ダグ・ローラー(Doug Rohrer)の論文一覧:脳に「同じ問題ばかり解くな」と、学習メニューのシャッフルを提案した教育心理学者
ダグ・ローラー(Doug Rohrer)のプロフィール
ダグ・ローラー(Doug Rohrer)は、アメリカの認知心理学者です。現在は南フロリダ大学で心理学の教授を務め、人間の記憶や、学んだことを長く覚えておくための勉強法を研究しています。
少しかたい言い方をすれば、「どうすれば学習内容が長期記憶に残るのか」を調べている研究者です。
しかし、もっと身近に言えば、
「その勉強法、本当に一週間後も覚えていますか?」
と、私たちの参考書の使い方を横から静かにのぞき込んでくる人です。
しかも、ただ腕を組んで説教するのではありません。実験を行い、成績を比べ、数字を並べてから、
「うん。やっぱり問題を混ぜたほうが覚えていましたね」
と、逃げ道のない形で教えてくれます。
数学の先生から、記憶を研究する心理学者へ
ローラーの経歴をたどると、彼が数学学習の研究に力を注いできた理由が見えてきます。
ローラーは、ウィリアム・アンド・メアリー大学で数学を学び、1984年に学士号を取得しました。その後、1986年から1990年まで、カリフォルニア州の学校で高校数学の教師を務めています。
つまり彼は、最初から大学の研究室で記憶のグラフを眺めていたわけではありません。
実際の教室で、
「先生、昨日は解けたのに、今日はわかりません」
「この公式、どの問題で使うんでしたっけ?」
という、生徒たちの切実な“記憶の迷子”と向き合っていた人物なのです。
その後、カリフォルニア大学サンディエゴ校で心理学を学び、1992年に修士号、1994年に博士号を取得しました。ジョージ・ワシントン大学を経て、1998年から南フロリダ大学で教え、2010年に教授となっています。
数学を学び、数学を教え、その後に心理学で記憶を研究する。
この経歴は、数学と心理学の間に一本の橋を架けたようなものです。橋の名前をつけるなら、「わかったつもり橋」でしょうか。渡ってみると、向こう岸には「本当に解ける」が待っています。
最初に研究したのは、人が記憶を取り出す仕組み
ローラーの研究は、当初から数学教育だけに限られていたわけではありません。
初期には、人が記憶の中から情報を取り出すまでの時間や、その取り出し方について研究していました。健康な人だけでなく、アルツハイマー病やハンチントン病などを抱える人々の記憶についても調べています。
私たちは、何かを覚えているとき、頭の中に小さな引き出しがあり、必要な情報を「はい、これ」と取り出しているように感じます。
ところが実際の記憶は、そんなに整理整頓された事務机ではありません。
「あの言葉、ここまで出ているのに」
「顔はわかる。会った場所もわかる。でも名前だけ来ない」
ということが起こります。
ローラーは、こうした記憶の取り出され方を調べるところから研究を始め、やがて「覚えたものを長く残すには、どのように学べばよいのか」という教育に近い問題へ研究の中心を移していきました。
「たくさん解けば安心」に待ったをかける
ローラーの代表的な研究分野の一つが、勉強する間隔の問題です。
たとえば、数学の問題を10問練習するとしましょう。
月曜日に10問を一気に解く方法もあれば、月曜日に3問、水曜日に3問、土曜日に4問という具合に、日を空けて解く方法もあります。
多くの人は、一気に解いたほうが勉強した実感を得やすいでしょう。
10問すべてが同じ種類なら、後半になるほどスラスラ解けます。
「これはもう完全に覚えたな」
と、鉛筆まで少し誇らしげに見えてきます。
ところが、そのスラスラ感には小さな罠があります。
同じ問題を続けて解いていると、問題を見て解き方を判断しているのではなく、直前に使った解き方をそのまま繰り返しているだけの場合があるのです。
いわば、料理の練習で10回連続してカレーだけを作り、
