。
「運動できないのは、やる気がないから」
「薬を飲み忘れるのは、健康への意識が低いから」
「仕事に取りかかれないのは、本気ではないから」
なるほど。たしかに、そう見えることはあります。
ただし、「やる気がない」で説明を終えてしまうと、その先に進めません。エンジンが動かない車を見て、「この車には走る気がない」と診断しているようなものです。
必要なのは、もう少し細かく見ることです。
やり方を知らないのかもしれない。
目標が大きすぎるのかもしれない。
いつ、どこでやるか決まっていないのかもしれない。
失敗したときの立て直し方が用意されていないのかもしれない。
周囲に邪魔される環境なのかもしれない。
体力、時間、お金が足りないのかもしれない。
このように問題を細かく分けると、「自分は駄目な人間だ」という重たい結論が、「準備の仕方を変えればよい」という具体的な課題に変わります。
ジョンストンは、健康や医療にかかわる行動が何によって変わるのか、また、支援の中のどの部分が変化に役立つのかを研究してきました。人を精神論だけで動かそうとせず、行動が変わる条件を科学的に確かめようとしてきたのです。
大きな決意より、小さな部品を見る
「健康的な生活をしましょう」
これは間違ってはいません。ただ、かなり大きな言葉です。
健康的な生活と言われても、本人の頭の中では、野菜、運動、早寝、禁煙、減酒、体重管理、心の安定などが一斉に立ち上がります。
脳内会議が満員です。
そして会議だけ開かれて、誰も働かない。
行動を変えるには、「何を、どのように行うか」まで小さくする必要があります。
たとえば、
「健康のために運動する」ではなく、
「夕食後に家の周りを10分歩く」。
「食生活を改善する」ではなく、
「昼食に野菜を一品追加する」。
「薬を忘れずに飲む」ではなく、
「薬を朝食で使う箸の横に置く」。
ここまで小さくすると、行動はようやく足を持ちます。
ジョンストンらが関わった研究では、人の行動を変えるために使われる方法が、93種類の「行動を変える技法」として整理されました。目標を決める、自分の行動を記録する、結果を振り返る、周囲の支援を受けるなど、支援の中身を細かな部品として見られるようにしたのです。
これは、料理でいえば「おいしく味付けしました」で終わらず、
「塩を小さじ半分」
「弱火で5分」
「最後に香りづけを追加」
と書くようなものです。
中身がわかれば、ほかの人も同じ方法を試せます。うまくいかなかったときも、どこを直せばよいか考えられます。
「自分を変える」より、「行動を一つ変える」
私たちは、ときどき自分を丸ごと改造しようとします。
「もっと積極的な人間になろう」
「計画性のある人になろう」
「自信を持てる自分になろう」
しかし、人間全体を一度に改築するのは大工事です。心の玄関を直している途中で、感情の台所から水漏れが始まります。
そこで役に立つのが、行動を一つに絞る考え方です。
積極的な人間になるのではなく、会議で一度だけ質問してみる。
計画的な人間になるのではなく、明日の予定を一つだけ書いておく。
自信を持つのではなく、できたことを寝る前に一つ記録する。
人格を変えようとすると、目標がぼんやりします。一方、行動なら「やったか、やらなかったか」を確認できます。
これは自分を機械のように扱うという意味ではありません。むしろ反対です。
人間は気分に波があり、疲れる日もあり、予定外のことも起きます。だからこそ、精神力だけに頼らず、実際に動きやすい形をつくっておくのです。
「立派な自分になってから行動する」のではありません。
小さな行動を重ねるうちに、少しずつ自分の見え方が変わっていくのです。
続かないなら、本人より先に環境を疑う
冷蔵庫を開ければ甘いものが目に入り、机に座ればスマートフォンが光り、布団に入れば動画が「次はこちらです」と親切に夜更かしへ案内してくれます。
この状況で、
「強い意志を持ちなさい」
と言われても、意志のほうが困ります。
「私一人に全部やらせるのですか」
と、労働組合を結成したくなるでしょう。
行動は、本人の気持ちだけで決まるわけではありません。目に入るもの、物の置き場所、一緒にいる人、時間の余裕、職場や家庭の決まりなど、周囲の環境にも大きく左右されます。
そのため、行動を変えたいときは、自分への説教を増やすより、環境を少し変えるほうが効果的な場合があります。
スマートフォンを別の部屋に置く。
運動着を前日の夜に出しておく。
薬の時間に合図が鳴るようにする。
一人で続けにくいなら、誰かに報告する。
お菓子を我慢するのではなく、最初から目に入りにくい場所へ移す。
これらは逃げでも甘えでもありません。
人間の行動が環境の影響を受けることを認め、その性質を味方につける工夫です。
強い人とは、誘惑に毎回正面から勝つ人ではなく、毎回決闘しなくてもよい環境をつくれる人なのかもしれません。
支援は「頑張って」ではなく、具体的であるほどよい
誰かを支援するときにも、ジョンストンの研究は大切なことを教えてくれます。
