ジェニファー・S・ミューラー(Jennifer S. Mueller)の論文一覧:「新しいアイデア大歓迎!」と言う人たちに「ほんとですか?」と静かに聞き返した心理学者
ジェニファー・S・ミューラー(Jennifer S. Mueller)のプロフィール
ジェニファー・S・ミューラーは、ひと言で表すなら、「人は本当に新しいアイデアが好きなのか?」という、ちょっと意地悪で、とても面白い質問を研究している心理学者・経営学者です。
現在は、アメリカのサンディエゴ大学ナウス経営大学院で経営学の教授を務め、組織行動やリーダーシップなどを教えています。もともとの専門は社会心理学と発達心理学で、ブランダイス大学で博士号を取得しました。つまり、会社の数字だけを眺めている研究者というよりも、
「人間って、集団の中に入るとどう考えるんだろう?」
「新しいアイデアを出されたとき、心の中では何が起きているんだろう?」
という、人間の心理そのものをじっと観察してきた研究者です。
そして彼女の研究を知っていくと、なかなか耳の痛い話が出てきます。
たとえば会社の会議で、
「今年はもっと新しいことに挑戦しましょう!」
と上司が言ったとします。
みんなも、
「そうですね。これからは創造性が大事ですね」
とうなずく。
そこへ一人が、
「では、今まで誰もやったことのない方法を試してみませんか?」
と言う。
すると急に、
「うーん……前例はある?」
「失敗したらどうするの?」
「もう少し現実的な案はないかな」
となる。
さっきまでの「新しいこと大歓迎!」は、どこへ行ったのでしょう。
どうやら給湯室にコーヒーでも取りに行ったようです。
「創造性は大切」と言いながら、なぜ新しいものを怖がるのか
ミューラーの研究で特に知られているのが、創造的なアイデアに対する無意識の偏りを扱った研究です。
私たちは普通、「創造性は良いものだ」と考えています。
独創的な発想。
新しい商品。
誰も思いつかなかった解決方法。
こういう言葉を聞くと、なんだか未来がキラキラして見えます。
ところがミューラーたちの研究では、人は不確実さを強く感じている状況になると、創造的なアイデアに対して否定的な反応を示しやすくなり、さらには目の前にある創造的なアイデアを、創造的だと正しく評価しにくくなることさえあると示されました。
これはなかなか衝撃的です。
「斬新なアイデアが思いつかない」
という問題だけなら、発想法を勉強すればいいかもしれません。
しかし、
「斬新なアイデアが出ているのに、こちら側がそれを受け取れない」
となると話が変わってきます。
アイデアの問題ではなく、受け取る人間の心の問題になるからです。
ミューラーは、まさにこの「あれ?」の部分を研究してきました。
新しいアイデアには、少しだけ「怖さ」がついてくる
考えてみれば、創造的なアイデアというのは困った存在でもあります。
本当に新しいものなら、その先に何が起こるのか誰にも完全にはわかりません。
「これをやったら成功します」
と保証書をつけて提出できるなら、それはもう、それほど新しくないのかもしれません。
新しいものには必ず、
「どうなるかわかりません」
という小さな札がぶら下がっています。
つまり創造性と不確実さは、わりと仲良しなのです。
ところが人間は、不安なときほど「確実なもの」「説明できるもの」「前例のあるもの」に寄りかかりたくなります。
そこで、
「新しいアイデアが欲しい」
という気持ちと、
「失敗したくない」
という気持ちが、心の中で鉢合わせします。
ミューラーの研究が面白いのは、創造性を単なる「才能」の話にしなかったところです。
創造的な人がいるかどうかだけではなく、
そのアイデアを受け取る側の心理まで見なければ、本当の意味で創造性は理解できないのではないか。
そんな視点を私たちに差し出してくれます。
研究対象は「創造性」だけではない
ミューラーの研究領域は、創造性だけに限りません。
サンディエゴ大学のプロフィールでは、チームで協力することの利点と負担、創造的なアイデアや創造的な人物に対する偏りなどを研究テーマとして挙げています。また、リーダーシップやチーム、協働に影響する暗黙の思い込みにも関心を向けています。
これらは一見すると別々のテーマに見えます。
でも、少し離れて眺めると一本の糸でつながっています。
それは、
「人は、他人をどう評価するのか」
という問いです。
良いアイデアなのに評価されない。
能力があるのにリーダーらしく見えない。
協力すればうまくいくはずなのに、集団になるとかえって判断がおかしくなる。
そこには、数字ではなかなか見えない「人間の思い込み」があります。
ミューラーは、その見えない部分に懐中電灯を向けて、
「ここ、何かありますよ」
と教えてくれる研究者なのです。
名門ビジネススクールを渡り歩いてきた研究者
研究者としての経歴もかなり本格的です。