「私はあらゆる料理に対応できます」
と言っているようなものです。
ローラーは、同じ内容を一度に詰め込むよりも、時間を空けて何度か練習するほうが、長期的な記憶に役立つことを研究してきました。
勉強した直後の「できた」ではなく、数週間後の「まだできる」を見ているのです。
問題をシャッフルすると、脳が働き始める
ローラーの名前を広く知らしめたのが、数学問題を混ぜて練習する方法の研究です。
一般的な数学の教材では、方程式を習った直後には方程式の問題、面積を習った直後には面積の問題が並んでいます。
この並べ方では、生徒は問題を読む前から、どの方法を使うか知っています。
方程式のページを開いているのですから、方程式を使えばよい。親切です。ずいぶん親切です。問題集が答えの半分を耳打ちしているようなものです。
一方、異なる種類の問題を混ぜると、そうはいきません。
「これは割合か?」
「いや、面積か?」
「待てよ、方程式を立てる問題では?」
と、自分で解き方を選ばなければなりません。
練習中の手応えは悪くなります。間違いも増えます。本人としては、
「この勉強法、全然うまくいっていないのでは?」
と不安になるでしょう。
ところが、後日のテストでは、問題を種類別にまとめて練習した人より、異なる問題を混ぜて練習した人のほうが、よい成績を示すことがあります。
ローラーらが中学生を対象に行った教室実験でも、異なる種類の数学問題を混ぜた練習は、同じ種類をまとめた練習より、後日の抜き打ちテストで高い成績につながりました。
ローラーが重視したのは、単に計算手順を繰り返すことではありません。
問題を見て、
「さて、どの知識を使うべきだろう」
と判断する力です。
現実の試験には、「ここから先は三角形の面積の問題です」という親切な看板はありません。仕事や日常生活の問題にも、使う公式は書かれていません。
だからこそ、練習の段階から問題を混ぜ、解き方を選ぶ必要がある。
それがローラーの研究が伝えている、大切な考え方なのです。
楽な勉強と、身につく勉強は同じではない
ローラーの研究のおもしろさは、私たちの感覚と学習効果が、必ずしも一致しないことを示した点にあります。
同じ問題を続けて解くと、気分よく進みます。
問題を混ぜると、進みが悪くなります。
普通なら、スラスラ進む勉強法のほうが優秀に見えるでしょう。
しかし、スラスラ進むのは、すでに解き方が指定されているからかもしれません。逆に、少し苦労するのは、そのたびに記憶を探し、問題を見分け、方法を選んでいるからかもしれません。
脳は、簡単に進んでいるときよりも、
「これは何の問題だ?」
と立ち止まったときに、本格的な仕事を始めることがあります。
ローラーの研究は、勉強中の快適さだけを学習の物差しにしないよう教えてくれます。
その場では難しく感じても、あとで使える知識になるなら、その苦労には意味がある。
学習とは、練習中に自信満々になるためのものではなく、必要な場面で知識を取り出せるようにするためのものだからです。
「学習スタイル」という人気者にも慎重だった
ローラーは、ハロルド・パシュラーらとともに、「人には視覚型、聴覚型などの決まった学習スタイルがあり、その型に合わせて教えれば効果が上がる」という考えについても検討しています。
この考え方は、とても魅力的です。
「あなたは耳で学ぶ人です」
「私は図で学ぶ人です」
と言われると、自分専用の学習説明書を渡されたような気持ちになります。
しかし、魅力的な説明と、科学的に確かめられた説明は別物です。
ローラーらは、学習者の好みに合わせて教え方を変えれば成績が上がる、という主張を支える十分な証拠は見つかっていないと指摘しました。
もちろん、図が役立つ内容もあれば、音声が役立つ内容もあります。
ただしそれは、「その人が視覚型だから」ではなく、「地図は図で見たほうが理解しやすい」「発音は音を聞いたほうがわかりやすい」といった、学ぶ内容の性質による可能性があります。
