エヴァンゲリア・デメルーティ(Evangelia Demerouti)の論文一覧:仕事のガソリン切れから、やる気の再点火まで探る職場心理学さんぽ
エヴァンゲリア・デメルーティ(Evangelia Demerouti)のプロフィール
エヴァンゲリア・デメルーティは、オランダのアイントホーフェン工科大学で教授を務める、仕事と心の関係を研究している組織心理学者です。専門は、職場で人がどのように力を発揮するのか、なぜ燃え尽きてしまうのか、どうすれば仕事への前向きさを保てるのか、といったテーマです。現在は同大学の「人間パフォーマンス管理」分野にも関わり、仕事の特徴、働く人の工夫、健康、仕事と生活のバランスなどを研究しています。
ひとことで言うと、デメルーティは**「職場という台所で、心の鍋がなぜ焦げつくのかを調べる研究者」**です。仕事量が多い、時間がない、人間関係がきつい。こういうものは、心にとっての“火力強め”です。火が強いだけなら料理も進みますが、材料も道具も休憩もなければ、あっという間に黒こげです。そこで彼女は、「仕事の負担」と「仕事を助けてくれる資源」を分けて考える視点を広めました。
特に有名なのが、2001年の論文 『仕事の要求・資源モデルによる燃え尽きの説明』 です。この研究では、職場の条件を大きく二つに分けました。ひとつは「仕事の要求」、つまり仕事量、精神的負担、時間の圧力など、エネルギーを使わせるもの。もうひとつは「仕事の資源」、つまり裁量、上司や同僚の支援、成長の機会、仕事の進めやすさなど、働く人を支えてくれるものです。このモデルでは、仕事の要求が強いほど疲れやすくなり、仕事の資源が少ないほど仕事から心が離れやすくなる、と考えます。
つまり、デメルーティの研究は「根性が足りないから燃え尽きるんですよ」みたいな昭和の竹刀理論ではありません。むしろ、「いやいや、鍋に水も入れずに火だけ強くしたら、そりゃ焦げますよね」という、かなり現実的でやさしい視点です。働く人の心を、気合いの問題だけにしないところが大きな魅力です。
また、デメルーティは「燃え尽き」だけでなく、仕事への前向きな関わりにも注目しています。仕事に元気よく取り組める状態、集中できる状態、意味を感じられる状態についても研究しており、後の「仕事の要求・資源理論」の発展にも深く関わっています。この考え方は、現在の職場ストレス研究や働きがい研究の大きな土台のひとつになっています。
デメルーティのすごいところは、働く人を「弱い人」「強い人」で分けないところです。人は誰でも、負担ばかり増えて支えがなければ疲れます。逆に、忙しくても支えや裁量、成長の機会があれば、前向きに働けることがあります。まるで職場の心の天気図を描くように、「どこに低気圧があり、どこに晴れ間をつくれるのか」を見ようとした研究者なのです。
参考文献・確認先:エヴァンゲリア・デメルーティ 公式プロフィール / Google Scholar:Evangelia Demerouti 論文・引用情報 / PubMed:Evangelia Demerouti 関連論文

エヴァンゲリア・デメルーティ(Evangelia Demerouti)の研究から学べること
エヴァンゲリア・デメルーティさんの研究から学べることは、ひとことで言うと、「仕事で人が燃え尽きるのは、本人の心が弱いからではなく、仕事の負担と支えのバランスが崩れているからかもしれない」ということです。
これは、職場を考えるうえで、かなり大事な視点です。
たとえば、毎日仕事が多い。締め切りは近い。急な変更も多い。人間関係もピリピリしている。なのに、相談できる人はいない。評価もされない。自分で工夫する余地もない。こういう状態で「もっと前向きに頑張りましょう」と言われたら、心の中の社員食堂で全員が無言になります。いや、まず定食の量と休憩時間を見直しましょう、という話です。
デメルーティさんは、仕事の負担と資源の考え方を使って、燃え尽きや働く元気を研究してきた職場心理学の研究者です。特に有名なのが、ウィルマー・シャウフェリさん、アーノルド・バッカーさん、フリートヘルム・ナハライナーさんとともに発表した「仕事の要求と資源のモデル」に関する研究です。むずかしい言い方をやわらかくすると、「仕事には、人の電池を減らすものと、充電してくれるものがある」という考え方です。
仕事の要求とは、仕事量の多さ、時間のプレッシャー、感情を使う対応、責任の重さ、複雑な作業、人間関係の負担などです。つまり、働く人の体力や心のエネルギーを使わせるものですね。これは悪者というより、仕事をするうえで避けられない「重さ」です。問題は、その重さがずっと続き、回復できないほど大きくなることです。まるで、毎日リュックに石を一つずつ入れられているのに、誰も中身を確認してくれないような状態です。
