イツェク・アイゼン(Icek Ajzen)の論文一覧:決意が玄関で靴を履くまでを観察した心理学者
イツェク・アイゼン(Icek Ajzen)のプロフィール
イツェク・アイゼン(Icek Ajzen)は、「人は、なぜ“やろう”と思ったことを、実際にはやらないのか」という、人類が何度も負け続けてきた問題を研究した社会心理学者です。
たとえば、こんな経験はないでしょうか。
「明日から運動しよう」
「今度こそ早く寝よう」
「お菓子は一日一個までにしよう」
決意した瞬間の私たちは、なかなか立派です。背筋が伸び、未来の自分まで少し輝いて見えます。ところが翌日になると、運動着はタンスで眠り、夜ふかしは元気に続き、お菓子の袋だけが静かに空になっています。
「昨日の決意は、どこへ行ったのですか」
「さあ……玄関までは来ていたと思うのですが」
アイゼンが研究したのは、まさにこの「気持ちと行動のあいだ」です。
ポーランドから始まった心理学者の道
アイゼンは、ポーランドのヘウムという町に生まれました。その後、イスラエルのヘブライ大学で心理学と社会学を学び、アメリカのイリノイ大学で社会心理学の博士号を取得します。
博士号を取得したのは1969年。その後は、アメリカのマサチューセッツ大学アマースト校を主な研究拠点としながら、長年にわたって人の態度や判断、行動の仕組みを研究してきました。イスラエルのテルアビブ大学などでも教え、現在はマサチューセッツ大学アマースト校の名誉教授です。
研究者というと、白衣を着て難しい数式を黒板いっぱいに書いている姿を想像するかもしれません。しかし、アイゼンが見つめていたのは、もっと日常的な人間の姿でした。
健康診断を受けたほうがよいと分かっているのに、予約しない人。
環境のために公共交通機関を使いたいと思いながら、今日も車の鍵を手に取る人。
勉強しようと机に座った直後、「まずは少しだけ」と動画を見始める人。
つまりアイゼンは、人間の心にある「分かっているけれど、動けません」という小さな会議室をのぞき込んだのです。
「好きだからやる」だけでは、人間を説明できない
人が何かをするかどうかは、単純に「それが好きか、嫌いか」だけで決まるのでしょうか。
「運動は健康によいと思っていますか」
「はい、とてもよいと思います」
「では、運動していますか」
「それとこれとは別の話です」
人間は、こういう少々ややこしい生き物です。
アイゼンは、心理学者マーティン・フィッシュバインとともに、人の態度と行動の関係を研究しました。二人が発展させた考え方では、行動の直前には「それをしよう」という意思があり、その意思は、自分の考えだけでなく、周囲の期待にも影響されると考えます。
たとえば、禁煙しようと思うかどうかには、「たばこをやめることは自分にとってよい」という評価だけでなく、「家族もやめてほしいと思っている」という周囲からの圧力も関係します。
ところが、それだけでは説明できない場面がありました。
「運動したいし、家族も応援している。でも、仕事が忙しくて時間がない」
「健康的な食事をしたい。でも、近所では材料が手に入りにくい」
「電車を使いたい。でも、そもそも駅が遠い」
本人にやる気があっても、行動できる条件がそろっていなければ、決意は動き出せません。気合だけで駅は近くなりませんし、根性で一日を二十六時間にすることもできません。
そこでアイゼンは、「自分にはその行動を実行できそうか」という感覚を理論に加えました。
これが、彼の代表的な「計画的行動理論」へとつながっていきます。
人が動く前には、三人の相談役がいる
アイゼンの計画的行動理論では、人が「やってみよう」と思うまでに、主に三つの要素が関係すると考えます。
一つ目は、その行動をよいと思うか、悪いと思うかという本人の評価です。
「運動したら健康になれそうだ」
「でも、疲れるし面倒そうだ」
心の中では、長所と短所が小さな討論会を開いています。
二つ目は、家族や友人、職場の人などが、その行動をどう思うかという周囲からの影響です。
「みんなも参加するなら、自分も行こうかな」
「家族が反対しているから、少し迷うな」
人間は自分一人で決めているように見えて、実は心の客席に何人もの知り合いを座らせています。
三つ目は、「自分にもできそうだ」と思えるかどうかという実行できる感覚です。
「時間もある。方法も分かる。たぶん続けられそうだ」
そう思えれば、意思は強くなります。
