ガブリエレ・エッティンゲン(Gabriele Oettingen)の論文一覧:願いごとを「予定表」に変える、心の現実派魔法使い
ガブリエレ・エッティンゲン(Gabriele Oettingen)のプロフィール
ガブリエレ・エッティンゲンは、「願えばかなう」という言葉を、ただの気合い論のまま放っておかなかった心理学者です。
世の中には、ときどき妙に景気のいい励ましがあります。
「成功した自分を思い浮かべよう」
「夢は大きく描こう」
「ポジティブに考えれば、未来はきっと開ける」
たしかに、悪い言葉ではありません。疲れた日に未来を少し明るく想像できることは、それだけで心の毛布になることがあります。
ところがエッティンゲンは、ここで研究者らしい、少し意地の悪い質問をしました。
「その明るい想像、本当に人を動かしているのでしょうか?」
調べてみると、成功した場面ばかりをうっとり想像していると、心は目的地に先回りして満足してしまい、かえって行動のエネルギーが弱まることがある。いわば、まだ登っていない山の山頂で、脳内だけ先に記念写真を撮って帰ってきてしまうのです。
そこで彼女が大切にしたのが、「望む未来」と「いま目の前にある障害」を、心の中で並べて見ることでした。
たとえば、「健康のために運動を続けたい」と願う。ここまでは多くの人ができます。けれど次に、「運動を続けたら、体が少し軽くなり、朝の気分も変わるかもしれない」と、望ましい未来を具体的に思い描く。そして、そのあとで現実を見るのです。
「でも、自分は仕事から帰るとソファに吸い込まれる」
「雨の日は、靴ひもを結ぶ前から心が閉店する」
「三日坊主という名の古参社員が、毎回きっちり出勤してくる」
ここで初めて、願いは空中の風船ではなくなります。障害が見えるからこそ、人は「では、どうする?」と考え始められる。エッティンゲンは、夢を見ることと現実を見ることを、けんかさせませんでした。両方を同じ机に座らせて、未来への作戦会議を開かせたのです。
彼女が広めた考え方は、願い、叶ったときのよい結果、立ちはだかる障害、そして障害に出会ったときの具体的な行動、という流れで整理できます。
「運動したい」
「体が軽くなったらうれしい」
「帰宅後は疲れて動けない」
「帰宅したら、まず運動着に着替える」
この小さな設計図があるだけで、「そのうち頑張る」は、少しずつ「今日はここまでやる」に変わっていきます。人生の大問題を一晩で解決する魔法ではありません。でも、やる気という気まぐれな猫を、毎日少しずつ行動の方へ誘導することはできるかもしれません。
エッティンゲンの研究がやさしいのは、「夢を見るだけでは足りない」と言いながら、夢を見る人を責めないところです。むしろ彼女は、夢を現実に渡すための橋をつくろうとしました。
願いは大切です。けれど、願いだけでは靴を履いてくれません。未来を思い描き、目の前の壁を見つめ、「その壁が出てきたら、自分は何をするか」を決める。ガブリエレ・エッティンゲンは、そんな地に足のついた希望を、心理学の言葉で丁寧に育ててきた研究者です。
参考文献・確認先:ニューヨーク大学:Gabriele Oettingen 公式プロフィール / Google Scholar:Gabriele Oettingen 論文・引用情報 / PubMed:Gabriele Oettingen 関連論文

ガブリエレ・エッティンゲン(Gabriele Oettingen)の研究から学べること
「今年こそ運動を続けるぞ」
「資格を取って、仕事の幅を広げたい」
「もっと部屋を片づけて、落ち着いた暮らしをしたい」
人は、こういう願いをたくさん持っています。年の始め、月曜日の朝、給料日前の夜、なぜか急に人生を立て直したくなる瞬間は、誰にでもあるものです。
そしてたいてい、私たちは少し未来を想像します。
運動を続けて、すこやかになった自分。
資格を取って、「おお、やるじゃないか」と自分で自分を見直している場面。
片づいた部屋でコーヒーを飲み、「ここ、モデルルームですか?」と誰にも聞かれていないのに満足している自分。
未来を思い描くことは、悪いことではありません。むしろ、人生にはこうした小さな灯りが必要です。今日が少ししんどくても、「こうなれたらいいな」と思えるから、人は明日に手を伸ばせます。
ただし、ガブリエレ・エッティンゲンの研究は、ここで大事なことを教えてくれます。
未来を明るく想像するだけでは、行動につながるとは限らない。
えっ、そんな。前向きに考えたのに。脳内ではもう健康的な朝を迎え、部屋も片づき、資格証まで額縁に入っているのに。
ところが、心はときどき未来を気持ちよく想像しただけで、「なんだか達成した気分」になってしまいます。まだ靴ひもすら結んでいないのに、心の中ではすでにゴールテープを切っている。これは少し困ります。拍手だけが先に始まり、選手本人がスタート地点でお茶を飲んでいるようなものです。
エッティンゲンが大切にしたのは、願いを持つことをやめることではありません。むしろ逆です。
願いをちゃんと現実に着地させるために、未来と現実を並べて見ること。
これが、彼女の研究から学べる最初のポイントです。
たとえば、「毎朝、早起きをして勉強したい」と願ったとします。
まずは、望む未来を考えます。
「朝に少し勉強できたら、仕事や学校に追われるだけではなく、自分のために時間を使えたと思えるかもしれない」
