ケネス・E・フレッチャー(Kenneth E. Fletcher)の論文一覧:不安の大音量をそっと下げる、マインドフルネス研究さんぽ

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ケネス・E・フレッチャー(Kenneth E. Fletcher)のプロフィール

ケネス・E・フレッチャー(Kenneth E. Fletcher)は、心理学・精神医学・公衆衛生の分野で研究を行っている研究者です。肩書きとしては Ph.D.、つまり博士号を持つ研究者として論文に登場します。ジョン・カバットジンたちによる1992年の有名な研究「不安障害に対する瞑想にもとづくストレス低減プログラムの効果」では、共著者の一人として参加しています。この論文は、不安障害やパニック障害を抱える人に、瞑想を中心にしたストレス低減法が役立つのかを調べた研究です。

フレッチャーさんをひとことで言うなら、心のトラブルを“気合いでなんとかしよう”ではなく、データと観察で見つめる研究者です。「不安です」「パニックです」「しんどいです」と心が大合唱しているときに、「はいはい、まずは人数、症状、変化をちゃんと見ましょう」と、研究のメジャーを持って現れるタイプですね。白衣というより、心の現場に巻き尺を持ってやってくる測量士さん、という感じです。

その後も、カバットジンらと関連するマインドフルネス研究に関わっており、1995年には不安障害に対するマインドフルネス瞑想を用いたストレス低減法の3年後の追跡研究にも名前が見られます。この研究では、短期間の集団プログラムで得られた効果が、その後も続く可能性が示されています。心の筋トレが「その場かぎりの花火」で終わらず、じんわり炭火のように残るのかを見た研究、と言うと少しイメージしやすいかもしれません。

また、フレッチャーさんはマインドフルネスだけの人ではありません。確認できる範囲では、マサチューセッツ大学医学部の精神医学部門に所属していた記録があり、がん患者の苦痛、医療における意思決定能力、精神疾患をもつ人への警察官の態度など、医療・福祉・社会の境目にあるテーマにも関わっています。つまり、心の研究室だけでなく、病院、地域、制度のすき間までのぞきに行くタイプの研究者です。

参考文献・確認先:PubMed:Kenneth E. Fletcher 共著論文 / PubMed:3年後追跡研究 / DOI:不安障害に対する瞑想ベースのストレス低減法研究 / Google Scholar:Kenneth E. Fletcher 関連論文 / ResearchGate:Kenneth E. Fletcher 研究情報

阿部牧歌(管理人)
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ケネス・E・フレッチャー(Kenneth E. Fletcher)の研究から学べること

ケネス・E・フレッチャー(Kenneth E. Fletcher)の研究から学べることは、ひとことで言うと、「不安は力ずくで追い払うより、“今ここ”に戻る練習で、少しずつ扱いやすくなる」ということです。

フレッチャーさんは、ジョン・カバットジンさんたちと一緒に、不安障害のある人に対する「瞑想を中心にしたストレス低減プログラム」の効果を調べた研究に関わっています。この研究は1992年に『アメリカ精神医学雑誌』に掲載され、不安やパニックの症状を持つ人たちに、瞑想や身体への気づきを取り入れた集団プログラムを行ったものです。研究では、参加者の不安やパニック症状が改善し、その変化が一定期間続いたことが報告されています。

ここで大切なのは、「瞑想すれば不安が魔法のように消えますよ」という話ではないことです。そんな便利な魔法があるなら、全人類が朝から座禅を組んで、世界中の会議がもっと穏やかになっているはずです。現実はそう簡単ではありません。不安は、なかなかしぶといです。玄関で追い返したはずなのに、気づいたら台所でお茶を飲んでいるような存在です。

でも、フレッチャーさんたちの研究が教えてくれるのは、不安と戦う以外の道がある、ということです。不安が来たときに、「来るな!消えろ!出ていけ!」と心の中で大騒ぎすると、逆に不安は存在感を増します。まるで、静かにしてほしい相手に向かって拡声器で「静かに!」と叫ぶようなものです。余計にうるさくなります。