一方、仕事の資源とは、上司や同僚の支え、仕事の進め方を自分で決められる余地、成長の機会、きちんとした評価、わかりやすい目標、安心して相談できる雰囲気などです。こちらは、心の充電器です。働く人に「大変だけど、なんとかやっていける」「この仕事には意味がある」「困ったら助けてもらえる」と感じさせてくれるものです。
デメルーティさんの研究から学べる一つ目のことは、「燃え尽きは、個人の根性不足だけで説明しないほうがいい」ということです。
もちろん、本人の体調管理や考え方も大切です。でも、それだけにしてしまうと、職場の問題が見えなくなります。たとえば、仕事量が多すぎる、説明があいまい、相談先がない、休憩が取りにくい、努力しても評価されない。そうした状況が続けば、どんなにまじめな人でも疲れていきます。心のエンジンに「気合い」という名前の軽油を無理やり入れ続けても、いつか煙が出ます。
燃え尽きた人に「やる気がない」と言うのは、電池切れのスマホに向かって「根性で光れ」と言うようなものです。いや、充電しましょう。もしくは、アプリを開きすぎていないか見ましょう。人間も同じです。充電できる環境がなければ、元気は続きません。
二つ目の学びは、「負担を減らすだけでなく、資源を増やすことが大切」ということです。
ここがとても面白いところです。職場改善というと、まず「仕事を減らそう」と考えます。もちろん、それは大事です。仕事量が多すぎるなら調整が必要です。でも、デメルーティさんたちの考え方では、負担を減らすことだけでなく、支えや裁量、成長の機会を増やすことも重要になります。
たとえば、同じ忙しさでも、相談できる上司がいる職場と、誰にも聞けない職場では、感じ方が違います。同じ難しい仕事でも、「自分で工夫していい」と言われるのと、「言われた通りにだけやって」と言われるのでは、心の動きが違います。同じ努力でも、「助かりました」と言われるのと、何も反応がないのでは、疲れの残り方が違います。
仕事の資源は、心の水筒のようなものです。坂道を登ること自体は大変でも、水筒があるかないかで、進める距離は変わります。しかも、隣に「少し休もうか」と言ってくれる人がいたら、さらに違います。
三つ目の学びは、「働く元気は、ただ疲れていない状態ではない」ということです。
人は、疲れていなければそれで元気、というわけではありません。仕事に意味を感じること。自分の力が役立っていると感じること。成長していると思えること。周囲とよい関係を持てること。こうしたものがあると、仕事はただの作業ではなくなります。
逆に、仕事量はそこまで多くなくても、何の意味も感じられず、誰からも反応がなく、自分で考える余地もないと、心はだんだん乾いていきます。忙しくないのにしんどい。これは不思議に見えますが、ありえます。心の畑に水も日光もない状態です。雑草すらやる気をなくします。
だから、職場では「楽にすればよい」だけでは足りません。もちろん無理は減らす。でも同時に、「やってみたい」「役に立てた」「少し成長した」と思える条件を整えることが大切です。仕事の元気は、暇から生まれるのではなく、意味と支えとちょうどよい挑戦から育つのです。
四つ目の学びは、「仕事を自分で少し作り替える力も大切」ということです。
デメルーティさんは、働く人が自分の仕事を少し工夫して、より働きやすく、意味を感じやすい形にしていくことにも関心を持っています。たとえば、作業の順番を工夫する。相談のタイミングを決める。得意な部分を活かせるようにする。苦手な負担を減らす方法を考える。自分から学びの機会を探す。こうした小さな工夫です。
もちろん、すべてを個人の工夫に任せてはいけません。職場の仕組みが悪いのに、「あなたが工夫してください」で終わらせるのは、雨漏りしている部屋で「傘を差して寝てください」と言うようなものです。いや、屋根を直しましょう。
ただ、職場の中で自分が変えられる小さな部分を見つけることは、働く元気につながることがあります。自分の仕事をほんの少し自分の手になじむ形にする。これは、借り物の靴に中敷きを入れるようなものです。完全に新品にはならなくても、歩きやすさは変わります。
五つ目の学びは、「職場の問題は、人を責めるより、仕組みを見るほうが解決に近づく」ということです。
誰かが疲れている。誰かがミスをする。誰かがやる気を失っている。そんなとき、すぐに「本人の問題」と決めつけると、見えるものが少なくなります。もちろん、本人の課題もあります。でも、その人が置かれている環境も見る必要があります。
