ケヴィン・N・オクスナー(Kevin N. Ochsner)の論文一覧:感情の暴れん坊将軍を、前頭前野がそっとなだめる脳科学さんぽ
ケヴィン・N・オクスナー(Kevin N. Ochsner)のプロフィール
ケヴィン・N・オクスナー(Kevin N. Ochsner)は、アメリカの心理学者で、コロンビア大学の心理学部に所属する研究者です。専門は、ざっくり言うと「感情と脳の関係」。もっとやわらかく言えば、心の中でワーワー騒ぎ出した感情を、脳がどうやってなだめたり、整理したりしているのかを研究している先生です。
たとえば、私たちは嫌なことがあったときに、「もう最悪だ……」と思うこともあれば、「まあ、これは勉強になったな」と考え直すこともありますよね。この「考え直す力」、つまり感情の受け止め方を変える働きに、脳のどの部分が関わっているのか。オクスナーは、そうしたテーマを脳画像研究などを使って探ってきました。心の中にいる“感情の暴れ馬”に、脳の司令室が「まあまあ、お茶でも飲みなさい」と声をかける仕組みを調べている人、と言うと少しイメージしやすいかもしれません。
彼の研究では、感情調整、自己コントロール、人をどう理解するか、といったテーマが中心にあります。コロンビア大学の研究紹介でも、社会心理学が昔から扱ってきた「感情」「自己理解」「他者理解」といった問題を、脳科学の方法を使って調べていると説明されています。つまり、心のドラマを、脳という舞台裏からのぞいている研究者なのです。
特に有名なのが、ジェームズ・J・グロスとの共著論文「感情の認知的コントロール」です。この論文では、人間が感情をコントロールする力は、日々の生活にうまく適応するうえで大事だとされ、注意の向け方や、出来事の意味づけを変える方法が、脳の前頭前野などの働きと関係していることが整理されています。
また、オクスナーの研究は「怒らない方法」や「落ち込まない方法」を単純に教える自己啓発ではありません。むしろ、「人はなぜ感情に飲み込まれるのか」「考え方を変えると、なぜ気持ちも変わるのか」「そのとき脳では何が起きているのか」を、かなり丁寧に見ていくタイプの研究です。心の台所で、感情という鍋がグツグツ煮えすぎないように、どの火加減で調整しているのかを調べている感じですね。
ひとことで言えば、ケヴィン・N・オクスナーは、「感情はただ湧き上がるだけのものではなく、考え方や脳の働きによって調整できる」ということを、心理学と脳科学の両方から明らかにしてきた研究者です。感情に振り回される人間のややこしさを、「脳の仕組み」という地図で読み解こうとしている、心の交通整理に詳しい学者さん、と紹介するとしっくりきます。
参考文献・確認先:Columbia University:Kevin Ochsner 公式プロフィール / Google Scholar:Kevin N. Ochsner 論文・引用情報 / PubMed:Kevin N. Ochsner 関連論文

ケヴィン・N・オクスナー(Kevin N. Ochsner)の研究から学べること
ケヴィン・N・オクスナー(Kevin N. Ochsner)の研究から学べることは、ひとことで言うと、「感情は勝手に暴れる怪獣ではなく、見方を変えることで少し操縦できる」ということです。
オクスナーさんは、感情、自己制御、人をどう見るかといったテーマを、脳の働きと結びつけて研究している心理学者・神経科学者です。コロンビア大学の紹介でも、感情とその調整、自己制御、人物認知を、社会心理学と脳科学の両方から研究している人物として説明されています。
ここで大事なのは、「感情を消しましょう」という話ではないことです。怒り、不安、悲しみ、恥ずかしさ。こういう感情は、人間にとってかなり自然なものです。まるで心の天気です。晴れの日もあれば、急に黒雲が来る日もあります。問題は、雨が降ることそのものではなく、傘も持たずに「雨なんて存在しない!」と言いながらずぶ濡れで突っ走ることです。
