ジェナ・R・シムコウスキー(Jenna R. Shimkowski)の論文一覧:親子の会話から夫婦の沈黙まで。言いたい気持ちと黙りこむ心を、そっと追いかけるコミュニケーション心理学さんぽ
ジェナ・R・シムコウスキー(Jenna R. Shimkowski)のプロフィール
ジェナ・R・シムコウスキーさんは、現在は ジェナ・ラフレニエール(Jenna LaFreniere) という名前で活動している、アメリカのコミュニケーション研究者です。テキサス工科大学のメディア・コミュニケーション学部で准教授を務めており、専門は「対人コミュニケーション」と「家族コミュニケーション」。つまり、人と人がどう話し、どうすれ違い、どう仲直りしたり、あるいは沈黙の沼にズブズブ沈んでいったりするのかを研究している先生です。
彼女の研究テーマをざっくり言うと、「家族の会話って、思っている以上に心へ効くよね」という世界です。親のケンカ、離婚についての打ち明け話、親子の会話、夫婦間の要求と沈黙のパターンなど、家庭内で起こる“言葉の交通渋滞”をていねいに観察しています。たとえば、親が子どもに離婚や夫婦関係の話をどのように伝えるか、それが若者の心の健康や感情の整理にどう関わるか、といったテーマを扱っています。
シムコウスキーさんのおもしろいところは、「会話がうまい人は明るくペラペラ話す人」という単純な話ではなく、「黙る」「言い返せない」「聞きすぎて苦しくなる」「親の話に巻き込まれる」といった、日常の小さな心の引っかかりを研究対象にしているところです。家庭の会話は、ときにリビングに置かれた見えない配線のようなもの。どこかが絡まると、家族全体の空気がチカチカしはじめます。彼女はその配線を、ハサミでぶった切るのではなく、一本ずつほどいていくタイプの研究者と言えそうです。
教育面では、対人関係のコミュニケーション、コミュニケーション理論、少人数グループでの話し合い、仕事での話し方、看護におけるコミュニケーションなどを教えています。学生には、コミュニケーションを「ただのおしゃべり」ではなく、自分を表現し、人間関係を形づくり、仕事や人生を前に進めるための大事な道具として学んでほしい、という考えを持っているようです。
また、彼女はテキサス州ダラス出身で、ノーステキサス大学、テキサス・クリスチャン大学、デンバー大学でコミュニケーション学を学んだと紹介されています。研究室にこもって難しい理論だけをこね回すというより、「家族の会話」「恋人とのすれ違い」「仕事での伝え方」など、かなり生活に近いテーマを扱う研究者です。会話の世界の名探偵というより、家庭のテーブルの上に落ちた小さなため息まで拾い上げる“心の聞き耳職人”という感じですね。
代表的な研究には、夫婦や親の間で起こる「片方が求め、もう片方が黙って引く」会話パターンの分析、親の不適切な打ち明け話が若者の感情調整や考え込みに与える影響、親の離婚についての会話が子どもの「板挟み感」にどう関係するか、といったものがあります。どれも、家庭の中で「まあ、よくあること」で済まされがちな会話の影響を、ちゃんと研究の虫めがねで見つめ直しているところが魅力です。
参考文献・確認先:Texas Tech University:Jenna LaFreniere 公式プロフィール / Google Scholar:Jenna R. Shimkowski 論文・引用情報 / ResearchGate:Jenna R. Shimkowski 研究業績 / PubMed:Jenna R. Shimkowski 関連論文検索

ジェナ・R・シムコウスキー(Jenna R. Shimkowski)の研究から学べること
ジェナ・R・シムコウスキー(Jenna R. Shimkowski)の研究から学べることは、ひとことで言うと、「家族の会話は、ただの雑談ではなく、その人の感情の扱い方や人間関係の作り方に、じわじわ染み込んでいく」ということです。
シムコウスキーさんは、家族のコミュニケーション、親子関係、感情の調整、人間関係の中での話し合い方などを研究しているコミュニケーション研究者です。たとえば、家族の会話のあり方が、大学生の感情を抑え込む傾向や、お酒を使って気分をまぎらわせる行動とどう関わるかを調べた研究があります。また、親が子どもに対して不適切に個人的な話を打ち明けることが、若者の感情調整やぐるぐる考え続ける傾向にどう影響するかも研究しています。
