ジェニー・R・サフラン(Jenny R. Saffran)の論文一覧:「まだ話せません。でも規則は見つけてます」赤ちゃんの学ぶ力を研究した心理学者
ジェニー・R・サフラン(Jenny R. Saffran)のプロフィール
ジェニー・R・サフランは、ひと言で紹介するなら、「まだ一言もしゃべれない赤ちゃんの頭の中で、いったい何が起きているのか?」を追いかけてきた心理学者です。
現在はアメリカのウィスコンシン大学マディソン校で心理学の教授を務め、乳幼児の学習や言語発達を研究しています。大学内の「乳幼児学習研究室」でも研究を率いており、とくに有名なのが、赤ちゃんの言葉の学び方についての研究です。
「赤ちゃんの言葉の研究です」
と聞くと、
「最初に『ママ』と言うのはいつ?」
「何歳くらいで二語文を話すの?」
といった研究を想像するかもしれません。
ところがサフランがのぞき込んだのは、さらにその手前です。
そもそも赤ちゃんは、ずっとつながって聞こえてくる大人の話し声から、どうやって『ここからここまでが一つの言葉らしいぞ』と見抜いているの?
そこです。
赤ちゃん本人に聞いても、
「その点につきましては現在検討中です」
とは答えてくれません。
だいたいニコニコするか、泣くか、寝ます。
だからこそ面白い。サフランは、赤ちゃんが何を長く聞くのか、何に注意を向けるのかといった反応から、まだ言葉で説明できない赤ちゃんの「学習」を読み取ってきました。現在の研究室でも、視線を調べる方法などを使いながら、乳幼児が言葉をどう理解していくのかが研究されています。
高校時代から、すでに赤ちゃんを見ていた
サフランと乳幼児研究との出会いは、かなり早い時期までさかのぼります。
大学の研究者になってから突然、
「そうだ、赤ちゃんを研究しよう」
と思ったわけではありません。
高校生のころ、科学の単位を得るための活動として、乳幼児の認知や言語を研究する研究室でボランティアを始めました。そこで彼女が興味を持ったのが、**「話すことのできない赤ちゃんが何を考えているのか、どうすれば科学的に調べられるのだろう?」**という問いでした。
これ、よく考えるとなかなか壮大な疑問です。
大人なら、
「これ、覚えていましたか?」
と聞けば、
「まあ、うっすら」
くらいの返事は返ってきます。
ところが赤ちゃんには、その手が使えません。
だから研究者側が工夫するしかない。
赤ちゃんの視線、聞く時間、反応の変化など、ごく小さな手がかりから、
「この子、さっきの規則に気づいているのでは?」
と推理していく。
心理学というより、ときどき赤ちゃん探偵事務所です。
その後サフランはブラウン大学で認知科学を学び、ロチェスター大学大学院へ進み、心理学の博士号を取得しました。大学院では言語獲得研究で知られるエリッサ・ニューポートのもとで研究を行い、1997年に博士号を取得。その年にウィスコンシン大学マディソン校の教員となりました。
赤ちゃんは「音の確率」を拾っていた
サフランの名前を広く知られるものにした代表的な研究が、1996年にリチャード・アスリン、エリッサ・ニューポートと発表した、生後8か月の赤ちゃんの統計的学習に関する研究です。
ここでいう「統計的学習」という言葉、ちょっと身構えますよね。
「赤ちゃんに統計学を?」
安心してください。
赤ちゃんが電卓を持って標準偏差を計算する話ではありません。
もっと素朴な能力です。
たとえば、
「パ・ピ・プ」
という音の並びが何度もセットで現れ、
「プ・モ」
というつながりはあまり現れないとします。
すると人間の脳は、
「パ・ピ・プは、ひとかたまりっぽいな」
と、音の並びに含まれる規則性を少しずつ拾っていきます。
サフランたちは、生後8か月の乳児でも、こうした音と音がどのくらい一緒に現れるかという規則性を利用して、連続した音声の中から言葉らしいまとまりを見つけられることを示しました。しかも実験で音声を聞いた時間は、ごく短時間でした。
これはかなり驚くべきことでした。
だって赤ちゃんです。
まだ、
「この文章の主語はどれでしょう?」
なんて問題は解けません。
ところが脳の中ではすでに、
「この音の次には、この音が来やすい」
という世界の規則を静かに拾っている。
言葉を教わる前から、言葉を学ぶための準備運動は始まっているわけです。
「教えられる」より前に、人は「見つけている」
サフランの研究の面白さは、赤ちゃん研究だけにとどまりません。
彼女がずっと問い続けているのは、
人間は、複雑な世界の中からどうやって規則を見つけるのか
という大きな問題です。
乳幼児期にどんな学習能力が現れるのか。