仕事量は適切か。
説明はわかりやすいか。
相談できる人はいるか。
役割ははっきりしているか。
評価や感謝はあるか。
休める余白はあるか。
自分で工夫できる余地はあるか。
こうした問いを持つだけで、職場の見え方は変わります。「あの人が弱い」ではなく、「この仕組みだと誰でもしんどくなるのでは」と考えられるようになります。これは、人を責める虫めがねから、環境を整える地図へ持ち替えるようなものです。
支援の現場でも、この考え方はとても使えます。
利用者さんや職員さんが疲れているとき、「本人の気持ちの問題」として終わらせない。作業量は合っているか。説明は本人に伝わっているか。失敗しても相談しやすい雰囲気があるか。できたことに気づける仕組みがあるか。休憩の取り方は合っているか。そうした視点を持つことで、支援はぐっと現実的になります。
「頑張りましょう」は悪い言葉ではありません。でも、それだけでは足りないことが多いです。頑張るためには、頑張れる条件が必要です。根性という旗だけを振っても、道がぬかるんでいたら進みにくい。まず長靴を用意しましょう。できれば橋もかけましょう。ついでにお茶も出しましょう。
エヴァンゲリア・デメルーティさんの研究から学べることをまとめるなら、「人が働き続けるには、負担を見直し、資源を増やし、仕事に意味と支えを持てる環境をつくることが大切」ということです。
燃え尽きは、本人の心が突然こわれる現象ではありません。長く続く負担、少ない支え、見えない努力、報われない感覚が重なって起きることがあります。反対に、働く元気は、根性の泉から勝手に湧き出るものではありません。支え、裁量、成長、評価、意味があることで、少しずつ育っていきます。
デメルーティさんの研究は、職場にこう問いかけているように思います。
「この人にもっと頑張れと言う前に、この人が頑張れるだけの充電器はありますか?」
これは、とても大切な問いです。
人は機械ではありません。ずっと動き続けるには限界があります。でも、人はただ守られるだけの存在でもありません。意味があり、支えがあり、自分で工夫できる余地があるとき、人は驚くほど力を発揮します。
仕事の元気は、精神論だけでは育ちません。職場の土を整え、水をやり、日当たりを考え、強すぎる風を避ける。そうして初めて、人は安心して力を出せます。
エヴァンゲリア・デメルーティさんの研究は、その「働く元気の育て方」を教えてくれる、職場心理学のあたたかい設計図なのだと思います。

エヴァンゲリア・デメルーティ(Evangelia Demerouti)の論文一覧
1.『燃え尽きを読み解く、仕事の負荷と資源モデル』エヴァンゲリア・デメルーティ、フリートヘルム・ナハライナー、アーノルド・B・バッカー、ウィルマー・B・シャウフェリ(2001)
Demerouti, E., Nachreiner, F., Bakker, A. B., & Schaufeli, W. B. (2001). The Job Demands-Resources model of burnout. Journal of Applied Psychology, 86(3), 499–512. DOI:10.1037/0021-9010.86.3.499
「仕事がしんどいのは、あなたの根性不足です」……はい、いったんその説、棚に上げましょう。この論文は、燃え尽きの原因を“仕事の要求”と“仕事の資源”で読み解いた名作です。仕事量、プレッシャー、人間関係という重い荷物。そこに裁量、支援、成長機会という助け舟があるかどうか。職場の心のガソリンメーターを見える化した、働く人必読の一本です。


2.『仕事の負担と資源モデル:職場のストレスと活力を読み解く最前線』アーノルド・B・バッカー、エヴァンゲリア・デメルーティ(2007)
Bakker, A. B., & Demerouti, E. (2007). The Job Demands-Resources model: state of the art. Journal of Managerial Psychology, 22(3), 309–328. DOI:10.1108/02683940710733115
「仕事がつらいのは、あなたの気合い不足?」いえいえ、職場の設計にも原因があります。この論文では、仕事の負担やプレッシャーを“元気を吸う掃除機”、上司の支援や裁量、成長機会を“心の充電器”として考えると、とてもわかりやすいです。BakkerとDemeroutiは、バーンアウトを防ぎ、働く意欲を育てるには、負担を減らすだけでなく、資源を増やすことが大事だと整理しました。職場改善の地図帳みたいな一論です。

