ケリー・M・テイラー(Kelli M. Taylor)の論文一覧:数学の問題に「整列するな、混ざれ」と号令をかけた学習研究者
ケリー・M・テイラー(Kelli M. Taylor)のプロフィール
ケリー・M・テイラー(Kelli M. Taylor)は、「たくさん練習すれば、それだけ覚えられる」という勉強の常識に、静かに首をかしげた心理学研究者です。
「同じ問題を何度も解けば、だんだん上手になりますよね?」
「はい。その練習中は、かなり上手になります」
「では、しっかり覚えられたということですね?」
「そこが、そう簡単ではないんです」
テイラーの研究をひとことで表すなら、こんな会話になるでしょう。
私たちは、問題がスラスラ解けると、「よし、もう身についた」と思います。しかし、そのスラスラは、本当に理解したから生まれているのでしょうか。それとも、たった今やった方法を、そのまま繰り返しているだけなのでしょうか。
テイラーは、この少し意地悪な問いを、記憶や数学学習の実験によって確かめていきました。
「できるまで」ではなく、「できたあと」も続ける意味はある?
テイラーが初期に取り組んだのが、「覚えたあとも、さらに繰り返して勉強すること」に関する研究です。
たとえば、英単語を一度正しく答えられたあとも、
「念のため、あと十回やっておこう」
と練習を続けることがあります。これは、いわば記憶の上に何度も重ね塗りをする勉強法です。
なんとなく効果がありそうです。ペンキだって重ねて塗れば丈夫になります。では、記憶も厚く塗れば、そう簡単には剥がれないのでしょうか。
テイラーは南フロリダ大学大学院で、この「覚えすぎるほど繰り返す学習」を研究しました。2004年には心理学の修士論文として、繰り返し学習と長期記憶の関係を調べています。指導教員は、のちにも共同研究を続けるダグ・ローラーでした。
実験の結果、追加の反復練習には、短い期間で見れば一定の効果がありました。しかし、時間がたつほど、その上乗せ効果は小さくなっていきます。さらに、費やした勉強時間に見合うほど、記憶が増えるわけではありませんでした。
つまり、記憶からこんな苦情が届いたようなものです。
「同じ日に何度も来られましても……。できれば、少し日を空けてから、もう一度お越しください」
勉強は、気合いの回数券を一日に全部使えばよいわけではない。テイラーの研究は、そんな少し残酷で、しかし勉強時間を大切にしてくれる事実を示していました。
数学の問題に「席替え」をさせる
テイラーの名前が広く知られるきっかけとなったのが、数学の練習問題をどのような順番で並べると学習しやすいのかを調べた研究です。
一般的な数学の教科書や問題集では、同じ種類の問題がまとめて並んでいます。
まず円柱の体積を十問。
次に円すいの体積を十問。
その次に球の体積を十問。
問題たちは種類ごとに整列し、廊下で先生を待つ生徒のように、きれいに並んでいます。
この方法では、学習者は「今は円柱のページだから、円柱の公式を使えばよい」とすぐに分かります。問題を見分ける必要がありません。言ってしまえば、問題集のほうが、使う解き方を半分教えてくれているのです。
そこでテイラーとローラーは、問題を種類ごとに並べず、異なる種類を混ぜて出したらどうなるのかを調べました。
円柱の次に球が現れ、その次には円すいがやってくる。
問題集の中で、数学問題たちが突然の席替えです。
「先生、私の隣、別の公式を使う問題なんですけど」
「はい。それが今回のねらいです」
2007年に発表された研究では、同じ種類の問題を一度にまとめるよりも、練習する日を分けたほうが、一週間後の成績がよくなりました。また、複数の種類の問題を種類別に固めるより、混ぜて練習したほうが、一週間後のテストで大きく優れた成績を示しました。
ただし、この方法には少々困った特徴があります。
練習している最中は、あまり気持ちよくありません。
同じ問題が続けば、「はいはい、この公式ですね」と流れに乗れます。しかし、問題が混ざっていると、そのたびに立ち止まって考えなければなりません。
「これは、どの方法で解く問題だ?」
「さっきの公式ではないぞ」
「待て、見た目は似ているが別人だ」
脳内の会議が急に長くなります。
けれども、この「どの解き方を使うべきか」と考える時間こそが、学習を強くしている可能性があります。答えを出すだけでなく、問題の特徴を見分け、適切な方法を選ぶ練習になるからです。
