ドロシア・ロス(Dorothea Ross)の論文一覧:「大人のみなさん、見られてますよ」子どもが行動をまねる仕組みを研究した心理学者

ドロシア・ロス(Dorothea Ross)の論文一覧:「大人のみなさん、見られてますよ」子どもが行動をまねる仕組みを研究した心理学者
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ドロシア・ロス(Dorothea Ross)のプロフィール

ドロシア・ロス(Dorothea M. Ross、1923〜2019)は、子どもが「人を見て学ぶ」という心の仕組みを研究した心理学者です。

名前を聞いて、

「ドロシア・ロス……うーん、心理学の教科書で見たような、見てないような」

となった方もいるかもしれません。

ところが、ある有名な実験の名前を出すと、心理学を少しかじった人なら急に景色が変わります。

ボボ人形実験。

「あ、それ知ってる!」

そうです。大人が人形に攻撃的な行動をするところを子どもに見せ、その後、子どもたちがどんな行動をするのかを調べた、心理学史でも非常によく知られた研究です。

この研究を行ったのが、アルバート・バンデューラ、ドロシア・ロス、そしてドロシアの姉妹であるシーラ・ロスでした。1961年に発表された研究では、攻撃的な大人の行動を見た子どもたちは、その後、大人がいない場面でも、その行動をまねする傾向を示しました。

つまり、

「子どもにはちゃんと言って聞かせればいい」

だけではなく、

「いや、大人がやっていること自体が、かなり強力な教材ですよ」

という話が見えてきたわけです。

これは親として読むと、ちょっと背筋が伸びます。

「片づけなさい!」

と言いながら、自分の机が書類の地層になっていたらどうしましょう。

子どもからすれば、

「言葉では片づけろと言っておりますが、現場からは以上です」

となるかもしれません。

カナダで生まれ、心理学の道へ

ドロシア・メアリー・ロスは1923年、カナダのブリティッシュコロンビア州ビクトリアに生まれました。

その後、ブリティッシュコロンビア大学で学び、1956年に学士号、1958年に心理学の修士号を取得。そしてアメリカのスタンフォード大学へ進み、1962年に心理学の博士号を取得しています。

このスタンフォード時代に関わったのが、アルバート・バンデューラとの研究でした。

当時の心理学では、人間の行動を説明するとき、

「ほめられたから、その行動が増えた」

「叱られたから、その行動をしなくなった」

といった、本人が直接経験する「ごほうび」や「罰」がとても重視されていました。

でも、人間を眺めていると、それだけではどうも説明しきれません。

だって私たちは、いちいち自分で全部経験してから学んでいるわけではないからです。

熱そうな鍋を誰かが触って、

「アッッッツ!」

となっているのを見たら、

こちらまで鍋を触って確認しなくてもいい。

「なるほど。あれは触らないほうがよさそうだ」

と学べます。

人間には、他人を観察することで学ぶ能力があります。

ロスたちの研究は、その当たり前すぎて見逃してしまいそうな現象を、実験によって目に見える形にしていきました。

「見ただけ」で、人は変わるのか?

1961年の研究では、幼い子どもたちに、大人が大きな起き上がり人形に攻撃的な行動をする様子などを見せました。

そして重要なのは、その大人がいなくなった後です。

もし子どもが、

「大人がいるから合わせていただけ」

なら、大人がいなくなれば行動も消えるかもしれません。

ところが、攻撃的な行動を観察した子どもたちは、その後の別の場面でも、観察した行動をまねする傾向を示しました。研究では、子どもと手本となる大人の性別によって模倣のされ方が違うかどうかも検討されています。

