ハロルド・パシュラー(Harold Pashler)の論文一覧:脳に「一夜漬けは禁止です」と、データで静かに説教した認知心理学者
ハロルド・パシュラー(Harold Pashler)のプロフィール
ハロルド・パシュラー(Harold Pashler)は、人間の「注意」「記憶」「学習」を研究してきたアメリカの認知心理学者です。現在は、カリフォルニア大学サンディエゴ校の名誉特別教授として紹介されています。大学の研究者紹介に並んでいる研究分野は、人間の学習、注意、認知。つまり、「人は何に気づき、何を見落とし、どう覚え、なぜ忘れるのか」を、長年じっくり追いかけてきた人物です。
名前のハロルドを縮めて、「ハル・パシュラー」と呼ばれることもあります。
研究者というと、白衣を着て難しい数式をにらみながら、「ふむ、脳内の情報処理機構が……」とつぶやいている姿を想像するかもしれません。パシュラーの研究も、確かに中身は本格的です。
しかし、彼が向き合ってきた疑問は、意外と私たちの日常に近いものばかりです。
「人は二つのことを、本当に同時にできるのか?」
「昨日あれほど勉強したのに、なぜ今日は忘れているのか?」
「自分に合った勉強法なら、成績は本当に上がるのか?」
「何度も読むのと、思い出す練習をするのでは、どちらが記憶に残るのか?」
どれも、テスト前の学生や、仕事を覚えようとしている新人や、スマートフォンを見ながら会議を聞いている人の胸に、かなり鋭く刺さる疑問です。
哲学から心理学へ向かった研究者
パシュラーは、ブラウン大学で心理学と、論理学・科学哲学を学び、その後、ペンシルベニア大学で心理学の博士号を取得しました。科学哲学とは、簡単にいえば「それは本当に科学的に確かめられているのですか」と考える学問です。
この経歴を知ると、彼の研究姿勢にも少し納得できます。
パシュラーは、世の中で人気のある考え方を見つけても、すぐに「なるほど、正しい」とは言いません。
「たいへん魅力的なお話ですね。ところで、証拠はどこでしょう」
と、静かに資料を取り出します。
夢を壊したいわけではありません。むしろ、役に立つ教育法と、役に立ちそうに見えるだけの教育法を、きちんと区別したいのです。
研究の世界におけるパシュラーは、派手な説を売る商人というより、商品の裏側まで確認する品質検査員に近いのかもしれません。
人間の注意には「一車線の道路」がある
パシュラーの初期の代表的な研究テーマは、人間の注意の限界でした。
私たちは、料理をしながら会話をしたり、音楽を聴きながら運転したり、資料を読みながら別のことを考えたりします。そのため、「人間はけっこう同時作業が得意なのでは」と思いたくなります。
ところが、パシュラーの研究が示したのは、もう少し不都合な現実でした。
目や耳から複数の情報を受け取ることはできても、判断したり、答えを選んだり、記憶から情報を取り出したりする重要な段階では、処理が渋滞しやすいのです。脳の中には、何台もの車が横に並べる高速道路だけでなく、一台ずつしか通れない細い橋がある。彼は、そんな「情報処理のボトルネック」を研究しました。
たとえば、メールを書きながら会議を聞いているとします。
本人は「両方できています」と胸を張っています。しかし脳内では、会議係とメール係が、一本しかないマイクを奪い合っているかもしれません。
会議係「次は予算の話です」
メール係「少々お待ちください。いま敬語を整えています」
会議係「では大事な結論を……」
メール係「送信しました。どうぞ」
会議係「すみません、結論はもう終わりました」
このように、同時に処理しているように見えても、実際には注意を素早く切り替えているだけの場合があります。その切り替えには、小さくても確かな時間と負担がかかるのです。
「たくさん勉強する」より「忘れにくく勉強する」
パシュラーはその後、注意の研究だけでなく、学習と記憶の研究にも力を注ぐようになりました。
そこで注目したのが、勉強する間隔と、思い出す練習です。
私たちは、覚えたいものがあると、同じ日に何度も読み返しがちです。読んだ直後は内容が頭に残っているので、「これは完全に覚えた」と感じます。