ローラーは、耳ざわりのよい教育論にすぐ飛びつかず、
「それ、本当に実験で確かめられていますか?」
と問い直す研究者でもあるのです。
研究そのものの信頼性にも目を向ける
ローラーの関心は、学習や記憶だけにとどまりません。
近年の研究上の関心として、研究結果をもう一度確かめても同じ結果が得られるのかという問題や、不自然なデータ、研究上の不正なども挙げています。
科学の世界では、一度発表された研究が、そのまま永遠の真実になるわけではありません。
別の研究者が同じ方法を試し、似た結果が出るか確かめる必要があります。
これは地味な作業です。
新しい大発見には拍手が集まりやすい一方で、
「前の研究をもう一度やってみました」
という仕事は、科学界の再放送のように見えるかもしれません。
しかし、その再放送で結末が変わってしまうなら大問題です。
ローラーは、教育に役立つ方法を探すだけでなく、その根拠となる研究自体が信頼できるかどうかにも目を向けています。
いわば、勉強法を調べる研究者であると同時に、研究の答案用紙にも赤ペンを入れる研究者なのです。
ローラーの研究が私たちに教えてくれること
ダグ・ローラーの研究をひとことで表すなら、「学んでいる気分」と「本当に学んでいること」を分けて考えた研究だと言えるでしょう。
同じ問題を何度も解けば、うまくなった気がします。
一日にまとめて勉強すれば、努力した気がします。
自分に合うと言われた方法を使えば、効率がよい気がします。
けれど、その“気がする”は、本当に一週間後、一か月後の記憶を保証してくれるのでしょうか。
ローラーは、そこに数字を持ち込みました。
勉強は少し間隔を空ける。
異なる種類の問題を混ぜる。
練習中に解き方まで教えてもらわず、自分で見分ける。
楽に解けたかどうかではなく、時間がたったあとにも解けるかどうかを見る。
こうした考え方は、数学だけに限りません。
資格試験の勉強にも、仕事の研修にも、語学にも、さまざまな知識の習得にも応用できます。
ダグ・ローラーは、魔法の暗記術を売り出した研究者ではありません。
むしろ、
「少し忘れ、少し迷い、少し考えたほうが、記憶は丈夫になりますよ」
と教えてくれた人です。
勉強中の脳を過保護にせず、あえていろいろな問題に出会わせる。
ローラーの研究を読むと、よい学習とは、脳に答えを運んであげることではなく、脳自身に答えを探しに行かせることなのだと気づかされます。
参考文献・確認先:南フロリダ大学:ダグ・ローラー公式プロフィール / 南フロリダ大学:ダグ・ローラー経歴・研究業績 / Google Scholar:ダグ・ローラーの論文・引用情報 / PubMed:ダグ・ローラーの学習・記憶関連論文

ダグ・ローラー(Doug Rohrer)の研究から学べること
ダグ・ローラーの研究から学べることは、ひとことで言えば、「勉強中の気持ちよさを、学習効果と勘違いしないこと」です。
同じ種類の問題を続けて解いていると、だんだん手が勝手に動き始めます。
「はいはい、この問題はさっきと同じね」
「この公式を入れて、数字を計算して、できあがり」
問題集が進み、丸が増え、本人の機嫌も上がります。勉強机の上には、ちょっとした成功者の風が吹き始めます。
ところが、翌週になると、
「この問題、何を使えばいいんだっけ?」
と、昨日までの自信が遠い親戚のような顔をしていることがあります。
ローラーの研究は、ここに大切な注意を向けています。
練習中にスラスラ解けることと、時間がたってから自力で解けることは、同じではありません。
学習で本当に大切なのは、「今できる」ことだけではなく、「あとでもできる」ことなのです。
できた気分と、本当にできることを分ける
私たちは、勉強が順調に進むと安心します。
教科書を読み終えた。
問題をたくさん解いた。