そこで出てくるのが、「今ここ」に注意を戻す練習です。呼吸に気づく。足の裏が床に触れている感じに気づく。肩に力が入っていることに気づく。頭の中で不安の映画が上映されていても、「あ、今、自分は不安な未来を想像しているんだな」と気づく。これが大事です。

不安は、未来に向かって暴走しがちです。

「もし失敗したらどうしよう」
「相手に嫌われたらどうしよう」
「また発作が起きたらどうしよう」
「この先、全部うまくいかなかったらどうしよう」

心の中の脚本家が、まだ起きていない未来をせっせと映画化します。しかもジャンルはだいたい災害映画です。爆発、崩壊、孤立、絶望。予算だけは潤沢です。

瞑想を中心にした練習は、この映画を無理やり打ち切るというより、「今、映画を見ている自分」に気づく練習です。画面の中に飛び込んで恐竜から逃げるのではなく、「これは頭の中で流れている映像だな」と一歩引いて見る。すると、不安そのものが消えなくても、不安に飲み込まれにくくなります。

たとえるなら、不安は川の流れです。強い日は、かなり流されます。そこで大事なのは、川の水を全部止めようとすることではありません。そんなことをしたら、心のダム工事が一生終わりません。大切なのは、「あ、今流されかけている」と気づいて、岸に戻る練習をすることです。呼吸や身体の感覚は、その岸のようなものです。

フレッチャーさんたちの研究から学べることは、「身体に戻ること」の大切さでもあります。不安が強いとき、人は頭の中で迷子になります。考えて、考えて、考えて、気づけば同じ場所をぐるぐる回っています。心の回転寿司で、同じ皿だけが永遠に流れてくる状態です。「不安」「心配」「最悪の想像」「また不安」。もうお腹いっぱいです。

そんなとき、身体に注意を向けると、ぐるぐるから少し離れられます。呼吸が浅いな。肩が上がっているな。手に力が入っているな。お腹が固いな。こうやって身体に気づくと、頭の中の嵐から、少しだけ地面に戻れます。身体は、今この瞬間にしかありません。未来の会議室にも、過去の失敗現場にも行きません。身体はいつも、現在に居座る職人です。

もちろん、これは一回でうまくなるものではありません。最初から静かな心で瞑想できる人は、かなり珍しいです。多くの人は、目を閉じた瞬間に「今日の夕飯どうしよう」「あのメール返したっけ」「昔の恥ずかしい記憶、今出てくる必要ある?」と、脳内商店街が開店します。これでいいのです。瞑想とは、何も考えない技ではありません。考えが出てきたことに気づいて、また戻る練習です。

つまり、瞑想は「心を空っぽにする修行」というより、「心がどこかへ行ったら、やさしく連れ戻す練習」です。迷子センターの係員みたいなものです。「はいはい、不安さん、未来売り場まで行っていましたね。こちらが現在です」と、何度でも戻してあげるのです。

ここで大切なのは、やさしさです。不安になった自分を責めないことです。

「また不安になってしまった」
「自分は弱い」
「こんなこともできない」

こう思うと、不安の上に自己批判がのってきます。ラーメンにチャーシューを追加するならうれしいですが、不安に自己批判を追加しても、心の胃もたれが増えるだけです。だから、「不安になっているな」と気づいたら、それ以上責めずに、呼吸や身体へ戻る。これが練習です。

フレッチャーさんたちの研究は、不安を「消すべき敵」としてだけ見るのではなく、「気づきながら付き合えるもの」として扱う道を示しています。不安は警報でもあります。危険に備えようとする働きです。ただ、その警報が鳴りっぱなしになると、生活がつらくなります。火事でもないのに非常ベルが鳴り続けたら、誰だって疲れます。

だから必要なのは、「ベルを壊すこと」ではなく、「本当に火事なのか確認する力」です。今、危険が起きているのか。それとも頭の中で未来の危険を想像しているのか。身体は何を感じているのか。今できる小さな行動は何か。こうして確認していくと、不安の音量が少し下がることがあります。

