ジェイソン・リース(Jason Riis)の論文一覧:人が「月曜から本気を出す」と言う、その月曜を研究室で待ち伏せした行動科学者
ジェイソン・リース(Jason Riis)のプロフィール
ジェイソン・リースは、人が何かを決めるときの心の動きを研究してきた行動科学者です。
ただし、研究対象は「人間はなぜ生きるのか」と遠くの空を見つめるような話ばかりではありません。むしろ彼がよく観察しているのは、私たちが毎日の生活で繰り返している、小さくて妙に人間くさい選択です。
「健康のためには、野菜を食べたほうがいい。それはわかっています」
「では、なぜ今日も揚げ物を選んだのですか?」
「……揚げ物が、こちらを見ていたので」
そんな、知識と行動のあいだにできる細い溝を、ジェイソン・リースはじっと研究してきました。
心理学から、買い物かごの中へ
ジェイソン・リースは、トロント大学で心理学と哲学を学び、その後、人間の発達や応用心理学について研究しました。さらにミシガン大学で心理学の博士号を取得しています。
その後はプリンストン大学で研究員を務め、心理学者のダニエル・カーネマンの指導を受けました。カーネマンは、人間がいつも冷静に計算して決断しているわけではなく、直感や思い込みに大きく動かされていることを明らかにした研究者です。
つまりリースは、人間の判断を研究する世界の、かなり濃いスープの中で育った研究者だといえます。
その後、ニューヨーク大学、ハーバード・ビジネス・スクール、ペンシルベニア大学ウォートン校などで、販売や消費者心理、意思決定について教え、研究してきました。心理学の研究室から出発し、やがて食堂、店舗、職場、医療現場へと研究の足場を広げていったのです。
「正しい情報」だけでは、人は動かない
ジェイソン・リースの研究で大切になるのは、「人は、わかっていても行動できない」という事実です。
健康的な食事をしたほうがいい。運動を続けたほうがいい。食べすぎないほうがいい。
はい、だいたい知っています。
人類はもう、健康についての情報をまったく知らないわけではありません。それでも昼休みになると、サラダの横を通り過ぎ、こってりした料理の前で足が止まります。
「今日は疲れたから」
この一言は、ときどき栄養学より強いのです。
そこでリースは、「もっと健康意識を持ちましょう」と人を叱るのではなく、選び方を少し変える仕組みに注目しました。たとえば、健康的な食品とそうでない食品を色分けして表示したり、食堂内の商品配置を工夫したりする研究です。
信号機のように、健康的なものを緑、注意が必要なものを黄色、控えたいものを赤で示せば、難しい栄養成分表をじっくり読まなくても、選択の手がかりになります。実際にリースらは、職場の食堂で色分け表示と商品の並べ方を組み合わせ、健康的な飲食物を選びやすくする試みを行っています。
ここに、彼の研究の特徴がよく表れています。
人を変えるために、根性を増量するのではない。
迷ったときに、少しだけよい方向へ進みやすい道をつくる。
いわば、心の交通整理です。
大盛りを説教せず、小盛りを提案する
リースは、食事の量についても研究しています。
食べすぎを防ぐ方法と聞くと、「強い意志で残しましょう」という話になりがちです。しかし、目の前に料理があれば、私たちはなかなか残せません。
お腹はいっぱいなのに、皿の上にポテトが三本残っている。
すると心の中の小さな責任者が言います。
「ここまで来たのだから、最後まで見届けよう」
ポテトに対する謎の使命感です。
そこでリースらは、ファストフードを注文する客に、料理の量を少なくする選択肢を提案する実験を行いました。その結果、量を減らす提案を受け入れた人は、実際に摂取する熱量を減らせることが示されました。
大切なのは、「食べるな」と命令するのではなく、「少し小さくしますか」と選べるようにすることです。
人間は、正面から禁止されると反発することがあります。しかし、自然な選択肢として差し出されると、「それなら小さいほうでもいいかな」と動ける場合があります。
人の行動を変えるのは、巨大な決意だけではありません。注文するときの、ほんの一言でもあるのです。
「月曜日から本気を出す」は、完全な冗談ではない
ジェイソン・リースの名前を広く知らしめた研究の一つが、ヘンチェン・ダイ、キャサリン・ミルクマンと行った「フレッシュスタート効果」の研究です。
これは、元日、誕生日、月曜日、新学期などの「時間の区切り」が、人に新しい目標を始めさせる力を持つという考え方です。
たとえば日曜日の夜、私たちはこう考えます。
「今週はいろいろあった。でも明日からは、新しい私です」