これ、かなり生活に近い話です。家族の会話って、特別な会議だけではありません。「今日どうだった?」「早くしなさい」「なんでそんな言い方するの」「まあ、食べなさい」みたいな、毎日の小さなやりとりです。けれど、その小さな言葉が、心の土に水をやったり、逆にカチカチに固めたりすることがあります。家族の会話は、心の家庭菜園みたいなものです。トマトも育てば、なぜか雑草も育ちます。油断すると、沈黙という名のツルがフェンスを越えてきます。
シムコウスキーさんの研究からまず学べるのは、「感情を出せる家庭」と「感情をしまい込む家庭」では、子どもや若者の心の動きが変わる可能性がある、ということです。もちろん、家庭ごとに事情がありますし、「よく話す家庭が全部よい」「静かな家庭が全部悪い」という単純な話ではありません。ただ、気持ちを話しても頭ごなしに否定されない、困ったときに相談しても笑われない、失敗を話してもすぐ裁判が始まらない。そういう空気は、人の感情の扱い方に影響します。
たとえば、何かつらいことがあったときに、家で「そんなことで落ち込むな」「気にしすぎ」「泣くな」と返され続けると、人はだんだん感情を押し入れにしまうようになります。最初はきれいに畳んで入れたつもりでも、押し入れには限界があります。そのうち、怒りの布団、悲しみの毛布、不安の座布団がぎゅうぎゅうになり、ある日ドサッと崩れてくる。心の押し入れ、なかなか危険です。
逆に、「それは嫌だったね」「どう感じたの?」「一緒に考えよう」と受け止められる経験があると、人は自分の気持ちに名前をつけやすくなります。「私は今、怒っているんだな」「本当は悲しかったんだな」「怖かったから強い言い方になったんだな」と、自分の中の感情を少し整理できるようになります。これは、心の引き出しにラベルを貼るようなものです。中身がわかると、必要なときに取り出せます。
シムコウスキーさんの研究で面白いのは、「感情を抑え込むこと」が、別の行動につながる可能性にも目を向けているところです。大学生を対象にした研究では、家族の会話の型、感情表現の抑制、そして気分をまぎらわせるための飲酒との関係が扱われています。つまり、感情をうまく言葉にできないと、人は別の方法で気分を処理しようとすることがある、ということです。
これは、お酒に限った話ではありません。食べすぎる、買い物をしすぎる、スマホを見続ける、寝る直前まで動画を流す、ずっと忙しくして考えないようにする。人は、感情に名前をつけられないと、別の出口を探します。心が「この気持ちをどこに置けばいいのですか」と困っているのに、言葉の棚が見つからない。すると、とりあえず冷蔵庫を開けたり、通販サイトを開いたり、動画アプリを開いたりします。心の避難先が、なぜか毎回スマホになる問題です。
もちろん、それらが全部悪いわけではありません。おいしいものを食べることも、動画で笑うことも、休憩としては大切です。でも、本当は悲しいのに、悲しいと言えないまま別の行動でふたをし続けると、根っこの気持ちは残ります。鍋のふたを押さえても、火が強いままだと中身はぐつぐつします。大事なのは、ふたを押さえ込むことではなく、火加減を見ることです。
さらにシムコウスキーさんは、親が子どもに対して「本来なら子どもが背負わなくていい話」を打ち明けることの影響にも関わっています。たとえば、夫婦関係の不満、家族内の重い問題、親自身の感情を、子どもに過度に背負わせてしまうような会話です。研究では、そうした親の不適切な打ち明けが、若者の感情調整の難しさや、同じことを何度も考え続ける傾向と関連することが扱われています。
これは、とても繊細で大切な話です。親も人間です。疲れるし、悩むし、誰かに聞いてほしいときがあります。そこは責める話ではありません。ただ、子どもは親の相談役になるには、まだ心のリュックが小さい場合があります。そこに大人用の荷物をどさっと入れられると、歩き方がぎこちなくなります。子どもは「自分がなんとかしなきゃ」と思ってしまうことがあります。これは、親子の役割が少し入れ替わってしまう状態です。
家族の会話で大事なのは、「話すこと」と「背負わせること」を分けることです。話すことは大切です。でも、相手の年齢や立場に合った形で話す必要があります。たとえば、「お母さんも今日は疲れているから、少し休むね」は伝えてもよい言葉です。でも、「あなたのお父さんは本当にひどい。あなたは私の味方だよね」となると、子どもは家庭内の審判席に座らされてしまいます。笛も持っていないのに、試合を裁けと言われるようなものです。これはしんどいです。