しかし、その自信はときどき、記憶が差し出してくる偽造身分証です。
その場で見覚えがあることと、数週間後に自分の力で思い出せることは、同じではありません。
パシュラーたちの研究は、学習を一度に詰め込まず、時間を空けて繰り返すことや、ただ読み直すのではなく、自分で答えを思い出す練習をすることに注目しました。目標は、勉強した直後の「できた気分」を増やすことではありません。知識が忘却の坂道を転がり落ちる速度を、少しでも遅くすることでした。
これは、学生だけの話ではありません。
仕事の手順、資格試験の知識、人の名前、外国語、研修内容など、長く覚えておきたいものには共通して役立つ考え方です。
一夜漬けは、記憶に大量の荷物を一気に押し込む方法です。入った瞬間は壮観ですが、翌朝になると、かなりの荷物がどこかへ引っ越しています。
一方、間隔を空けた復習は、記憶に何度も住所を確認させる方法です。
「この知識、まだここに住んでいますか?」
「はい、います」
「では、また数日後に確認します」
記憶にとっては少々しつこい訪問者ですが、そのしつこさが長期保存につながります。
「あなたは耳で覚える人」に待ったをかけた
パシュラーの名前が教育の分野で広く知られるきっかけの一つに、「人にはそれぞれ得意な学び方があり、その型に授業を合わせれば、よく学べる」という考え方への検証があります。
たとえば、「私は目で見ると覚えられる人です」「私は耳で聞くほうが得意です」といった分類です。
この考え方は、とても納得しやすいものです。自分専用の学び方があると言われれば、少しうれしくもなります。
しかしパシュラーたちは、ここでも例の質問を投げかけました。
「好みがあることと、その方法で成績が上がることは、本当に同じでしょうか?」
研究を調べた結果、学ぶ人の好みに授業方法を合わせれば学習成果が高まる、という考えを教育現場で広く採用するための十分な証拠は確認できないと結論づけました。
これは、「人による違いは存在しない」という意味ではありません。
図が好きな人もいれば、文章が好きな人もいます。話を聞くほうが楽な人も、手を動かしたい人もいます。
ただし、「好きな方法」と「最も効果的な方法」は、必ずしも同じではないということです。
野菜が苦手だからといって、ケーキだけを食べる方法が、その人に最適な栄養法になるわけではありません。学び方にも、好みとは別に、その内容に適した伝え方があります。
地図を学ぶなら図が役立ちます。発音を学ぶなら音が必要です。文章を書く力を育てるなら、実際に文章を書く練習が欠かせません。
大切なのは、「私は何型か」と名札をつけることではなく、「何を学ぶために、どの方法が役立つか」を考えることなのです。
人気よりも、確かな証拠を選ぶ
パシュラーは、人間の注意や記憶を研究するだけでなく、心理学研究そのものの確かさにも関心を向けてきました。
心理学の実験で一度おもしろい結果が出ても、別の研究者が同じ方法を試したときに、同じ結果が出るとは限りません。
そこで彼は、研究結果が繰り返し確認できるのか、実験方法や統計の使い方に問題はないのかという問いにも取り組みました。2018年には、再現可能な実験心理学を築くための課題をテーマに、心理学の学会で基調講演を行っています。
科学の世界では、目新しくて派手な結果ほど注目を集めます。
けれどもパシュラーが大切にしたのは、「おもしろいか」だけではありません。
「その結論は、本当にデータから言えるのか」
「別の説明は考えられないか」
「同じ実験をもう一度行っても、同じことが起こるのか」
こうした地味な質問を積み重ねることです。
地味ですが、科学にとっては家の基礎工事のようなものです。誰も基礎だけを見に観光へは来ません。しかし基礎が弱ければ、どれほど美しい建物も、風が吹いた日に話が変わってきます。
勉強法を売る前に、実験してみよう
パシュラーは、人間の注意と学習について100本を超える研究論文を発表し、注意の心理学を体系的に扱った専門書や、心に関する百科事典の編集にも携わってきました。1999年には、空間への注意や行動を制御する仕組みに関する研究が評価され、米国科学アカデミーのトロランド研究賞を受賞しています。