オクスナーさんの研究でよく知られている考えに、「認知的再評価」があります。日本語でやさしく言えば、「出来事の見方を変えて、感情の強さや意味を変えること」です。たとえば、上司にそっけなく言われて、「嫌われた!人生終了!」と受け取るのではなく、「今日は相手も忙しかったのかもしれない」「自分の人格ではなく、確認不足の話だったのかもしれない」と見方を組み替える。心の中のニュース番組の見出しを、「大事件!」から「要確認の小さな案件です」に差し替える感じです。
オクスナーさんたちは、脳画像研究をふまえて、感情が生まれる仕組みと、それを調整する仕組みがどう関わるかを整理しています。特に再評価のような方法では、考える働きに関わる脳の領域が、感情の反応に関わる領域の働きに影響する、という見方が示されています。
つまり、心の中では「感情チーム」と「考えるチーム」が連携しているわけです。感情チームは反応が早いです。「危ない!」「嫌だ!」「恥ずかしい!」と、すぐ太鼓を叩きます。一方、考えるチームは少し遅れてやってきます。「まあまあ、状況を確認しましょう」「別の見方もありますよ」と書類を持ってくる。人間の脳内は、わりと忙しい役所です。しかも窓口が多い。
ここから学べるのは、「最初に湧いた感情が、唯一の真実とは限らない」ということです。
たとえば、誰かから返信が来ないとします。心の中では、すぐ物語が始まります。
「嫌われたのでは?」
「怒らせたのでは?」
「もう関係が終わったのでは?」
このあたりで、心の脚本家が暴走します。しかもなぜか悲劇ばかり書く。ところが再評価を使うと、別の脚本も出せます。
「単に忙しいのかもしれない」
「通知を見落としているのかもしれない」
「今は返す余裕がないだけかもしれない」
もちろん、どれが正解かはすぐにはわかりません。でも、「嫌われたに違いない」だけに固定されるより、心の圧迫感は少し弱まります。感情のボリュームを、爆音から生活音くらいに下げることができるのです。
これが再評価の面白いところです。出来事そのものを魔法で変えるわけではありません。雨を止めるのではなく、「雨の日にもできることがある」と地図を開く感じです。
ただし、再評価は「なんでも前向きに考えよう」という雑な元気玉ではありません。ここを間違えると危険です。つらいことがあった人に、「まあ、いい経験だよ!」と即座に言うのは、心にばんそうこうを貼る前にマラソンを走らせるようなものです。再評価は、感情を否定することではありません。まず「つらい」「腹が立つ」「悲しい」と認めたうえで、「では、ほかにどんな見方ができるだろう」と少し距離を取ることです。
たとえるなら、感情の鍋がぐつぐつ煮えているときに、いきなり素手を突っ込まないことです。まず火を少し弱める。ふたをずらす。湯気を逃がす。それから中身を見る。再評価とは、心の鍋つかみです。熱い現実を、少し安全に扱えるようにしてくれます。
オクスナーさんの研究からは、「人をどう見るか」も大切なテーマとして見えてきます。私たちは相手の表情や言葉を見て、「この人は怒っている」「この人は冷たい」「この人は自分を下に見ている」と判断します。でも、その判断にも自分の不安や過去の経験が混ざることがあります。つまり、人間の心は透明なガラスではなく、少し色のついたメガネです。疲れている日は、世界が灰色に見えることがあります。
だから、人間関係で大切なのは、「自分の解釈を一度疑ってみること」です。
「あの人は自分を嫌っている」と思ったとき、すぐに確定判決を出さない。
「そう見えたけれど、別の可能性はあるかな」と考えてみる。
「相手の事情は何かあるかな」と想像してみる。
この一呼吸が、関係の事故を減らしてくれます。心の交差点で、左右確認をするようなものです。感情の車は勢いよく飛び出しがちなので、ここで確認するだけでも衝突が減ります。
また、オクスナーさんの研究は、自己制御について考えるうえでも役立ちます。自己制御というと、「我慢」「根性」「歯を食いしばる」というイメージが強いかもしれません。でも、実際には「どう見方を整えるか」「どう状況を理解するか」が大きく関わります。誘惑や怒りや不安を、力ずくで押さえ込むだけでは疲れてしまいます。心の押し相撲をずっと続けるのは大変です。土俵がいつか割れます。
だから、「我慢する」だけでなく、「見方を変えて、そもそもの感情の燃え方を変える」ことが大切になります。