ここが、この研究のおもしろいところです。

子どもの頭の中には、

「はい、ただいま学習しました」

という通知は出ません。

それでも、見たものが残っている。

そして状況が整うと、その記憶が行動として出てくる。

学習というと、机に座って、

「はい、32ページを開いてください」

という光景を想像しがちです。

でも人間は、もっと勝手に学んでいます。

テレビから。

家族から。

友達から。

学校から。

職場から。

町で見かけた知らない人から。

人生という教室には、チャイムがありません。

授業開始の合図などなくても、私たちは周囲の人間を見ながら、毎日少しずつ「こういうとき、人はこうするものらしい」を覚えているのです。

実は「ボボ人形の人」だけではありません

ドロシア・ロスを紹介すると、どうしてもボボ人形実験が主役になりがちです。

何しろ人形の存在感が強い。

心理学史の舞台袖で、ずっとボヨンボヨンしています。

しかし、ロスの歩みをそこで止めてしまうと、この人の重要な仕事を半分ほど見落としてしまいます。

彼女はその後、小児心理学という分野の発展にも大きく関わりました。

小児心理学とは、簡単にいえば、

「病院や医療の場で、子どもの心や発達、家族への支援を心理学から考えていこう」

という領域です。

現在では、病気を抱える子どもの心理的支援、治療への適応、発達、家族への援助などを心理学者が扱うことは、それほど不思議な話ではありません。

でも、分野そのものがまだ形になっていなかった時代には、

「そもそも病院の小児科で心理学者は何をするの?」

というところから道をつくる必要がありました。

ロスは1960年代後半、ローガン・ライト、リー・サルクらとともに、アメリカの医科大学の小児科で働いている心理学者たちを調査しました。その活動が、のちの小児心理学会の設立につながっていきます。現在の同学会も、ロスをこの領域の創設に関わった人物の一人として位置づけています。

つまりロスは、

「子どもが大人をまねることを発見した研究者」

というだけではありません。

子どもの心を、研究室だけでなく医療の現場でも支えようとした人でもあったのです。

心理学者を病院へ連れていった人たち

この功績は、派手ではありません。

実験なら、

「こんな結果が出ました!」

と一枚のグラフにできます。

でも、新しい専門分野をつくる仕事はそうはいきません。

人を探す。

手紙を書く。

仲間を集める。

組織をつくる。

会報を出す。

お金をどうするか考える。

ものすごく地味です。

心理学というより、一瞬、

「町内会を立ち上げているのでは?」

という作業も混ざってきます。

実際、小児心理学会の歴史資料を見ると、ロスは全米の小児科で働く心理学者を把握する調査などに深く関わっていました。初期の学会運営を支えた重要人物でもあり、学会のニュースレターを維持するために資金面で支援した記録まで残っています。

研究というと私たちは、白衣を着いて顕微鏡をのぞく姿を思い浮かべるかもしれません。

でも科学の世界には、

「まだ名前すら十分についていない分野に、椅子と机を並べる人」

も必要なのです。

ロスは、そんな仕事もした心理学者でした。

ロスの研究が残した、少し怖くて温かい問い

ドロシア・ロスの仕事を振り返っていると、ひとつの問いが浮かびます。

「私たちは、誰かに何を教えているのだろう?」

もちろん、これは子育てだけの話ではありません。

上司が部下に。

先輩が後輩に。

先生が生徒に。

親が子どもに。

友人が友人に。

そして、ときには知らない誰かが知らない誰かに。

私たちは「教えよう」と思っているときだけ、人に影響を与えているわけではありません。

困っている人にどう接するか。

失敗した人をどう扱うか。

店員さんにどんな口調で話すか。

意見の違う人にどう向き合うか。

そんな小さな振る舞いも、誰かの目には入っています。

ロスたちの研究を知ったからといって、

「常に立派な人間でいなければ!」

と肩に力を入れる必要はないでしょう。

そんな生活をしたら、玄関で靴下を脱ぎ散らかした瞬間に自己嫌悪大会が始まってしまいます。

むしろ大切なのは、

人は言葉だけで育つわけではない

ということなのだと思います。

「やさしくしなさい」と百回言うより、誰かにやさしくする姿を一度見せるほうが伝わることがある。

「失敗しても大丈夫」と説明するより、自分が失敗したときに、

「まあ、こういう日もありますな」

と立て直してみせるほうが、深く残ることもある。

ドロシア・ロスの研究は、そんな人間の不思議な学び方を教えてくれます。

子どもは、こちらが黒板に書いたことだけを覚えているわけではありません。

黒板を書いているこちら自身まで、ちゃんと見ている。

そう考えると少し怖い。

でも同時に、希望もあります。

なぜなら、人は悪い行動だけでなく、親切も、思いやりも、落ち着き方も、誰かへの敬意も、人を見ながら学んでいける可能性があるからです。

ドロシア・ロスは、「人は他人を見て学ぶ」という心理学の大きなテーマを実験で確かめる一方で、子どもの心を医療の世界から支える新しい分野の土台づくりにも力を尽くしました。

心理学史では、アルバート・バンデューラという巨大な名前の隣に書かれることが多い人物です。

けれど、その名前を少し大きくして読んでみると、

「子どもは何を見て育つのか」

そして、

「心理学は子どもの人生をどこで支えられるのか」

という二つの問いに向き合い続けた、一人の心理学者の姿が見えてきます。

参考文献・確認先:小児心理学会:ドロシア・ロスと小児心理学の歴史 / American Psychologist:ドロシア・ロス追悼記事 / Google Scholar:Dorothea M. Ross 論文・引用情報 / PubMed:Dorothea M. Ross 関連論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ドロシア・ロス(Dorothea Ross)の研究から学べること