もちろん、月曜日の朝になっただけで性格が全面改装されるわけではありません。それでも時間の区切りがあると、「これまでの自分」と「これからの自分」を心の中で分けやすくなります。
昨日まで先延ばしをしていたのは、古い自分。
今日から始めるのは、新しい自分。
人間の心は、ときどきカレンダー一枚で再出発します。
リースらの研究では、こうした時間の節目のあとに、運動や目標達成に関係する行動が増えることが示されました。さらに、新しい始まりを感じさせる日ほど、過去の失敗をいったん後ろに置き、目標へ向かいやすくなる可能性が調べられています。
つまり、「来月から本気を出す」という言葉は、いつでも信用してよい宣言ではありませんが、完全な寝言とも言い切れません。
問題は、「来月」が来たときに、何を始めるか決めてあるかです。
幸せは、外から見た姿と同じなのか
リースの研究は、食事や習慣だけにとどまりません。
病気や障害を経験している人の生活を、健康な人がどのように想像するのか。人は生活の変化にどのくらい慣れるのか。心や身体の能力を薬で高めることを、私たちはどう感じるのか。
こうした、幸福や健康、自己改善に関する難しい問題にも取り組んできました。
私たちは、他人の状況を外から見て、「きっと毎日つらいだろう」と想像することがあります。しかし、実際にその生活を送っている本人は、環境に少しずつ適応し、外から想像されるものとは違う幸福感を持っているかもしれません。
人間は、今の自分の感覚を定規にして、他人の人生を測ってしまいます。
けれど、その定規は意外と曲がっています。
リースの研究には、「人間の判断は、本人が思っているほど正確ではない」という視点が流れています。それは人間を冷たく批判するためではありません。むしろ、判断には間違いが入り込むと知ることで、もう少し親切な制度や伝え方を考えられるからです。
研究室で終わらない行動科学
現在のリースは、行動科学を現実の問題に応用する仕事に力を入れています。自身のウェブサイトでも、行動の変化、考える力、学習、信念の変化、意思決定、間違いの削減、感情などを扱い、それらを医療、食事、運動、技術、金融、経営、政策などに生かすことを掲げています。
また、行動科学を企業活動や医療分野に応用する会社で、最高経営責任者兼主任行動科学者を務めています。
彼にとって行動科学は、論文棚に飾っておく高級な知識ではありません。
食堂でどの商品を手に取るか。
健康づくりの計画に参加するか。
届いた案内に返事をするか。
新しい目標を今日から始めるか。
そんな日常の分かれ道に置く、小さな道しるべなのです。
人は弱い。だから、仕組みをやさしくする
ジェイソン・リースの研究を眺めていると、人間を「意志の弱い生き物」として突き放しているようには感じられません。
むしろ、こう語りかけているように見えます。
「人は迷います。忘れます。目の前の誘惑にも負けます。では、その人を責める前に、選びやすい環境をつくりましょう」
人間の行動は、正しい知識を渡せば自動的に変わる機械ではありません。
気分に左右され、習慣に引っ張られ、商品の置き場所に誘われ、月曜日になると急に生まれ変わった気持ちになります。
ずいぶん頼りない生き物です。
しかし、その頼りなさを理解すれば、変化を助ける方法も見えてきます。
大きな目標を叫ぶより、最初の一歩を選びやすくする。
根性を要求するより、迷いにくい表示をつくる。
失敗を責めるより、新しい始まりを用意する。
ジェイソン・リースは、人が動き出す瞬間を、派手な精神論ではなく、日常にある小さな工夫から探してきた研究者です。
私たちが「明日からやる」と言ったとき、彼はたぶん笑いません。
ただ、静かに尋ねるでしょう。
「では、明日になったとき、最初に何を選びやすくしておきますか?」
参考文献・確認先:

ジェイソン・リース(Jason Riis)の研究から学べること
ジェイソン・リースの研究から学べることは、ひとことで言えば、人を変えたいなら、その人の意志を鍛える前に、行動しやすい状況をつくろうということです。
私たちは、何かが続かなかったとき、すぐに自分を裁判にかけます。
「また三日坊主でしたね」
「はい……」
「やる気が足りなかったのでは?」
「反論できません……」
こうして脳内裁判は、だいたい自分に有罪判決を出します。
しかし、ジェイソン・リースの研究を見ていると、少し違う見方ができます。
行動できなかったのは、本当に意志が弱かったからなのか。
選びにくい環境だったのではないか。
始めるきっかけがなかったのではないか。
目の前の誘惑が、やたら元気だったのではないか。
人間の行動は、本人の性格だけで決まるものではありません。商品の置き場所、表示のわかりやすさ、選択肢の出され方、時間の区切りなど、本人を取り囲む小さな条件にも大きく左右されます。
