リサ・S・ブラックウェル(Lisa S. Blackwell)の論文一覧:「頭のよさ、固定資産じゃありません」成長する心を研究した心理学者
リサ・S・ブラックウェル(Lisa S. Blackwell)のプロフィール
リサ・S・ブラックウェル(Lisa S. Blackwell)は、ひとことで言えば、「人間の能力って、本当に最初から決まっているんですか?」と学校の成績表に静かに質問状を出した研究者です。
私たちは、勉強ができないとつい、
「数学の才能がないんだろうな」
「頭のいい人は最初から違うんだよ」
「自分はこういうタイプだから仕方ない」
なんて考えてしまいます。
能力というものを、家を買ったときについてくる土地の広さみたいに、「はい、あなたはここまでです」と最初から決まっているものとして扱ってしまうわけです。
ところがブラックウェルは、そこに「本当に?」と首をかしげました。
彼女が研究してきた大きなテーマのひとつが、知能や能力について、人がどんな考え方を持っているかです。
つまり、
「能力はほとんど変わらない」
と思っている人と、
「能力は努力や学習によって伸ばしていける」
と思っている人では、その後の学び方まで変わるのではないか。
そんな問いを、実際の学校教育のなかで確かめていった研究者なのです。ブラックウェルはコロンビア大学に所属していた時期に、心理学者キャロル・ドゥエックらと、このテーマを代表する研究を発表しています。
「頭がいいか」より、「頭は伸びると思っているか」
ブラックウェルの名前を広く知らしめた研究のひとつが、2007年に発表された中学生を対象とする研究です。
研究では、中学1年生にあたる年代の生徒たちを追跡し、
「知能は伸ばすことができる」
と考えている生徒と、
「知能はだいたい決まっていて、あまり変わらない」
と考えている生徒では、その後の数学の成績にどのような違いが出てくるのかを調べました。
すると興味深いことに、能力は伸ばせると考えていた生徒たちは、その後の数学成績がより良い方向へ進む傾向を示しました。研究ではさらに、生徒たちに「脳や知能は学習によって成長していく」という考え方を教える取り組みも行われ、学習への意欲にも前向きな変化が見られました。
ここが、ブラックウェルの研究のおもしろいところです。
「頭のいい子をもっと勉強させましょう」
という話ではありません。
そうではなく、
「自分の能力について何を信じているかが、その後の行動を変えるかもしれない」
という話なのです。
成績表の数字だけを眺めていたら見落としてしまう、人間の心の部分に光を当てたわけです。
「できない」が、いつの間にか「向いていない」に化ける
たとえば数学のテストで30点を取ったとしましょう。
固定された能力観を持っていると、
「30点だった」
↓
「数学ができない」
↓
「自分には数学の才能がない」
↓
「じゃあ勉強しても仕方ない」
という、なかなか見事な負のリレーが完成します。
30点という一枚の紙が、いつの間にか人生の判決文になってしまう。
これはかなり怖い話です。
一方、
「能力は学び方によって変わる」
と考えていれば、
「30点だった」
↓
「この勉強法では足りなかった」
↓
「じゃあ次はやり方を変えてみよう」
となる余地が生まれます。
点数そのものは同じ30点でも、そこから先の物語がまるで違う。
ブラックウェルたちの研究が扱ったのは、まさにこの**「失敗のあとに、人間はどちらへ歩いていくのか」**という問題でもありました。
努力を肯定的にとらえること、学ぶこと自体を目標にすること、失敗したときに別の方法を試そうとすることなどが、能力は伸ばせるという考え方と結びついていることが研究されています。
研究室で終わらず、「じゃあ学校でどう使う?」へ
ブラックウェルのおもしろさは、論文を書いて「はい研究終了」と白衣を脱いだところで終わらなかったことです。
彼女はその後、キャロル・ドゥエックらとともに、教育現場へ研究成果を届ける組織「マインドセット・ワークス」の共同設立に関わりました。
ここでは、心理学の研究成果を、教師向けの研修や子ども向けの学習教材などへ落とし込み、学校のなかで実際に活用できる形へ変えていく活動が行われています。ブラックウェル自身も、学校の指導者を支援する仕事を経験し、教育現場で使えるプログラムづくりに携わってきました。
これ、地味に大事なところです。
心理学の世界には、
「なるほど、興味深い研究結果ですね」
で終わってしまうものもあります。
