ジャン=フィリップ・ロランソー(Jean-Philippe Laurenceau)の論文一覧:その会話、心の距離を縮めていますか?を本気で調べた論文たち
ジャン=フィリップ・ロランソー(Jean-Philippe Laurenceau)のプロフィール
ジャン=フィリップ・ロランソーは、ひとことで言うと、「人と人がどうやって親しくなるのか」を、ふわっとした恋バナで終わらせず、かなり本気で研究してきた心理学者です。いまはアメリカのデラウェア大学で、社会科学の冠付き教授職を務める心理学の教授で、あわせて医療機関のがん研究センターでも上級研究員として活動しています。大学で心を研究しつつ、医療の現場にも足をかけているあたり、机の上だけの学者ではなく、「人がしんどいとき、関係のなかで何が支えになるのか」を現実の場面で考えている人だな、という感じがします。
学歴としては、コーネル大学を優秀な成績で卒業し、その後ペンシルベニア州立大学で修士号と博士号を取得しています。つまり、研究者としての土台もしっかり積み上げてきたタイプです。しかも現在の専門は、恋愛関係、結婚、新婚夫婦、夫婦療法、離婚といった、なかなか人生の温度が高いテーマばかりです。研究テーマだけ見ると、「人の心の静かな図書館」というより、「感情の揺れるリビング」をのぞいている人ですね。
ロランソーのおもしろいところは、「親密さって大事ですよね」で終わらないところです。たとえば、恋人や夫婦が毎日のやりとりの中で、どれだけ自分の気持ちを話すか、相手がそれをどう受けとめるか、そして“ちゃんとわかってもらえた感じ”があるか。そういう、会話のなかにひそむ小さな橋を丁寧に調べています。専門分野としては、親密な関係の過程、心理療法、そして変化の流れを細かくとらえる統計的な方法にも関心があると紹介されています。
さらに、がんと向き合う夫婦の研究にも取り組んでいて、乳がんを抱える女性とそのパートナーの日々の生活を電子日記で追う研究も行ってきました。これはもう、「愛は大事」という大きな看板を掲げるだけでなく、「つらい毎日の中で、支え合いはどう動くのか」をかなり地道に見ているわけです。派手さはないけれど、こういう研究者がいるからこそ、親密さという言葉がポエムではなく、ちゃんと学問になるのだと思います。
要するに、ジャン=フィリップ・ロランソーは、「人間関係は気合いではなく、やりとりの積み重ねでできている」ということを、恋愛や夫婦関係、さらには病気と向き合う場面まで含めて見つめてきた研究者です。心を開く人だけでなく、それを受けとめる相手の反応までちゃんと見ようとする。そこが、この人の研究のいちばん味わい深いところです。恋愛研究者というより、「親しさが生まれる瞬間の設計図」を読もうとしている人、と言うと少し伝わりやすいかもしれません。
参考文献・確認先: University of Delaware:Jean-Philippe Laurenceau 公式プロフィール / University of Delaware Expert Profile:J.P. Laurenceau / Google Scholar:Jean-Philippe Laurenceau 論文・引用情報 / PubMed:Jean-Philippe Laurenceau 関連論文 / ORCID:Jean-Philippe Laurenceau 研究者ID

ジャン=フィリップ・ロランソー(Jean-Philippe Laurenceau)の研究から学べること
ジャン=フィリップ・ロランソー(Jean-Philippe Laurenceau)の研究から学べることは、ひとことで言うと、「親密さは、いきなり生まれる奇跡ではなく、“話すこと”と“受け止められること”の小さな積み重ねで育つ」ということです。
ロランソーさんは、親しい人間関係、夫婦・恋人関係、心の開示、相手の反応、日々の会話などを研究している心理学者です。特に有名なのが、親密さを「人と人のやりとりの中で生まれるもの」として考える研究です。1998年の研究では、自分のことを打ち明けること、相手も自分のことを話すこと、そして何より「相手が自分を理解し、大切に受け止めてくれた」と感じることが、親密さと関係していると示されています。
これ、かなり日常的な話です。親密さというと、なんとなく映画みたいなものを想像しがちです。夕焼けの海辺で見つめ合う。雨の中で本音を叫ぶ。音楽が盛り上がる。はい、ロマンのフルコースです。でも現実の親密さは、もっと地味です。むしろ、台所でお茶を飲みながら「今日ちょっと疲れたわ」と言ったときに、「そっか、何があったの?」と返してもらえる。そういう小さなやりとりの中で育ちます。