ジェイソン・リースの研究は、私たちの生活にある「行動の舞台装置」を見直す大切さを教えてくれるのです。
わかっているのにできないのは、珍しいことではない
健康のために運動したほうがいい。
食べすぎないほうがいい。
夜は早めに寝たほうがいい。
お金は少しずつ貯めたほうがいい。
私たちは、こうしたことをだいたい知っています。
知識だけなら、すでに立派な健康指導者です。頭の中では白衣を着て、自分に向かって正しい助言をしています。
「本日は野菜を多めに摂取しましょう」
ところが、実際の自分は夜十時に冷蔵庫を開けています。
「何か甘いものは、いらっしゃいませんか」
冷蔵庫に敬語で話しかけるほど、理性が留守です。
ここから学べるのは、知っていることと、実際に行動できることは別問題だということです。
正しい情報を教えれば、人は正しく動く。そう考えたくなりますが、現実の人間はそれほど一直線ではありません。
疲れている日もあります。
急いでいる日もあります。
気分が落ち込んでいる日もあります。
選択肢が多すぎて、考えるのが面倒な日もあります。
こうした日に頼りになるのは、立派な決意よりも、迷わず行動できる仕組みです。
たとえば健康的な食べ物が見つけやすい場所に置いてある。食事の量を小さくする選択肢が最初から示されている。行動の結果が、ひと目でわかるように表示されている。
ほんの小さな工夫ですが、こうした工夫が「知っている」を「やってみる」へ運ぶ橋になります。
知識は地図です。
しかし、地図を持っているだけでは歩き出せません。
玄関に靴があり、道がわかり、最初の一歩が面倒でないことも大切なのです。
人を責めるより、選び方をやさしくする
何かを改善しようとするとき、私たちはつい、本人に努力を求めます。
「もっと意識してください」
「しっかり考えて選んでください」
「将来のことを考えれば我慢できるでしょう」
言っていることは正しいのですが、正しさには、ときどき腕力があります。
正論を受け取った人が元気になるとは限りません。むしろ、「それができないから困っているんです」と、心の中で椅子からずり落ちることもあります。
ジェイソン・リースの研究から学べるのは、本人の努力だけに責任を背負わせないことです。
たとえば食堂で、健康的な食べ物と控えたほうがよい食べ物を、わかりやすく色分けしたとします。
これは、「健康について三十分考えてから注文してください」という仕組みではありません。
忙しい昼休みでも、ひと目で判断できるようにする仕組みです。
「今日は頭が働かないので、色を見て決めます」
それでもいいのです。
良い選択は、必ずしも深く考え抜いた末に生まれる必要はありません。
むしろ毎日の生活では、考えなくても良い選択に近づける環境のほうが役に立ちます。
家にお菓子が山ほどあれば、食べないために毎日戦わなければなりません。
一方、お菓子を目につかない場所に置き、果物を手前に置けば、戦う回数そのものを減らせます。
意志の力を強くするのではなく、意志の力を使わなくてもよい場面を増やす。
これは、かなり親切な考え方です。
人は弱いから駄目なのではありません。
人は疲れたり、迷ったりする生き物だからこそ、環境の側を少しやさしくしておく必要があるのです。
大きな決意より、小さな選択肢を用意する
行動を変えたいとき、私たちは大きな目標を立てがちです。
「今日から毎日一時間運動する」
「もう二度と間食しない」
「毎朝五時に起きて勉強する」
目標を立てた瞬間は、心の中に壮大な音楽が流れています。丘の上に立ち、風を受けながら、新しい人生が始まった気分です。
ところが三日後。
目覚まし時計が鳴ります。
「新しい人生は、本日休業です」
大きな決意には高揚感がありますが、続けるには負担も大きくなります。
リースの研究から学べるのは、行動を変える入口として、無理のない選択肢を用意することです。
食事を全部変えるのではなく、少し量を減らす。
運動を一時間始めるのではなく、十分だけ歩く。
家計簿を完璧につけるのではなく、今日使った金額を一つだけ記録する。
本を一冊読むのではなく、二ページだけ開く。
「そんな小さなことで意味があるのか」と思うかもしれません。
しかし、小さな選択には、始められるという大きな価値があります。
行動は、立派さを競う大会ではありません。
どれだけ美しい計画を立てたかではなく、実際に手を動かせたかが大切です。
百点の計画が机の上で眠っているより、二十点の行動が今日ひとつ動いたほうが、人生は少し先へ進みます。
月曜日や誕生日を、心の再起動に使う