反対に、「やりたいけれど、時間もお金も自信もない」と感じれば、意思は弱くなります。これは怠けているからとは限りません。行動へ向かう道路に、工事中の看板がいくつも立っている状態なのです。
本人の評価、周囲からの影響、実行できる感覚。この三つが集まり、「やろう」という意思が生まれ、その意思が実際の行動につながっていく。これが計画的行動理論の基本的な考え方です。
「意志が弱い」で片づけない心理学
アイゼンの研究がおもしろいのは、人が行動できなかったとき、すぐに「本人の意志が弱いからだ」と決めつけないところです。
たとえば、ある人が運動を続けられなかったとします。
昔ながらの根性論なら、こう言うかもしれません。
「本気ならできる!」
しかし、アイゼンの理論を使うと、もう少し細かく考えられます。
その人は運動にどんな印象を持っているのか。周囲に応援してくれる人はいるのか。運動する時間や場所はあるのか。自分にもできると思えているのか。
こうして見ていくと、必要なのは「もっと頑張れ」という大声ではなく、行動を邪魔している原因を一つずつ見つけることかもしれません。
運動が苦痛なら、楽しい方法を探す。
家族の協力が必要なら、予定を相談する。
時間がないなら、最初から一時間を目指さず、十分から始める。
人間の行動は、心のエンジンだけで走っているわけではありません。道路の状態、周囲の交通、手元にある地図も関係します。アイゼンは、その全体を見ようとした研究者なのです。
健康から環境問題まで広がった理論
計画的行動理論は、1985年に基本的な考え方が示され、1991年の論文によって広く知られるようになりました。
その後、この理論は心理学の中だけにとどまらず、予防接種、運動、禁煙、感染症予防、公共交通機関の利用、環境に配慮した行動、情報技術の利用など、さまざまな分野で使われるようになります。
「人に行動してもらうには、何を伝えればよいのか」
「なぜ、必要性を説明しただけでは動いてもらえないのか」
こうした問題を考えるとき、アイゼンの理論は、人の心を開けるための合鍵になります。
もちろん、人間の行動を一つの理論ですべて説明できるわけではありません。人は突然気が変わりますし、予定外の出来事も起こります。冷蔵庫にプリンがあれば、計画はしばしば緊急変更されます。
それでも、「行動には、本人の評価、周囲の影響、実行できる感覚が関わる」という見方は、複雑な人間を理解するための有力な地図になりました。計画的行動理論は、健康、教育、環境、経済など幅広い領域で応用され、数多くの研究に利用されています。
世界に大きな影響を与えた「行動の設計図」
アイゼンの研究は、社会心理学の枠を越えて大きな影響を与えました。
2025年には、態度をどのように理解し、測定するかという研究を大きく前進させた功績により、ほかの社会心理学者たちとともに、BBVA財団の「知識の最前線賞」社会科学部門に選ばれています。この賞では、彼らの研究が心理学だけでなく、社会学、政治学、教育、健康、経済などにも広がったことが評価されました。
アイゼンが研究してきたのは、英雄のような特別な行動ではありません。
運動する。
薬を飲む。
勉強する。
投票に行く。
環境に配慮する。
どれも私たちの暮らしの中にある、ささやかな選択です。
けれど人生は、こうした小さな行動の積み重ねによって形づくられます。
「やろうと思ったのに、できなかった」
そんなとき、私たちは自分を責めがちです。しかしアイゼンの研究は、少し違う質問を投げかけてくれます。
「本当にその行動をよいと思えていましたか」
「周囲の人との関係はどうでしたか」
「実行できる環境や自信はありましたか」
できなかった自分を裁判にかける前に、行動へ続く道を点検してみる。
イツェク・アイゼンは、「人は気合だけでは動かない」という当たり前でありながら見落とされやすい事実を、心理学の言葉で丁寧に示した研究者です。
決意が玄関で靴を履き、実際の行動として外へ出ていくまで。その長くて短い道のりを、アイゼンは今も私たちに教えてくれています。
参考文献・確認先:イツェク・アイゼン公式プロフィール / Google Scholar:イツェク・アイゼン 論文・引用情報 / PubMed:イツェク・アイゼン 関連論文

イツェク・アイゼン(Icek Ajzen)の研究から学べること
イツェク・アイゼンの研究から学べることは、ひと言でいえば、「人を動かしたいなら、根性ではなく、行動までの道筋を見よう」ということです。