ノートをきれいにまとめた。
蛍光ペンも三色使った。
ここまで来ると、ノートは立派です。書店で売っていても不思議ではありません。
ただし、ノートの完成度と、頭の中に知識が残っているかどうかは別の問題です。
ローラーの研究が教えてくれるのは、学習の手応えは、ときどき私たちをだますということです。
同じ問題をまとめて解けば、答え方を覚えているうちに次の問題へ進めます。そのため簡単に感じます。
しかし、それは「問題を見分ける力」が育ったからではなく、直前の解き方をそのまま使っているだけかもしれません。
たとえば、ずっと足し算の問題だけが並んでいたら、問題文を丁寧に読まなくても、数字を足せば正解できます。
けれども、足し算、引き算、掛け算、割り算が混ざった途端、
「さて、今回は何をすればいいんだ?」
と考えなくてはなりません。
この「さて」が大事なのです。
学習とは、答えを出すことだけではありません。どの知識を使うか、自分で選ぶことも含まれています。
ローラーの研究から学べる第一のことは、勉強の評価を「何ページ進んだか」だけで決めないことです。
本当に確かめたいのは、教科書を閉じたあとに、自分の頭だけで考えられるかどうかです。
問題は、少し混ぜたほうがいい
ローラーの研究で特によく知られているのが、異なる種類の問題を混ぜて練習する方法です。
たとえば、数学で面積の問題を10問解いてから、割合の問題を10問解くのではなく、面積、割合、方程式、速さの問題を少しずつ混ぜて解きます。
これは、練習している本人にとっては、あまり親切な方法ではありません。
問題が変わるたびに、
「今度は何の問題だ?」
「前の公式は使えないのか?」
「いったん落ち着こう。鉛筆まで焦っている」
と、頭を切り替えなくてはならないからです。
しかし、この切り替えが、実際の試験や仕事で必要になります。
試験問題は、たいてい「ここからは昨日習った方法を使ってください」と案内してくれません。
仕事上の問題も同じです。
相談を受けたとき、書類を作るとき、トラブルに対応するとき、目の前の状況を見て、どの知識や経験を使うか判断する必要があります。
問題を混ぜて練習することは、知識そのものだけでなく、「どの知識を使えばよいかを見分ける力」を育てます。
料理でいえば、同じ材料から同じ料理を10回作るだけでなく、冷蔵庫を開けて、
「卵とキャベツと、なぜかちくわがある。さて、夕食をどうする」
と考える練習に近いでしょう。
現実は、いつも教科書どおりの順番ではやって来ません。
だからこそ、練習の段階で少し順番を崩しておくことに意味があるのです。
一度に詰め込むより、何度か会いに行く
ローラーの研究から学べるもう一つの大切なことは、勉強を一日に集中させすぎないことです。
試験前日の夜になると、私たちは急に勤勉になります。
机に教材を積み、飲み物を用意し、
「今夜、私は生まれ変わる」
という顔で勉強を始めます。
数時間後には、かなり覚えた気がします。
翌日の試験では、まだ記憶が温かいため、ある程度は答えられるかもしれません。
けれども、その知識が一か月後にも残っているかというと、心細いところがあります。
一度にまとめて勉強する方法は、短い期間なら効果が見えやすい一方で、長く覚えておくには弱いことがあります。
そこで役立つのが、時間を空けて何度か学ぶ方法です。
今日学び、少し忘れたころにもう一度学ぶ。
さらに数日後、もう一度思い出してみる。
この方法は、一度にまとめて勉強するより面倒です。
「昨日やったのに、またやるの?」
と脳が不満そうな顔をするかもしれません。
しかし、少し忘れかけたときに思い出すことによって、記憶は鍛え直されます。
人との関係でも、一日に十時間一緒に過ごしたあと一年間会わないより、ときどき会って話すほうが関係は続きやすいでしょう。
知識との関係も、それに少し似ています。
一度だけ熱烈に会うのではなく、何度か訪ねる。
