エレン・ブラツラフスキー(Ellen Bratslavsky)の論文一覧:意志力の冷蔵庫を開けて、心の残量をのぞいた心理学者
エレン・ブラツラフスキー(Ellen Bratslavsky)のプロフィール
エレン・ブラツラフスキーは、人間の「がまんする力」や「自分を保つ力」を研究してきた心理学者です。
……と言うと、なんだか白衣を着て、心の筋肉をメジャーで測っていそうですが、実際に彼女が関わった研究テーマは、私たちの日常にかなり近いものです。
たとえば、「チョコレートを食べたい。でも今は食べちゃだめだ」とがまんしたあと、人は別の場面でも粘り強さを失いやすいのではないか。そんな、台所のすみっこから人生の深淵をのぞきこむような研究です。
ブラツラフスキーは、アメリカのケース・ウェスタン・リザーブ大学で心理学を学び、社会心理学の博士号を取得しました。大学院時代の研究テーマは、自分をコントロールする力や自尊心に関するものでした。現在は、カヤホガ・コミュニティ・カレッジ東キャンパスで心理学の教授として教えています。一般心理学、発達心理学、人格心理学、社会心理学など、心の入口から奥の座敷まで、幅広く学生たちを案内している先生です。
彼女の名前が心理学の世界でよく知られている理由のひとつが、ロイ・バウマイスター、マーク・ムラヴェン、ダイアン・タイスらと発表した1998年の論文です。この研究では、「人の意志力は、無限に湧き出る魔法の泉なのか。それとも、使えば減る心の燃料なのか」という問いが扱われました。実験では、チョコレートを目の前にしながら、あえてラディッシュを食べさせられた人たちが、その後の難しい課題で早くあきらめやすくなることなどが示されました。しかも、この最初の実験はブラツラフスキーの修士論文がもとになっていたとされています。
つまり彼女は、「意志力って、気合いの問題でしょ?」という根性論の扉に、そっと心理学の聴診器をあてた人物のひとりなのです。
この研究の面白いところは、がまんの疲れが、まったく別の行動にも影響するかもしれないと考えた点です。チョコをがまんした疲れが、パズルを解く粘り強さにまで響く。まるで心の中に、ひとつの共通財布があるような話です。「今日は人に気をつかったから、もう夕飯の献立を考える元気がありません」というあの感じ。あれを、心理学の実験室でまじめに追いかけたわけです。
さらにブラツラフスキーは、2001年に発表された「悪いことは良いことより強い」という有名な論文にも関わっています。この論文では、悪い出来事、悪い感情、悪い評価などが、良い出来事よりも人の心に強く残りやすいことが幅広く論じられています。ほめ言葉を三つもらっても、たった一つのきつい言葉が心のちゃぶ台をひっくり返す。そんな人間の心のクセを、研究の地図に描き出した論文です。
ブラツラフスキーの研究を見ていると、人間という生き物は、思った以上に繊細で、思った以上に燃費が悪く、そして思った以上に愛おしい存在なのだと感じます。
私たちはつい、「もっとがんばれ」「気にするな」「ちゃんとしろ」と自分に言ってしまいます。でも、心には心の体力があります。がまんし続ければ疲れるし、嫌なことがあれば引きずるし、人に合わせすぎれば、あとでどっと消耗することもある。ブラツラフスキーの研究は、そんな当たり前だけれど見過ごされがちな事実に、やさしく光を当ててくれます。
彼女は、派手な名言を残すタイプの心理学者というより、私たちの心の裏方で起きている小さな消耗や揺らぎを、じっと観察してきた研究者と言えるでしょう。
チョコをがまんする。人に気をつかう。嫌な言葉を忘れられない。やる気が出ない自分を責める。
そういう日常の「小さな心の事件簿」を、心理学という虫眼鏡でのぞいてみると、そこにはちゃんと理由がある。ブラツラフスキーの研究は、そんなことを教えてくれます。
だから彼女の論文を読むときは、難しい専門用語の森に入るというより、「ああ、私の心にも燃料タンクがあったんだな」と気づく旅に出るようなものです。
そしてその旅の帰り道、きっと少しだけ、自分にやさしくなれるはずです。
参考文献・確認先: Cuyahoga Community College:Ellen Bratslavsky 公式プロフィール / Google Scholar:Ellen Bratslavsky 論文・引用情報 / PubMed:Ellen Bratslavsky 関連論文 / PubMed:Ego depletion: Is the active self a limited resource? / SAGE Journals:Bad Is Stronger Than Good