私たちは何かができなかったとき、つい乱暴な言葉で片づけてしまいます。
「自分は意志が弱い」
「あの人はやる気がない」
「本気なら、もう動いているはずだ」
なるほど。たしかに、勢いはあります。
けれど、勢いがあるからといって、説明として正しいとは限りません。「本気ならできる」で全部解決するなら、世の中から三日坊主はとっくに絶滅しているはずです。
ところが三日坊主は、今日も元気です。
運動、勉強、貯金、早寝、片づけ。あらゆる分野を軽やかに渡り歩き、私たちの計画表に座っています。
アイゼンの研究は、そんな人間の行動を、「意志が強いか弱いか」だけで判断しません。
その行動を本人がどう考えているのか。
周囲の人はどう思っているのか。
実行できる条件はそろっているのか。
こうした要素を一つずつ見ていきます。
つまり、できなかった人を叱る前に、行動へ向かう道路が通れる状態だったのかを確認するのです。
「やりたい」と「やる」は、同じではない
まず学べるのは、「やりたい」という気持ちと、実際の行動は別物だということです。
たとえば、こんな会話があったとします。
「健康のために運動したいですか」
「もちろんです」
「では、昨日は運動しましたか」
「昨日はちょっと……」
「一昨日は?」
「一昨日も少し事情が……」
「では、いつ運動を?」
「その件につきましては、未来の私が担当しております」
人は、やりたいと思っていても、必ずしも行動するとは限りません。
これは珍しいことではありません。むしろ、とても人間らしいことです。
「健康になりたい」
「仕事を覚えたい」
「もっと家族に優しくしたい」
「部屋をきれいにしたい」
こうした願いは、本物かもしれません。
けれど、願いだけでは行動は始まりません。
アイゼンの研究から分かるのは、願いを行動に変えるためには、「何を、いつ、どのようにするか」まで近づけて考える必要があるということです。
「運動したい」だけでは、まだ雲のようにふわふわしています。
「月曜日と木曜日の帰宅後、家の周りを十分歩く」と決めると、地面に足がつきます。
「勉強しなければ」では、心の中で警報が鳴っているだけです。
「夕食後に机で問題を三問解く」と決めれば、行動の入口が見えてきます。
大切なのは、大きな決意を作ることではありません。
決意が迷子にならないように、住所を与えることです。
行動できない理由は、一つではない
アイゼンの考え方では、人が行動するかどうかには、いくつかの要素が関係しています。
たとえば、ある人が資格の勉強を始められないとします。
周囲は言います。
「やる気がないんじゃない?」
しかし、本当にそうでしょうか。
本人は、その資格を取る意味を感じていないのかもしれません。
家族から「そんな資格を取ってどうするの」と言われ、不安になっているのかもしれません。
仕事と家事で疲れ、勉強する時間がないのかもしれません。
教材が難しすぎて、「自分には無理だ」と感じているのかもしれません。
同じ「勉強していない」という姿でも、理由はそれぞれ違います。
ここが重要です。
理由が違えば、必要な助けも違います。
資格を取る意味が分からない人に、「一日一時間やりなさい」と言っても、心は動きません。
時間がない人に、「もっと本気になれ」と言っても、一日は二十四時間のままです。
自信がない人に、分厚い参考書を渡したら、勉強より先に心が閉店するかもしれません。
行動できない人に必要なのは、いつも励ましとは限りません。
情報かもしれません。
時間かもしれません。
小さな成功体験かもしれません。
周囲の理解かもしれません。
アイゼンの研究は、「動かない」という結果だけを見るのではなく、その手前にある事情を見る大切さを教えてくれます。
人を説得するときは、「正しさ」だけでは足りない
私たちは人に行動してほしいとき、「正しい説明」をすれば動いてくれると思いがちです。
「運動は健康にいいですよ」
「早く寝たほうがいいですよ」
「貯金したほうが将来安心ですよ」
どれも間違ってはいません。
けれど、言われた側としては、こう返したくなることがあります。
「それは、もう知っております」
健康によいと知っていても、運動しない人はいます。
お金が必要だと分かっていても、貯金できない人はいます。
締め切りが近いと理解していても、なぜか机の引き出しを整理し始める人もいます。
人は、正しい情報を受け取っただけでは動きません。
その行動に魅力を感じること。
周囲から支えられていると感じること。