もちろん基礎研究も大切なのですが、ブラックウェルの場合は、
「で、これを教室に持っていったらどうなるの?」
というところまで歩いていった。
研究室と学校のあいだに橋を架けた人、と表現してもよいでしょう。
「努力すれば何でもできる」という話ではない
ここで少し注意しておきたいことがあります。
ブラックウェルの研究を、
「努力すれば誰でも何にでもなれる!」
という根性論にしてしまうと、話がずれてしまいます。
九九を一晩唱えたら翌朝アインシュタインになっていた、という研究ではありません。
大切なのは、
能力を現在の状態だけで決めつけないこと。
そして、
うまくいかなかったときに、『自分には才能がない』で思考を終了させないこと。
そのくらいの理解がちょうどいいでしょう。
実際、成長するという考え方は、単に「頑張れ」と言うことではありません。
失敗したときに方法を変える。
助けを求める。
練習する。
間違いから学ぶ。
まだ身についていないだけだと考える。
そんな行動へつながっていく考え方として研究されています。
ブラックウェルたちの仕事は、後に広く知られるようになる**「成長マインドセット」**という考え方を、教育現場のデータから支えた重要な研究のひとつになりました。
ブラックウェルが教えてくれるのは、「現在地」と「終着駅」は別だということ
ブラックウェルの研究を読んでいると、私は「能力」という言葉の扱い方が少し変わって見えてきます。
私たちは現在の成績や実力を見ると、ついそれをその人の正体だと思ってしまいます。
「この子は勉強が苦手」
「私は文章が下手」
「自分は人付き合いが苦手」
「数字には弱い」
でも、それはもしかすると、現在地を終着駅だと勘違いしているだけかもしれません。
今できない。
これは事実かもしれない。
でも、
これからもできない。
そこまで決まったわけではありません。
ブラックウェルの研究は、そんな当たり前のようで忘れやすいことを、心理学のデータから静かに教えてくれます。
人間には不得意もあります。限界もあります。努力したからといって、世界が全部こちらの都合に合わせてくれるわけでもありません。
それでも、
「いまの自分」と「これからの自分」の間には、まだ少し余白がある。
その余白を、最初から鉛筆で黒く塗りつぶさなくてもいい。
リサ・S・ブラックウェルは、そんな「人間の伸びしろ」を、学校という場所から見つめ続けてきた研究者なのです。
参考文献・確認先:Mindset Works:Lisa S. Blackwell プロフィール・活動情報 / Google Scholar:Lisa S. Blackwell 論文・引用情報 / PubMed:Lisa S. Blackwell 関連論文

リサ・S・ブラックウェル(Lisa S. Blackwell)の研究から学べること
リサ・S・ブラックウェルの研究から学べることを、ひとことで言うなら、
「いまの自分を、完成品だと思わなくていい」
ということではないでしょうか。
私たちは何かに失敗すると、ものすごい速さで結論を出します。
数学のテストで点が取れない。
「数学が苦手なんだな」
ここまでは、まあいい。
ところが心というのは、なかなか仕事が早いもので、
「数学が苦手」
↓
「数字に弱い」
↓
「自分は頭がよくない」
↓
「どうせ勉強しても無理」
と、わずか数秒で人生会議まで開催してしまいます。
いやいや。
30点の答案用紙に、そこまで人事権を与えなくてもいいでしょう。
ブラックウェルたちの研究がおもしろいのは、まさにこの部分です。
人は「どれくらい能力があるか」だけではなく、**「能力というものを、そもそもどう考えているか」**によって、その後の行動まで変わってくる可能性がある。
つまり、
「自分には才能があるか?」
だけではなく、
「才能や能力は、これから変化するものだと思っているか?」
という問いも、とても大切なのです。
「できない」と「できるようにならない」は、別の文章です
まず持って帰りたいのが、これです。
「いまできない」と「これからもできない」は、同じ意味ではありません。
当たり前に聞こえます。
でも、人間はこれをしょっちゅう混同します。
英語が苦手。
人前で話すのが苦手。
文章を書くのが苦手。
運動が苦手。
仕事を覚えるのが遅い。
すると、いつの間にか、
「私はこういう人間だから」
という言葉に変わります。
この「私はこういう人間だから」は、なかなか強烈です。
ただの現在地だったはずのものが、急に戸籍みたいになる。