忘れかけたころに、
「まだ覚えていますか」
と、知識の家の戸をたたく。
長く覚えたいなら、学習を一回の大イベントにせず、何度か再会する予定を組むことが大切です。
「忘れた」は、失敗とは限らない
勉強した内容を忘れていると、多くの人は落ち込みます。
「昨日覚えたのに、もう忘れている」
「自分は記憶力が悪いのではないか」
しかし、ローラーの研究を踏まえると、忘れかけていることは、必ずしも悪い状態ではありません。
完全に覚えているうちに復習すると、簡単に答えが出ます。
そのため、勉強は楽です。
けれども、少し忘れた状態で思い出そうとすると、頭の中を探す必要があります。
「あの説明は、たしかこのあたりにあった」
「答えは出ないけれど、方向はわかる」
「ここまで来た。あと一歩だ、脳よ」
このように苦労して記憶を取り出す過程が、学習を強くすることがあります。
筋肉を鍛えるとき、まったく負荷のない運動だけでは大きく育ちません。
記憶も、少しだけ負荷がかかったほうが鍛えられることがあります。
もちろん、何も思い出せないほど放置する必要はありません。
大切なのは、「忘れないうちに何度も読む」だけでなく、「少し忘れたころに思い出してみる」ことです。
忘れることを完全な敵にせず、復習の合図として利用する。
そう考えると、
「忘れてしまった」
は、絶望の言葉ではなく、
「そろそろ記憶を鍛え直す時間ですよ」
という脳からの通知になります。
間違える練習にも価値がある
問題を混ぜたり、時間を空けたりすると、間違いが増えることがあります。
ここで多くの人は不安になります。
「正解が減ったのだから、この勉強法は合っていないのでは?」
しかし、練習中に一度も迷わないことが、必ずしもよい学習とは限りません。
練習は、失敗してもよい場所です。
むしろ、本番で間違えないために、練習中に間違えておくとも言えます。
たとえば、自転車の練習で一度もふらつかなかった人は、もともと乗れていた可能性があります。
ふらつきながら、体の傾きやハンドルの動かし方を覚えることで、少しずつ安定していきます。
学習でも、
「この問題には、この方法を使うと思ったけれど違った」
という経験は、問題を見分ける手がかりになります。
間違いをそのままにしてはいけませんが、答えを確認し、
「なぜこの方法ではなかったのか」
を考えれば、間違いは教材になります。
正解だけを集める学習よりも、間違いの理由を理解する学習のほうが、知識は立体的になります。
ローラーの研究は、練習中の失敗を「学習が進んでいない証拠」と決めつけないよう教えてくれます。
少し迷う。
少し間違える。
そこで考え直す。
この回り道が、あとになって近道になることがあるのです。
問題集は、親切すぎないほうがよい
多くの教材は、学ぶ人が迷わないように作られています。
例題を読んだ直後に、ほとんど同じ形の練習問題が並びます。
これは最初に方法を理解する段階では役に立ちます。
しかし、いつまでも同じ形の問題だけを続けていると、「解き方を選ぶ練習」が不足します。
問題集がずっと横で、
「次も同じ方法ですよ」
「心配しなくて大丈夫。さっきと同じです」
と案内してくれるからです。
これでは、問題集がいない場所で困ってしまいます。
ある程度やり方を理解したら、別の単元の問題と混ぜたり、ページの順番を変えたり、過去に学んだ内容を入れたりする必要があります。
教材が親切な案内人から、ときどき無言になる。
すると学ぶ人は、自分で地図を見るようになります。
これは学校の勉強だけでなく、仕事の研修にも当てはまります。
手順書を見ながら作業できることと、予想外の状況に対応できることは違います。
決まった例だけを繰り返すのではなく、少し条件を変えてみる。
別の場面を想定してみる。
「この場合はどうする?」
と問い直してみる。
こうした練習によって、知識は単なる手順から、応用できる力へ変わっていきます。