「積み重ねた知識が、半年後の自分を助けてくれるかもしれない」
ここまでは、未来の景色です。大切です。ちゃんと気分が上がります。
しかし、次に見るべきは、目の前の現実です。
「夜更かししてしまい、朝は布団が国会レベルの多数決で引き留めてくる」
「目覚ましを止めた記憶がない」
「起きても、すぐスマホを見て、気づけば世界の猫動画を見守る仕事が始まっている」
ここで重要なのは、「自分はだめだ」と反省会を開くことではありません。
見るべきなのは、外にある事情よりも、自分の内側で起きる障害です。
疲れたら先延ばししたくなる。
少しでも面倒だと、別の用事を始めたくなる。
失敗しそうだと、最初からやらなかったことにしたくなる。
人にどう見られるかが気になって、行動が止まる。
こういう心のクセは、少々やっかいです。けれど、正体が見えないままでは対処できません。正体が見えれば、少なくとも「また来たな」と言えます。
エッティンゲンの研究から学べるのは、障害とは、願いをあきらめさせるための悪者ではない、ということです。
障害はむしろ、作戦を立てるための情報です。
「朝、布団から出られない」が障害なら、前日の夜に机の上へ教材を置いておく。
「帰宅後は疲れて運動できない」が障害なら、帰宅前に職場の近くを十分だけ歩く。
「スマホを見始めると時間が消える」が障害なら、勉強を始める十五分だけ別の部屋に置く。
ここで役に立つのが、「もし○○が起きたら、そのときは△△する」と決めておくことです。
「もし帰宅してソファに座りたくなったら、その前に運動着へ着替える」
「もし勉強を先延ばししたくなったら、五分だけ机に向かう」
「もしやる気が出ない朝なら、参考書を一ページだけ開く」
ポイントは、立派な計画を作ることではありません。
人は、壮大な計画を立てた翌日に、計画表の美しさだけを眺めて満足する生き物です。必要なのは、「困った場面が来たとき、自分は何をするか」を先に決めておくことです。
その場で気合いを絞り出すのではなく、あらかじめ行動のレールを敷いておく。すると、やる気が満員御礼で不在の日でも、ほんの少し動きやすくなります。
そして、エッティンゲンの研究には、もう一つ大切な学びがあります。
すべての願いを、根性で追いかけ続けなくていい。
願いと現実を並べて見ると、「これは頑張れば届きそうだ」と思える目標もあれば、「今の条件では、かなり無理がある」と気づく目標もあります。
届きそうな目標なら、力を注ぐ価値があります。
けれど、今の自分をすり減らし続けるだけの目標なら、いったん距離を取ることも大切です。
それは敗北ではありません。
登山で、天気が急変したときに引き返す人は、山を嫌いになった人ではありません。山頂に行きたい気持ちを持ったまま、自分の命と体力を守る人です。
人生でも同じです。
「今はこの目標を追う時期ではない」
「この方法では難しいから、別の道を探そう」
「目標そのものではなく、目標の奥にある願いを大事にしよう」
そんなふうに考え直すことは、逃げではありません。希望を、現実の地図に描き直す作業です。
エッティンゲンの研究は、夢見がちな人に「現実を見なさい」と冷水を浴びせるためのものではありません。
反対に、現実ばかり見て「どうせ無理だ」と言ってしまう人に、「願いを持っていい」と教えてくれる研究でもあります。
願いだけでも足りない。
現実だけでも苦しい。
だからこそ、未来の灯りと、足元の石ころを、両方見る。
「こうなりたい」と願う。
「でも、いま自分を止めているものは何だろう」と考える。
「それが出てきたら、自分は何をしよう」と決める。
この三つをつなげると、願いはただのきれいなポスターではなくなります。毎日の生活の中で、少しずつ使える道具になります。
夢は、見てもいい。
むしろ、見たほうがいい。
ただし、夢を見たら、次は玄関まで歩いていく。
ガブリエレ・エッティンゲンの研究は、そんなふうに希望へ靴を履かせてくれるのです。

ガブリエレ・エッティンゲン(Gabriele Oettingen)の論文一覧
1.『未来への「ただの空想」を、逃げられない目標に変える方法――目標設定を自分で動かす心理学』ガブリエレ・エッティンゲン、ヒョンジュ・パク、カロリーネ・シュネッター(2001)
Oettingen, G., Pak, H.-J., & Schnetter, K. (2001). Self-regulation of goal setting: Turning free fantasies about the future into binding goals. Journal of Personality and Social Psychology, 80(5), 736–753.
DOI:10.1037/0022-3514.80.5.736
「理想の自分になれたら最高!」と想像して、気分だけ先に祝勝会を開いていませんか? 本論文は、未来を夢見るだけでは、目標は意外と本気にならないことを示します。大切なのは、叶えたい未来と、いま立ちはだかる現実を並べて見ること。「資格を取って転職したい。でも夜は疲れて勉強できない」。この差が見えた瞬間、願いはただの風船から、行動を迫る約束へ変わる。夢と現実を向かい合わせ、目標に火をつける心理学の実験です。