彼の研究をひとことで表すなら、「もっと努力しなさい」ではなく、「その努力の使い方は、本当に合理的ですか」と問いかける研究だといえるでしょう。
長時間机に座ることと、長く覚えていることは同じではありません。
二つの作業を同時に抱えることと、二つとも上手にできることも同じではありません。
自分に合っていると感じる学び方と、実際に成果が出る学び方も同じとは限りません。
人間の感覚は、いつも正直ですが、いつも正確とは限らないのです。
パシュラーは、その少し困った人間の性質を責めません。
ただ、実験という懐中電灯を持って、私たちの「できているつもり」「覚えたつもり」「自分に合っているつもり」を照らします。
すると、暗がりから本当に役立つ学び方が、少しずつ姿を現します。
一気に詰め込むより、時間を空けて戻ってくること。
読み流すだけでなく、頭の中から答えを取り出すこと。
複数の作業を同時に抱え込みすぎないこと。
そして、耳ざわりのよい勉強法に出会ったときほど、「それを裏づける証拠はあるだろうか」と立ち止まること。
パシュラーの研究は、勉強の近道を魔法のように教えてくれるものではありません。
けれども、効果の薄い遠回りを減らすための地図は、かなり丁寧に描いてくれています。
「根性は持ってきました。気合いも十分です」
そう言って勉強机に座る私たちに、パシュラーは静かに椅子を引きながら、こう言うのかもしれません。
「すばらしい。では次に、その努力が記憶に残るよう、復習の予定を分けてみましょうか」
参考文献・確認先:カリフォルニア大学サンディエゴ校:ハロルド・パシュラー公式プロフィール / Google Scholar:ハロルド・パシュラー 論文・引用情報 / PubMed:ハロルド・パシュラー関連論文

ハロルド・パシュラー(Harold Pashler)の研究から学べること
ハロルド・パシュラー(Harold Pashler)の研究から学べることは、単に「効率のよい勉強法を知ろう」という話にとどまりません。
もっと根っこの部分にあるのは、自分の感覚を信じすぎず、実際の結果を確かめることの大切さです。
私たちは、日々たくさんの「できているつもり」と暮らしています。
「音楽を聴きながらでも仕事はできる」
「何度も読んだから、もう覚えた」
「自分は耳で聞くほうが向いている」
「一気に集中したほうが効率がいい」
どれも、本人としてはかなり確信があります。
けれどもパシュラーの研究は、こちらをじっと見ながら、こう問いかけてきます。
「その自信、実際の成績表と話し合いましたか?」
なかなか厳しい質問です。
心の中では、「成績表とは少し距離を置いておりまして」と答えたくなります。
しかし、この少し耳の痛い問いこそが、私たちの学び方や働き方を変える入口になります。
「できている感覚」と「本当にできている」は別もの
パシュラーの研究からまず学べるのは、人間の手応えは、思ったほど正確ではないということです。
たとえば、教科書や資料を何度も読み返していると、文章に見覚えが出てきます。
すると脳は言います。
「はいはい、この内容ね。知っていますよ」
ところが、いざ本を閉じて説明しようとすると、口から出てくるのは、
「ええと、つまり、その、なんというか……大事な話です」
という、たいへん広い意味でしか正しくない説明だったりします。
これは、文章を見ればわかることと、自分の力で思い出せることが違うからです。
見覚えがあるだけなのに、脳は「理解しました」の札を勝手に貼ってしまいます。少々仕事の早すぎる受付係です。
だからこそ、学んだあとは資料を閉じて、
「いまの内容を、自分の言葉で説明できるだろうか」
「重要な点を三つ挙げられるだろうか」
「具体例を出せるだろうか」
と確かめることが大切です。
勉強とは、目で文章を追いかけた時間を競うものではありません。必要なときに知識を取り出せる状態をつくることです。
「三時間読みました」
という報告より、
「本を閉じても説明できます」
という状態のほうが、記憶にとっては頼もしいのです。