自分を一つの学び方に閉じ込めない
ローラーは、仲間の研究者たちとともに、人にはそれぞれ決まった学び方の型があり、その型に合わせれば学習効果が上がるという考えについても慎重に検討しました。
たとえば、
「私は目で見るタイプだから、聞いても覚えられない」
「私は耳で聞くタイプだから、図は苦手だ」
と、自分を分類したくなることがあります。
自分の特徴を知ること自体は悪くありません。
けれども、
「私はこの方法でしか学べない」
と決めてしまうと、使える学習方法を自分で減らしてしまいます。
地図は図で見たほうがわかりやすく、発音は音で聞いたほうがわかりやすい。
文章を読んだほうが理解しやすい内容もあれば、実際に手を動かしたほうがよい内容もあります。
大切なのは、自分を一つの型に当てはめることより、学ぶ内容に合った方法を選ぶことです。
「私は何型か」ではなく、
「この内容は、どう学ぶと理解しやすいか」
と考える。
そのほうが、学習の道具箱は広くなります。
金づちしか持っていないと、何でもくぎに見えると言います。
勉強でも、一つの方法だけにこだわると、どんな内容にも同じやり方を使ってしまいます。
読む、書く、話す、問題を解く、人に説明する、思い出す。
いろいろな方法を使えるほうが、知識を多くの方向から支えられるのです。
学習計画は「量」より「配置」を考える
勉強の計画を立てるとき、私たちは時間の長さばかりを考えがちです。
「今日は三時間やる」
「休日は五時間勉強する」
もちろん、勉強時間も大切です。
しかし、ローラーの研究から考えると、「何時間やるか」だけでなく、「その時間をどこに置くか」も重要です。
一日に三時間まとめるより、三日間に一時間ずつ分けたほうがよい場合があります。
一つの単元を終わらせてから次へ進むだけでなく、以前学んだ単元を少し戻して入れることも役立ちます。
つまり、学習計画は貯金箱ではありません。
時間を何時間入れたかだけで決まるものではないのです。
むしろ、料理の献立に近いでしょう。
同じ料理を一日に三食食べるより、数日間に分けて組み合わせたほうがよい。
学習する内容にも、時間の配置と組み合わせがあります。
月曜日に新しい内容を学ぶ。
水曜日に短く復習する。
金曜日に別の問題と混ぜて解く。
翌週に何も見ずに思い出す。
このような計画にすると、勉強時間を大幅に増やさなくても、記憶に触れる回数と、思い出す機会を増やせます。
忙しい社会人にとって、これは大きな利点です。
根性で勉強時間を倍にするのではなく、今ある時間の並べ方を工夫する。
ローラーの研究は、学習を「努力の量」だけでなく、「努力の置き方」から考えさせてくれます。
仕事でも「まとめて練習」だけでは足りない
ローラーの研究は、学生だけの話ではありません。
職場で新しい業務を覚えるときにも応用できます。
たとえば、電話対応の練習をするとしましょう。
似た内容の電話だけを続けて練習すると、だんだんうまく答えられるようになります。
しかし、実際の電話では、問い合わせ、苦情、予約変更、担当者への取次ぎなど、さまざまな内容が飛び込んできます。
しかも、電話は問題集と違って、単元名を名乗りません。
「こんにちは。本日は苦情問題の三番です」
とは言ってくれないのです。
だから練習でも、異なる場面を混ぜたほうがよいことがあります。
さらに、一日だけ集中して研修するのではなく、数日後や数週間後にも短い練習を入れる。
手順書を読むだけでなく、何も見ずに説明してみる。
「この場合はどうするか」と別の状況を考えてみる。
こうした方法を取り入れることで、知識は「研修の日に覚えていたこと」から、「現場で使えること」へ変わっていきます。
学んだ直後にできるのは、ある意味では当然です。
教わった内容が、まだ頭の机の上に広がっているからです。
本当に必要なのは、時間がたち、その机が別の仕事で埋まったあとでも、必要な知識を取り出せることです。
