ダイアン・M・タイス(Dianne M. Tice)の論文一覧:「あとでやる」は甘い蜜か、未来の自分への請求書か

ダイアン・M・タイス(Dianne M. Tice)の論文を読む女性
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ダイアン・M・タイス(Dianne M. Tice)のプロフィール

ダイアン・M・タイスは、社会心理学の分野で知られる心理学者です。ざっくり言うと、「人はなぜ、やるべきことをわかっているのに、あとでやろうとしてしまうのか」「どうして自分で自分の足をひょいっと引っかけてしまうのか」を、まじめに、でも人間くさく研究してきた人です。

もう、この時点で耳が痛いですね。

「今日はまだ大丈夫」
「明日の自分がなんとかする」
「締切が近づいたら本気出す」

この心の中に住んでいる小さな怠け大臣を、タイスは心理学の虫眼鏡でじーっと観察したわけです。しかも、ただ「先延ばしはダメですよ」と説教するのではありません。そこがタイス研究のおもしろいところです。

たとえば、ロイ・バウマイスターとの有名な研究では、学生たちの先延ばし行動と、成績、ストレス、体調の変化を追いかけました。その結果、先延ばしをする人は、学期のはじめにはストレスや体調不良が少なめでした。つまり、最初だけ見ると「やらないって、ちょっと楽じゃん」となるのです。まるで、未来の自分に荷物を全部送って、今日の自分は手ぶらで散歩している状態です。

ところが、締切が近づくと話が変わります。未来の自分の玄関先に、過去の自分が送った荷物がドサドサ届く。しかも着払い。結果として、先延ばしをした人は後半にストレスや体調不良が増え、成績も下がりやすかったことが報告されています。先延ばしは、短期的には気分を助けるけれど、長期的には自分を苦しめる行動として示されたのです。

この研究のすごいところは、「先延ばし」を単なる性格の弱さとして片づけなかったところです。タイスは、人間を冷たい採点表で見ていません。むしろ、「人は目の前の苦しさから逃げたい生き物なんだよね」という、やわらかい理解があります。

つまり、先延ばしとは、ただの怠けではなく、気分を守るための応急処置でもあるのです。もちろん、応急処置なので、あとで本格的な治療が必要になります。そこを忘れると、心の部屋のすみっこに置いた洗濯物が、いつのまにか山になります。最初は靴下一枚だったのに、気づけば小さな山脈です。

タイスの研究は、自己調整、つまり「自分の気持ちや行動をどう整えるか」というテーマとも深く関わっています。彼女はブリガム・ヤング大学の社会心理学者として紹介され、ケース・ウェスタン・リザーブ大学で心理学と社会心理学を学び、プリンストン大学で社会心理学の博士号を取得した人物とされています。

また、タイスは「意志の力」や「自制心」についての研究にも関わっています。人は誘惑に耐えたり、感情を抑えたり、むずかしい選択をしたりすると、次の場面でふんばる力が落ちることがある、という考え方です。チョコを我慢したあとに難しい課題で粘れなくなる、というような研究は、その代表的な例として知られています。

でも、タイスの視点は「人間の意志はすぐなくなる。はい終了」ではありません。ここがまた、ちょっと救いのあるところです。彼女たちの別の研究では、楽しい気分や前向きな感情が、自分を整える力を回復させる可能性が示されています。たとえば、笑える映像を見たり、ちょっとした贈り物を受け取ったりした人は、その後の自己調整の課題でよい結果を出しやすかったと報告されています。

これは、なかなか味わい深い話です。

私たちはよく、「ちゃんとしなきゃ」「気合いを入れなきゃ」「もっと自分を追い込まなきゃ」と考えます。でもタイスの研究を読むと、人間は機械ではないのだとわかります。心には燃料がある。しかもその燃料は、怒鳴りつけるだけでは増えない。少し笑うこと、安心すること、気分がふっと軽くなること。そういう小さなぬくもりが、もう一度がんばる力につながるかもしれないのです。