練習中の好成績に、だまされてはいけない
テイラーは2008年、数学問題を混ぜて練習する効果についての研究で、南フロリダ大学から心理学の博士号を取得しました。博士論文では、小学5年生が四種類の数学問題を練習し、翌日にテストを受けています。
一方の子どもたちは、同じ種類の問題をまとめて練習しました。もう一方の子どもたちは、異なる種類の問題を混ぜて練習しました。
翌日のテストでは、問題を混ぜて練習したグループの平均正答率が77%、種類別に練習したグループは38%でした。
これは、なかなか強烈な差です。
同じ種類を続けて練習する方法は、その場ではうまくいきやすい。ところが、問題の順番という補助輪を外されると、急に走れなくなることがあります。
反対に、問題を混ぜる練習は、その場ではヨロヨロします。
「うまくできない」
「さっきより間違える」
「この勉強法、本当に大丈夫ですか?」
そんな不安が出てきます。
しかし実際には、脳が怠けているのではなく、問題を見分ける力を育てている最中なのかもしれません。工事現場が散らかって見えるからといって、工事が進んでいないとは限らないのです。
2010年に発表された研究でも、問題を混ぜたグループは練習中の成績こそ低くなりましたが、翌日のテストでは成績が約2倍になりました。間違い方を分析すると、混ぜて練習した子どもたちは、問題と正しい解法を結びつける力が高まっていたと考えられています。
テイラーの研究が教えてくれること
ケリー・M・テイラーの研究が私たちに教えてくれるのは、「楽に進められる勉強」と「あとまで残る勉強」は、必ずしも同じではないということです。
同じ漢字を一日に二十回書く。
同じ形式の計算問題だけを続ける。
覚えた直後に、さらに何度も繰り返す。
こうした方法は、練習中の安心感を与えてくれます。人間は「できている感じ」が大好きです。脳も気持ちよくなり、ノートも順調に埋まります。
しかし、学習の本当の目的は、ノートを埋めることではありません。
時間がたっても思い出せること。
問題の形が変わっても使えること。
何も教えてもらわなくても、必要な方法を自分で選べること。
テイラーの研究は、そのためには、学習の間隔を空けたり、異なる種類の問題を混ぜたりすることが役立つと示しています。
もちろん、何でも無秩序に混ぜればよいわけではありません。まだ基本的な解き方を知らない段階で、難しい問題を大量に混ぜれば、脳は学習する前に迷子になります。
まずは一つひとつの基本を理解する。
そのうえで、少し時間を空けて復習する。
さらに、似た問題や異なる問題を混ぜ、自分で解き方を選ぶ。
勉強とは、一直線に舗装された道路を走ることではなく、何本かの道を見比べながら、自分で進む方向を決められるようになることなのでしょう。
派手ではないけれど、勉強の風景を変えた研究者
ケリー・M・テイラーについては、現在の所属や活動を含め、一般向けに公開されている詳しい人物情報が多くありません。
しかし、残された研究からは、彼女が一貫して問い続けたものが見えてきます。
「私たちは、本当に効率よく学んでいるのだろうか」
「練習中にうまくできたことを、学習の成功だと思い込んでいないだろうか」
「教科書の問題の並べ方は、このままでよいのだろうか」
どれも、見過ごされやすい問いです。
問題集に並ぶ数字は、黙ってそこにいるだけです。普通なら、その並び順にまで疑問を持つことはありません。
けれどテイラーは、その静かな行列を見て言いました。
「少し、混ざってみませんか」
その提案は、勉強を一時的に難しくします。
しかし、その小さな難しさが、あとになって自分の力で答えを選ぶための土台になる。
ケリー・M・テイラーは、数学問題に席替えをさせることで、私たちの「学んだつもり」に揺さぶりをかけた研究者なのです。
参考文献・確認先:南フロリダ大学:ケリー・M・テイラー修士論文 / 南フロリダ大学:ケリー・M・テイラー博士論文 / 南フロリダ大学:ケリー・M・テイラー関連論文 / Wiley:問題を混ぜて練習する効果に関する論文 / Google Scholar:Kelli M. Taylor 論文・引用情報

ケリー・M・テイラー(Kelli M. Taylor)の研究から学べること
