エドウィン・A・ロック(Edwin A. Locke)の論文一覧:目標に締切と意味を与え、「やる気」を現場へ連行した心理学者
エドウィン・A・ロック(Edwin A. Locke)のプロフィール
エドウィン・A・ロックは、「人は、どんなときに本気で動けるのか」を長年追いかけたアメリカの心理学者です。
やる気というものは、なかなか気まぐれです。「今日からがんばるぞ」と宣言した翌朝には、布団の中で「来週からでも、社会はそんなに困らないのでは?」と会議を始めてしまう。ロックは、そんな人間の心を根性論だけで片づけませんでした。
彼が注目したのは、「目標」です。
ただし、「がんばる」「なるべく早く終わらせる」「いつか立派になる」といった、ふわっとした目標ではありません。ロックが大切にしたのは、「何を、どこまで、いつまでにやるのか」が見える、具体的で少し背伸びした目標でした。
たとえば、「運動をがんばる」ではなく、「今月は週に三回、二十分歩く」と決める。「勉強する」ではなく、「今週中に問題集を二十ページ進める」と決める。すると人の心は、不思議と動き出します。ゴールが見えると、注意がそこへ集まり、使う力が増え、工夫も生まれる。ぼんやりしていた一日が、急に「では、次は何をする?」と問いかけてくるのです。
ロックは、目標を「人をしばる命令書」として扱ったわけではありません。むしろ、進む方向を知らせる小さな灯台として考えました。海の上で「とにかくがんばって泳いでください」と言われても困りますが、灯台の明かりが見えれば、少なくとも腕をどちらに動かせばよいかはわかる。目標には、そんな役目があります。
もちろん、ただ高い目標を掲げればよいわけでもありません。無茶な目標を押しつけられ、失敗したら怒られる環境では、人は工夫するより先に「怒られない方法」を探し始めます。数字だけを追いかけるうちに、ごまかしが生まれたり、心がすり減ったりすることもあります。ロックの研究は、目標には進み具合を確かめる仕組み、必要な知識や支援、そして「これは自分にも意味がある」と思える納得感が大切だと教えてくれます。
つまり、目標とは気合いを注入する注射ではありません。自分の力をどこへ向けるかを決める、心の設計図です。
ロックの研究が今も多くの人に読まれているのは、会社で働く人だけの話ではないからでしょう。資格の勉強を続けたい人。生活リズムを整えたい人。転職に向けて一歩踏み出したい人。あるいは、「自分は何をしたいのだろう」と、人生の交差点で少し立ち止まっている人。
そんな私たちにロックは、静かにこう問いかけているようです。
「あなたの努力は、いま、どこへ向かっていますか?」
その問いは少しだけ厳しい。でも、責めるための問いではありません。霧の中で迷ったとき、まず行き先の看板を立てようとする、やさしく実用的な問いなのです。
参考文献・確認先:メリーランド大学:Edwin A. Locke 公式プロフィール / Edwin A. Locke 公式サイト / Google Scholar:Edwin A. Locke 論文・引用情報 / PubMed:Edwin A. Locke 関連論文

エドウィン・A・ロック(Edwin A. Locke)の研究から学べること
エドウィン・A・ロックの研究をひとことで言うなら、「やる気よ、ふわっとするな。行き先を言いなさい」という話です。
私たちは何かを始めるとき、つい立派で曖昧なことを言います。
「今年こそ勉強をがんばる」
「仕事をもっとちゃんとする」
「健康的に生きる」
「人生をなんとかする」
どれも気持ちはわかります。わかるのですが、心の中の担当者は困っています。「がんばる、とは何時から何時までですか?」「なんとかする、の担当部署はどこですか?」と、机の前で腕を組んでしまうのです。
ロックの研究が教えてくれる第一のことは、目標は“気合いの飾り”ではなく、“行動の行き先”だということです。
たとえば「本を読む」ではなく、「今週は寝る前に十五分、本を開く」。
「部屋を片づける」ではなく、「土曜日の午前中に机の上だけ片づける」。
「転職活動を進める」ではなく、「今週中に求人を三件見て、気になる会社を一社メモする」。
こうして目標が具体的になると、人は急に立派になるわけではありません。でも、「さて、次に何をすればいい?」が見えるようになります。ここが大きいのです。
人生がうまく進まないとき、私たちは自分を責めがちです。「意思が弱い」「続かない」「だらしない」と、心の中で反省会を開き、しかも司会も参加者も自分ひとりという、なかなか過酷な会議を始めます。
けれど、ロックの研究から見ると、問題は意思の弱さだけではありません。目標がぼんやりしていると、そもそも人は力を向けにくいのです。霧の中で「まっすぐ進め」と言われても、まっすぐがどちらなのかわからない。人間は意外と繊細な生き物で、地図がないと、気合いだけでは遠くまで歩けません。
そして、ロックがもう一つ大切にしたのが、「少し難しい目標」です。
簡単すぎる目標は、心をあまり起こしてくれません。「今日は一回だけ深呼吸する」と決めても、達成はできますが、たぶん夕方には忘れています。逆に、「明日から毎日四時間走って資格を十個取る」といった目標は、最初から人間の形をした非常ベルです。鳴りっぱなしになります。
大切なのは、「今の自分にとって、少し背伸びが必要だけれど、手を伸ばせば届くかもしれない」と思える目標です。