ドロシア・ロスの研究から、私たちは何を持って帰れるのでしょうか。

代表的なボボ人形実験だけを見ると、

「子どもに乱暴なところを見せると、まねすることがありますよ」

という研究に思えるかもしれません。

もちろん、それも大切な発見です。

でも、もう少し奥まで潜ってみると、この研究が投げかけている問いはかなり大きいのです。

それは、

「人間は、教えられたことだけを学んでいるわけではない」

ということです。

これ、考えてみるとなかなか恐ろしい話です。

私たちは普段、

「ちゃんと説明したから伝わっただろう」

「そんなこと教えていないから、覚えていないだろう」

と思いがちです。

ところが人間の頭は、こちらの許可を取らずに勝手に観察しています。

「ただいま学習してもよろしいでしょうか?」

なんて確認してくれません。

見ています。

覚えています。

そして、ときどき使います。

心の中には、どうやら無断で営業している小さな観察係がいるようなのです。

人は「言われたこと」より「見たこと」から学ぶことがある

1961年にアルバート・バンデューラ、ドロシア・ロス、シーラ・ロスが行った有名な実験では、幼い子どもたちが、大人による攻撃的な行動を観察したあと、その大人がいない場面でも似た行動を示しました。

つまり、子どもは直接、

「こうやってやりなさい」

と教えられたわけではありません。

ごほうびをもらったわけでもありません。

ただ、見ていた。

それでも行動が学ばれていたのです。

ここから見えてくるのは、人間にとって「お手本」がどれほど大きな意味を持つかということです。

たとえば親が子どもに、

「人にはやさしくしなさい」

と言ったとします。

立派です。

ところがその5分後、電話で店員さんに、

「だからさっきから言ってるでしょうが!」

と怒鳴っていたらどうでしょう。

子どもの頭の中では、

「なるほど。人にはやさしく。ただし店員さんは別、と……」

という謎の注釈が追加されるかもしれません。

もちろん、現実の人間形成はそんな単純なものではありません。

一度何かを見たら、そのまま人生が決まるわけでもありません。

でもロスたちの研究は、少なくとも、

「あなたが何を言ったか」だけでなく、「あなたが何をしていたか」も学習材料になる

ことを教えてくれます。

これは子育てだけの話ではありません。

職場でも同じです。

「失敗しても気にしなくていいよ」

と言っている上司が、自分の小さなミスで顔面を真っ青にし、

「終わった……私の社会人人生は終わった……」

となっていたら、部下は何を学ぶでしょう。

たぶん、

「失敗しても大丈夫。ただし上司には適用されない」

です。

人は言葉だけでなく、その人の生き方そのものを見ています。

「何を教えるか」より「どう振る舞うか」

ここから、とても実用的なヒントが出てきます。

誰かに何かを伝えたいとき、

「どう説明すればいいだろう?」

と考えるだけではなく、

「自分はそれを実際にやっているだろうか?」

と考えてみることです。

子どもに謝れる人になってほしいなら、大人も間違えたときに謝ってみる。

部下に質問してほしいなら、上司自身も、

「これ、私もよくわからないんだけど教えてくれる?」

と言ってみる。

家族に感謝を伝えてほしいなら、自分から、

「ありがとう」

を増やしてみる。

つまり、

お手本は、言葉の説明書より先に読まれている可能性がある。

そう考えると、人を育てるということへの見方が少し変わります。

教育とは、黒板の前に立っている時間だけではない。

会議が終わったあとの態度。

失敗したときの顔。

誰かが困っているときの振る舞い。

自分より立場の弱い人への接し方。

そういう「授業ではない時間」にも、人は何かを教えているのかもしれません。

人生、だいたい抜き打ち授業です。

しかも本人には授業中という自覚がありません。

人は環境から、知らないうちに「普通」を覚えていく

ロスたちの研究からもうひとつ考えたいのが、環境の力です。

人は周囲の行動を見ながら、

「ここでは、こうするものなんだ」

という感覚を少しずつ身につけていきます。

たとえば、新しい職場に入ったとき。

誰も、

「この会社では困っている人を助けることになっています」

と説明しなくても、みんなが自然に助け合っていたら、

「あ、ここでは助けるのが普通なんだな」

と感じるでしょう。

反対に、誰かが失敗するたびに陰口が飛び交っていたら、

「失敗するとこうなるのか。隠したほうがいいな」

と学ぶかもしれません。

規則には書いてありません。

研修資料にもありません。

それでも、人は学びます。

組織や家庭には、目に見えない「教科書」があるのです。

その教科書は紙でできていません。

そこにいる人たちの振る舞いでできています。

だから、よい環境をつくりたいときには、

「よいルールを作ろう」

だけでは足りないことがあります。

「ここで日常的に目に入る行動は何だろう?」

まで考える必要があります。