自分にもできそうだと思えること。
こうした条件が必要になります。
たとえば、運動を勧めるなら、「健康にいいからやりましょう」だけではなく、「どんな運動なら苦痛が少ないか」「一緒にできる人はいるか」「どのくらいなら続けられそうか」まで考える必要があります。
人の背中を押すつもりが、いきなり崖へ押し出してはいけません。
まずは足元に、小さな階段を作る。
これが、アイゼンの研究から学べる、人を支えるときの基本姿勢です。
「できそうだ」という感覚を軽く見ない
行動を始めるうえで、とても大きな役割を持つのが、「自分にもできそうだ」という感覚です。
たとえば、運動習慣を作ろうとしたとき、最初から「毎日一時間走る」と決めたらどうなるでしょうか。
初日は、張り切って走るかもしれません。
二日目は、少し足が重くなります。
三日目には、雨が降ってきます。
四日目には、「今日は休養も大事だ」と、急に専門家のような顔をし始めます。
そして一週間後、運動靴は玄関の飾りになります。
これは、本人がだらしないからとは限りません。
目標が大きすぎて、「自分にもできる」という感覚を失ってしまった可能性があります。
反対に、「まずは五分歩く」ならどうでしょう。
五分ならできそうです。
できれば、「自分にもできた」という感覚が残ります。
その感覚は、次の行動を呼び込みます。
行動は、立派な目標から始まるとは限りません。
「これならできる」という小さな納得から始まります。
私たちは大きな目標を掲げると、なんとなく立派になった気がします。
しかし、目標は壁に貼るための飾りではありません。
実際に動くための道具です。
高すぎる目標で自分を感動させるより、小さな目標で自分を動かすほうが、人生は少しずつ変わっていきます。
周囲の空気は、思っている以上に強い
アイゼンの研究からは、私たちの行動が周囲の人の考えにも影響されることが分かります。
人は「自分の意思で決めた」と思っています。
けれど、心の中では、かなり大勢の人が会議に参加しています。
家族。
友人。
同僚。
上司。
世間。
ときには、まだ会ったことのない誰かまで座っています。
「こんなことをしたら、どう思われるだろう」
「みんながやっているなら、自分もやろう」
「家族が応援してくれるなら、挑戦してみたい」
こうした考えは、行動に大きな影響を与えます。
たとえば、健康的な生活を始めようとしても、家族が毎晩のように夜食を勧めてきたら、なかなか難しいでしょう。
「健康のために控えようと思って」
「分かった。では、今日は大盛りにしておいた」
これでは、意思より食卓の戦力が強すぎます。
反対に、「一緒に散歩しよう」「無理のない範囲で続けよう」と支えてくれる人がいれば、行動は続きやすくなります。
何かを始めたいときは、自分の心だけでなく、周囲の環境も整える。
応援してくれる人に話す。
一緒に取り組む仲間を見つける。
誘惑を増やす人とは、少し距離を調整する。
これは弱さではありません。
人間が環境の中で生きていることを、正しく利用しているのです。
失敗した自分を、すぐに人格批判しない
アイゼンの研究を日常に生かすうえで、特に大切なのは、行動できなかった自分をすぐに責めないことです。
計画が続かなかったとき、私たちはこう言いがちです。
「自分はだめだ」
「昔から何をやっても続かない」
「やっぱり根性がない」
しかし、一度の失敗から人格全体を裁くのは、少し話が大きすぎます。
目覚まし時計を一度止めたからといって、「私は時間という概念に向いていない」とまで考える必要はありません。
大切なのは、自分を責めることではなく、原因を調べることです。
その行動に本当に意味を感じていたか。
目標が大きすぎなかったか。
時間や場所は決まっていたか。
周囲に反対する人はいなかったか。
必要な知識や道具はあったか。
疲れすぎていなかったか。
こうして点検すると、失敗は「自分がだめな証拠」ではなく、「計画を直すための資料」になります。
失敗は判決文ではありません。
次の作戦会議に持っていく報告書です。
この見方を持てると、自分に対して少し優しくなれます。
そして不思議なことに、自分を激しく責めるより、冷静に原因を見たほうが、次の行動につながりやすくなります。
人を支えるときは、心と環境の両方を見る
アイゼンの研究は、教育、福祉、医療、職場など、人を支える場面でも役立ちます。
たとえば、就職活動を始められない人がいたとします。
周囲から見れば、「早く応募すればいいのに」と思うかもしれません。