ジェイソン・リースらが研究した「新しい始まりの効果」からは、時間の区切りを上手に使うことも学べます。
人間は、月曜日、新しい月の初日、誕生日、新年、新学期などを、特別な区切りとして感じます。
考えてみれば不思議です。
日曜日から月曜日になっても、地球が新品になるわけではありません。冷蔵庫の中身も、昨日のままです。洗濯物も、残念ながら自動的には畳まれていません。
それでも私たちは、「今日から新しく始めよう」と感じることがあります。
これは、時間の区切りによって、過去の自分とこれからの自分を分けやすくなるからです。
「先週までの自分は、少しだらけていた」
「しかし、今週の自分は違う」
人間はカレンダーを一枚めくるだけで、心の中に小さな改装工事を始めます。
この性質は、うまく使えば行動を始める助けになります。
たとえば、目標を始める日を「いつか」にしないことです。
「来週の月曜日から、昼休みに十分歩く」
「誕生日を機に、一日百円だけ貯める」
「来月一日から、寝る前の動画を十五分減らす」
区切りの日と具体的な行動を組み合わせると、「始める場所」がはっきりします。
ただし、大切なのは、区切りの日を魔法だと思わないことです。
月曜日があなたを自動的に立派な人へ変えてくれるわけではありません。
月曜日は、玄関の呼び鈴を押してくれるだけです。
ドアを開けて、最初の一歩を出すための準備は、こちらでしておく必要があります。
運動を始めるなら、前日に靴を出しておく。
勉強を始めるなら、机の上に教材を置いておく。
食生活を変えるなら、買い物の内容を決めておく。
新しい始まりの力は、具体的な準備と組み合わさったときに働きやすくなるのです。
他人の幸福を、勝手に決めつけない
ジェイソン・リースの研究からは、人の幸福や生活の質について考えるときの注意も学べます。
私たちは、他人の状況を外から見て、つい決めつけてしまいます。
「あの状況では、きっと幸せではないだろう」
「自分なら耐えられない」
「以前の生活に戻らなければ、前向きにはなれないはずだ」
しかし、人間には環境へ少しずつ慣れていく力があります。
もちろん、どんな苦しみにも簡単に慣れられるという意味ではありません。つらいものはつらいですし、支援が必要な状況もあります。
それでも、外から見ている人が想像する生活と、本人が実際に感じている生活は、同じとは限りません。
外から見れば大きな不幸に見える状況でも、その人は人間関係や日々の楽しみ、新しい役割の中に、自分なりの意味を見つけているかもしれません。
反対に、外からは何不自由なく見える人が、心の中では深く苦しんでいることもあります。
幸福は、外見だけでは測れません。
私たちは、ときどき他人の人生に、頼まれてもいない採点表を持ち込みます。
「あなたの幸福度は、このくらいですね」
しかし、その採点表を作ったのは誰でしょう。
自分の価値観です。
自分の経験です。
自分ならどう感じるかという想像です。
ジェイソン・リースの研究は、他人の人生を理解するときに、自分の想像を事実だと思い込まないことの大切さを教えてくれます。
本人の言葉を聞く。
今どんなことを大切にしているのか尋ねる。
外からの評価より、本人の実感を尊重する。
これは医療や福祉だけでなく、家族関係や職場の支援にも通じる姿勢です。
完璧な人をつくるより、失敗しても戻れる仕組みをつくる
行動を変える研究というと、失敗しない人をつくる方法のように聞こえます。
しかし、現実には誰でも失敗します。
運動を休む日があります。
食べすぎる日があります。
お金を使いすぎる月もあります。
計画を忘れ、やる気を失い、「もう全部どうでもいい」と布団に吸収される夜もあります。
問題は、失敗したことそのものではありません。
失敗したあとに、戻れなくなることです。
一度休んだだけなのに、「もう続かなかった」と判断して、全部やめてしまう。
一度食べすぎただけなのに、「今日はもう駄目だ」と、その後も食べ続けてしまう。
一度予定が崩れただけなのに、「自分には計画性がない」と人格全体の話にしてしまう。
ここでも、新しい始まりの考え方が役立ちます。
翌朝。
次の月曜日。
月の初日。
昼食のあと。
失敗の直後にも、小さな区切りをつくれます。
人生を立て直すために、新年まで待つ必要はありません。
午後三時からでも、再出発できます。
「午前中はうまくいかなかった。でも、午後の部を始めよう」
このくらいの軽さでいいのです。
大切なのは、絶対に転ばない仕組みではありません。
転んだあと、立ち上がる場所がわかる仕組みです。
行動を変えるときは、「本人」と「環境」をセットで見る
ジェイソン・リースの研究を仕事や支援に生かすなら、本人だけを見ないことが大切です。