「はい、あなたは文章が苦手な人として登録されました」
そんな役所はありません。
ブラックウェルらの研究では、「知能は伸ばすことができる」と考える生徒のほうが、時間の経過とともに数学成績がより良い方向へ進む傾向が示されました。さらに、「知能は学習によって発達する」という考え方を教える取り組みでも、教室での学習意欲に前向きな変化が見られています。
ここから学べるのは、
「能力は無限です!」
という話ではありません。
もっと地味で、もっと現実的な話です。
現在の能力を、未来の能力の上限だと決めつける必要はない。
それだけです。
でも、この「それだけ」が、人生ではかなり大きい。
失敗したとき、本当の分かれ道がやってくる
ブラックウェルの研究からもうひとつ学べるのは、能力についての考え方は、失敗した瞬間に正体を現すということです。
うまくいっているときは、あまり差が出ません。
テストで90点。
「やった!」
仕事が成功。
「よかった!」
これは誰でも比較的平和です。
問題は30点を取ったときです。
ここで、
「やっぱり自分には才能がない」
となるのか。
それとも、
「さて、どこで間違えたんだろう」
となるのか。
この二つは、ほんの少しの違いに見えて、その後の行動が大きく変わります。
前者では、自分自身が問題になります。
後者では、方法が問題になります。
これ、ものすごく大事です。
「自分がダメだ」
と思ってしまうと、改善する場所がありません。
自分そのものを新品と交換するわけにもいかない。
ところが、
「勉強法が合っていなかった」
「練習量が足りなかった」
「質問するタイミングが遅かった」
「基礎の部分でつまずいている」
と考えられれば、修正できます。
つまり、成長できると考えることの価値は、
失敗を、自分への判決ではなく、次の作戦を立てる材料に変えられること
なのだと思います。
「頑張ればいい」は、半分正解で半分雑です
ここで一度、努力についても整理しておきましょう。
成長できると聞くと、
「なるほど。じゃあ努力すればいいんですね!」
となりがちです。
でも、
「とにかく努力しろ!」
だけでは、少々乱暴です。
壁に向かって100時間走り続けても、壁はだいたい壁のままです。
大切なのは、努力の量だけでなく方法です。
勉強してもうまくいかなければ、やり方を変える。
一人で分からなければ、人に聞く。
一冊の参考書で理解できなければ、別の説明を見る。
何度も同じ場所で失敗するなら、
「根性が足りない!」
ではなく、
「入口を変えてみるか」
と考える。
ブラックウェルたちの研究では、能力は伸ばせるという考え方が、学ぶことを目標にする姿勢、努力への前向きな見方、失敗したときの原因の捉え方や対処法などと結びついていることが検討されています。
つまり、
成長する考え方とは、自分を無理やり励ます呪文ではなく、次の一手を探し続けるための考え方
とも言えるのです。
「まだ」は、小さいけれど働き者の言葉
日常生活に取り入れるなら、「まだ」という言葉は便利です。
「私はできない」
ではなく、
「私はまだできない」
と考える。
たった二文字です。
なのに、「まだ」が入るだけで、文章の後ろに未来ができます。
「人前でうまく話せない」
なら、なんとなく永久刑です。
でも、
「人前でまだうまく話せない」
なら、
「あれ、練習したら変わるかもしれないな」
という小さな通路が残ります。
もちろん、「まだ」と言えば何でも実現するわけではありません。
40代で「まだ100メートル9秒台で走れていない」と言っても、現実には身体的な条件があります。
ですから、「まだ」は魔法ではない。
でも、
可能性を必要以上に早く閉じないための言葉
としては、とても優秀です。
人生というのは、ときどき結果が出る前に自分で閉店セールを始めてしまいます。
「向いてませんでした!」
いや、開店して三日目です。
もう少し営業してみてもいいでしょう。
子どもだけではなく、大人にも刺さる研究です
ブラックウェルたちの代表的な研究は中学生を対象にしています。
でも、この研究から考えられることは、大人の日常にもかなりあります。
新しい仕事を始めた。
覚えられない。
「向いてないな」
パソコンの操作を覚える。
遅い。
「機械が苦手だから」
料理を始める。
焦がす。
「料理の才能がない」
ブログを書く。
読まれない。
「文章を書く才能がない」
私たちは大人になるほど、自分について大量の説明書を持っています。
「私はこういうタイプ」