ケリー・M・テイラー(Kelli M. Taylor)の研究から学べることは、ひとことで言えば、「勉強中の気持ちよさと、本当に身につくことは別ですよ」ということです。
これは、なかなか耳の痛い話です。
私たちは勉強していて、問題がスラスラ解けると安心します。
「今日は調子がいいぞ」
「この単元、もう完全に理解したな」
「先生、次のページへ進んでください。私はもう仕上がっています」
ところが、一週間後に同じような問題を出されると、
「……どちらさまでしたっけ?」
となることがあります。
昨日まで仲良しだった公式が、久しぶりに会った親戚のような顔をしている。見覚えはある。しかし、名前が出てこない。
テイラーの研究は、こうした「できたつもり」が、なぜ起こるのかを考える手がかりを与えてくれます。
スラスラ解けるからといって、身についたとは限らない
同じ種類の問題を続けて解くと、だんだん簡単に感じられるようになります。
たとえば、円柱の体積を求める問題を十問続けて解くとしましょう。
一問目では、
「ええと、どの公式だったかな」
と考えます。
しかし、三問目あたりからは、
「はいはい、また円柱さんですね」
と手が動き始めます。
十問目になるころには、問題文を最後まで読まなくても、数字を公式に入れて答えを出せるかもしれません。
これは一見すると、よく学べているように見えます。
ところが、そのスラスラ感には、問題の並び順が助けてくれている部分があります。同じ種類の問題が続いているので、「どの解き方を使えばよいのか」を考える必要がないからです。
教科書が、後ろから小声で教えてくれているようなものです。
「次も同じ公式ですよ」
「その次も同じです」
「安心してください。今日は全員、円柱です」
これでは、公式を使う練習にはなっても、問題を見て解き方を選ぶ練習にはなりにくいのです。
実際のテストでは、「これは円柱の問題です」と親切に札が立っているとは限りません。
仕事でも同じです。
上司から届く相談には、「これは以前の事例と同じ方法で処理してください」という見出しはついていません。目の前の状況を見て、自分で判断しなければなりません。
つまり、本当に必要なのは、答えを出す力だけではなく、どの方法を使うべきかを見分ける力なのです。
問題を混ぜると、脳がちゃんと働き始める
テイラーらの研究では、異なる種類の数学問題を混ぜて練習する方法が調べられました。
円柱の問題を解いたと思ったら、次は球。
その次は円すい。
さらに、また円柱。
問題たちは種類ごとの指定席を失い、教室の中で突然の席替えを始めます。
すると、学習者は一問ごとに考えなければなりません。
「これは、どの形だ?」
「どの公式を使う?」
「さっきと似ているけれど、本当に同じか?」
当然、練習中の成績は下がりやすくなります。
時間もかかります。
間違いも増えます。
そして心の中では、こんな会議が開かれます。
「この勉強法、効率が悪くないですか?」
「さっきよりできなくなっています」
「もしかして、私の脳は本日休業でしょうか?」
けれども、実際には脳が休んでいるのではありません。
むしろ、ようやく本格的に働き始めています。
同じ種類の問題が続くとき、脳は前の解き方をそのまま使えば済みます。しかし、問題が混ざると、毎回その問題の特徴を見直さなければなりません。
この「見分ける」「思い出す」「選ぶ」という手間が、あとで役立つ力になります。
つまり、少し解きにくい練習は、失敗しているのではなく、本番に近い形で練習できている可能性があるのです。
「できない感じ」は、成長していない証拠ではない
私たちは、勉強中に間違えると落ち込みます。
「向いていないのかもしれない」
「覚える力が弱いのかもしれない」
「昨日勉強したのに、もう忘れている。脳の保存機能はどうなっているんだ」
しかし、テイラーの研究から考えると、練習中の苦戦は、必ずしも悪いものではありません。
むしろ、簡単すぎる練習には注意が必要です。
何も考えなくても答えられる。
ほとんど間違えない。
気持ちよく進められる。
これは学習者に自信を与えてくれますが、必ずしも新しい力を育てているとは限りません。
筋力をつけたい人が、空の買い物袋を百回持ち上げても、達成感は得られるでしょう。
「百回も上げたぞ!」
ただし、筋肉からは静かな返事が返ってきます。
「重さがありませんでしたので、特に仕事はしておりません」
勉強も同じです。
少し考えなければならない。