ロスたちが研究したのは攻撃行動でしたが、その大きな意味は、人間の行動が他者の行動を観察することによって学ばれうると示したところにあります。

だからといって「完璧なお手本」になる必要はない

ここまで読むと、

「えっ、じゃあ私、ずっと立派に振る舞わなきゃいけないの?」

と思うかもしれません。

それは無理です。

人間ですから。

寝坊します。

イライラします。

冷蔵庫を開けたまま、

「私、何を取りに来たんだっけ?」

となる日もあります。

むしろ、ここで大切なのは完璧さを見せることではなく、立て直し方も見せることなのではないでしょうか。

怒ってしまったなら、

「さっきは言い方がきつかった。ごめんね」

と戻ってくる。

失敗したなら、

「失敗したな。じゃあ次はどうしよう」

と考える。

知らないことなら、

「わからないから調べてみよう」

と言う。

それもまた、誰かが見ることのできる行動です。

私たちはつい、

「よいお手本=失敗しない人」

だと思ってしまいます。

でも実際には、

失敗したあと、どう戻るのかを見せてくれる人

だって、とても貴重なお手本です。

子どもに限らず、大人だって、

「あ、この人でも間違えるんだ。でも、こうやって立て直すんだな」

と人から学んでいます。

心理学は「悪いものがうつる」で終わらない

ボボ人形実験には攻撃行動が登場するので、どうしても少し暗い印象があります。

「人間は悪い行動をまねしてしまう。怖いですね」

で終わらせることもできます。

でも、私はそこでもう半歩進んで読みたいのです。

もし人間が他者の行動から学ぶ存在なら、

それは同時に、

私たちが誰かに見せられるものもある

ということだからです。

困っている人に声をかける。

知らないことを素直に尋ねる。

負けた相手をたたえる。

失敗した人を笑わない。

疲れた日はきちんと休む。

自分の間違いを認める。

「ありがとう」と言う。

「ごめんなさい」と言う。

そういう行動もまた、誰かの世界に置いておけます。

「こうしなさい」と説教するのではなく、

「こういう生き方もありますよ」と、そっと実演しておく。

それだけでも、人に与える影響はゼロではないのでしょう。

ドロシア・ロスから持って帰りたいこと

ドロシア・ロスは、アルバート・バンデューラらとともに子どもの観察と模倣を研究し、のちには小児心理学という分野の草創期にも関わりました。小児心理学会も、ロスをこの分野を築いた人物の一人として紹介しています。

そんな彼女の仕事からひとつだけ持って帰るなら、私はこれだと思います。

人は、あなたの言葉だけを聞いているのではない。あなたがどう生きているかも、静かに見ている。

これは少し緊張する話です。

でも、悪い話ばかりではありません。

誰かの人生を変えるほど立派な演説をしなくてもいい。

毎日すばらしい助言をしなくてもいい。

ただ、誰かが困っていたら少し手を貸す。

間違えたら謝る。

わからなければ尋ねる。

人の成功を喜ぶ。

自分にも他人にも、必要以上に厳しくしない。

そんな小さな行動を、日々の中に置いておく。

それを誰かが見ているかもしれません。

そして何年か後、その人が別の誰かに同じことをしているかもしれない。

人間は、言葉で教え合うだけの生き物ではありません。

背中から背中へ、振る舞いを手渡していく生き物でもある。

ドロシア・ロスの研究を読んでいると、そんな人間社会の静かなリレーが見えてくるのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ドロシア・ロス(Dorothea Ross)の論文一覧

1.『子どもは攻撃行動を見て学ぶ?大人のマネから広がる攻撃性を調べた研究』アルバート・バンデューラ、ドロシア・ロス、シーラ・A・ロス(1961)

Bandura, A., Ross, D., & Ross, S. A. (1961). Transmission of aggression through imitation of aggressive models. The Journal of Abnormal and Social Psychology, 63(3), 575–582.
DOI:10.1037/h0045925

「子どもって、大人の行動をどこまで見ているの?」そんな問いに、なかなか大胆な実験で迫った有名な研究です。子どもたちに、大人が人形へ攻撃的に振る舞う様子を見せたところ、その大人がいなくなったあとでも、似た攻撃行動をまねる傾向が見られました。

つまり、「そんなこと教えた覚えはないんだけど?」が通用しない可能性があるわけです。子どもは言葉だけでなく、大人の背中まで教材にしている。観察学習の力を鮮やかに示した、心理学史に残る一篇です。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
子どもは大人の攻撃行動をまねする?実験でわかった観察学習の影響
子どもは大人の攻撃行動をまねする?実験でわかった観察学習の影響
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