ゲイリー・P・レイサム(Gary P. Latham)の論文一覧:会議室の「目標」を、現場の「よし、やるか」に変えた心理学者
ゲイリー・P・レイサム(Gary P. Latham)のプロフィール
ゲイリー・P・レイサムは、「目標を立てましょう」という、うっかりすると手帳のすみで眠ってしまいそうな言葉に、現場でちゃんと働く足と腕を与えた心理学者です。
世の中には、「がんばります!」という言葉があります。もちろん、悪い言葉ではありません。気合いもある。誠意もある。けれど、朝礼で聞いた上司が少し困るタイプの言葉でもあります。「で、何を? いつまでに? どこまで?」と、質問が三連発で飛んでくるからです。
レイサムは、まさにその“がんばります問題”を研究した人でした。人が仕事に向かうとき、ただ「最善を尽くしてください」と言われるよりも、「今週はここまで進めましょう」「この作業を、この基準まで仕上げましょう」と、具体的で少し背伸びのいる目標を持ったほうが、行動が変わりやすい。そんな、言われてみればもっともなのに、ちゃんと確かめようとすると意外に奥深い事実を、長年にわたって調べ続けました。
彼の研究が面白いのは、最初から大学の静かな研究室だけで話を終わらせなかったところです。レイサムは、実際の職場で働く人たちが抱える困りごとに触れながら研究を進めました。たとえば、「同じように働いているのに、なぜチームによって成果が違うのか」「どうすれば、働く人が自分から工夫し、仕事を続けやすくなるのか」といった、現場のざらついた問いです。
ここで彼は、机上のきれいな答えではなく、実際に使える答えを探しました。目標がはっきりしていると、人は注意を向ける場所を定めやすくなる。少し難しい目標があると、工夫したり、粘ったりしやすくなる。途中で進み具合がわかると、「このままで大丈夫か」が見えてくる。つまり目標とは、ただ遠くに掲げる旗ではありません。日々の行動を「今日はこっちです」と案内する、小さな道しるべでもあるのです。
レイサムは、エドウィン・A・ロックとともに、こうした考え方を大きく育てました。二人の研究は、目標設定の理論として広く知られるようになります。ただし、レイサムの話を「高い目標を立てれば、何でも解決!」という精神論にしてしまうと、少し違います。目標には、無茶な目標と、挑戦になる目標の違いがある。仕事のやり方をまだ知らない人に、いきなり結果だけを求めても苦しくなることがある。そんなときは、「何を学ぶか」「どんな方法を試すか」という目標のほうが役に立つこともある。彼の研究には、気合いより先に設計図を置こうとする冷静さがあります。
だからレイサムの考えは、仕事だけでなく、勉強、習慣づくり、就職活動、創作活動にも静かに入り込んできます。「もっと頑張る」ではなく、「今週中に履歴書の下書きを一つ完成させる」。 「運動を続ける」ではなく、「火曜と金曜の帰宅後に、十分だけ歩く」。言葉を少し具体的にするだけで、心の中の“そのうちやる係”が、しぶしぶでも動き始めるのです。
ゲイリー・P・レイサムは、目標を人を追い詰めるムチとしてではなく、行動を助けるための道具として考えた研究者でした。目標は、人間を完璧にする魔法ではありません。けれど、ぼんやりした願いに輪郭を与え、「次に何をしようか」を見つける手がかりにはなります。
会議室の「目標」を、現場の「よし、やるか」に変えた心理学者。レイサムは、やる気を根性論だけに任せず、今日できる一歩へと翻訳し続けた人だったのです。
参考文献・確認先:トロント大学ロットマン経営大学院:Gary Latham 公式プロフィール / Google Scholar:Gary P. Latham 論文・引用情報 / PubMed:Gary P. Latham 関連論文

ゲイリー・P・レイサム(Gary P. Latham)の研究から学べること
「もっと頑張ろう」と決めたのに、三日後にはソファと和解している。そんな経験は、多くの人にあるはずです。
べつに意志が弱いわけではありません。「もっと頑張る」という言葉が、あまりにも広すぎるのです。地図でいえば、「とにかく北へ行け」とだけ書かれているようなもの。北ってどっちだ。途中に川があったらどうする。お昼は食べていいのか。情報が少なすぎて、心が立ち尽くしてしまいます。
ゲイリー・P・レイサムの研究は、そんな人間の困りごとに、かなり実用的な答えを出しました。大切なのは、ただ願うことではありません。何を、どこまで、いつまでにやるのかを、できるだけ見える形にすることです。
たとえば、「部屋を片づける」よりも、「日曜日の午前中に机の上だけを二十分片づける」。 「就職活動を頑張る」よりも、「今週中に求人を三件見て、気になる仕事を一つメモする」。このように言い換えると、目標は急に現実の床へ降りてきます。ふわふわ空を飛んでいた願いが、靴ひもを結び始めるのです。
レイサムたちが伝えてきたのは、目標には「はっきりしていること」と「少し難しいこと」が大切だ、という考えです。
ここでいう「少し難しい」は、絶壁を素手で登れという話ではありません。今の自分が持っている力を全部使えば届きそうな高さです。背伸びはする。でも、脚立を借りれば手が届く。そのくらいの目標が、人の集中力を引き出しやすいのです。