ダイアン・M・タイスの研究は、先延ばしをする人に向かって「だらしない!」と石を投げるものではありません。むしろ、「どうして人は、今日の気分を守るために、明日の自分を困らせてしまうのか」を丁寧に見つめた研究です。

彼女の論文を読むと、先延ばしは単なる悪役ではなく、どこか人間くさい存在に見えてきます。悪い魔王というより、困った顔をした小さな配達員です。「今日つらいから、この荷物、明日のあなたに届けておきますね」と言ってくる。いや、頼んでないんだけど。しかも荷物が増えるんだけど。

だからこそ、タイスの研究はおもしろいのです。

人間は、わかっていても先延ばしをする。誘惑に負ける。気分に流される。けれど、同時に、笑ったり、休んだり、気持ちを整えたりすることで、もう一度立て直すこともできる。

ダイアン・M・タイスは、そんな「弱いけれど、やり直せる人間」の姿を、心理学の世界から照らしてくれる研究者です。先延ばしに悩む人にとって、彼女の研究は耳の痛い目覚まし時計でありながら、同時に、毛布のようなやさしさも持っています。

「未来の自分に全部押しつけるのは、ちょっと待とうか」

そんな声が、彼女の研究から聞こえてくるようです。

参考文献・確認先:参考文献・確認先:Dianne Tice 公式プロフィール / Google Scholar:Dianne Tice 論文・引用情報 / PubMed:Dianne M. Tice 関連論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ダイアン・M・タイス(Dianne M. Tice)の研究から学べること

ダイアン・M・タイスの研究から学べることは、ひとことで言うなら「人間は、今日の自分を守るために、明日の自分をちょっと犠牲にしてしまう生き物である」ということです。

はい、耳が痛いですね。

「今日は疲れてるし、明日やろう」
「まだ締切まで時間あるし、いったん動画を見よう」
「本気を出せばすぐ終わるから、今は寝かせておこう」

この“寝かせておこう”が、だいたい発酵ではなく腐敗に向かうのが人生の不思議です。味噌なら熟成、仕事なら炎上。人間界はむずかしい。

タイスの有名な先延ばし研究では、先延ばしをする人は、学期の前半にはストレスや体調不良が少なめだった一方で、学期の後半になるとストレスや体調不良が増え、課題の成績も低くなりやすかったことが示されています。つまり、先延ばしは一瞬だけ見ると「心の救急車」みたいに見えるのです。でも、長い目で見ると、救急車の後ろに請求書を積んだトラックがついてくる。そんな感じです。

ここからまず学べるのは、先延ばしは単なる怠けではない、ということです。

もちろん、結果だけ見ると「やらなかった」という事実は残ります。課題は白紙、メールは未返信、机の上には謎の紙山。けれど、心の中では何が起きているのか。そこを見ると、先延ばしは「いまの不快感を減らすための行動」とも言えます。

たとえば、やるべきことが重たい。失敗が怖い。評価されるのが不安。そういうとき、人はその作業から少し距離を取りたくなります。「やらない」というより、「見ないようにする」。まるで、部屋のすみに置いた洗濯物の山に毛布をかけて、「よし、風景になった」と言い張るようなものです。いや、風景ではない。洗濯物です。

でも、これを「自分はダメだ」とだけ考えると、問題はさらにこじれます。なぜなら、自分を責めるほど、作業はもっと怖くなるからです。怖くなると、また逃げたくなる。逃げると、さらにたまる。たまると、さらに怖くなる。これはもう、心の回転寿司に「罪悪感」だけが永遠に流れてくる状態です。

タイスの研究から学べる大切なことは、「先延ばしを直すには、根性だけでは足りない」ということです。

もちろん、根性もたまには役に立ちます。人生には「うおおお!」で乗り切る場面もあります。でも、毎日それをやると、心のエンジンが焦げます。自分をムチでたたいて動かす方法は、短期的には効いても、長くはもちません。