よい学習は、少しだけ不親切である
ダグ・ローラーの研究を通して見えてくるのは、効果的な学習には、適度な不便さがあるということです。
問題が混ざっている。
少し忘れている。
答えがすぐに出ない。
どの方法を使うか、自分で考えなくてはならない。
こうした学習は、気分よく進むとは限りません。
ときには、
「もっと簡単な方法はないのか」
と思うでしょう。
しかし、その不便さの中で、脳は知識を探し、比べ、選び、取り出しています。
答えを何度も見せてもらうより、自分で答えにたどり着く経験を重ねる。
同じ道だけを歩くより、似た道の中から正しい道を選ぶ。
学習中には少し迷っても、本番では迷いにくくなる。
これが、ローラーの研究から学べる重要な考え方です。
もちろん、難しければ難しいほどよいわけではありません。
まったく理解できない問題を前にして、三時間腕を組んでいても、脳が感動して成長するとは限りません。
必要なのは、少し考えれば届きそうな難しさです。
答えを完全に隠すのではなく、必要なら手がかりを使う。
間違えたら、正しい考え方を確認する。
そして、あとでもう一度挑戦する。
学習とは、自分を苦しめることではありません。
自分の脳に、適度な仕事を渡すことです。
勉強は「覚えた日」ではなく「使えた日」で評価する
私たちは、勉強した日に達成感を求めます。
今日、何ページ読んだか。
何問解いたか。
何時間机に向かったか。
それらも努力の記録として大切です。
しかし、ローラーの研究が向ける視線は、もう少し先にあります。
一週間後に思い出せたか。
別の形の問題にも使えたか。
必要な場面で、適切な方法を選べたか。
学習の成果は、勉強した瞬間ではなく、その知識が必要になった瞬間に現れます。
資格試験なら、試験会場で取り出せること。
仕事なら、現場で使えること。
生活の知恵なら、困ったときに思い出せること。
だから、学習の目標を「今日はたくさん勉強した」だけに置くのではなく、
「未来の自分が使える形で残せたか」
と考えることが大切です。
ダグ・ローラーの研究は、勉強を楽にする魔法を教えてくれるわけではありません。
けれども、限られた時間と努力を、より長く残る形に変えるヒントを与えてくれます。
問題を少し混ぜる。
学習の間隔を空ける。
教科書を閉じて思い出す。
間違いの理由を考える。
そして、勉強中の気分ではなく、あとで使えるかどうかを見る。
脳にとって、よい学習は豪華なごちそうではありません。
少し歯ごたえがあり、何度か味わい直し、食べ終わったあとにも残る料理です。
ローラーの研究は、私たちにこう語りかけているように思えます。
「たくさん勉強したかどうかだけではなく、知識が未来まで歩いていけるように練習してみませんか」

ダグ・ローラー(Doug Rohrer)の論文一覧
1.『数学の問題は「シャッフル」して解くと、もっと身につく』ダグ・ローラー、ケリー・M・テイラー(2007)
Rohrer, D., & Taylor, K.(2007). The Shuffling of Mathematics Problems Improves Learning. Instructional Science, 35(6), 481–498.
DOI:10.1007/s11251-007-9015-8
「数学は同じ問題を続けて解けば身につく!」と信じていたら、ローラーさんが後ろから問題集をシャッフル。「ちょっと、せっかく調子が出てきたのに!」。ところが研究では、同じ種類を一気に練習するより、時間を空けたり、別の種類の問題を混ぜたりしたほうが、後日のテストでよい結果につながりました。スラスラ解ける練習は気持ちいい。でも本番で必要なのは、「この問題には、どの解き方を使う?」と見分ける力です。勉強の順番を少し崩すだけで、脳は居眠りをやめる。その意外な仕組みをのぞいてみませんか?