ここから学べるのは、コミュニケーションは「量」だけでなく「役割」が大事だということです。たくさん話せばよいわけではありません。何を、誰に、どのくらい、どんな形で話すのか。そこに配慮が必要です。会話は料理と同じで、材料がよくても、量と火加減を間違えると胃もたれします。
職場や支援の現場でも、シムコウスキーさんの研究は役立ちます。人が感情を言えずに抱え込んでいるとき、「なんで言わないの?」と責めるだけではうまくいきません。その人は、これまで「言っても受け止めてもらえなかった」「言うと怒られた」「言うと面倒なことになった」という経験を持っているかもしれません。感情を出さないのは、性格というより、身につけてきた防御方法かもしれないのです。
だから、誰かに気持ちを話してほしいなら、まず「話しても大丈夫な空気」を作る必要があります。いきなり心のドアをドンドン叩いて、「開けてください!」と叫んでも、相手は鍵を二重にします。必要なのは、ドアの前に小さな灯りを置くことです。「急がなくていいですよ」「言える範囲で大丈夫です」「否定せずに聞きますよ」という空気です。
日常に活かすなら、まず自分の感情を抑え込みすぎていないかを見てみるとよいです。「平気です」が口ぐせになっていないか。「大丈夫です」の裏で、心が机の下に隠れていないか。「別に」と言いながら、内側で感情の鍋が吹きこぼれていないか。自分に問いかけてみるだけでも、心の風通しが少し変わります。
誰かと話すときには、「相手の感情をすぐ直そうとしない」ことも大切です。相手が「つらかった」と言ったとき、すぐに「こうすればいいよ」と解決策を出したくなります。人間、助言のフライ返しをすぐ握ります。でも、まずは「それはつらかったね」と受け止める。感情は、解決される前に、認められたいことがあります。迷子が地図をもらう前に、「怖かったね」と言ってほしいのと同じです。
ジェナ・R・シムコウスキーの研究からたどりつく学びは、とても人間的です。
家族の会話は、心の学校です。そこで私たちは、気持ちを言ってもよいのか、我慢すべきなのか、人に頼ってよいのか、自分ひとりで抱えるべきなのかを学んでいきます。だからこそ、家庭でも職場でも、人との関係でも、「気持ちを安全に言葉にできる場」を作ることが大切です。
感情は、言葉にされないまま消えるとは限りません。むしろ、出口をなくすと、別の形で顔を出すことがあります。だから、感情を押し込めるより、少しずつ言葉にする。相手の感情を裁くより、まず受け止める。重すぎる話は、背負わせる相手を選ぶ。
会話は、ただ情報を運ぶだけのベルトコンベアではありません。人の心を軽くしたり、逆に重くしたりする、不思議な乗り物です。だからこそ、今日のひと言にも力があります。
「どうしたの?」
「それは大変だったね」
「言えるところからでいいよ」
「一緒に考えよう」
こういう言葉は、派手ではありません。でも、心の中でからまった糸を少しゆるめてくれます。シムコウスキーさんの研究は、そんな日常の会話の大切さを、そっと照らしてくれる研究だと思います。

ジェナ・R・シムコウスキー(Jenna R. Shimkowski)の論文一覧
1.『話し合いたい人、逃げたくなる人。関係をすれ違わせる“要求/撤退パターン”と、その心・関係・会話への影響を読み解くメタ分析レビュー』ポール・シュロット、ポール・L・ウィット、ジェナ・R・シムコウスキー(2014)
Schrodt, P., Witt, P. L., & Shimkowski, J. R. (2014). A Meta-Analytical Review of the Demand/Withdraw Pattern of Interaction and Its Associations with Individual, Relational, and Communicative Outcomes. Communication Monographs, 81(1), 28–58. DOI: 10.1080/03637751.2013.813632
「ねえ、ちゃんと話して!」と言う人と、「今その話したくない……」と心のシャッターをガラガラ閉める人。この論文は、そんな会話の追いかけっこ「要求・回避パターン」を、過去の研究をまとめて大調査したものです。夫婦や家族、恋人の間でこのパターンが続くと、関係満足度が下がったり、心のしんどさが増えたりすることも。まるで会話の鬼ごっこ、でも笑ってばかりもいられない。沈黙の奥にある心の仕組みをのぞきたくなる一本です。

