ジェームズ・W・ペネベーカー(James W. Pennebaker)の論文一覧:言葉にしたら、心の押し入れが片づきはじめた心理学さんぽ
ジェームズ・W・ペネベーカー(James W. Pennebaker)のプロフィール
ジェームズ・W・ペネベーカーさんは、ざっくり言うと、「人は、言葉にすると心と体に何が起こるのか?」を研究してきた心理学者です。アメリカのテキサス大学オースティン校で心理学の名誉教授を務めており、研究テーマは「自然な言葉づかいと社会行動」「人や集団がつらい出来事にどう向き合うか」などです。
ペネベーカーさんのすごいところは、「心の問題を、ただ気合いや根性で考えない」ところです。たとえば、つらい経験を胸の奥にしまい込むと、まるで押し入れの奥でカビが育つように、心身にじわじわ影響することがあります。そこで彼は、「それを言葉にして書いてみたらどうなる?」と考えました。ここから有名になったのが、感情やつらい体験について書く研究です。アメリカ心理学会も、彼をこの分野の先駆的な研究者として紹介しています。
つまりペネベーカーさんは、心理学界の「日記帳を持った探偵」みたいな人です。人の心の奥にあるモヤモヤを、虫眼鏡ではなく、言葉で調べる。「私は」「あなた」「でも」「だから」といった何気ない言葉づかいにも、その人の気持ちや人間関係、性格のヒントが隠れていると考えたわけです。彼は、文章の中の言葉を分類して分析する有名な道具も作り、心理学だけでなく、言語学、医療、コンピューター科学などにも影響を与えています。
経歴としては、心理学者として長くテキサス大学オースティン校で研究・教育に関わり、現在は名誉教授です。研究の中心は、言葉、健康、社会行動、集団、トラウマへの反応など。専門用語で包むと難しそうですが、やっていることをやさしく言えば、「人間は、心の中の出来事をどう言葉にし、その言葉が人生にどう影響するのか」を調べている人です。
彼の研究が面白いのは、「書く」という、誰でもできそうな行動に光を当てたことです。高価な機械も、特別な才能もいらない。紙とペン、あるいはメモ帳アプリがあれば始められる。もちろん、書けば何でも一発解決という魔法の杖ではありません。でも、言葉にすることで、頭の中で暴れていた感情が少し整列することがある。心の中の会議室で、全員が同時にしゃべっていた状態から、「はい、順番にどうぞ」と司会者が入る感じですね。
参考文献・確認先:テキサス大学オースティン校:James W. Pennebaker 公式プロフィール / Google Scholar:James W. Pennebaker 論文・引用情報 / PubMed:James W. Pennebaker 関連論文 / アメリカ芸術科学アカデミー:James W. Pennebaker プロフィール

ジェームズ・W・ペネベーカー(James W. Pennebaker)の研究から学べること
ジェームズ・W・ペネベーカー(James W. Pennebaker)の研究から学べることは、ひとことで言うと、「言葉にできない苦しさは、心の中でずっと居座る。でも、書いて外に出すと、少し整理されはじめる」ということです。
ペネベーカーさんは、心理学の世界で「感情を書き出すこと」の研究でよく知られています。テキサス大学オースティン校の紹介では、自然な言葉づかいと社会的行動、集団や文化がつらい出来事にどう反応するかなどを研究している人物として紹介されています。特に有名なのが、つらかった出来事や強い感情について、一定時間、正直に書くという研究です。これは日本語で言えば、「心の中にしまいこんだものを、紙の上にそっと出してみる練習」と言えます。
これ、聞くと「え、書くだけで?」と思いますよね。そんな、紙とペンが魔法の杖になるんですか、と。もちろん、書けばすべて解決、という話ではありません。紙に「不安」と書いた瞬間、雲が割れて天使がラッパを吹くわけではありません。現実の悩みはもっと粘り気があります。冷蔵庫の奥で忘れられた餅みたいに、なかなか取れません。
でも、ペネベーカーさんの研究が面白いのは、「書くこと」が、ただの記録ではなく、心の整理に関わる可能性を示したところです。感情的につらかった出来事について15分から20分ほど、数回にわたって書く方法は、多くの研究で取り上げられ、心理面や身体面によい変化が見られることがあると報告されています。
