ジェームズ・O・プロチャスカ(James O. Prochaska)の論文一覧:人が「変わろうかな」と腰を上げるまで、心の舞台裏をのぞいた心理学者

ジェームズ・O・プロチャスカ(James O. Prochaska)の論文を読む女性
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ジェームズ・O・プロチャスカ(James O. Prochaska)のプロフィール

ジェームズ・O・プロチャスカは、アメリカの臨床心理学者・健康心理学者です。

ひと言で紹介するなら、人が「変わらなきゃ」と思ってから、本当に変わり、その変化を続けられるようになるまでを研究した心理学者です。

たとえば、こんな経験はないでしょうか。

「そろそろ運動しないとなあ」

そう思いながら、ソファに座って動画を見る。

「明日から始めよう」

そう決意した翌日、なぜかポテトチップスを開ける。

そして一週間後には、

「まあ、急に運動すると体に悪いかもしれないしね」

と、自分を守るための新しい理論まで完成している。

人間の心は、なかなかの策士です。

プロチャスカは、こうした人間の行動を単純に「意志が弱い」で片づけませんでした。

むしろ彼が注目したのは、人はある日突然、別人のように変わるわけではないということです。変化には準備があり、迷いがあり、実行があり、ときには後戻りもある。その一連の流れを、できるだけ現実に近い形で説明しようとしたのです。

「変わらない人」ではなく、「まだその段階にいない人」

プロチャスカの名前を広く知らしめたのが、カルロ・ディクレメンテらとともに発展させた「変化の段階モデル」です。

この考え方では、人が行動を変えていく過程を、おおまかにいくつかの段階に分けます。

最初は、「変えるつもりはありません」という段階。

次に、「変えたほうがいいのかな」と考え始める段階。

そのあとに、「そろそろ準備しよう」と動き出し、実際に行動を変え、その行動を続けていく段階があります。

ここで大切なのは、まだ変えるつもりがない人も、怠けていると決めつけないことです。

たとえば、禁煙する気がまったくない人に、

「今日から吸わないでください。こちらが禁煙計画表です」

と渡しても、本人の心の中では、

「いや、まだ会議を開くとも言っていませんが」

となります。

相手がまだ「変えるかどうか」を考えていないのに、いきなり実行方法を教えても、話が一駅ほど先に進みすぎているのです。

プロチャスカの研究は、支援する側にこう問いかけます。

「あなたは正しい助言をしていますか」ではなく、
「その助言は、いまの相手に合っていますか」と。

この視点は、医療や福祉、心理相談だけでなく、子育て、教育、部下の育成、自分自身の生活改善にも役立ちます。

心理療法の“流派対抗戦”から一歩離れた研究者

プロチャスカが「理論横断的」と呼ばれる考え方を築いた背景には、心理療法の世界にさまざまな学派があったことも関係しています。

心理学の世界では長い間、

「人の心を理解するなら、この理論がいちばんだ」

「いや、こちらの方法こそ本物だ」

と、それぞれの立場が自分の旗を掲げていました。

人間の悩みを扱っているはずなのに、理論同士が少し悩ましい関係になっていたわけです。

そこでプロチャスカは、「どの理論が勝つか」だけを考えるのではなく、さまざまな心理療法に共通している部分を探しました。

人が変化するときには、どのような心の動きが起きるのか。
どの時期に、どのような働きかけが役立つのか。
変化を続けるには、何が必要なのか。

異なる理論の境界を越えて、人が変わる仕組みをまとめようとしたのです。

そのため、彼の代表的な考え方は、日本語では「理論横断的モデル」などと訳されます。名前だけを見ると、白衣を着た難しい理論が腕組みして立っているようですが、中心にある発想はかなり人間的です。

つまり、

人はそれぞれ違う場所から変化を始める。だから、同じ言葉や同じ方法を全員に配っても、うまくいくとは限らない

ということです。

禁煙の研究から、人生のさまざまな変化へ

プロチャスカらが初期に詳しく調べたテーマの一つが、禁煙でした。

たばこをやめた人たちは、いったいどのような道筋を通ったのか。専門家の治療を受けた人だけでなく、自分で禁煙した人も含めて調べることで、変化に共通する段階や方法を探していきました。