一度覚えたことを、頭の中から引っ張り出さなければならない。
似た問題の違いを見極めなければならない。
そうした負荷があるからこそ、学習が進みます。
もちろん、難しければ難しいほどよいという話ではありません。まったく歯が立たない問題を延々と解けば、脳より先に心が帰宅してしまいます。
大切なのは、「少し考えれば届く難しさ」です。
まったく分からないほど難しくするのではなく、簡単すぎて自動運転にもならないようにする。
学習には、ちょうどよい坂道が必要なのです。
一日に詰め込むより、時間を空けて再会する
テイラーの研究から学べるもう一つの大切なことは、同じ内容を一度に何度も繰り返すより、時間を空けて学び直したほうが、記憶に残りやすい場合があることです。
私たちは忘れることを嫌います。
昨日覚えたことを思い出せないと、
「勉強した時間が無駄になった」
と感じてしまいます。
しかし、少し忘れかけた状態から思い出すことには意味があります。
記憶が薄くなったところで、もう一度その内容を呼び戻す。すると、頭の中にある知識への道が、少しずつ通りやすくなります。
一日に十回会うより、何日かに分けて再会するほうが、記憶に残ることがあるのです。
記憶にとっては、毎日べったり会うよりも、
「久しぶり。覚えている?」
と、ときどき訪ねてくるほうが印象深いのかもしれません。
たとえば資格試験の勉強なら、同じ章を一日に三時間読み続けるよりも、今日は三十分、明日は別の内容、三日後にもう一度復習する、といった形に分けられます。
英単語なら、同じ単語をその場で二十回読むだけでなく、翌日、三日後、一週間後にも確認する。
仕事の研修なら、研修当日にすべてを覚えようとせず、翌週に短い振り返りを入れる。
学習は、その日に完成させる工事ではありません。
何度か現場を訪れながら、少しずつ足場を固めていく作業なのです。
間違えない勉強より、考え直せる勉強
学校でも仕事でも、「間違えないこと」が重視される場面は多くあります。
もちろん、本番では正確さが大切です。
しかし、練習の段階から間違いを避け続けると、自分の理解の穴が見えなくなります。
同じ種類の問題だけを解いていると、なぜその解き方を使うのかを考えなくても正解できます。そのため、正解しているのに、理解が浅いということが起こります。
これは、地図を見ながら目的地へ行けたので、自分は道を完全に覚えたと思っているようなものです。
ところが、翌日、地図を閉じた瞬間に、
「ここはどこでしょう」
となる。
正解したという結果だけでは、本当に理解しているかどうかは分かりません。
テイラーの研究は、学習では間違いの数だけを見るのではなく、なぜその間違いが起きたのかを見ることの大切さも教えてくれます。
公式を忘れたのか。
問題の種類を見分けられなかったのか。
計算を間違えたのか。
文章の意味を読み違えたのか。
同じ不正解でも、原因はまったく違います。
「間違えた。私はダメだ」
で終わるのではなく、
「どこで道を間違えたのだろう」
と考える。
すると、間違いは自分を責める材料ではなく、学び方を調整するための案内板になります。
勉強だけでなく、仕事にも使える
テイラーの研究は数学学習を中心としていますが、その考え方は仕事にも応用できます。
たとえば、接客の練習をするとき、同じ種類の問い合わせだけを続けて練習すれば、その対応は上手になります。
しかし実際の窓口では、予約変更の次に苦情が来て、その次に初めての利用者が現れ、さらに電話が鳴ります。
現実は、問題集のように種類別に並んでくれません。
そのため研修でも、ある程度基本を学んだあとは、異なる事例を混ぜて練習したほうが、本番に近くなります。
「この相談には、どの対応が必要か」
「前の事例と何が違うか」
「すぐ答えるべきか、それとも確認すべきか」
こうした判断を繰り返すことで、知識が「覚えた内容」から「使える力」へ変わっていきます。
文章を書く仕事でも同じです。
タイトルだけを十本考える練習。
導入文だけを十本書く練習。
まとめだけを十本作る練習。
これらは基本を身につけるには役立ちます。
しかし、ある程度慣れたら、タイトル、導入、本文、まとめを組み合わせて一本の記事を作る必要があります。途中で読者像も変わり、言葉の難しさも調整しなければなりません。
知識は、棚にきれいに並べておくだけでは役立ちません。
