エドワード・L・デシ(Edward L. Deci)の論文一覧:ごほうびのニンジンを疑い、人間の“やりたい”を掘り当てた心理学者
エドワード・L・デシ(Edward L. Deci)のプロフィール
エドワード・L・デシは、人間の「やる気」について深く研究したアメリカの心理学者です。
「人はどうすれば本気で動くのか?」
この問いを、デシはずっと追いかけました。
ふつう、やる気を出させる方法と聞くと、「ごほうびをあげる」「お金を払う」「ほめる」「叱る」みたいな話になりがちです。いわば、人間を“ニンジンをぶら下げられた馬”みたいに考える発想ですね。
でもデシは、ここで「ちょっと待った」と言いました。
人間は、ただ外から動かされるだけの存在ではない。
自分で選びたい。
自分でやってみたい。
できるようになりたい。
誰かとつながっていたい。
そういう内側から湧いてくる力があるのだ、と考えたのです。
デシの研究で特に有名なのが、「ごほうびが、かえってやる気を下げることがある」という発見です。これはなかなか衝撃的です。だって普通は、ごほうびをもらえたらやる気が上がると思いますよね。
ところが、もともと楽しくてやっていたことに「はい、お金あげるからやってね」と外から報酬をつけると、人はだんだん「楽しいからやる」ではなく「もらえるからやる」と感じるようになることがあります。心の中の小さな火が、報酬という大きな看板に隠れてしまうわけです。
もちろん、報酬が全部ダメという話ではありません。仕事の給料も、評価も、感謝の言葉も大事です。ただ、人を動かすときに「外から押せばいい」と考えすぎると、その人の内側にある「やってみたい」という芽を踏んでしまうことがある。デシはそこを、とても丁寧に見つめた研究者でした。
のちにデシは、リチャード・M・ライアンとともに「自己決定理論」と呼ばれる大きな理論を発展させました。これは、人間がいきいきと行動するためには、「自分で選んでいる感覚」「できるようになっている感覚」「人とのつながり」が大切だとする考え方です。
つまりデシは、やる気を「根性の問題」だけで片づけませんでした。
「もっと頑張れ!」と精神論のラッパを吹くのではなく、
「その人が自分で選べているか?」
「できる感覚を持てているか?」
「安心できる関係の中にいるか?」
と、やる気の土壌を見ようとしたのです。
これは教育、仕事、子育て、スポーツ、医療、カウンセリングなど、いろいろな場面に広がっていきました。なぜなら、人が動けなくなるとき、多くの場合、怠けているというより「心のハンドルを握れていない」ことがあるからです。
デシのすごいところは、人間を単なる「操作される存在」として見なかったことです。アメとムチで動かす機械ではなく、自分の意味を見つけながら育っていく存在として見た。
やる気とは、外から無理やり詰め込む燃料ではない。
心の奥で、静かに火がつくものなのだ。
エドワード・L・デシは、その小さな火を見逃さなかった心理学者です。
参考文献・確認先:University of Rochester:Edward L. Deci 公式プロフィール / Google Scholar:Edward L. Deci 論文・引用情報 / PubMed:Edward L. Deci 関連論文