一度に詰め込まず、忘れかけたころに戻ってくる
パシュラーの学習研究から得られる大きな教訓の一つが、学習は間隔を空けたほうが長く残りやすいということです。
人は忘れたくないものほど、一気に覚えようとします。
試験前日に机へ向かい、
「今夜ですべて片づける」
と宣言します。
知識の側からすれば、突然深夜に呼び出され、玄関から押し込まれ、廊下に積み上げられるようなものです。
翌日の試験までは、なんとか家の中にいてくれるかもしれません。
しかし数日後に訪ねると、多くの知識はすでに退去しています。
「昨日まで住んでいたはずですが」
「契約が一日だけだったようです」
これが一夜漬けの切なさです。
長く覚えておきたいなら、一度に完璧を目指すより、少し時間を空けて何度も戻るほうがよいのです。
今日学び、数日後に思い出し、さらに一週間後に確認する。
そのたびに少し忘れていても構いません。
むしろ、「なんだったかな」と頭を働かせることに意味があります。
忘れかけた記憶を引っ張り出す作業は、知識の通り道を踏み固めるようなものです。最初は草だらけの細い道でも、何度も歩けば、やがて迷いにくい道になります。
ここで大切なのは、忘れることを失敗だと思わないことです。
忘れるのは、脳が壊れているからではありません。脳が普通に働いているからです。
記憶は倉庫ではなく、必要そうなものを残し、使われないものを整理する場所です。
だから私たちは、脳に何度か知らせなければなりません。
「この知識、まだ使います」
「捨てないでください」
「来週も訪ねます」
復習とは、脳への保存延長申請なのです。
同時にやれば早い、とは限らない
パシュラーの注意研究は、仕事や日常生活にも大きな示唆を与えてくれます。
私たちは忙しくなると、複数の作業を同時にこなそうとします。
会議を聞きながらメールを書く。
動画を流しながら資料を読む。
電話をしながら予定表を確認する。
本人としては、たいへん働いている感覚があります。
机の上には資料が広がり、画面には窓がいくつも開き、通知音も鳴っている。
見た目だけなら、仕事のできる人の指令室です。
しかし脳の中では、
「会議を聞く係、前へ」
「次、メールを書く係」
「待ってください、いま何の話でしたか」
と、担当者が慌ただしく入れ替わっています。
人間は、すべての作業を完全に同時進行しているわけではありません。特に、判断や言葉の処理を必要とする作業が重なると、注意の切り替えが増えます。
その結果、作業時間が延びたり、間違いが増えたり、大事な情報を聞き逃したりします。
つまり、忙しいときほど「同時にやろう」とするのですが、忙しいときほど、その方法が仕事をさらに混雑させることがあるのです。
これは、道路が渋滞しているからといって、車線の真ん中で別の仕事を始めるようなものです。
解決策は意外と地味です。
一つの作業に区切りをつけてから、次へ移る。
通知を一時的に切る。
会議を聞く時間と、返信を書く時間を分ける。
二十五分だけ一つの作業に集中する。
こうした工夫は、派手ではありません。
しかし、脳内の交通整理としてはかなり優秀です。
「私は同時作業が得意です」と思っている人ほど、一度、作業時間や間違いの数を比べてみるとよいでしょう。
感覚ではなく結果を見る。
ここにも、パシュラーらしい教えがあります。
「自分に合う方法」より「学ぶ内容に合う方法」
パシュラーの研究で、特に教育の世界へ大きな問いを投げかけたのが、学ぶ人を「見るのが得意な人」「聞くのが得意な人」などに分け、それぞれに合わせて教えればよいという考え方への検証です。
この考え方は、たいへん魅力的です。
「あなたには、あなた専用の学び方があります」
と言われると、自分だけに用意された秘密の扉を見つけたような気持ちになります。
しかしパシュラーたちは、ここでも立ち止まりました。
「本人が好きな方法と、実際に成果が出る方法は同じだろうか」
たとえば、地図を覚えるなら、図を見ることが役立ちます。
音楽の旋律を学ぶなら、音を聞く必要があります。
文章を書くなら、読むだけでなく、実際に書かなければ上達しにくいでしょう。