エレン・ブラツラフスキー(Ellen Bratslavsky)の研究から学べること
エレン・ブラツラフスキーの研究から学べることは、ひとことで言うなら、「人間の心は、根性だけで動く永久機関ではありませんよ」ということです。
私たちはつい、自分に言ってしまいます。
「もっとがんばれ」
「気合いが足りない」
「なんでこんなことで疲れてるの」
「大人なんだから、ちゃんとしなさい」
もう心の中に、昭和の体育教師が住み込み勤務しているわけです。しかも家賃無料。なかなか出ていってくれません。
でも、ブラツラフスキーたちの研究を見ていると、そんな自分への説教に、ちょっと待ったをかけたくなります。
人は、がまんしたあとに疲れる。気をつかったあとに判断力が落ちる。嫌なことがあったあとに、よいことよりもずっと長く心に残る。つまり、私たちの心にはちゃんと「消耗」があるのです。
これは、ものすごく大事な視点です。
たとえば、仕事で一日中まじめに対応した日。上司にも気をつかい、利用者さんにも気をつかい、メールにも気をつかい、電話では声のトーンまで整えた。そうして帰宅したあと、冷蔵庫の前で立ちつくす。
「今日の夕飯、どうしよう」
このとき、あなたが弱いわけではありません。心の中の小さな発電所が、「すみません、本日の電力供給は終了しました」と看板を出しているだけです。
ブラツラフスキーの研究から学べる一つ目のことは、「意志力は使えば疲れるかもしれない」ということです。
もちろん、この考え方にはその後、研究の世界でいろいろな議論があります。だから、「意志力は必ず減る」と断言するより、「人は自分をコントロールし続けると、次の行動に影響が出ることがある」と考えるのがよいでしょう。
でも、日常感覚としては、かなりしっくりきます。
甘いものをがまんしたあとに、ついネットをだらだら見てしまう。人前で感情を抑えたあとに、家で急に不機嫌になる。会議でいい人を演じたあとに、コンビニで謎の爆買いをする。
心が言っているのです。
「もう今日は、ちゃんとする係を閉店させてください」
ここで大事なのは、「自分はダメだ」と責めることではありません。「あ、私は今日、心の筋肉をかなり使ったんだな」と気づくことです。
筋トレをしたあとに腕がぷるぷるするのは、怠け者だからではありません。筋肉を使ったからです。同じように、我慢や気遣いや集中のあとに心がぷるぷるするのも、人間として自然な反応なのです。
二つ目に学べるのは、「大事な決断は、心がへとへとのときにしないほうがいい」ということです。
夜中に人生を決めてはいけません。
夜の脳みそは、だいたい会議室の電気が半分消えています。そこに不安部長、後悔課長、妄想係長が集まってきて、勝手に緊急会議を始めます。
「このままでいいのか」
「もう全部だめなのでは」
「あの一言、嫌われたのでは」
いやいや、待ってください。その会議、出席者が偏りすぎています。希望さんが欠席しています。冷静さんも有給です。
疲れているときに考えたことは、真実というより、疲労がかけた色つきメガネで見た世界です。だから、夜に出た結論を、朝まで保留する。これは立派な心の知恵です。
三つ目に学べるのは、「悪いことは心に残りやすい」ということです。
これも、かなり身に覚えがあります。
十人にほめられても、一人に嫌なことを言われると、その一人が心の真ん中にどっかり座る。まるで、脳内の特等席を勝手に予約していたみたいに。
「よかったですね」と言われたことは、ふわっと通り過ぎるのに、「そこ、ちょっと違うんじゃない?」と言われたことは、心の壁に油性ペンで書かれる。
人間の心は、良いニュースより悪いニュースを強く拾いやすいのです。これは欠陥というより、生き残るためのしくみでもあります。昔の人間にとって、危険に鈍感であることは命取りでした。草むらがガサッと揺れたとき、「まあ、風でしょ」と毎回のんびりしていたら、人生の最終回が早まります。
だから心は、悪いことに敏感です。危険を見つける係が、かなり真面目に働いているのです。
ただし、現代社会ではこの係が働きすぎることがあります。
一つの失敗を、人生全体の敗北のように感じる。一人に否定されたことを、世界中から拒絶されたように受け取る。小さなミスを、巨大な怪獣みたいに育ててしまう。