けれど本人は、働くことに不安を感じているかもしれません。
面接で否定されるのが怖いのかもしれません。
自分にできる仕事が分からないのかもしれません。
家族から別の仕事を勧められて迷っているのかもしれません。
応募書類の書き方が分からず、入口で立ち止まっているのかもしれません。
この人に必要なのは、「とにかく応募しましょう」という正論だけではありません。
働くことへの印象を整理する。
不安を言葉にする。
できそうな仕事を一緒に探す。
応募書類を一枚ずつ作る。
職場見学から始める。
こうして、「できそうだ」という感覚を育てていく必要があります。
人を支えるとは、本人を無理やり動かすことではありません。
動けない理由を一緒に見つけ、道に落ちている石を少しずつどけることです。
本人が歩き出したとき、その一歩は支援者のものではありません。
本人自身の一歩です。
アイゼンの研究は、人を動かす技術というより、人が動ける条件を整える視点を教えてくれます。
「やる気を出す」より、「やりやすくする」
私たちは何かを始めたいとき、「もっとやる気を出さなければ」と考えます。
しかし、やる気は天気に似ています。
朝は晴れていたのに、夕方には曇ります。
昨日は希望に満ちていたのに、今日は布団が世界でいちばん信頼できる場所に見えます。
やる気だけに頼ると、計画は天候任せになります。
そこで大切なのが、行動しやすい仕組みを作ることです。
本を読むなら、机の上に置いておく。
朝に散歩するなら、前夜に服を準備しておく。
お菓子を減らすなら、大袋を買わない。
勉強するなら、教材を開いた状態にしておく。
行動の始まりにある手間を減らすと、人は動きやすくなります。
「自分の意思を鍛える」のではなく、「意思をあまり使わなくても動ける環境を作る」。
これは逃げではありません。
むしろ、人間の性質をよく理解した、賢い方法です。
毎日、自分の心と決闘する必要はありません。
勝負が始まる前に、勝ちやすい場所へ机を動かしておけばよいのです。
人は、気合だけではなく条件によって動く
イツェク・アイゼンの研究が私たちに教えてくれるのは、人の行動は単純ではないということです。
「やりたい」という気持ち。
その行動への印象。
周囲の人から受ける影響。
自分にもできるという感覚。
実際に使える時間やお金。
こうしたものが重なって、ようやく行動が生まれます。
だから、うまく動けないときに、自分や他人を「やる気がない」の一言で片づけるのは、少しもったいないのです。
「どこで止まっているのだろう」
そう考えるだけで、見える景色が変わります。
意味を感じられていないのか。
周囲の理解がないのか。
難しすぎるのか。
方法が分からないのか。
環境が整っていないのか。
問題の場所が分かれば、直すことができます。
私たちはときどき、行動できない自分に向かって、心の中で大声を出します。
「しっかりしろ!」
けれど必要なのは、大声ではなく、点検かもしれません。
エンジンは動くか。
燃料はあるか。
道は通れるか。
目的地は本当に行きたい場所か。
アイゼンの研究は、人生を気合の一発勝負から、調整可能な計画へと変えてくれます。
できない自分を責める前に、できる条件を作ってみる。
人を急かす前に、その人が歩ける道を一緒に探してみる。
決意が動き出すために必要なのは、強い心だけではありません。
小さくても、実際に渡れる橋なのです。

イツェク・アイゼン(Icek Ajzen)の論文一覧
1.『人はなぜ「やろう」と思い、実際に動くのか – 意思を行動へ変える「計画的行動理論」』イツェク・アイゼン(1991)
Ajzen, I. (1991). The theory of planned behavior. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 50(2), 179–211.
DOI:10.1016/0749-5978(91)90020-T
「明日から運動する!」「今度こそ早寝する!」。決意した瞬間は、未来の自分がまぶしい。ところが翌日、運動着は眠り、夜ふかしは元気いっぱいです。アイゼンは、人が動くかどうかは、本人の考え、周囲の目、自分にもできそうだという感覚で決まると説明しました。やる気だけでは行動できないのは、あなたが怠け者だからではありません。決意が玄関で靴を履き、外へ出るまでの仕組みを解き明かした、人間味たっぷりの名論文です。