つまり、学び方を決めるときに大切なのは、「私は何型の人間か」だけではありません。
これから何を学ぶのか、その内容にはどんな練習が必要なのかを考えることです。
漢字を覚えたいのに、ずっと解説動画を見るだけでは、手で書く力は育ちにくいでしょう。
面接の受け答えを上達させたいのに、面接本を黙読するだけでは、本番で口が動くとは限りません。
料理を覚えたいのに、レシピを百回読んでも、玉ねぎは勝手に切れてくれません。
学習には、目的に合った練習が必要です。
好きな方法を取り入れるのは悪いことではありません。楽しく学べることも大切です。
ただし、「好きだから効果が高いはず」と決めつけず、実際に覚えられたか、できるようになったかを確認する必要があります。
自分にやさしくすることと、自分の思い込みを放置することは別です。
「私はこの方法が好きです」
「では、その方法で成果は出ていますか?」
この二つの質問を、仲よく同じ机に座らせることが大切なのです。
努力の量だけで、自分を責めない
パシュラーの研究は、一見すると効率を重視する冷静な研究に見えます。
しかし見方を変えると、人をむやみに責めないための研究でもあります。
勉強しても覚えられないとき、私たちはすぐに考えます。
「自分は頭が悪いのではないか」
仕事が進まないときには、
「集中力が足りない」
二つの作業を同時にこなせないと、
「自分は要領が悪い」
けれども、パシュラーの研究を知ると、別の可能性が見えてきます。
能力の問題ではなく、学習の間隔が合っていなかったのかもしれない。
読むことばかりで、思い出す練習をしていなかったのかもしれない。
同時に処理する仕事が多すぎたのかもしれない。
注意を奪うものが周囲に多かったのかもしれない。
つまり、「自分がだめだ」と人格全体を責める前に、方法や環境を点検できるのです。
これは、とても大切な視点です。
魚が木に登れないからといって、魚の努力不足を説教しても始まりません。
「もっと根性を出して枝につかまりなさい」
と言われた魚は、たぶん水に帰りたくなるだけです。
人間も同じです。
向いていない方法や、注意を分断する環境の中で結果が出ないからといって、その人全体に能力がないとは限りません。
努力を増やす前に、努力が届く道を整える。
パシュラーの研究は、そんな現実的なやさしさを教えてくれます。
人気のある話ほど、一度立ち止まってみる
パシュラーの研究姿勢から学べるもう一つのことは、わかりやすく魅力的な説明ほど、証拠を確かめる必要があるということです。
世の中には、心をつかむ勉強法や仕事術がたくさんあります。
「この方法だけで記憶力が劇的に上がる」
「あなたの型に合わせれば、誰でも成功できる」
「一日五分で人生が変わる」
人は「人生が変わる」と言われると、五分くらいなら差し出してもよい気がしてきます。
けれども、話が魅力的であることと、正しいことは別です。
実際に研究で確かめられているのか。
一部の人だけではなく、多くの人に当てはまるのか。
短期間だけでなく、長期的な効果があるのか。
ほかの研究でも同じ結果が出ているのか。
パシュラーの研究姿勢は、こうした問いを持つ大切さを教えてくれます。
これは、何でも疑って冷たい人になるという意味ではありません。
情報をすぐに信じず、すぐに否定もしない。
「面白い考えですね。では証拠も見せてください」
と、少し椅子を引いて眺める姿勢です。
情報があふれる時代には、この一歩引く力が重要になります。
大きな声で語られる話が、いちばん正しいとは限りません。
何度も見かける情報が、よく確かめられているとも限りません。
人は、繰り返し聞いた話を「正しそう」と感じやすいからです。
だからこそ、感情が動いたときほど、一度深呼吸して考える。
「これは事実だろうか。それとも、説得力のある物語だろうか」
パシュラーの研究は、私たちの頭の中に小さな科学者を住まわせてくれます。
その科学者は、楽しそうな話に水を差すためではなく、本当に役立つものを見分けるためにいるのです。
うまくいかないときは、人ではなく仕組みを見る