ブランダイス大学で博士号を取得した後、ペンシルベニア大学ウォートン校で助教授を務め、ニューヨーク大学スターン経営大学院やイェール大学経営大学院などでも教育・研究に携わってきました。その後、2012年にサンディエゴ大学へ移っています。
経営学の世界では、
「どうすれば企業が革新的になれるか」
「どうすれば良いリーダーを育てられるか」
「どうすればチームがうまく機能するか」
といったテーマが盛んに研究されています。
ただしミューラーの場合、その問い方が少し変わっています。
「良いアイデアを増やしましょう」
だけではなく、
「ところで私たち、良いアイデアが出てきたとき、本当にちゃんと評価できますか?」
と聞いてくる。
ここが面白い。
料理人を増やす研究ではなく、
「その料理を食べる審査員の舌、本当に信用できます?」
というところまで調べてしまうわけです。
「創造的になれ」だけでは、たぶん足りない
ミューラーは研究成果を一般向けにも紹介しており、創造的な変化をなぜ人が拒み、どうすれば受け入れられるのかを扱った著書『Creative Change』も出版しています。日本語で意味をとるなら、**「創造的な変化。なぜ私たちはそれに抵抗し、どうすれば受け入れられるのか」**といった内容の本です。
この題名だけでも、彼女の研究姿勢がよく表れています。
創造性について語るとき、私たちはつい、
「もっと自由に考えよう」
「常識を疑おう」
「失敗を恐れるな」
と言います。
もちろん、それも大切です。
ただ、人間はそんなに単純ではありません。
昨日まで、
「もっと斬新なアイデアを!」
と言っていた人が、今日ものすごく斬新な案を渡されると、
「いや、そこまで斬新じゃなくても……」
と言い出す。
人間という生き物、なかなか注文が細かい。
ミューラーの研究は、そこを責めるというより、
「そういう心のクセがあるなら、まずそれを知るところから始めませんか」
と教えてくれているように思います。
ジェニファー・S・ミューラーという研究者の面白さ
ミューラーの研究を眺めていると、「創造性」という言葉の見え方が少し変わります。
創造性とは、天才が一人でピカーンとひらめけば完成するものではありません。
誰かが新しいアイデアを考える。
それを誰かが聞く。
「よくわからないな」と思う。
少し怖くなる。
それでも、
「ちょっと待って。よくわからないからこそ、もう少し聞いてみよう」
と思えるかどうか。
そこまで含めて、創造性なのかもしれません。
新しいものが生まれるためには、考える勇気だけではなく、受け取る勇気も必要なのです。
ジェニファー・S・ミューラーは、その「受け取る側」の心を長年研究してきた人物です。
「新しいアイデアが出ないんですよね」
と悩む会社の会議室に彼女がいたなら、もしかするとこんなことを聞くかもしれません。
「本当に出ていないのでしょうか。それとも、出てきた瞬間に『それはちょっと……』と追い返していませんか?」
創造性の入口には、案外、大きな鍵がかかっているわけではありません。
そこにあるのは、
「わからないものを、もう少しだけ見てみる」
という小さな扉なのかもしれません。
ミューラーの研究は、その扉の前で腕組みしている私たちに、
「鍵、あなたが持っていますよ」
と教えてくれる研究なのです。
参考文献・確認先:サンディエゴ大学:Jennifer S. Mueller 公式プロフィール / Google Scholar:Jennifer S. Mueller 論文・引用情報 / PubMed:Jennifer S. Mueller 関連論文

ジェニファー・S・ミューラー(Jennifer S. Mueller)の研究から学べること
ジェニファー・S・ミューラーの研究を読んでいると、創造性についての見方が少し変わってきます。
私たちは「創造性」と聞くと、つい、
「どうすれば面白いアイデアを思いつけるのか?」
という方向へ考えます。
発想法を勉強しよう。
頭を柔らかくしよう。
付箋をいっぱい貼ろう。
会議室の壁が黄色とピンクの紙で埋まり、「なんだか革新的なことをしているぞ」という雰囲気になる。
もちろん、それも悪くありません。
でもミューラーは、もっと手前にある問題を見つけました。
そもそも私たちは、本当に新しいアイデアを歓迎しているのでしょうか。
ここです。
「新しいアイデアが出ない」のではなく、もしかすると、
「新しいアイデアが出た瞬間に、こちらが怖くなって追い返している」
のかもしれない。
この視点は、仕事だけでなく、私たちの日常にもかなり大切なことを教えてくれます。
「新しいものが好き」と「新しいものを受け入れられる」は別の話
ミューラーたちの有名な研究では、人は口では創造性を評価していても、不確実さを減らしたい気持ちが強くなると、創造的なものに対して否定的な反応を持ちやすくなることが示されています。
さらに厄介なのは、その偏りによって、目の前にある創造的なアイデアを「創造的だ」と認識することまで難しくなる可能性が示されたことです。