その後、この考え方は禁煙だけにとどまりませんでした。

運動、食生活、体重管理、飲酒や薬物の問題、ストレスへの対処など、さまざまな健康行動に応用されていきます。変化の段階に応じて働きかけを変えることで、「まだ準備ができていない人」にも支援を届けようとしたのです。

ここには、プロチャスカの研究の大きな特徴があります。

従来の健康支援は、すでに「変わりたい」と思っている人を対象にしがちでした。

しかし現実には、健康上の危険を抱えている人の全員が、病院や相談室の扉をたたくわけではありません。

「まだ困っていません」

「そのうち考えます」

「健康診断の結果は、見なかったことにしました」

そんな人たちも含めて、どうすれば社会全体の健康を支えられるのか。プロチャスカは、相談に来た少数の人だけではなく、支援につながっていない多くの人にも目を向けました。

これは、いわば「やる気のある人だけ、こちらへどうぞ」という支援から、「いまはどんな気持ちですか」と迎えに行く支援への転換でした。

大学で半世紀にわたり研究を続ける

プロチャスカは1942年、アメリカのミシガン州デトロイトで生まれました。地元のウェイン州立大学で心理学を学び、学士号、修士号、博士号を取得しています。

1969年にはロードアイランド大学の教員となり、臨床心理学と健康心理学の教育・研究に携わりました。助教授、准教授、教授を経て、1990年には、がんや慢性疾患の予防に関する研究組織の責任者に就任しています。

2020年に退職するまで、大学での勤務はおよそ半世紀に及びました。大学側の紹介によると、研究者として優れていただけでなく、難しい理論をわかりやすい言葉で説明する、穏やかで聞き上手な教師でもあったそうです。

なんだか、研究内容と本人の人柄がよく似ています。

人に向かって、

「変わりなさい。以上」

と言うのではなく、

「いま、どのあたりにいますか」

と静かに尋ねる。

プロチャスカの理論が多くの支援者に受け入れられた背景には、こうした人間を見るまなざしもあったのかもしれません。

400本を超える研究と、社会への大きな影響

プロチャスカは、生涯に400本を超える論文や著書を発表しました。また、がんや慢性疾患を防ぐ研究では、共同研究者たちとともに総額8000万ドルを超える研究費を得ています。

変化の段階モデルを用いた研究は、禁煙、運動、食事、依存の問題、心の健康など、幅広い領域へ広がりました。大学の研究室だけで終わらせず、実際の健康支援に生かすための組織も設立しています。