人間には、どんなものを学びやすいという傾向があるのか。
そして、言葉を学ぶ能力は「言語専用」の特別な仕組みなのか、それとも音楽などにも働く、もっと一般的な学習能力なのか。
実際、サフランの研究は言語だけではなく、乳幼児の音楽知覚や、音楽と言語学習の関係にも広がっています。
つまり、
「赤ちゃんは単語をどう覚えるの?」
から出発して、
「そもそも人間の脳は、世界の規則をどう発見するの?」
というところまで旅をしている。
小さな赤ちゃんの耳から入って、ずいぶん壮大な場所まで来ました。
赤ちゃんは、思っていた以上に忙しい
サフラン自身も、研究を始めた当時、乳児がここまで優れた学習能力を持っているとは想像していなかったと振り返っています。彼女の研究室や関連する研究の積み重ねによって、乳児は誰かから「ここを覚えてください」と指示されなくても、周囲にある情報の規則性を驚くほど速く学んでいくことがわかってきました。
これを知ると、赤ちゃんを見る目が少し変わります。
ベビーカーの中で、
「ばぶ」
と言っている。
こちらから見れば、のんびりしています。
しかし頭の中では、
「この音はよく続く」
「この声は知っている」
「この並び、さっきも聞いた」
「どうやら世界にはパターンがあるらしい」
と、とんでもない量の学習をしているのかもしれない。
赤ちゃん、暇そうに見えて全然暇じゃない。
サフランの研究が教えてくれるのは、人間は学校へ行ってから学び始めるわけではない、ということです。
教科書もない。
先生の説明もない。
試験範囲すら知らされていない。
それでも赤ちゃんは、自分を取り囲む音の海に耳を澄まし、繰り返しを拾い、規則を探し、少しずつ世界を整理していく。
ジェニー・R・サフランは、そんな**「人間が学び始める、その最初の瞬間」**を科学の光で照らしてきた研究者です。
私たちが普通に話している一つひとつの言葉。そのずっと奥には、かつて赤ちゃんだった私たちが、誰にも褒められないところで黙々と集め続けた「音の規則」が眠っている。
そう考えると、言葉を話せるという当たり前のことまで、なんだか少し不思議に見えてきます。
参考文献・確認先:ウィスコンシン大学マディソン校:Jenny Saffran 公式プロフィール / 乳幼児学習研究室:Jenny Saffran プロフィール / Google Scholar:Jenny Saffran 論文・引用情報 / PubMed:Jenny R. Saffran 関連論文

ジェニー・R・サフラン(Jenny R. Saffran)の研究から学べること
ジェニー・R・サフランの研究を読んでいると、だんだん赤ちゃんを見る目がおかしくなってきます。
ベビーカーの中でぼんやり天井を眺めている赤ちゃんを見ても、
「この人、いま何かの規則性を計算しているのでは……?」
と思えてくる。
もちろん、本当に頭の中で数字を計算しているわけではありません。
でもサフランたちの研究が示してきたのは、乳児が周囲の音や出来事をただ受け取っているだけではなく、「何と何がよく一緒に現れるのか」「次には何が来やすいのか」といったパターンを、かなり早い時期から拾っているということでした。代表的な研究では、生後8か月の乳児が、わずか2分ほどの音声を聞いただけで、音節どうしのつながり方を手がかりに「言葉らしいまとまり」を見分けています。
ここから私たちは、赤ちゃんの言葉の学び方だけではなく、人間が何かを学ぶとはどういうことなのかについても、いろいろ考えることができます。
人は「説明されてから」学び始めるわけではない
まず面白いのは、赤ちゃんには授業がないことです。
先生が前に立って、
「はい、今日は日本語の単語の区切りについて勉強します」
とはやってくれません。
黒板もない。
参考書もない。
赤ペン先生も来ない。
それなのに学んでいる。
サフランの研究では、乳児は流れ続ける音の中から、よく一緒に現れる音の組み合わせを拾い上げていきます。つまり、誰かに規則を説明されなくても、経験の中に繰り返し現れる規則を自分で見つけられるわけです。さらに、このような規則を見つける力は、言葉だけではなく、音楽や行動、視覚的な並びなどでも研究されています。
これは大人の学びを考えるうえでも、なかなか味わい深い話です。
私たちはつい、
「ちゃんと理解してから始めよう」
「説明を全部読んでからやろう」
と考えます。
でも人間の学習は、もっと泥くさい。
やってみる。
何度も触れる。
なんとなく違いに気づく。
「あれ、これ前にもあったぞ」となる。
そして後から、
「なるほど、こういう規則だったのか」