この“少し背伸び”が、案外あなどれません。人は、ほんの少し高い場所に旗が立つと、工夫し始めます。時間を見直したり、方法を調べたり、誰かに相談したりする。「無理かも」で終わらせず、「では、どうすれば近づけるだろう」と考え始めるのです。
目標には、人の注意を集める力があります。
机の上にいろいろな仕事が積まれているとき、目標がない人は、急ぎではないメールをきれいに整えたり、文房具の位置を直したり、突然「このペン、書きやすいな」と哲学を始めたりします。もちろん、それも人間らしい時間ではあります。しかし目標がはっきりしていると、「今の自分に必要なことは何か」が見えやすくなります。
目標は、やる気を魔法のように増やすものではありません。むしろ、限られた力をどこへ注ぐかを決める道具です。水道のホースの先をつまむと水が遠くへ飛ぶように、目標は心の力を一点へ集めてくれます。
ただし、ここで大事な注意があります。
目標は、人を助けることもあれば、人を追いつめることもあります。
「達成できなければ価値がない」
「数字が届かなければ失格」
「結果がすべて」
こんな空気の中で目標を使うと、目標は灯台ではなく、背中を追い回す鬼になります。人は前へ進むためではなく、怒られないため、ごまかすため、疲れきらないために動くようになってしまいます。
ロックの研究を日常に生かすなら、目標は自分を裁くためではなく、自分を助けるために立てるべきでしょう。
目標を達成できなかった日があっても、「私はだめだ」で終わらせる必要はありません。見るべきなのは人格ではなく、設計図です。
目標が大きすぎなかったか。
やる時間は現実的だったか。
必要な知識や道具はそろっていたか。
途中で進み具合を見直す機会はあったか。
そもそも、その目標は自分にとって意味のあるものだったか。
この見直しは、失敗の言い訳ではありません。次に進むための点検です。自転車のチェーンが外れたとき、「私は自転車に乗る資格がない」と泣き出す人はいません。普通は止まって、チェーンを戻すか、自転車屋さんを探します。目標も同じです。進まなくなったら、自分を責める前に、仕組みを見直せばいいのです。
そして忘れてはいけないのが、進み具合を確かめることです。
人は、遠い未来のゴールだけを見つめ続けると、途中で心が迷子になります。「一年後にはこうなりたい」と考えるのは大切ですが、一年後の自分は、まだ雲の向こうにいます。雲の向こうの人から毎朝「もっとがんばれ」と言われても、こちらとしては少し困ります。
だからこそ、「今週はここまで」「今日はこれだけ」という小さな確認が必要になります。
目標へ向かう道のりは、壮大な一発逆転よりも、小さな確認作業の連続です。今日の自分は何をしたか。昨日より一ミリでも進んだか。進まなかったなら、何が邪魔をしたのか。それを静かに見ていく。
この積み重ねが、「自分は進めている」という実感になります。
ロックの研究は、私たちに「高い目標を持て」とだけ言っているのではありません。
「目標を見える形にしよう」
「少し挑戦できる大きさにしよう」
「途中で確かめよう」
「必要な助けや方法を用意しよう」
「達成できない日も、設計を直してまた進もう」
そんな、意外とやさしい知恵を渡してくれています。
人生には、すぐに答えが出ない目標もあります。仕事を続けられるようになること。誰かと安心して関われるようになること。自分を少しだけ好きになること。こういう目標は、数字で測りにくく、締切も決めにくいものです。
それでも、今日できる小さな行動に訳すことはできます。
「今日は十分早く寝る」
「一人で抱えず、誰かに話す」
「応募書類を一行だけ直す」
「散歩に出る」
「できなかったことではなく、できたことを一つ書く」
目標とは、未来の自分を責めるための棒ではありません。今の自分に「次は、こっちへ行こうか」と道を示す、小さな看板です。
ロックの研究は教えてくれます。やる気が出るのを待つだけではなく、やる気が動きやすい場所をつくることはできるのだ、と。
そしてたぶん、人生の目標とは、遠くに立てる大きな旗だけではありません。今日の自分が、明日の自分に渡しておく、小さな道しるべのことなのだと思います。

エドウィン・A・ロック(Edwin A. Locke)の論文一覧
1.『目標はなぜ人を動かすのか? 実践で使える目標設定・課題動機づけ理論、35年の探究』エドウィン・A・ロック、ゲイリー・P・レイサム(2002)
Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a practically useful theory of goal setting and task motivation: A 35-year odyssey. American Psychologist, 57(9), 705–717.
DOI:10.1037/0003-066X.57.9.705
「よし、がんばろう!」だけでは、人のやる気は意外と布団から出てきません。本論文は、35年にわたる研究をもとに、「目標」は具体的で、少し難しく、進み具合を確かめられるほど力を発揮すると示します。大事なのは、ただ高い旗を立てることではありません。必要な知識や助けをそろえ、「なぜ自分はこれをやるのか」まで見失わないこと。目標は自分を追い立てるムチではなく、迷った心に「次はこっちです」と道を示す看板。やる気の正体を、気合いではなく仕組みからのぞいてみたくなる一篇です。