たとえば、嫌な出来事があったとします。頭の中では、その出来事が何度も再生されます。
「あのとき、こう言えばよかった」
「なんであんなことになったんだろう」
「自分が悪かったのかな」
「いや、相手もひどいよね」
もう、心の中で再放送祭りです。しかも録画予約していないのに、勝手に深夜枠まで延長されます。頭の中だけで考えていると、同じ場面がぐるぐる回り、感情がだんだん煮詰まっていきます。味噌汁なら煮詰まるとしょっぱくなるだけですが、心が煮詰まると、眠れない、疲れる、イライラする、となかなか厄介です。
そこで「書く」ことが役立ちます。
書くとは、頭の中のもやもやに、いったん出口を作ることです。心の中でぐちゃぐちゃに絡まった毛糸玉を、紙の上に少しずつほどいていく感じです。全部きれいにほどけなくてもいい。まず「何に傷ついたのか」「本当は何を言いたかったのか」「何が怖かったのか」が見えてくるだけでも、心は少し落ち着きます。
ペネベーカーさんの研究のポイントは、「きれいな文章を書くこと」ではありません。読書感想文のように、起承転結を整える必要はありません。むしろ大事なのは、自分の思いや感情をできるだけ正直に書くことです。誰かに見せるためではなく、自分の中にあるものを外へ出すために書く。つまり、文章力コンテストではなく、心の換気です。
ここを間違えると、「うまく書けないから意味がない」と思ってしまいます。でも大丈夫です。句読点が迷子でも、字が踊っていても、話があちこち飛んでもかまいません。心が荒れているとき、文章まで整列していたら逆に不自然です。心の中は運動会の玉入れみたいに、赤白の感情が飛び交っているのですから。
ペネベーカーさんの研究から学べる大切なことは、「言葉にすることで、自分の経験を少し外側から見られるようになる」ということです。
つらい出来事を頭の中だけで抱えていると、自分自身がその出来事の中に閉じ込められてしまいます。まるで、映画館のスクリーンの中に入ってしまい、ずっと同じ場面を演じ続けているようなものです。でも書くと、少しだけ観客席に戻れます。「ああ、自分はこう感じていたんだ」「ここがずっと引っかかっていたんだ」と、出来事との距離が生まれます。
この距離が大事です。距離がないと、感情に全部持っていかれます。距離が少しあると、感情を眺める余地ができます。怒りは怒りとして、悲しみは悲しみとして、不安は不安として、紙の上に並べられる。すると、心の中で暴れていた感情たちが、少しだけ席に座りはじめます。まだざわざわしています。でも、立ち上がって机を叩くほどではなくなる。そんな感じです。
また、ペネベーカーさんは、言葉の使い方から心の状態や社会的な行動を読み解く研究にも関わっています。アメリカ心理学会のインタビューでは、感情を書き出すことが心の健康に役立つ理由や、人が日常で使う言葉から感情、動機、性格の手がかりが見えることについて語っています。
これも面白いところです。私たちは「言葉を使っている」と思っていますが、実は言葉のほうも、こちらの心をかなり映しています。
たとえば、「私は」「自分は」ばかり増えるときは、心が自分の内側に強く向いているのかもしれません。「なぜ」「どうして」と書き続けるときは、まだ意味を探しているのかもしれません。最初は怒りの言葉ばかりだったのに、書いているうちに「でも」「一方で」「今考えると」という言葉が増えてくるなら、心が出来事を少し整理しはじめているのかもしれません。
言葉は、心の足跡です。本人はただ歩いているつもりでも、あとから見ると「ここで迷ったんだな」「ここで少し方向が変わったんだな」とわかることがあります。文章は、心の地図にもなるのです。
日常で活かすなら、方法はとてもシンプルです。紙でもパソコンでもスマホでもかまいません。ただし、誰かに送るためではなく、自分のために書くのが基本です。時間は15分くらいで十分です。「最近ずっと引っかかっていること」「誰にも言えていない気持ち」「あの出来事が自分にとって何だったのか」について、止まらずに書いてみる。
きれいにまとめなくていいです。
正しいことを書かなくていいです。
前向きに終わらせなくていいです。
途中で「もうわからん」と書いてもいいです。
むしろ、「わからん」と書けること自体が大事です。心の中で正体不明だったものに、「わからん」という名札がつく。名札がつくと、少し扱いやすくなります。正体不明の黒い煙より、「これは怒り」「これは悲しみ」「これは悔しさ」とわかったほうが、心は落ち着きやすいのです。