と名前がつくこともある。
理解してから経験するだけではなく、経験するから理解できる。
赤ちゃんは、そのことを無言で実演しています。
しかも本人はたぶん、実演しているつもりすらありません。
「繰り返し」は、脳にとってかなり大事な材料
サフランの研究からもう一つ持ち帰りたいのは、繰り返しの価値です。
同じことを何度も経験すると、
「またこれか」
と思うことがあります。
ところが脳の側からすると、この「またこれか」が大切です。
何度も現れるから、
「これは偶然ではなさそうだぞ」
と気づける。
たとえば言葉なら、ある音のあとに特定の音が繰り返し続けば、その組み合わせが一つのまとまりかもしれないと学べます。サフランの研究は、乳児がこうした出現の規則性を利用して、途切れずに流れる話し言葉から単語の候補を見つけられることを示してきました。
だから学習でも、
「一回読んだのに覚えていない。自分は向いてない」
と、すぐ裁判を開かなくていい。
脳にしてみれば、
「いや、資料一回しか来てませんけど」
という話かもしれません。
一度目は初対面。
二度目は「あれ、どこかで」。
三度目くらいから、ようやく顔と名前が一致してくる。
学びとは、しばしばそういう地味な仕事です。
赤ちゃんは「小さな受信機」ではない
サフランの研究を知ると、赤ちゃんの見え方そのものも変わります。
昔ながらの感覚では、赤ちゃんは大人から情報を受け取って、少しずつ頭の中を埋めていく存在のように見えるかもしれません。
ところが実際には、もっと能動的です。
周囲にある情報から規則を拾い、次に起こりそうなことを予想し、自分なりに世界を整理している。
サフランの現在の研究でも、乳児がパターンを追跡する仕組みと、「次に何が起きるかを予測すること」や、自ら情報を取りにいくような学習との関係が研究されています。
つまり赤ちゃんは、
「教えてもらうのを待っています」
というより、
「世界の取扱説明書、現在こちらで勝手に作成中です」
に近い。
しかも説明書の原稿用紙すら渡されていません。
なかなかの現場力です。
学びやすい環境とは、「全部説明する環境」とは限らない
ここから教育や子育てについても、少し面白い視点が出てきます。
何かを教えようとすると、私たちはつい説明を増やします。
「これはこうで、次はこうで、理由はこれで……」
もちろん説明は大切です。
でもサフランの研究を眺めていると、学ぶ側が自分で規則を発見できるような経験を用意することも大事なのではないかと思えてきます。
たとえば言葉を覚える子どもに対して、大人が一語一語について文法講義をしているわけではありません。
「わんわん、いるね」
「大きいわんわんだね」
「わんわん、走ってるね」
そんな日常の繰り返しの中で、少しずつ、
「どうやら“わんわん”という音は、この生き物と関係がありそうだ」
と世界が整理されていく。
学習環境は、必ずしも説明書で埋め尽くさなくていい。
気づけるくらい繰り返され、比べられるくらい違いがあり、試せるくらい余白がある。
そんな環境もまた、人間の学ぶ力を助けてくれるのでしょう。
「間違えないこと」より「パターンに触れ続けること」
これは大人の語学や仕事にも通じるところがあります。
新しい仕事を始めたとき、
「何をやっているのか、さっぱりわからん」
という時期があります。
一週間目。
「意味不明です」
一か月目。
「あ、この書類また来た」
三か月目。
「はいはい、この案件なら次はあそこに連絡ですね」
ある日突然、点だった経験が線になる。
誰かから説明された知識だけではなく、繰り返し経験した中からパターンが見えてくるわけです。
もちろん、乳児の実験結果をそのまま大人の仕事術に当てはめることはできません。
ただ、人間の脳が経験の規則性を利用して学ぶという視点は、
「最初から全部わからなくてもいい」
という、ちょっとした安心材料にはなります。
最初は霧の中でもいい。
何度か歩いているうちに、
「あそこに木がある」
「ここで道が曲がる」
と地図ができてくる。
学習とは、ときどきそんなものなのでしょう。
世界が少し予測できると、人はもっと先を見られる
サフランは近年、なぜ乳児がこれほど熱心に規則性を拾うのかについて、予測や「わからなさ」を減らすこととの関係にも注目しています。これはまだ研究が続いている問いですが、赤ちゃんが規則を学ぶことで、次に何が起こりそうかを予測できるようになるのではないか、という考えです。
これは考えてみると、とても人間らしい。
知らない国の駅に降りると不安です。
案内板も読めない。
電車の乗り方もわからない。
改札から人が大量に出てくる。