むしろ必要なのは、作業の入り口を小さくすることです。

「論文を読む」ではなく、「最初の一段落だけ読む」。
「部屋を片づける」ではなく、「机の上のコップだけ下げる」。
「記事を書く」ではなく、「タイトルだけ仮で置く」。
「メールを完璧に返す」ではなく、「一文目だけ書く」。

人間の心は、巨大な岩を見せられると逃げます。でも、小石なら拾えます。だから、やるべきことを小石にする。これが、先延ばし対策のかなり現実的な知恵です。

もうひとつ、タイスの研究から見えてくるのは、「先延ばしは、自尊心を守るために使われることがある」という点です。

ジョセフ・フェラーリとタイスの研究では、先延ばしが「自分の能力が低いと思われることを避けるための行動」として働く可能性が示されています。たとえば、本気で準備して失敗すると、「自分には能力がないのかもしれない」と感じてしまう。でも、準備不足で失敗したなら、「時間がなかっただけ」と言い訳できる。つまり、先延ばしは心の防弾チョッキになることがあるのです。もっとも、そのチョッキ、着ると動きにくいのですが。

これはかなり人間くさい話です。

私たちは、ただラクをしたいから先延ばしをしているとは限りません。失敗したときに自分が傷つかないように、先に逃げ道を作っていることがあるのです。「やればできたんだけどね」という言葉は、心の中の小さな避難小屋です。雨風はしのげる。でも、そこに住み続けると、目的地には着きません。

だから、タイスの研究から学べるのは、「先延ばしをしている自分を責める前に、何を怖がっているのかを見てみよう」ということでもあります。

本当に面倒なだけなのか。
失敗が怖いのか。
完璧にやらなければと思いすぎているのか。
誰かに評価されるのがしんどいのか。
始めたら終わらせなければいけない気がして、入口で固まっているのか。

先延ばしの後ろには、たいてい小さな感情が隠れています。怠け者の仮面をかぶった不安。やる気のなさに見える疲労。余裕ぶった顔をした恐怖。心という劇場では、衣装係がなかなか手が込んでいます。

さらに、タイスの研究でおもしろいのは、「楽しい気分」が自分を立て直す力に関係する可能性が示されているところです。タイスたちの研究では、前向きな気分が、自分をコントロールする力の低下を補うことがあると報告されています。ざっくり言うと、心がへとへとのときでも、笑いや小さな喜びが入ると、もう一度ふんばる力が戻りやすいかもしれない、ということです。

これは、すごく救いのある話です。

私たちはよく、がんばれない自分に対して、さらに厳しくなります。

「なんでできないんだ」
「またサボってる」
「自分は本当にダメだ」

でも、心が疲れているときに必要なのは、説教ではなく回復かもしれません。スマホの充電が1%なのに、「気合いで光れ!」と怒っても、画面は暗くなるばかりです。必要なのは、充電器です。人間にとっての充電器は、休息、安心、笑い、あたたかい言葉、小さな達成感。そういう地味だけれど大切なものです。

ここで誤解してはいけないのは、「楽しいことをすれば、全部解決」という話ではないことです。先延ばしの対策として、ひたすら楽しいことだけをしていたら、それはただの現実逃避の遊園地です。入場料は安く見えて、出口で高いチケットを払うことになります。

大事なのは、気分を整えてから、小さく始めることです。

たとえば、「10分だけ散歩する」
「お茶を飲んでから、5分だけ作業する」
「好きな音楽を1曲だけ聴いて、最初の一行を書く」
「自分を責めるメモではなく、次の一手を書く」

こういう小さな工夫が、心の滑走路になります。飛行機はいきなり空に浮かびません。まず走る場所が必要です。人間のやる気も同じで、いきなり大空へ飛べと言われても困ります。まずは、地面を少し進む。そこからです。