日常で活かすなら、まずは短くて十分です。長時間座らなくてもかまいません。朝、出勤前に一分だけ呼吸を見る。緊張したときに足の裏を感じる。嫌なことを言われたあとに、肩の力に気づく。寝る前に、今日一日働いた身体に「おつかれさま」と声をかける。これだけでも、心の散らかった部屋に小さな窓が開きます。

特に不安が強い人ほど、「不安をなくそう」としすぎると苦しくなります。不安がゼロになるまで動けない、安心できるまで始められない、完璧に落ち着くまで外に出られない。そうなると、不安が人生の門番になってしまいます。門番が「安心証明書を出しなさい」と言って、こちらを通してくれないのです。

でも、「不安があっても、呼吸に戻れる」「不安があっても、一歩だけ進める」「不安があっても、今ここに戻る練習ができる」と考えると、少し自由が戻ります。不安を完全に追い出してから生きるのではなく、不安を助手席に乗せたまま、ゆっくり運転する感じです。もちろん助手席の不安はよくしゃべります。「大丈夫?危なくない?本当に行くの?」とうるさいです。でも、運転席まで渡さなくていいのです。

ケネス・E・フレッチャーの研究からたどりつく学びは、とても現実的です。

不安は、気合いで消すものではありません。
不安は、無視すればなくなるものでもありません。
けれど、不安に気づき、身体に戻り、今この瞬間に注意を向ける練習を重ねることで、不安との距離は少し変えられます。

これは派手な解決法ではありません。雷を一発で止めるような方法ではない。でも、雨の日に傘を開くような、地味だけれど頼れる方法です。

心が未来へ走り出したら、呼吸に戻る。
頭の中の映画が始まったら、足の裏に戻る。
不安が騒ぎ出したら、「今、不安がいるな」と気づく。

その小さな戻り道を何度も歩くことが、心の地図になります。

フレッチャーさんたちの研究は、不安に苦しむ人へ、こう語りかけているように感じます。「不安があるあなたは壊れているわけではありません。ただ、心の警報が少し敏感になっているのかもしれません。だから、警報と戦うだけでなく、今ここに戻る練習をしてみましょう」と。

不安な心は、夜の森でざわざわする木々のようなものです。風が吹けば音がします。でも、足元に小さな灯りを置くと、道は少し見えてきます。呼吸、身体、今ここへの気づき。それが、その灯りになるのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
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ケネス・E・フレッチャー(Kenneth E. Fletcher)の論文一覧

1.『不安障害の治療における、瞑想にもとづくストレス低減プログラムの効果』ジョン・カバットジン、アン・O・マシオン、ジーン・クリステラー、リンダ・ゲイ・ピーターソン、ケネス・E・フレッチャー、ロリ・プバート、ウィリアム・R・レンダーキング、サキ・F・サントレリ(1992)

Kabat-Zinn, J., Massion, A. O., Kristeller, J., Peterson, L. G., Fletcher, K. E., Pbert, L., Lenderking, W. R., & Santorelli, S. F. (1992). Effectiveness of a meditation-based stress reduction program in the treatment of anxiety disorders. American Journal of Psychiatry, 149(7), 936–943. DOI:10.1176/ajp.149.7.936

「不安さん、また心の中で非常ベル鳴らしてます?」そんな状態に、瞑想ベースのストレス低減法がどこまで効くのかを調べた論文です。不安障害やパニックを抱える人たちが、呼吸や“今ここ”に意識を向ける練習を続けると、心のざわざわは少し静かになるのか。カバットジンたちが、マインドフルネスを“心の音量つまみ”として本気で検証した一篇。読めば、ただ座る時間が、ちょっとした心の整備工場に見えてきます。

阿部牧歌(管理人)
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この論文の要約を読む
【論文要約】不安障害に瞑想は効くのか?ストレス低減プログラムの研究からわかった心の整え方
【論文要約】不安障害に瞑想は効くのか?ストレス低減プログラムの研究からわかった心の整え方
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