「昔からこれが苦手」
「これは向いていない」
「もうこの年齢だから」
人生経験が増えると、自分を理解できるようになる一方で、自分を決めつける材料まで増えてしまうのです。
そこにブラックウェルの研究を置いてみると、少し風通しがよくなります。
過去の経験は大切です。
でも、過去の成績表をそのまま未来の予定表にしなくてもいい。
「以前できなかった」は事実でも、
「今後もできない」は予言です。
事実と予言は、分けて扱ったほうがよさそうです。
人を育てるときにも、「才能の判定員」にならない
この考え方は、自分自身だけではなく、誰かを育てたり支援したりするときにも役立ちます。
子どもや部下が失敗したとき、
「あなたはこういうの苦手だからね」
と言ってしまうことがあります。
悪気はありません。
むしろ傷つけないように言っている場合さえあります。
でも、この言葉はときに、
「これはあなたの能力の限界です」
という札になってしまいます。
それよりも、
「今回はうまくいかなかったね。どこを変えたらよさそう?」
と聞く。
こちらのほうが、まだ未来があります。
評価する人ではなく、作戦会議に参加する人になる。
「才能あるね」
だけではなく、
「その工夫、よかったね」
「前よりここができるようになったね」
「どんなやり方を試したの?」
と、成長の過程に目を向ける。
そうすると、人間を完成品として採点するのではなく、変化している途中の存在として見ることができます。
いちばん大切なのは、自分に伸びしろを残しておくこと
リサ・S・ブラックウェルの研究を読んでいると、私は「希望」というものは、必ずしも大げさな言葉ではないのだと思います。
「夢は必ず叶う!」
なんて言わなくてもいい。
「あなたなら何でもできる!」
まで言わなくてもいい。
ただ、
「いま見えている自分が、自分の全部ではないかもしれない」
と思っておく。
それだけでも十分です。
今日できなかった。
では、明日は?
明日もできなかった。
では、方法を変えたら?
それでもできなかった。
では、人に教えてもらったら?
それでも難しいなら、別の道を探すことだってできます。
成長するというのは、同じ壁を永遠に殴り続けることではありません。
自分と世界の間で、
「さて、次はどうしようか」
と対話を続けることなのだと思います。
ブラックウェルの研究が私たちに渡してくれるのは、万能感ではありません。
むしろ、
「自分についての結論を、少しだけ遅らせてみませんか」
という静かな提案です。
「私はこういう人間だ」
その文章の最後に、まだ句点を打たなくてもいい。
人間というものは案外、推敲しながら生きていく文章なのかもしれません。
昨日書いた一行が気に入らなければ、今日ちょっと書き直す。
そんな余白を自分にも、誰かにも残しておく。
それが、リサ・S・ブラックウェルの研究から日常へ持って帰れる、いちばん大切なお土産なのではないでしょうか。

リサ・S・ブラックウェル(Lisa S. Blackwell)の論文一覧
1.『知能についての暗黙の理論は、思春期の移行期における学業成績を予測する:縦断研究と介入研究』リサ・S・ブラックウェル、カリ・H・トジェスニエフスキー、キャロル・ソリッチ・ドゥエック(2007)
Blackwell, Lisa S., Trzesniewski, Kali H., & Dweck, Carol Sorich. (2007). Implicit Theories of Intelligence Predict Achievement Across an Adolescent Transition: A Longitudinal Study and an Intervention. Child Development, 78(1), 246–263. DOI:10.1111/j.1467-8624.2007.00995.x
「数学が苦手? それ、本当に“才能不足”ですか?」と静かに聞いてくるのが、この研究です。ブラックウェルらは中学生を追跡し、「知能は伸ばせる」と考える生徒ほど、その後の数学成績が伸びやすい傾向を確認。さらに、「脳や知能は学習によって成長する」と教える授業も実施しました。すると、学習への意欲にも前向きな変化が。つまり大事なのは、「頭がいいか」だけではなく、「頭は変わると思っているか」なのかもしれない。成績表の数字より、その数字をどう受け取るか。そこに学びの分かれ道が見えてくる、教育心理学の名研究です。