脳内では、
「情報量が多いです。本部、応答してください」
となる。
でも何度か利用すると、
「この色の線が地下鉄」
「ここに並べばいい」
「次はだいたいこのタイミングで電車が来る」
と規則が見えてくる。
すると世界は少し静かになります。
赤ちゃんもまた、生まれた瞬間には知らないことだらけの世界に放り込まれています。
音。
顔。
光。
声。
動き。
言葉。
全部初見です。
その巨大な「なんじゃこりゃ」の中から繰り返しを見つけ、
「これの次は、たぶんこれ」
を増やしていく。
そうやって世界は、少しずつ予測可能な場所になっていくのかもしれません。
人にはそれぞれ「学び方の道筋」がある
さらにサフランの研究は、「平均的な赤ちゃんはこう学ぶ」という話だけでは終わりません。
現在の研究では、言葉の理解にどんな個人差があるのか、経験の違いが学習にどう関係するのか、そして発達の道筋が異なる子どもたちはどのように言葉を学んでいるのか、といった問題にも取り組んでいます。発達に特性のある子どもたちの言語学習についても、他分野の研究者と共同研究が進められています。
ここも大切です。
「人間には学ぶ力がある」
と言っても、
「だから全員、同じ速さで同じように学ぶ」
という意味ではありません。
同じ道を同じ速度で歩く必要はない。
むしろ、
人間には規則を見つける力がある。でも、その力がどんな経験と結びつき、どんな形で表れるかには違いがある。
そう考えたほうが、現実の人間に近い。
学習というものを一つの物差しで測りすぎない。
これは教育を考えるうえでも、かなり大事な視点だと思います。
赤ちゃんから教わる、「わからないまま始めていい」
サフランの研究から私がいちばん持ち帰りたいのは、これです。
人間は、わからない世界の中でも学び始められる。
赤ちゃんは日本語を知らない状態で、日本語の世界にやってきます。
文法を知らない。
単語を知らない。
発音も知らない。
完全なる初心者です。
資格欄に書けるもの、ゼロ。
それでも毎日聞いているうちに、
「あ、この音はよく一緒に出てくるな」
「この声のとき、この人が来るな」
「この音のあとには、あの音が来やすいな」
と、少しずつ世界に線を引いていく。
そして何年かすると、
「今日の晩ごはん何?」
などと普通に聞いてくる。
成長、恐るべしです。
私たち大人は、新しいことを始めるとき、
「もっと勉強してから」
「自信がついてから」
「ちゃんとわかってから」
と言いがちです。
でも赤ちゃんの学び方を見ると、順番は逆なのかもしれません。
わからないから、触れてみる。
触れるから、パターンが見える。
パターンが見えるから、少しわかる。
少しわかるから、また先へ進める。
ジェニー・R・サフランの研究は、赤ちゃんがどう言葉を覚えるかを教えてくれる研究です。
でもその奥には、もっと大きな話があるように思います。
人間は、世界のすべてを説明してもらわなくても、そこに繰り返し現れる小さな手がかりを拾いながら、自分なりの地図を作っていける。
学びとは、完璧な説明書を受け取ることではない。
「なんとなく」を何度も通り抜けながら、少しずつ「わかった」に近づいていくこと。
そう考えると、「まだわからない」という状態も、ずいぶん違って見えてきます。
それは落第ではありません。
もしかするとただ、学習の一ページ目にいるだけなのです。

ジェニー・R・サフラン(Jenny R. Saffran)の論文一覧
1.『8か月の赤ちゃんは、ことばの規則を見抜ける? 音の並びから学ぶ「統計学習」』ジェニー・R・サフラン、リチャード・N・アスリン、エリッサ・L・ニューポート(1996)
Saffran, J. R., Aslin, R. N., & Newport, E. L. (1996). Statistical Learning by 8-Month-Old Infants. Science, 274(5294), 1926–1928.
DOI:10.1126/science.274.5294.1926
「赤ちゃんって、ただ音を聞いてるだけでしょ?」ところがどっこい。サフランたちは、生後8か月の赤ちゃんに、単語の切れ目がない人工的な音声をわずか2分ほど聞かせました。すると赤ちゃんは、音と音がどれくらい一緒に現れるかという“つながりのクセ”を手がかりに、言葉らしいまとまりを見分けたのです。まだ「ママ」とも言えないのに、耳の奥ではしっかりパターン探し。言葉は教え込まれるだけでなく、自分で規則を拾いながら学ばれていく。赤ちゃんの脳の底力に、思わず帽子を脱ぎたくなる一篇です。