タイスの研究が教えてくれるのは、人間の弱さを笑いながら、でも見捨てない姿勢です。

先延ばしをする人は、単にだらしない人ではありません。今日の苦しさをなんとか減らそうとしている人です。自分を守ろうとしている人です。ただし、その守り方が少し不器用で、未来の自分に大量の荷物を送りつけてしまう。そこが問題なのです。

だから、先延ばしに気づいたときは、こう問いかけてみるといいかもしれません。

「私は今、何から逃げようとしているんだろう」
「この作業を、どこまで小さくすれば始められるだろう」
「未来の自分に送る荷物を、今日ひとつだけ開けるなら何だろう」
「責める代わりに、どうしたら少し動けるだろう」

この問いは、なかなかやさしい道具です。自分を叩く棒ではなく、暗い部屋で手探りするための小さな灯りです。

ダイアン・M・タイスの研究から学べることは、先延ばしを「悪い癖」として切り捨てることではありません。むしろ、先延ばしの中にある心の動きを見つけることです。

人は、目の前の不快感から逃げる。
人は、失敗から自分を守ろうとする。
人は、疲れるとふんばれなくなる。
でも、人は、小さな安心や小さな一歩で、また動き出せる。

そう考えると、先延ばしは敵というより、心からの警報なのかもしれません。

「ちょっと怖いよ」
「ちょっと疲れてるよ」
「このままだと明日の自分が大変だよ」

そんな声が、先延ばしという形で鳴っている。ならば必要なのは、警報機を叩き壊すことではなく、何が起きているのかを見に行くことです。

明日の自分に丸投げする前に、今日の自分がほんの少しだけ荷物を持つ。

その一歩こそ、タイスの研究が私たちにそっと差し出してくれる、現実的で、あたたかい知恵なのだと思います。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ダイアン・M・タイス(Dianne M. Tice)の論文一覧

1.『先延ばしがもたらす成績・ストレス・健康への長期的影響―“ぐずぐずすること”の、目先の得と後から来る代償』ダイアン・M・タイス、ロイ・F・バウマイスター(1997)

Tice, D. M., & Baumeister, R. F. (1997). Longitudinal Study of Procrastination, Performance, Stress, and Health: The Costs and Benefits of Dawdling. Psychological Science, 8(6), 454–458.
DOI:10.1111/j.1467-9280.1997.tb00460.x

「あとでやる」は、最初だけ見るとけっこう優しい言葉です。今日の自分に毛布をかけて、「まあ休みなさい」と言ってくれる。でもタイスとバウマイスターの研究は、その毛布の下に請求書が隠れていたことを発見します。先延ばしをする学生は、学期の前半こそストレス少なめ。でも後半になると、課題、体調不良、成績低下がまとめて押し寄せる。未来の自分に荷物を送りすぎた人間の、笑えないけど笑ってしまう心理学です。

阿部牧歌(管理人)
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この論文の要約を読む
【論文要約】なぜ先延ばしは「今はラク」なのに、あとで苦しくなるのか? 成績・ストレス・健康を追った心理学研究
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2.『自我消耗:がんばる心は、使えば減る“限りある資源”なのか?』ロイ・F・バウマイスター、エレン・ブラツラフスキー、マーク・ムラヴェン、ダイアン・M・タイス(1998)

Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Muraven, M., & Tice, D. M. (1998). Ego depletion: Is the active self a limited resource? Journal of Personality and Social Psychology, 74(5), 1252–1265. DOI:10.1037/0022-3514.74.5.1252

「今日は我慢できないんです!」とポテチを抱えるあなた、もしかすると根性不足ではなく“心の電池切れ”かもしれません。この論文は、我慢・決断・感情のコントロールが、同じ心の燃料を使っているのでは?と実験で迫った一篇。自制心を筋肉のように考えると、人生の失敗も少し笑えてくる。意志力の正体をのぞきたくなる名作です。

阿部牧歌(管理人)
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【心理学論文】意志力は使うと減るのか? 自我消耗研究が示した「心の電池」のしくみ
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