たとえば、面倒な作業を「やらされ仕事」と見ると、心はすぐ体育座りを始めます。でも、「これはあとで自分を楽にする準備だ」と見ると、少し動きやすくなります。苦手な人との会話も、「また嫌な時間だ」と見るより、「相手の反応を観察する練習だ」と見ると、感情の火力が少し下がるかもしれません。見方の変更は、人生の裏技ではありません。でも、心のギアチェンジにはなります。
日常で使うなら、こんな流れが役立ちます。まず、感情に名前をつけます。「今、不安だな」「腹が立っているな」「傷ついたな」。次に、その感情を生んでいる解釈を見つけます。「嫌われたと思っている」「失敗したら終わりだと思っている」「自分が軽く扱われたと感じている」。そして最後に、別の見方を探します。「本当にそう言い切れるかな」「ほかの事情はあるかな」「ここから何ができるかな」。
これは、心の中の裁判を、いきなり有罪判決で終わらせない技術です。証拠を見て、別の可能性も聞き、少し公平に判断する。心の裁判所にも、弁護人を呼んでいいのです。
ケヴィン・N・オクスナーの研究が教えてくれるのは、感情に振り回される自分を責めなくていい、ということでもあります。感情が強く出るのは、人間として自然です。脳が危険や意味をすばやく読み取ろうとしているからです。でも、そのあとに「見方を整える余地」があります。ここに、人間らしい自由があります。
感情は、最初の一報です。
でも、最終報告書ではありません。
「嫌だ」と感じた。
「怖い」と感じた。
「もう無理」と感じた。
その感情は大事な知らせです。でも、その知らせをどう読み解くかは、あとから少し変えられます。心の新聞を、冷静に読み直すことができるのです。
オクスナーさんの研究からたどりつく学びは、とても実用的です。
私たちは、出来事そのものだけで苦しむのではありません。その出来事をどう意味づけるかによって、苦しさが強くなったり、少しやわらいだりします。だから、心が大騒ぎしているときほど、「これは本当に唯一の見方かな」と問い直すことが大切です。
感情は敵ではありません。けれど、感情の第一声だけを信じすぎると、人生はなかなか騒がしくなります。怒りの太鼓、不安のラッパ、悲しみのチェロが一斉に鳴り出します。そこで考える力が指揮者として入ると、少し音が整ってきます。
つまり、オクスナーさんの研究は教えてくれます。心は完全にはコントロールできない。でも、少し調整することはできる。感情を消すのではなく、感情との付き合い方を変えることはできる。
人生には、思い通りにならない出来事がたくさんあります。言葉に傷つく日も、失敗にへこむ日も、返信が来なくて心が勝手に小説を書き始める日もあります。そんなとき、まずは感情を否定しない。そして、少し落ち着いたら、こう問いかけてみる。
「この出来事には、ほかの見方もあるだろうか」
その問いは、心の窓をほんの少し開けてくれます。空気が動くと、部屋のにおいが変わります。感情も同じです。見方が少し変わると、心の空気が少し変わる。
ケヴィン・N・オクスナーの研究は、私たちにその小さな換気の大切さを教えてくれるのです。

ケヴィン・N・オクスナー(Kevin N. Ochsner)の論文一覧
1.『感情は、理性でどこまで操れるのか-心のブレーキとハンドルをめぐる認知コントロール研究』ケヴィン・N・オクスナー、ジェームズ・J・グロス(2005)
Ochsner, K. N., & Gross, J. J. (2005). The cognitive control of emotion. Trends in Cognitive Sciences, 9(5), 242–249. DOI:10.1016/j.tics.2005.03.010
感情って、勝手に暴れ出す心の野生動物みたいなもの。「不安ライオンが来た!」「怒りゴリラが机を叩いた!」となるわけです。でもこの論文は、そこで脳がどうやって「まあまあ、話を聞こう」と仲裁に入るのかを教えてくれます。注目する場所を変えたり、出来事の意味を捉え直したりすることで、感情はちゃんと調整できる。心の暴走に、前頭前野がそっとブレーキをかける名作です。