ただし、注意点もあります。書くことは万能薬ではありません。つらすぎる出来事を一気に書こうとして、かえって苦しくなることもあります。そういうときは、無理に続けなくて大丈夫です。書く時間を短くする、少し距離のあるテーマから書く、信頼できる人や専門家に相談する。心の引き出しは、力ずくで全部開ける必要はありません。古い引き出しほど、ゆっくり開けたほうがいいのです。
また、誰かへの怒りを書いた文章を、そのまま相手に送るのは別問題です。書くことは、まず自分の感情を整理するためのものです。夜中に怒りのまま書いた長文を送ると、翌朝、自分のスマホが爆発物に見えることがあります。送信ボタンは、心の核ミサイルではありません。書いて、保存して、寝る。翌日読み返してから考える。これくらいが安全です。
ペネベーカーさんの研究から見えてくるのは、「話せないことも、書くことならできる場合がある」ということです。人に話すには勇気がいることでも、紙には書けることがあります。紙は途中で口をはさみません。「それは違うよ」とも言いません。「もっと簡潔に」とも言いません。黙って受け止めてくれます。紙、なかなか優秀な聞き役です。給料も要求しません。
もちろん、人との対話が必要な場面もあります。でも、いきなり誰かに話せないとき、まず書くことは、自分との対話になります。自分の中にある声を聞く時間です。普段は忙しさにまぎれて聞こえない声が、紙の上に少しずつ出てきます。
「本当は傷ついていた」
「本当は怒っていた」
「本当は怖かった」
「本当は大切にされたかった」
こういう言葉が出てきたとき、人は少し自分に戻れます。自分が何を感じていたのかを知ることは、心の居場所を取り戻すことでもあります。
ジェームズ・W・ペネベーカーの研究からたどりつく学びは、とても人間的です。
苦しみは、しまい込むほど小さくなるとは限りません。
むしろ、言葉にされないまま心の奥に置かれると、形のない重さとして残ることがあります。
だからこそ、書くことには意味があります。
書くことは、悩みを消す魔法ではありません。
でも、悩みを見える形にする灯りにはなります。
頭の中で渦巻いていたものを、紙の上に置くことで、「これは自分の全部ではなく、自分が経験した一部なんだ」と見られるようになります。
人生には、うまく話せない感情があります。人に言うには重すぎること、言葉にすると泣きそうになること、自分でもよくわからないこと。そんなとき、紙に向かって書いてみる。上手でなくていい。まとまらなくていい。誰にも見せなくていい。
ただ、「ここにある」と書く。
その一行が、心の扉を少し開けることがあります。ペネベーカーさんの研究は、私たちに教えてくれます。言葉は、ただ伝えるためだけの道具ではありません。自分を回復させるための、小さな作業道具でもあるのです。
心が重たいとき、紙とペンを用意する。それは、心の中にたまった雨水を、少しずつ外へ流すための排水口を作るようなものです。一気に晴れなくてもいい。まずは水たまりの位置がわかるだけで、次の一歩は少し踏み出しやすくなるのだと思います。

ジェームズ・W・ペネベーカー(James W. Pennebaker)の論文一覧
1.『トラウマと向き合うということ:心に閉じ込めた感情が、からだの病につながる仕組みを探る』ジェームズ・W・ペネベーカー、ジャニス・K・キーコルト=グレイザー、ロナルド・グレイザー(1988)
Pennebaker, J. W., Kiecolt-Glaser, J. K., & Glaser, R. (1988). Confronting a traumatic event: Toward an understanding of inhibition and disease. Journal of Abnormal Psychology, 97(2), 183–189. DOI:10.1037/0021-843X.97.2.183
この論文は、「心の中にしまいこんだつらい出来事って、体にも影響するのでは?」という、なかなかドキッとする研究です。ペネベーカーたちは、トラウマを押し入れの奥にギュッと詰め込むと、心の荷物番をずっと続けることになり、体も「そろそろ休ませてくれません?」となるのでは、と考えました。ポイントは、無理に忘れるより、安心できる形で向き合い、言葉にしていくこと。心のフタを開ける心理学、ちょっと読んでみたくなります。