たとえば、仕事に遅刻する人がいたとします。
すぐに「本人の意識が低い」と判断するのではなく、行動の周辺も見てみます。
起床時間は決まっているか。
夜の過ごし方はどうなっているか。
交通手段に無理はないか。
出発前に探し物をしていないか。
朝にやることが多すぎないか。
起きたあと、次に何をすればよいか決まっているか。
本人の意識はもちろん大切です。しかし、本人の気合いだけで毎朝すべてを乗り越える仕組みは、故障しやすいのです。
玄関に持ち物をまとめる。
服を前日に用意する。
出発時刻を十分早める。
朝食を簡単にする。
目覚ましを手の届かない場所に置く。
こうした小さな調整のほうが、「遅刻しない人間になれ」と念じるより役立つことがあります。
支援する側も同じです。
「どうしてできなかったのですか」と問い詰めるだけでは、本人も困ります。
本人としては、
「できなかったから、ここに来ているのですが」
という話です。
そこで、
「どの場面で止まりましたか」
「何がもう少し簡単なら、動けそうですか」
「始める合図をつくるとしたら、何が使えそうですか」
と尋ねてみる。
すると、性格の問題に見えていたものが、具体的に変えられる行動の問題へと姿を変えます。
人間そのものを修理しようとすると、大工事になります。
しかし、環境や手順を少し変えるだけなら、今日から試せることがあります。
自分を変えるとは、自分を責めることではない
ジェイソン・リースの研究が私たちに渡してくれる、もっとも温かい視点はここかもしれません。
自分を変えることは、自分を嫌うことではありません。
今の自分を叱り続ければ、良い自分になれるとは限りません。
「なぜできない」
「また失敗した」
「本当に意志が弱い」
こうした言葉は、一時的には自分を動かすかもしれません。しかし、長く続けば、行動する力そのものを削ってしまいます。
必要なのは、自分を甘やかすことでも、問題をなかったことにすることでもありません。
「自分は、どんな状況なら動きやすいのか」
「どこで迷いやすいのか」
「何を準備しておけば、次は少し楽になるのか」
と、自分を観察することです。
責めるのではなく、研究する。
これは、自分自身に対する態度として、とても役に立ちます。
夜更かししてしまったなら、「自分は駄目だ」で終わらせず、何時ごろ、何をきっかけに動画を見続けたのかを調べる。
運動が続かなかったなら、やる気の有無ではなく、時間、場所、運動量が現実的だったかを見直す。
勉強を先延ばしにしたなら、課題が大きすぎなかったか、始める手順が曖昧ではなかったかを考える。
自分を裁判にかけるより、観察日記をつける。
そのほうが、次の一手が見つかります。
ジェイソン・リースの研究から学べるのは、人間を立派な意志の持ち主へ改造する方法ではありません。
迷い、疲れ、誘惑に負け、ときどき「来週から」と言いながら眠る、そんな人間が、それでも少しずつ良い方向へ進める方法です。
人を変えるのは、大声の決意だけではありません。
目に入りやすい表示。
選びやすい選択肢。
始めやすい区切り。
失敗しても戻れる合図。
そして、「できなかった自分」を責める代わりに、「どうすればできそうか」と考える視点です。
私たちは、完璧な人間にならなくてもかまいません。
ただ、少し良い行動を選びやすい場所に、自分をそっと連れていけばいいのです。
月曜日からでも、来月からでも、今日の午後からでも。
再出発の改札は、思っているより何度も開いています。

ジェイソン・リース(Jason Riis)の論文一覧
1.『フレッシュスタート効果:「時間の節目」が、なりたい自分への一歩を後押しする』ヘンチェン・ダイ、キャサリン・L・ミルクマン、ジェイソン・リース(2014)
Dai, H., Milkman, K. L., & Riis, J.(2014). The Fresh Start Effect: Temporal Landmarks Motivate Aspirational Behavior. Management Science, 60(10), 2563–2582. DOI:10.1287/mnsc.2014.1901
「月曜日から本気を出す」「誕生日を機に変わる」。はいはい、また未来の自分に丸投げですね……と思ったら、この論文はそこに待ったをかけます。新年、月初め、週の始まりなどの“時間の区切り”は、過去の自分とこれからの自分を分け、運動や目標達成への一歩を後押しするのです。カレンダーは、ただ日付を並べる紙ではなく、心の再起動ボタンだった。三日坊主の入口にも、再出発の入口にもなる「区切りの力」を、行動データから鮮やかに解き明かした一篇です。