パシュラーの研究を日常へ持ち帰るなら、最も大切なのは、うまくいかないときに自分を責めるだけで終わらないことです。
覚えられないなら、復習の間隔を変えてみる。
集中できないなら、注意を奪うものを減らしてみる。
作業が遅いなら、同時に抱えている仕事を分けてみる。
学び方に迷ったら、自分の好みだけでなく、身につけたい力に合った練習を選ぶ。
そして、効果がありそうな方法を見つけたら、実際の結果を記録して確かめる。
ここで必要なのは、完璧な計画ではありません。
たとえば、学んだ内容を翌日と一週間後に思い出してみる。
仕事中の通知を三十分だけ切ってみる。
資料を読んだあと、三行で要約してみる。
一週間だけ、一つずつ作業する時間をつくってみる。
小さな実験で十分です。
研究室には白衣や大きな装置がありますが、日常の実験室は、机の上や予定表の中にあります。
今日の自分と、少し方法を変えた明日の自分を比べる。
その繰り返しによって、自分にとって本当に役立つ方法が見えてきます。
「昨日より集中できた」
「一週間後にも覚えていた」
「同時にやらないほうが、早く終わった」
こうした小さな結果は、流行の勉強法よりも、自分にとって信頼できる証拠になります。
私たちの脳は、優秀だけれど万能ではない
パシュラーの研究が最終的に教えてくれるのは、人間の脳を過大評価しすぎず、過小評価もしないことです。
私たちの脳は、たいへん優秀です。
言葉を理解し、人の表情を読み、過去を思い出し、未来を想像できます。
しかし、何でも同時にできるわけではありません。
一度読めば永久に覚えていられるわけでもありません。
自分の状態を、いつも正確に判断できるわけでもありません。
万能ではないのです。
だからといって、がっかりする必要はありません。
限界がわかれば、工夫ができます。
忘れるなら、間隔を空けて復習する。
注意が分かれるなら、一つずつ取り組む。
感覚が当てにならないなら、実際に確かめる。
人間は完璧な脳を持っているから学べるのではありません。
不完全な脳の扱い方を、少しずつ覚えられるから学べるのです。
パシュラーの研究は、私たちに魔法の勉強法を渡してはくれません。
代わりに、もっと堅実な道具を渡してくれます。
自分の感覚を疑う目。
結果を確かめる習慣。
一度に抱えすぎない工夫。
忘れても、もう一度戻る粘り強さ。
どれも地味です。
地味ですが、地味な道具は壊れにくいものです。
「もっと頑張らなければ」
と自分を追い立てる前に、少し立ち止まってみましょう。
そして、自分へこう尋ねます。
「努力が足りないのではなく、努力の置き場所が違っていないだろうか」
その問いを持つことこそ、ハロルド・パシュラーの研究から私たちが学べる、いちばん実用的で、いちばん人間らしい知恵なのかもしれません。

ハロルド・パシュラー(Harold Pashler)の論文一覧
1.『記憶は「詰め込み」より「間を空ける」と強くなるのか?――言葉を長く覚える分散学習の研究レビューと定量的統合』ニコラス・J・セペダ、ハロルド・パシュラー、エドワード・ヴァル、ジョン・T・ウィクステッド、ダグ・ローラー(2006)
Cepeda, N. J., Pashler, H., Vul, E., Wixted, J. T., & Rohrer, D.(2006). Distributed practice in verbal recall tasks: A review and quantitative synthesis. Psychological Bulletin, 132(3), 354–380. DOI:10.1037/0033-2909.132.3.354
「試験前日に10回読めば、脳も観念して覚えるでしょう」「残念、脳は翌日しれっと忘れます」。この論文は、過去の学習研究を大規模に整理し、同じ内容を一気に詰め込むより、時間を空けて何度か学ぶほうが記憶に残りやすいことを検証したものです。ただし、間隔は長ければ長いほどよいわけではなく、「いつまで覚えたいか」で最適な復習時期が変わります。一夜漬けに退去命令を出し、復習予定表に科学的な根拠を与えた、勉強する人ならぜひ読んでおきたい一篇です。