これは、なかなか人間らしい話です。
たとえば会社で、
「今年は前例にとらわれず、新しいことに挑戦しましょう!」
という方針が発表されたとします。
拍手。
そして翌日の会議。
「今までとはまったく違う方法を考えてみました」
「前例は?」
「ありません」
「成功する保証は?」
「ありません」
「……もう少し無難な案も出してみようか」
昨日の拍手、返してください。
でも、これは誰かが意地悪だから起きるとは限りません。
新しいものには、結果がわからないという性質がついているからです。
本当に新しいアイデアなら、「絶対にうまくいきます」と証明することは難しい。
だから創造性は、どうしても不確実さを連れてやってきます。
新しいアイデアが玄関から入ってくると、その後ろから「で、失敗したらどうするの?」という人物まで一緒についてくる。
そこで私たちの心は、
「創造性は欲しい。でも不安はいりません」
と言いたくなる。
ところが、その二つはセット販売だったりするわけです。
学べること① 「不安だから悪い案」とは限らない
ここから私たちが学べる一つ目のことは、とてもシンプルです。
「不安を感じる案」と「悪い案」は同じではない。
これは覚えておいて損のない考え方だと思います。
仕事でも人生でも、新しい選択肢を前にすると不安になります。
転職する。
新しい企画を始める。
知らない人に会う。
今までとは違う方法を試してみる。
ブログを始める。
動画を投稿する。
新しい趣味を始める。
すると頭の中から、非常に勤勉な心配係が出勤してきます。
「失敗したら?」
「笑われたら?」
「時間の無駄だったら?」
この心配係、頼んでもいないのに皆勤賞です。
でもミューラーの研究から考えると、ここで少し注意した方がいい。
私たちが、
「なんとなく嫌だな」
「ちょっと怖いな」
と感じたことと、
「その案には価値がない」
という判断は、本来別のものだからです。
つまり新しい案を評価するときには、
「これは本当に悪い案なのか。それとも私は、先が読めないことを嫌がっているだけなのか?」
と自分に問いかけてみる。
この一呼吸だけで、判断はずいぶん変わるかもしれません。
学べること② 「前例がある」は安心材料であって、品質保証書ではない
私たちは前例が大好きです。
「他社でもやっています」
と言われると、なぜか急に安心します。
反対に、
「誰もやっていません」
と言われると、
「なぜ誰もやっていないんだ……」
と腕を組み始めます。
もちろん前例を調べることは大切です。
しかし、
前例があることと、その方法が優れていることは同じではありません。
逆に、前例がないからといって価値がないとも限りません。
ミューラーは、組織の中で創造的なアイデアがどのように認識され、評価されるのかという問題も研究しています。彼女の研究全体を眺めると、「良いアイデアを生み出す能力」だけでなく、良いアイデアを良いアイデアとして見抜く側の能力も重要だという視点が浮かんできます。
これは仕事の会議でも使えます。
アイデアが出たら、いきなり、
「できる・できない」
だけで判断しない。
まず、
「この案の面白いところはどこだろう?」
「これまでと何が違うんだろう?」
と見る。
そのあとで現実性を考える。
この順番が大事なのかもしれません。
生まれたばかりのアイデアに、いきなり住宅ローンの審査みたいな厳しさを求めたら、そりゃあ大半は落ちます。
アイデアにも幼少期があります。
最初から完成品で生まれてくる必要はありません。
学べること③ アイデアを出す力だけでなく、「育てる力」が必要
創造性というと、「思いつく人」が主役になりがちです。
「あの人はアイデアマンだよね」
なんて言います。
でも、ひらめきだけでは何も変わりません。
誰かが、
「こんなのどうでしょう?」
と言ったとき、
「くだらない」
で終われば、そこで終了です。
一方で、
「そのままでは難しいけれど、この部分は面白いね」
と言える人がいたら、アイデアはもう少し生きられます。
つまり創造性とは、
思いつく力だけではなく、新しいものがすぐ死なない環境をつくる力でもある。
ミューラーは、チームで協力することの利点と負担、創造的なアイデアや創造的な人物への評価、リーダーシップなども研究しています。
そこから日常に持ち帰れるのは、
「良いチームとは、天才がいるチームではなく、未完成な考えを少し置いておけるチームなのかもしれない」
という視点です。
「それ無理」
ではなく、
「どこなら使える?」
「何を変えればできる?」
「もう少し聞かせて」
と言える。
たったこれだけで、会議室の空気はかなり変わります。
新しいアイデアというのは、強そうに見えて意外と繊細です。
登場して三秒で、
「現実的じゃないね」
と言われると、そのまま静かに帰宅してしまいます。
学べること④ 自分自身のアイデアにも、すぐ判決を下さない