その功績によって、心理学や健康教育の分野で数々の賞を受賞しました。アメリカがん協会から臨床研究に対する名誉ある賞を受けた最初の心理学者でもあります。

ただし、プロチャスカの本当の功績は、数字の大きさだけではないでしょう。

彼の研究によって、変化できずにいる人を見る言葉が変わりました。

「やる気がない人」ではなく、
「まだ考え始める前の段階にいる人」。

「また失敗した人」ではなく、
「変化の途中で前の段階に戻った人」。

「何度言っても変わらない人」ではなく、
「いまの段階に合う支援が必要な人」。

呼び方が変わると、見え方が変わります。見え方が変わると、かける言葉も変わります。

これは心理学の理論であると同時に、人を少しやさしく見るための眼鏡でもあるのです。

変化は、きれいな一本道ではない

私たちはつい、変化を階段のように考えます。

決意して、一段上がる。
努力して、もう一段上がる。
最後は頂上で両手を広げ、さわやかな風に吹かれる。

しかし、現実の変化はそれほど行儀よく進みません。

始めたと思ったら戻る。
やめたと思った習慣が、玄関から「久しぶり」と入ってくる。
順調だったのに、疲れた日に元の行動へ戻ってしまう。

プロチャスカの考え方では、こうした後戻りも変化の過程として扱われます。

つまり、元に戻ったからといって、これまでの努力がすべて消えるわけではありません。

一度歩いた道には、経験が残っています。

「自分はどこでつまずきやすいのか」
「何があると続けやすいのか」
「次はどんな準備が必要なのか」

後戻りは、変化の失格通知ではありません。次の挑戦に持っていくための、少々くしゃくしゃになった地図なのです。

人を急がせるのではなく、現在地を知る

ジェームズ・O・プロチャスカは、2023年7月9日、80歳で亡くなりました。

彼は研究者として、心理学や公衆衛生に大きな足跡を残しました。同僚からは、革新的な研究者である一方、謙虚で穏やかで、家族や人とのつながりを大切にする人物だったと振り返られています。忙しい仕事の合間にゴルフを楽しみ、会議と会議の間に九つのホールを回って、元気な顔で戻ってくることもあったそうです。

変化を研究し続けた人が、人生を仕事一色にせず、家族や友人との時間も大切にしていた。その姿には、どこか説得力があります。

プロチャスカの研究が私たちに教えてくれるのは、「人を変える必殺技」ではありません。

相手を正論で追い立てることでも、三日で人生を改造することでもありません。

まず、その人がどこにいるのかを見ること。

まだ変わるつもりがないのか。
変わるべきか迷っているのか。
準備を始めているのか。
すでに行動しているのか。
続けるために支えが必要なのか。

現在地が違えば、必要な言葉も違います。

そしてこれは、他人を支援するときだけの話ではありません。

自分に対しても、

「どうして私は変われないんだ」

と責める前に、

「いまの私は、変化のどのあたりにいるのだろう」

と尋ねてみる。

その問いによって、自分を裁く裁判が、少し静かな作戦会議へ変わります。

ジェームズ・O・プロチャスカは、人が変化するまでの道に、細かな案内板を立てた心理学者でした。

その案内板には、たぶんこう書いてあります。

焦らなくていい。ただし、いまいる場所は確かめておこう。

変化は、号砲とともに始まる競走ではありません。

まだ靴を履いていない時間も、玄関で迷っている時間も、すでに旅の一部なのです。

参考文献・確認先:ロードアイランド大学:ジェームズ・O・プロチャスカ公式プロフィール / ロードアイランド大学:ジェームズ・O・プロチャスカ追悼・経歴紹介 / Google Scholar:ジェームズ・O・プロチャスカ 論文・引用情報 / PubMed:ジェームズ・O・プロチャスカ関連論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ジェームズ・O・プロチャスカ(James O. Prochaska)の研究から学べること

ジェームズ・O・プロチャスカの研究から学べることは、ひと言でいえば、人は正論だけでは変わらないということです。

「健康のために運動しましょう」
「たばこは体に悪いですよ」
「先延ばしをやめて、早めに取り組みましょう」

どれも間違ってはいません。

ただ、人間は「正しいことを聞いたら、そのまま正しく動く機械」ではありません。もしそうなら、健康番組を一本見た翌朝には、全国民が早起きして野菜を食べながら散歩しているはずです。