そんなときは、自分にこう言ってあげたいのです。
「これは心の警報装置が大きめに鳴っているだけかもしれない」
警報が鳴ったからといって、家が全焼しているとは限りません。トーストが少し焦げただけのこともあります。
四つ目に学べるのは、「心の環境づくりが大事」ということです。
私たちは、意志の強さだけで自分を変えようとしがちです。
「明日から絶対に間食しない」
「毎日必ず勉強する」
「もう二度と落ち込まない」
「スマホは見ない」
「夜ふかししない」
「怒らない」
「悩まない」
「揚げ物の誘惑に負けない」
目標だけ見ると、もはや人間ではなく修行僧です。しかも唐揚げの前を通る修行僧です。難易度が高すぎます。
ブラツラフスキーの研究から考えるなら、自分を責めるより、まず環境を整えるほうが現実的です。
疲れている日に大事な決断を入れない。誘惑の多い場所に長くいない。夜に不安なことを考えすぎない。嫌なことがあった日は、あえて小さな良いことを拾う。気力が落ちる時間帯には、簡単な作業を置いておく。
つまり、心にやさしい導線をつくるのです。
人間は、気合いで空を飛ぶ鳥ではありません。道があれば歩きやすいし、坂が急なら疲れます。だからこそ、自分を責める前に、「この道、ちょっと坂道すぎない?」と見直してみることが大切です。
五つ目に学べるのは、「自分にやさしくすることは、甘えではなく作戦である」ということです。
ここがとても大事です。
休むことは、負けではありません。回復です。
気分転換は、逃げではありません。整備です。
自分を責めすぎないことは、甘やかしではありません。次に進むための足場づくりです。
心が疲れているときに、「もっとがんばれ」とムチを打つと、一瞬は動くかもしれません。でも長い目で見ると、心の馬車が車輪ごと外れてしまいます。ガラガラガッシャーンです。
本当に必要なのは、「なぜできないんだ」と責めることではなく、「できる状態をどう作るか」と考えることです。
ブラツラフスキーの研究は、人間の弱さを笑うためのものではありません。むしろ、人間の弱さに説明を与えてくれる研究です。
私たちは、疲れる。傷つく。誘惑に負ける。嫌な言葉を引きずる。がんばったあとに、どうでもいいことで崩れる。
でもそれは、人間が壊れているからではありません。人間が人間としてできているからです。
だから、彼女の研究から受け取りたいメッセージは、こうです。
心には体力がある。
悪いことは残りやすい。
がまんにはコストがある。
疲れた自分を責めるより、疲れに気づくことが大事。
そして、自分を動かすには、根性よりも設計がいる。
私たちの心は、鉄でできた機械ではありません。雨に濡れれば冷えるし、光が当たれば少しあたたまる、小さな生きもののようなものです。
だから今日も、心の残量が少ない日は、無理に大勝利を狙わなくていいのです。
まずはお茶を飲む。
少し眠る。
スマホを置く。
深呼吸をする。
「今日はよく持ちこたえた」と言ってみる。
それだけでも、心の小さな電気は、またぽっと灯ります。
ブラツラフスキーの研究が教えてくれるのは、強い人間になる方法というより、「弱さを前提に、やさしく賢く生きる方法」なのかもしれません。

エレン・ブラツラフスキー(Ellen Bratslavsky)の論文一覧
1.『自我消耗:がんばる心は、使えば減る“限りある資源”なのか?』ロイ・F・バウマイスター、エレン・ブラツラフスキー、マーク・ムラヴェン、ダイアン・M・タイス(1998)
Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Muraven, M., & Tice, D. M. (1998). Ego depletion: Is the active self a limited resource? Journal of Personality and Social Psychology, 74(5), 1252–1265. DOI:10.1037/0022-3514.74.5.1252
「意志力って、気合いで無限に出るんでしょ?」と思ったあなた、冷蔵庫の前に集合です。この論文は、チョコを我慢した人が、その後の難問で早くギブアップしやすくなるなど、「心のがまん電池」は使うと減るのかを実験した研究。ダイエット、勉強、仕事後の爆食いまで、「私が弱いんじゃなくて、心の残量が赤だったのか!」と膝を打つ一本です。