つまり、親密さは打ち上げ花火ではなく、炊飯器です。毎日じんわり温めるものです。派手ではありません。でも、ないと生活がちょっと寒い。
ロランソーさんの研究からまず学べるのは、「話すこと」だけでは足りないということです。自分の気持ちを話すことは大切です。でも、ただ話せば親密になるわけではありません。問題は、その話がどう受け止められるかです。
たとえば、あなたが「最近ちょっと不安で」と話したとします。そこで相手がスマホを見ながら「へえ、大変だね」と返したらどうでしょう。言葉としては否定していません。でも、心にはあまり届きません。まるで、手紙を出したのに郵便受けの前で雨ざらしになっている感じです。
一方で、「そうなんだ。どんなときに不安になるの?」と、ちゃんとこちらを向いて聞いてくれたらどうでしょう。自分の言葉が相手の中に入った感じがします。「あ、自分は今、ひとりでしゃべっているわけではないんだ」と感じられる。これが親密さの入口です。
ロランソーさんたちの研究では、「相手が反応してくれていると感じること」が親密さの中心に置かれています。ここでいう反応とは、ただ返事をすることではありません。相手が自分を理解してくれる、認めてくれる、気にかけてくれる、と感じられる反応です。親密さの研究では、自己開示と相手の応答性が重要な要素として扱われています。
これを会話に置き換えると、親密さを育てる返事には、だいたい三つの成分があります。
「わかろうとすること」
「大切に扱うこと」
「相手の気持ちに反応すること」
たとえば、「仕事で失敗して落ち込んだ」と言われたときに、「次から気をつければいいじゃん」で終わると、解決としては正しいかもしれません。でも、気持ちは置いてけぼりです。心の荷物がまだ玄関に残っています。
一方で、「それは落ち込むね。どのあたりが一番つらかった?」と返すと、相手は「この人は、出来事だけでなく自分の気持ちも見てくれている」と感じやすくなります。これは、心に座布団を出すような返事です。「まあ、ここに座って話してください」という空気が生まれます。
ここから学べるのは、会話では「正しい答え」より「受け止め方」が大事な場面がある、ということです。人は、いつも解決策を求めて話しているわけではありません。ときには、「この気持ちを一緒に持ってほしい」と思って話しています。なのに、相手がすぐ解決策の工具箱を持ってくると、「いや、今はドライバーではなく、毛布がほしいんです」となるわけです。
もちろん、解決策が必要なときもあります。でも順番が大切です。まず受け止める。それから一緒に考える。料理で言えば、いきなり強火にしないことです。まず鍋を置く。材料を見る。火加減を考える。会話にも火加減があります。
ロランソーさんの研究は、日々の小さなやりとりにも注目しています。親密さは、一回の大告白だけで決まるものではありません。「今日どうだった?」「疲れてそうだね」「それはうれしかったね」「それは嫌だったね」といった、日々の会話の中で少しずつ育っていきます。1998年の研究では、参加者が日々の社会的なやりとりのあとに記録する方法を使い、実際の生活の中で親密さがどう生まれるかを調べています。
これ、すごく大事です。親密さは、記念日だけで育つわけではありません。誕生日プレゼントも大切です。旅行も大切です。でも、それだけで日々の雑な扱いが帳消しになるわけではありません。毎日冷たいのに、年一回だけ高級ディナーで挽回しようとすると、関係の会計が合わなくなります。心の領収書は、けっこう細かいのです。
親密さを育てるのは、日々の「小さな反応」です。
相手が話したとき、顔を向ける。
相手の喜びに、少し身を乗り出す。
相手の不安に、すぐ否定せず耳を傾ける。
相手の本音を、冗談で茶化しすぎない。
「そんなことで?」と言わず、「そう感じたんだね」と受け止める。
これらは派手ではありません。でも、関係の土をふかふかにします。人間関係は畑みたいなものです。年に一回の豪華な肥料より、毎日の水やりが効くことがあります。
また、ロランソーさんの研究からは、「自己開示は量より質が大事」ということも見えてきます。何でもかんでも話せばいいわけではありません。初対面でいきなり人生の全履歴を開示されたら、相手は心の靴を履く前に山登りに連れて行かれたような気持ちになります。親密さには段階があります。
小さく話して、受け止められる。
相手も少し話す。
またこちらも少し深いことを話す。
そして、「この人は大切に扱ってくれる」と感じる。
この積み重ねです。親密さは、心の階段です。エレベーターで最上階まで直行しようとすると、耳がキーンとなります。少しずつ上るほうが安心です。