ところが現実には、健康番組を見ながら、

「運動って大事なんだなあ」

と言い、その手でお菓子の袋を開けることがあります。

頭では分かっている。けれど、体はソファに深く根を張っている。

プロチャスカは、そんな人間の少々ややこしい姿を、「意志が弱い」の一言で片づけませんでした。

人が変わるには、いくつかの段階がある。しかも、前へ進んだり、戻ったり、立ち止まったりする。それが普通なのだと考えたのです。

学べること一つ目 人にはそれぞれ「変わる準備の段階」がある

何かを変えようとするとき、すべての人が同じ場所に立っているわけではありません。

たとえば、運動不足の人が三人いるとします。

一人目は、

「運動する必要なんてないですよ。通勤で駅まで歩いていますから」

と言っています。

二人目は、

「運動したほうがいいとは思うんです。でも、時間がなくて」

と迷っています。

三人目は、

「来週から近所の体育館に通おうと思って、もう靴を買いました」

と準備しています。

三人とも運動不足ですが、心の現在地はまったく違います。

一人目に運動計画表を渡しても、おそらくメモ用紙になります。

二人目に「とにかく今すぐ始めましょう」と迫ると、「分かっているけれど、できないんです」と苦しくなるかもしれません。

三人目には、具体的な曜日や時間を一緒に考えることが役立ちます。

つまり、同じ助言でも、相手の段階によって効き方が変わるのです。

これは料理に似ています。

まだ米を洗っていない人に、

「弱火で十二分蒸らしてください」

と言っても、話が炊飯器の三駅先まで行っています。

まず必要なのは、いま何をしているところなのかを確かめることです。

人を支援するときも、自分を変えようとするときも、

「何をすべきか」

を考える前に、

「いま、どの段階にいるのか」

を見ることが大切なのです。

学べること二つ目 変わる気がない人を、無理に引っぱらない

誰かに変わってほしいとき、私たちはつい急ぎます。

家族に禁煙してほしい。
部下にもっと積極的になってほしい。
子どもに勉強してほしい。
相談者に早く就職活動を始めてほしい。

心配しているからこそ、

「あなたのためを思って言っているの」

と力が入ります。

ところが、「あなたのため」という言葉は、ときどき大型トラックほどの圧で相手に迫ります。

本人がまだ変化の必要性を感じていない段階では、正論を強くぶつけるほど、心のシャッターが下りることがあります。

「分かりました。やります」

と言いながら、内心では、

「この話を早く終わらせるために、分かったことにしよう」

となるのです。

プロチャスカの研究から学べるのは、変わる気がない人に対して、すぐに行動を求める必要はないということです。

まずは、

「いまの生活について、困っていることはありますか」
「このまま続けた場合、気になることはありますか」
「変えるとしたら、どんな良いことがありそうですか」

と、その人自身が考える時間をつくる。

人を動かすのではなく、本人の中にある迷いや違和感を、一緒に眺めるのです。

種を引っぱっても、早く芽は出ません。

土を整え、水をやり、光が届くようにする。変化を支えるとは、相手を引きずってゴールへ運ぶことではなく、本人が自分の足で動き出せる環境をつくることなのです。

学べること三つ目 「迷っている」は、何もしていない状態ではない

私たちは、行動している人を評価しがちです。

禁煙を始めた。
運動を始めた。
求人に応募した。
勉強を始めた。

目に見える行動は分かりやすいので、「前進している」と感じます。

一方で、

「やろうかどうしようか迷っています」

という人を見ると、止まっているように見えるかもしれません。

けれど、プロチャスカの考え方では、迷っていることも変化の一部です。

「今のままでいいのかな」
「変えたほうがいいのは分かっている」
「でも、変えるのは大変そうだ」
「失敗したら恥ずかしい」
「本当に自分にできるのだろうか」

こうした心の会議は、外からは見えません。しかし本人の中では、賛成派と反対派が資料を広げ、かなり長い会議をしています。

「運動を始めるべきです」
「しかし、仕事の疲労が深刻です」
「健康上の利益があります」
「布団から出たくありません」

議長はだいたい困っています。

この迷いの時期に大切なのは、決断を急がせることではありません。

変わることで得られるものと、失うものを整理することです。

たとえば、たばこをやめれば健康には良い。しかし、気分転換の時間を失うかもしれない。転職すれば状況は改善するかもしれない。しかし、新しい職場への不安もある。

人は「良いことがある」と分かっただけでは動きません。変わることで失うものや怖さにも、きちんと目を向ける必要があります。

迷いを消すのではなく、迷いの中身を言葉にする。

すると、ぼんやりしていた不安が少しずつ形を持ちはじめます。正体不明の怪物だったものが、よく見ると「失敗への心配」と「面倒くささ」と「自信のなさ」の三人組だった、と分かることもあります。