ミューラーの研究は、人から出されたアイデアを評価するときだけでなく、自分自身との付き合い方にも応用できると思います。
私たちは案外、自分のアイデアに厳しい。
「こんなことやってみたいな」
と思った直後に、
「いや無理だろ」
「誰が見るんだよ」
「今さら遅い」
「もっと才能のある人がやることでしょ」
と、自分の中の審査委員会が開会されます。
しかも審査委員長も委員も書記も全部自分。
満場一致で否決。
会議時間、約八秒。
でも、新しいことを考えた直後には、まだ情報が足りません。
ならば、
判断を少しだけ延期してみる。
「やる」と決めなくてもいい。
「やらない」と決めるのも、まだ早い。
とりあえず、
「面白そうだからメモしておこう」
くらいでいい。
創造性を守る方法は、「何でも実行すること」ではありません。
可能性がまだ小さいうちに踏みつぶさないことなのです。
この考え方は、かなり生活を楽にしてくれる気がします。
学べること⑤ 変化への抵抗を「性格が悪い」で片づけない
ここもミューラーの研究から学びたいところです。
新しい案に反対する人を見ると、
「あの人は頭が固い」
「変化を嫌う人なんだ」
と思いたくなります。
でも、人が新しいものを拒む背景には、不確実さへの不安が関係している場合があります。ミューラーらの研究では、不確実さを減らしたい動機が強まった状況で、創造性への否定的な偏りが現れることが示されました。
だとすれば、変化を進めたいとき、
「新しいんだから受け入れてください!」
と押すだけでは足りないのかもしれません。
むしろ、
「何が不安ですか?」
「どこまでなら試せそうですか?」
「失敗した場合はどう戻せますか?」
と、不確実さを少しずつ小さくする。
これはとても人間的な方法です。
変化に抵抗している人を悪者にするのではなく、
その人が何を怖がっているのかを見る。
そうすると、
「反対している人」
だった人が、
「安心材料を必要としている人」
に見えてきます。
これは組織だけでなく、人間関係にも使える見方ではないでしょうか。
創造性とは「変なことを思いつく才能」ではない
ミューラーの研究を通して考えていくと、創造性という言葉がずいぶん人間くさく見えてきます。
創造性とは、天才だけが持っている特殊能力ではない。
何かを思いつく人がいて、
それを受け取る人がいて、
「よくわからないけど、もう少し考えてみよう」
と言える余白があって、
そこで初めて新しいものが育っていく。
つまり創造性に必要なのは、
ひらめく勇気と、わからないものをすぐ追い返さない勇気。
この二つなのかもしれません。
私たちは「新しいことに挑戦したい」と思いながら、同時に「失敗したくない」とも思います。
それでいいのだと思います。
人間ですから。
未来が全部わかってから進みたい。
地図も欲しい。
口コミも読みたい。
できれば星4.7以上でお願いしたい。
でも、本当に新しい道にはまだ口コミがありません。
誰かが最初に歩くしかない。
だからこそミューラーの研究は、創造性についてこんな問いを私たちに残してくれているように思えます。
「そのアイデア、本当にダメなのでしょうか。それとも、まだ見慣れていないだけでしょうか?」
仕事でも、人生でも、自分自身についてでも。
「なんだか怖いから却下」の判子を押す前に、少しだけ机の上に置いて眺めてみる。
その小さな猶予から、意外と面白い未来が始まるのかもしれません。

ジェニファー・S・ミューラー(Jennifer S. Mueller)の論文一覧
1.『時間に追われると、ひらめきは消えるのか?:組織における時間的プレッシャーと創造性を追った縦断的フィールド研究』テレサ・M・アマビール、ジェニファー・S・ミューラー、ウィリアム・B・シンプソン、コンスタンス・N・ハドリー、スティーブン・J・クレイマー、リー・フレミング(2002)
Amabile, T. M., Mueller, J. S., Simpson, W. B., Hadley, C. N., Kramer, S. J., & Fleming, L.(2002). Time Pressure and Creativity in Organizations: A Longitudinal Field Study. Harvard Business School Working Paper, No. 02-073. DOI:なし
「締切があるほうが、追い込まれていいアイデアが出る!」……本当にそうでしょうか。アマビールたちは、企業で働く177人を長期間追いかけ、時間的なプレッシャーと創造性の関係を調べました。すると見えてきたのは、時間に追われるほど創造性が高まる、という単純な話ではないということ。むしろ強い圧力は、じっくり考え、寄り道し、アイデアを育てる余白を奪うことがあります。締切は創造性のガソリンなのか、それともブレーキなのか。仕事の「急いで!」を疑いたくなる一篇です。