簡単すぎる目標は、心をあまり起こしません。「できたらやる」くらいの温度で終わってしまうことがあります。反対に、あまりにも無理な目標は、心を疲れさせます。「月末までに人生を完全に立て直す」などと決めると、脳内の担当者が会議室から静かに退出します。
だから目標は、高ければ高いほど立派というわけではありません。大事なのは、「自分が努力や工夫を向けられる範囲にあるか」です。目標は、自分を責めるためのムチではなく、行動を集めるための磁石であるべきなのです。
また、レイサムの研究は、目標を立てた後にも大事なことがあると教えてくれます。それが、「進み具合を確かめること」です。
目標だけ立てて、あとは神頼み。これは、カーナビに行き先だけ入れて、画面を見ずに走るようなものです。途中で道を間違えていても気づけません。
「今週はここまでできた」
「思ったより時間がかかっている」
「この方法では続かないかもしれない」
こうした確認があるから、目標は生きたものになります。途中で修正していいのです。むしろ、修正しない目標のほうが少し危ない。現実はいつも、予定表に載っていない出来事を連れてくるからです。体調を崩す日もある。急な仕事も入る。家族の用事も発生する。人生は予定外の訪問販売が多すぎます。
だからこそ、「できなかった。私はだめだ」で終わらせるのではなく、「どこで止まったのだろう」「次は何を小さくしよう」と考えることが大切です。目標は合否判定の紙ではありません。次の作戦を考えるための地図です。
さらに、レイサムたちは、仕事や課題がまだ難しくて、やり方もよくわからないときには、結果だけを追いかけすぎないほうがよい場合があると示しました。
たとえば、初めて動画編集をする人が、「今月中に再生数一万回」とだけ決めても、何から手をつけるべきか見えにくいでしょう。そんなときは、「編集ソフトの基本操作を三つ覚える」「見やすい字幕の入れ方を一つ試す」「好きな動画を見て構成をメモする」といった、“学ぶための目標”が役に立ちます。
初心者に必要なのは、いきなり大きな結果を背負わせることではありません。まずは、うまくなるための手順を手に入れることです。結果を急ぐあまり、学ぶ時間を踏みつけてしまうと、目標は応援団ではなく、ただの圧力鍋になってしまいます。
これは、就職活動でも同じです。「早く内定を取る」という目標だけでは、気持ちが焦りやすくなります。そこで、「求人票を読むときに、仕事内容・勤務時間・通勤方法の三つを確認する」「面接で聞かれそうな質問を二つ考える」「一週間に一回、応募書類を見直す」といった小さな目標を置く。すると、内定という遠い山へ向かう途中にも、今日登れる坂道が生まれます。
そしてもう一つ、レイサムの研究から学べるのは、目標は「人から押しつけられるもの」だけではなく、「自分で意味を見出せるもの」であるほど力を持ちやすい、ということです。
上司や先生や親から言われた目標でも、本人が「これは自分にとって大事だ」と受け止められれば、行動につながりやすくなります。逆に、立派な目標であっても、「なんで私がこれを?」という気持ちのままでは、心のエンジンがかかりません。
目標を立てるときは、数字や期限だけではなく、「これは何のためだろう」と自分に聞いてみることです。
健康のため。
大切な人と穏やかに暮らすため。
働く自信を少しずつ取り戻すため。
自分の好きな表現を、世界に一つでも残すため。
目的が見えると、目標はただの命令ではなくなります。自分の人生に立てる、小さな看板になります。
レイサムの研究は、私たちに「大きな夢を持て」とだけ言うのではありません。むしろ、「夢を今日の行動に翻訳しよう」と語りかけてくれます。
いつか変わりたい。
もっと自信をつけたい。
自分らしく働きたい。
そう思ったとき、最初に必要なのは、完璧な決意ではないのかもしれません。
「では、今日の十五分で何をする?」
その問いに答えられること。
それこそが、願いを現実へ運ぶ、小さくて頼もしい車輪になるのです。

ゲイリー・P・レイサム(Gary P. Latham)の論文一覧
1.『目標はなぜ人を動かすのか? 実践で使える目標設定・課題動機づけ理論、35年の探究』エドウィン・A・ロック、ゲイリー・P・レイサム(2002)
Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a practically useful theory of goal setting and task motivation: A 35-year odyssey. American Psychologist, 57(9), 705–717.
DOI:10.1037/0003-066X.57.9.705
「目標を立てれば人生が変わる」。そんなポスターの言葉を、ロックとレイサムは35年かけて本気で検証しました。結論は、目標は“気合いの飾り”ではなく、具体的で少し手ごわく、進み具合を確かめられるとき、人を動かすというもの。『頑張ります!』だけでは心が迷子になる。でも『金曜までに企画書の骨組みを一枚つくる』なら、脳内の担当者も動き出す。目標はムチではなく、行動の地図。仕事、勉強、習慣づくりに効く理由を、研究の長旅とともに案内してくれる一篇です。