名前が分かれば、対策も考えやすくなります。

学べること四つ目 準備と実行は、似ているようで別の段階

「やろうと思っています」

という言葉は、便利です。

運動しようと思っている。
部屋を片づけようと思っている。
資格の勉強を始めようと思っている。

思っているうちに一年が過ぎることもあります。

しかし、だからといって「思っているだけでは意味がない」と切り捨てるのも乱暴です。変化には、実行の前に準備が必要だからです。

準備の段階では、行動を具体的にしていきます。

「運動する」ではなく、
「火曜日と土曜日の夕方に、二十分歩く」。

「勉強する」ではなく、
「夕食後に机へ座り、問題集を二ページ開く」。

「就職活動をする」ではなく、
「金曜日までに求人を三件見る」。

行動が曖昧なままだと、心はすぐに逃げ道を見つけます。

「今日は疲れているから、明日の自分にお願いしよう」

明日の自分は、今日の自分から仕事を押しつけられ続けています。そろそろ労働組合を結成してもおかしくありません。

準備とは、未来の自分に丸投げすることではなく、未来の自分が動きやすいように道具や時間、場所を整えることです。

靴を玄関に置く。
必要な人に相談する。
予定表に書き込む。
誘惑になるものを遠ざける。
失敗したときの立て直し方を考える。

「頑張る」よりも、「頑張らなくても動きやすい形」をつくる。

これが、変化を実行へつなげる大切な工夫です。

学べること五つ目 始めた直後より、「続ける時期」のほうが長い

新しいことを始めた日は、少し特別です。

新しい運動靴。
真っ白な手帳。
まだ折り目のない参考書。

人間は「始めること」に対して、比較的お祭り気分を出せます。

問題は、その後です。

三週間ほどたつと、運動靴は玄関の置物になり、手帳は住所録になり、参考書は机の傾きを直す台になることがあります。

変化は、始めた瞬間に完成するわけではありません。むしろ、始めた行動を続ける時期のほうが長いのです。

プロチャスカの研究は、「実行したか、していないか」だけでなく、変化を保つことにも目を向けました。

続けるためには、意志の強さだけに頼らないことが重要です。

誘惑が起きやすい場面を知る。
代わりになる行動を用意する。
応援してくれる人とつながる。
できたことを振り返る。
少し崩れても、全部を投げ出さない。

たとえば、毎日歩くと決めた人が、一日休んだとします。

ここで、

「休んでしまった。もう計画は失敗だ」

と考えると、二日目も休み、三日目には運動靴へ静かに別れを告げることになります。

しかし、

「昨日は休んだ。今日は十分だけ歩こう」

と考えれば、変化は続きます。

続ける力とは、一度も転ばない力ではありません。

転んだあとに、道路へ寝袋を敷かず、もう一度立ち上がる力なのです。

学べること六つ目 後戻りは、変化の失敗ではない

プロチャスカの研究で、とりわけ人間味があるのは、後戻りを変化の過程に含めているところです。

人は、一直線には変わりません。

少し進む。
戻る。
また考える。
準備し直す。
再び始める。

変化は階段というより、らせん階段に近いものです。同じ景色が見える場所へ戻ってきたようでも、以前より少し高い位置にいることがあります。

禁煙していた人が、一本吸ってしまう。
食事を整えていた人が、食べすぎてしまう。
勉強を続けていた人が、一週間休んでしまう。

そのとき、

「全部だめになった」

と思いやすいものです。

しかし、一度の後戻りと、完全に元へ戻ることは同じではありません。

大切なのは、責めることより、調べることです。

「何がきっかけだったのか」
「疲れていたのか」
「嫌な出来事があったのか」
「予定が厳しすぎたのか」
「一人で頑張りすぎていたのか」

後戻りには、次の計画を改善するための情報が入っています。

失敗は、人生から送られてくる少々読みにくい報告書です。丸めて捨てるより、赤ペンを持って読んだほうが、次に役立ちます。

学べること七つ目 自信は、行動したあとにも育つ

「自信がついたら始めます」

そう考える人は多いでしょう。

けれど、自信は出発前に満タンになる燃料ではありません。少し動いた結果として、あとから増えていくことがあります。

五分だけ歩けた。
求人を一件だけ見られた。
たばこを一本減らせた。
相談の予約を入れられた。

こうした小さな経験が、

「自分にも少しできるかもしれない」

という感覚を育てます。

最初から大きな自信を求めると、いつまでたっても出発できません。

自信がないから動けない。
動かないから自信がつかない。

心の中で、二人がずっと道を譲り合っています。

「どうぞ、先に自信をつけてください」
「いえいえ、そちらこそ先に行動してください」

丁寧ですが、どちらも動きません。

そこで必要なのは、小さく動くことです。

百点の行動ではなく、十点でも実行できる行動を選ぶ。

「毎日一時間運動する」が難しいなら、まずは十分歩く。
「完璧な履歴書を書く」が難しいなら、氏名と学歴だけ入力する。
「部屋を全部片づける」が難しいなら、机の上の紙を三枚捨てる。