エドワード・L・デシ(Edward L. Deci)の研究から学べること
エドワード・L・デシの研究から学べることは、ひとことで言うと、「人は、無理やり動かされるより、自分で選んでいるときに元気になる」ということです。
これは、かなり大事です。
私たちはつい、人を動かそうとするときに「ごほうびを出そう」「罰を与えよう」「もっと強く言おう」と考えがちです。まるで人間の心を、自動販売機みたいに見てしまうんですね。お金を入れたらジュースが出る。命令を入れたら行動が出る。そんなに簡単なら、人生はもっとサクサク進んでいます。現実は、ボタンを押しても「売り切れです」と心が言う日もあるわけです。
デシが教えてくれるのは、人間のやる気には「内側から湧くもの」がある、ということです。
「やらされている」ではなく、「自分で選んでいる」
「どうせ無理」ではなく、「少しずつできるようになっている」
「ひとりで戦っている」ではなく、「誰かとつながっている」
この感覚があると、人は動きやすくなります。心の中に小さな発電所ができるようなものです。しかも、燃料は根性だけではありません。納得、成長、安心感。そういう静かな材料で、やる気はじわじわ温まっていきます。
特に面白いのは、「ごほうびはいつも正義ではない」という点です。
もちろん、ごほうびはうれしいです。給料も大事ですし、ほめられたら心の中で小さな祭りが始まります。太鼓も鳴ります。ですが、もともと好きでやっていたことに、外からごほうびをつけすぎると、「楽しいからやる」ではなく「もらえるからやる」に変わってしまうことがあります。
たとえば、絵を描くのが好きな子に、毎回「上手に描いたらごほうびね」と言い続けると、いつの間にかその子は「描きたい」よりも「ごほうびがあるかな?」を気にするようになるかもしれません。心の中の絵筆が、報酬のレシートに変わってしまうのです。
これは教育でも、仕事でも、子育てでも、支援の場面でも、とても大切な視点です。
人を育てるときに大事なのは、ただ命令することではありません。
ただほめればいいわけでもありません。
ただ報酬を出せばいいわけでもありません。
その人が「自分で選べている」と感じられる余地をつくること。
「少しできた」と感じられる経験を積めること。
「ここにいていい」と思える関係をつくること。
この三つがそろうと、人は少しずつ前に進みやすくなります。やる気の芽に、水と日光と、ちょうどいい距離感の応援団を用意するようなものです。
デシの研究は、「やる気がない人」を責める前に、その人の周りの環境を見よう、と教えてくれます。
その人は本当に怠けているのか。
それとも、選ぶ余地を奪われているのか。
失敗続きで「できる感覚」を失っているのか。
安心して挑戦できる関係がないのか。
ここを見るだけで、人へのまなざしはずいぶん変わります。
「やる気を出せ!」と叫ぶのは簡単です。
でも、やる気は怒鳴ると出てくるカラオケの予約番号ではありません。
むしろ、やる気は土の中にある根っこに近いものです。上から引っ張ると抜けます。けれど、土を整え、水をやり、光を当てると、ちゃんと伸びてくることがあります。
エドワード・L・デシの研究から学べるのは、人間を操作しようとする前に、人間が自然に育つ条件を整えることの大切さです。
人は、ただ動かされたいのではありません。
自分で意味を感じて、自分の足で進みたいのです。
その小さな願いを見逃さないこと。
そこに、デシの研究のあたたかい知恵があります。

エドワード・L・デシ(Edward L. Deci)の論文一覧
1.『自己決定理論とは何か:内発的動機づけ、社会的成長、そしてウェルビーイングを育てる心理学』リチャード・M・ライアン、エドワード・L・デシ(2000)
Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-Determination Theory and the Facilitation of Intrinsic Motivation, Social Development, and Well-Being. American Psychologist, 55(1), 68–78. DOI:10.1037/0003-066X.55.1.68
「やる気って、根性を雑巾しぼりすれば出るんでしょ?」と思ったあなたに、ライアンとデシがそっと待ったをかけます。この論文は、人がいきいき動くには「自分で選んでいる感覚」「できる感覚」「人とつながる感覚」が大事だよ、という自己決定理論の名作。アメとムチで人間を動かす時代に、心の内側から湧く“やりたい”の泉を見つけた一篇です。


2.『ごほうびは、やる気の火を強めるのか消すのか:外からの報酬が内なる意欲に与える影響を読み解くメタ分析レビュー』エドワード・L・デシ、リチャード・ケストナー、リチャード・M・ライアン(1999)
Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M. (1999). A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin, 125(6), 627–668. DOI:10.1037/0033-2909.125.6.627
「ごほうびを出せば、やる気は増えるでしょ?」と思った瞬間、この論文が白衣でスッと現れます。デシ、ケストナー、ライアンは、大量の実験をまとめて、外からの報酬が“やりたい気持ち”にどう効くのかを検証しました。すると、報酬は魔法のニンジンではなく、使い方次第で内なるやる気をしょんぼりさせることも。人間の心、意外と繊細なエンジンです。