必要なときに取り出し、組み合わせ、状況に合わせて使えることが大切です。
子どもや部下に「すぐできる教材」ばかり与えない
人に教える立場にいると、相手がスムーズにできる教材を選びたくなります。
子どもが次々に正解すれば、教える側も安心します。
部下が研修問題をすべて解ければ、
「よし、理解しているな」
と思えます。
しかし、その場で正解できるように手助けしすぎると、自分で考える機会を奪ってしまうことがあります。
問題の種類を先に教える。
使う公式を示す。
間違えそうになったら、すぐヒントを出す。
これを続けると、練習中は高得点になりますが、助けがなくなった本番で止まってしまいます。
教える人に必要なのは、すべての段差をなくすことではありません。
転倒しない程度の小さな段差を残し、自分の足で越えられるように見守ることです。
「間違えないようにしてあげる」から、
「間違えても、考え直せるように支える」へ。
この変化は、教育だけでなく、子育てや職場の指導でも大切でしょう。
「効率がよい」の意味を考え直す
私たちは「効率のよい勉強法」と聞くと、短い時間でたくさん正解できる方法を想像します。
けれども、本当の効率とは何でしょうか。
今日、一時間で百問解いて、来週ほとんど忘れている。
今日、三十問しか解けなかったけれど、来週も解き方を覚えている。
どちらが効率的なのか。
練習中の速さだけで見れば、百問解いたほうが優秀です。
しかし、学習の目的が「あとで使えるようになること」なら、話は変わります。
テイラーの研究は、勉強法を評価するとき、練習中の成績だけを見てはいけないと教えてくれます。
大切なのは、翌日、一週間後、さらに先でも使えるかどうかです。
勉強とは、その場で拍手をもらうための演技ではありません。
未来の自分へ、知識を無事に届けるための宅配便です。
発送した瞬間に満足しても、届かなければ意味がありません。
学びは、少し不便なくらいがちょうどよい
ケリー・M・テイラーの研究から学べるのは、学習を必要以上に楽にしないことの大切さです。
問題を少し混ぜる。
時間を少し空ける。
答えを見る前に、少し思い出してみる。
間違えたら、少し考え直す。
どれも派手な方法ではありません。
「これを一回やれば、記憶力が十倍になります」といった、魔法の勉強法でもありません。
むしろ、少し面倒です。
少し迷います。
少し間違えます。
けれど、その小さな引っかかりが、知識を頭の表面から奥へ運んでくれます。
勉強中にスラスラ進まないとき、私たちはつい不安になります。
しかし、その瞬間こそ、脳が問題を見分け、記憶を探し、答えを選ぼうとしているのかもしれません。
「うまくできないから、学べていない」
とは限りません。
「少し苦労しているからこそ、学びが始まっている」
こともあります。
テイラーの研究は、勉強に少しだけ不便さを残すことを勧めています。
問題をきれいに一列に並べるのではなく、ときどき席替えをさせる。
忘れないように一日中抱え込むのではなく、少し離れてから再会する。
そして、正解の数だけでなく、自分の頭で選べたかどうかを見る。
学びとは、何も迷わず進むことではありません。
迷いながらも、自分で道を選べるようになることなのです。

ケリー・M・テイラー(Kelli M. Taylor)の論文一覧
1.『数学の問題は「シャッフル」して解くと、もっと身につく』ダグ・ローラー、ケリー・M・テイラー(2007)
Rohrer, D., & Taylor, K.(2007). The Shuffling of Mathematics Problems Improves Learning. Instructional Science, 35(6), 481–498.
DOI:10.1007/s11251-007-9015-8
「数学の問題は、同じ種類をずらりと並べたほうが親切ですよね?」「ところが、その親切が脳を少し甘やかすんです」。ローラーとテイラーは、練習を一日に詰め込む方法と、日を分ける方法、さらに問題を種類別に固める方法と、ごちゃ混ぜにする方法を比較しました。すると一週間後、間隔を空けたり、問題を混ぜたりしたほうが成績は大きく向上。練習中は「やりにくい!」のに、あとでは強い。数学問題に席替えを命じたら、脳が公式を自分で選ぶようになったという、勉強の常識を気持ちよくひっくり返す論文です。