小さな成功は、派手ではありません。

拍手も鳴らず、花火も上がりません。

それでも心の中には、「できた」という小さな灯りがつきます。その灯りが次の一歩を照らします。

学べること八つ目 支援とは、相手を変えることではない

プロチャスカの研究は、人を支援する仕事にも大きなヒントを与えてくれます。

支援者は、相手の問題が見えるぶん、先回りしたくなります。

「このままでは大変です」
「早く応募したほうがいいです」
「生活習慣を変えたほうがいいです」

もちろん、必要な情報を伝えることは大切です。

ただし、支援者が相手より先に走りすぎると、振り返ったとき誰もついてきていないことがあります。

支援とは、相手をこちらの正解へ運ぶことではありません。

相手がいま何を感じ、何に迷い、何ならできそうなのかを一緒に確かめることです。

まだ変わるつもりがない人には、気づくきっかけをつくる。
迷っている人には、良い点と心配な点を整理する。
準備している人には、具体的な計画を立てる。
行動している人には、続ける方法を考える。
後戻りした人には、責めずに立て直しを手伝う。

相手の段階に合う支援は、強く押すことよりも、よく見ることから始まります。

「なぜ動かないのだろう」ではなく、
「いまは何が必要なのだろう」。

この問いに変えるだけで、支援はずいぶんやわらかくなります。

変化は、決意の日ではなく、迷い始めた日から始まっている

私たちは、何かを始めた日を「変化の始まり」だと思います。

禁煙を始めた日。
運動を始めた日。
応募書類を送った日。

けれど、その前には長い時間があります。

「このままでいいのかな」と思った日。
誰かの話が少し心に残った日。
変わることの利点を考えた日。
まだ怖いけれど、情報を調べた日。

それらもすべて、変化の一部です。

ジェームズ・O・プロチャスカの研究は、行動できない自分をすぐに「だめ」と決めつけなくていいと教えてくれます。

いまは、まだ考え始める前かもしれない。
迷っている途中かもしれない。
準備を整えているところかもしれない。
一度戻って、作戦を練り直しているのかもしれない。

大切なのは、自分を急かすことではなく、現在地を知ることです。

変化は、エレベーターのようにボタン一つで目的地へ着くものではありません。

ときには階段を上り、ときには踊り場で休み、ときには忘れ物を取りに戻る。

それでも、また歩き出せばいい。

プロチャスカの研究が教えてくれるのは、「すぐに変わる方法」ではなく、変わろうとしている人間を、途中で見捨てない方法なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ジェームズ・O・プロチャスカ(James O. Prochaska)の論文一覧

1.『人はどうやってタバコをやめるのか-禁煙に至る「変化の段階」とプロセスを統合する』ジェームズ・O・プロチャスカ、カルロ・C・ディクレメンテ(1983)

Prochaska, J. O., & DiClemente, C. C.(1983). Stages and processes of self-change of smoking: Toward an integrative model of change. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 51(3), 390–395.
DOI:10.1037/0022-006X.51.3.390

「たばこをやめるぞ!」と宣言した日だけが、禁煙の始まりではありません。プロチャスカとディクレメンテは、禁煙に取り組む人々を調べ、変化には「まだやめる気はない」「そろそろ考えようかな」「実際にやめる」「続ける」といった段階があると示しました。つまり、禁煙は意志の強さを競う短距離走ではなく、迷ったり戻ったりしながら進む長旅。「また吸ってしまった。全部失敗だ」と落ち込む前に、いま自分がどの地点にいるのか確かめてみよう。人が変わる瞬間の舞台裏を、やさしく地図にした一編です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
禁煙できないのは意志が弱いから?872人の研究で見えた変化の段階
禁煙できないのは意志が弱いから?872人の研究で見えた変化の段階

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