ここで注意したいのは、「相手に話せない自分はダメ」と思わなくていいことです。人によって、話す速度は違います。すぐに本音を話せる人もいれば、時間がかかる人もいます。大切なのは、自分を無理にこじ開けることではありません。安全だと感じられる関係の中で、少しずつ言葉にできることを増やしていくことです。
支援や職場でも、この考え方は役立ちます。利用者さんや相談者さん、部下や同僚が本音を話してくれないとき、「なぜ話さないの?」と急かすだけではうまくいきません。本音は、引き出しの奥にある大事な書類みたいなものです。相手が「この人になら見せても大丈夫」と感じて初めて、少しずつ出てきます。
そのためには、こちらの反応が大切です。相手が小さな気持ちを話してくれたとき、雑に扱わないことです。小さな開示を大切に受け止めると、「もう少し話してもいいかもしれない」という気持ちが生まれます。逆に、そこで否定したり、笑ったり、すぐ説教したりすると、心の扉はそっと閉まります。閉まる音は小さいですが、次に開けるのはけっこう大変です。
ロランソーさんの研究から日常に持ち帰れる知恵は、かなりシンプルです。
親密さを育てたいなら、「何を話すか」だけでなく、「どう受け止めるか」を大事にすることです。
相手が喜びを話してきたら、流さない。
相手が不安を話してきたら、すぐ直そうとしない。
相手が弱さを見せてきたら、評価せずに受け止める。
自分が話すときも、少しずつ、無理のない範囲で本音を出してみる。
これだけで、会話の質は変わります。親密さは、特別な才能ではありません。反応の練習です。相手の言葉をキャッチして、「ちゃんと受け取りましたよ」と返す練習です。キャッチボールで、相手が投げたボールを毎回地面に落としていたら、相手はだんだん投げなくなります。でも、ちゃんと受け取って返すと、少しずつ距離が縮まります。
ジャン=フィリップ・ロランソーの研究からたどりつく学びは、とてもあたたかく、現実的です。
人と親しくなるには、すごい言葉はいりません。
完璧な助言も、ドラマチックな演出も、毎回の名言もいりません。
必要なのは、相手の言葉を大切に受け取る姿勢です。
「それで、どう感じたの?」
「それは大変だったね」
「話してくれてありがとう」
「もう少し聞かせて」
こういう言葉は、地味です。でも、心の扉の蝶番に油をさすような働きをします。きしんでいた扉が、少し開きやすくなる。
親密さとは、相手の心に土足で入り込むことではありません。玄関で靴をそろえ、「入ってもいいですか」と尋ねることです。そして、相手が少しだけ扉を開けてくれたら、そのすき間を大切にすることです。
ロランソーさんの研究は、私たちに教えてくれます。人と人との距離は、一気に縮めるものではない。日々の会話の中で、話し、聞き、受け止め、また話す。その小さな往復の中で、少しずつ近づいていくものなのだと。
つまり、親密さは心の豪邸ではなく、毎日の会話で建てる小さな家です。柱は本音、屋根は安心、窓は反応。そこに温かいお茶があれば、もうかなりいい関係です。

ジャン=フィリップ・ロランソー(Jean-Philippe Laurenceau)の論文一覧
1.『親密さは、人と人とのやりとりの中で育つ――自分を語ること、相手が語ってくれること、そして「ちゃんと受けとめてもらえた」と感じることの大切さ』ジャン=フィリップ・ロランソー、リサ・フェルドマン・バレット、ポーラ・R・ピエトロモナコ(1998)
Laurenceau, Jean-Philippe, Barrett, Lisa Feldman, & Pietromonaco, Paula R. (1998). Intimacy as an Interpersonal Process: The Importance of Self-Disclosure, Partner Disclosure, and Perceived Partner Responsiveness in Interpersonal Exchanges. Journal of Personality and Social Psychology, 74(5), 1238-1251. DOI: 10.1037/0022-3514.74.5.1238
この論文、ひとことで言うと「親密さは、ただ自分のことを話せば育つわけじゃない」という話です。学生たちのやりとりを日記のように追いかけてみたところ、自分が心を開くことに加えて、相手も話してくれること、そして何より「ちゃんと受けとめてもらえた」と感じることが、親しさをぐっと深めていました。つまり親密さは一人芝居ではなく、会話のキャッチボール。話した量より、心がちゃんと着地したかが大事なんだなあと、しみじみ思わせてくれる一本です。