困っている人に対して、私たちはつい言ってしまいます。
「無理せず頑張ってください」
優しい言葉です。しかし、少し不思議でもあります。
無理はしない。でも頑張る。
アクセルは踏む。でも速度は出さない。
受け取った側は、心の運転席で戸惑います。
支援を役立つものにするには、もう少し具体的にする必要があります。
「まず何ならできそうですか」
「どの時間帯なら負担が少ないですか」
「一人では難しい部分はありますか」
「途中で止まったとき、どうやって再開しましょうか」
「できたことを、どのように確認しますか」
こうした問いは、相手を追い立てません。行動を小さくし、障害を見つけ、次の一歩を一緒に組み立てます。
よい支援とは、正しいことを大きな声で伝えることではありません。
相手が実際に動ける大きさまで、正しさを小分けにすることです。
できなかった日は、失敗ではなく資料になる
新しい行動に挑戦しても、毎回うまくいくとは限りません。
散歩を三日休んだ。
薬を一度忘れた。
勉強の予定を守れなかった。
つい食べすぎた。
ここで「やっぱり私は駄目だ」と結論を出すと、せっかくの経験が反省会の燃料になってしまいます。
しかし、行動を研究するように眺めれば、失敗は資料になります。
なぜできなかったのか。
時間帯が悪かったのか。
疲れていたのか。
目標が大きすぎたのか。
準備が足りなかったのか。
誰かの助けが必要だったのか。
このように振り返ると、失敗は人格への判決ではなく、方法を調整するための情報になります。
「自分は続けられない人間だ」ではなく、
「夕方は疲れているので、朝に移したほうがよさそうだ」。
「意志が弱い」ではなく、
「お菓子が机の上にあると食べてしまうので、置き場所を変えよう」。
言葉が変わると、次の行動も変わります。
自分を責める言葉は過去を裁きますが、具体的な言葉は未来を組み立てます。
変化は、派手な決意より静かな工夫から始まる
マリー・ジョンストンの研究が教えてくれるのは、「誰でも簡単に変われます」という明るすぎる話ではありません。
人が変わるのは、簡単ではありません。
長年の習慣があります。身体の状態があります。暮らしの事情があります。気持ちだけでは越えられない壁もあります。
だからこそ、変われない人を責めるのではなく、変化を難しくしているものを丁寧に見る必要があります。
目標を小さくする。
行動を記録する。
できたことを確かめる。
周囲に助けを求める。
環境を整える。
うまくいかなければ、方法を直す。
どれも、映画の主人公が行うような派手な行動ではありません。
けれど人生を変えるものは、案外こうした地味な工夫です。
運命が大きな音を立てて扉を開くのではなく、昨日まで床に置かれていた運動靴が、今日は玄関の中央に出ている。
変化の始まりは、そのくらい静かなものなのかもしれません。
マリー・ジョンストンの研究は、人を変えるための魔法を教えてくれるわけではありません。
その代わりに、魔法がなくても一歩ずつ進めるよう、行動の足元に小さな明かりを置いてくれるのです。

マリー・ジョンストン(Marie Johnston)の論文一覧
1.『行動を変える「93の技法」を世界共通語にする-行動変容プログラムを正確に伝えるための技法分類体系・第1版』スーザン・ミッチー、ミシェル・リチャードソン、マリー・ジョンストン、チャールズ・エイブラハム、ジル・フランシス、ウェンディ・ハーデマン、マーティン・P・エクルズ、ジェームズ・ケイン、キャロライン・E・ウッド(2013)
Michie, S., Richardson, M., Johnston, M., Abraham, C., Francis, J., Hardeman, W., Eccles, M. P., Cane, J., & Wood, C. E.(2013). The Behavior Change Technique Taxonomy(v1)of 93 Hierarchically Clustered Techniques: Building an International Consensus for the Reporting of Behavior Change Interventions. Annals of Behavioral Medicine, 46(1), 81–95. DOI:10.1007/s12160-013-9486-6
「人を変える方法を整理しましょう」と研究者たちが集まったら、出てきたのは気合いや根性ではなく、なんと93種類の「行動を変える技法」でした。目標を決める、記録する、ほめる、周囲に助けてもらう。これまで「いろいろ支援しました」で済まされていた中身を、16の仲間に分けて見える化したのです。つまりこれは、行動変容界の巨大な工具箱。「その支援、結局どの工具を使ったの?」を世界共通の言葉で話せるようにした研究です。習慣づくりや健康支援に関心がある人なら、「この工具、使えそう」が見つかる一篇です。

