ダワ・タルチン・フィリップス(Dawa Tarchin Phillips)の論文一覧:すぐ散歩に出る心へ「作業記憶の席、空けておいてください」と呼び戻したマインドフルネス研究者

ダワ・タルチン・フィリップス(Dawa Tarchin Phillips)の論文を読む女性
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ダワ・タルチン・フィリップス(Dawa Tarchin Phillips)のプロフィール

ダワ・タルチン・フィリップスは、ひと言で紹介しようとすると、こちらの肩書き欄が先に音を上げそうな人物です。

瞑想の指導者であり、心理学の研究に携わった研究者であり、組織や経営者に助言する相談役でもあります。

「いったい、どの道を歩いてきたら、そんな経歴になるんですか?」

そう聞きたくなりますが、彼の人生をたどってみると、研究室と瞑想の世界が、一本の川のようにつながっていることが見えてきます。

ダワ・タルチン・フィリップスは、アメリカのニューヨークで生まれ、ヨーロッパの多文化的な家庭環境で育ちました。英語だけでなく、ドイツ語とフランス語も流暢に話すと紹介されています。心の研究を始める前から、言葉も文化も一つの箱には収まらない環境で育った人だったのです。

名前の意味は「成就した月」

まず気になるのが、その印象的な名前です。

「ダワ・タルチン」というチベット名には、「成就した月」という意味があります。

なんとも静かで、ありがたい光が差してきそうな名前です。

月は太陽のように「私が照らしています!」と前へ出てきません。それでも暗い夜には、道の輪郭をそっと見せてくれます。彼が取り組んできた瞑想や心の教育も、どこかそれに似ています。

人を力ずくで変えるのではなく、

「心がどこかへ出かけていますよ」

「いま、自分の中で何が起きていますか」

と、そっと明かりを向けていく。

名前からして、すでに研究テーマの予告編になっているようです。

研究室へ行く前に、まず山へ行った人

一般的な心理学者の経歴を想像すると、大学で心理学を学び、大学院へ進み、研究室で実験を重ねる姿が浮かびます。

ところが、ダワ・タルチン・フィリップスの場合は、少し順番が違います。

彼はチベット仏教の瞑想指導者ゲンドゥン・リンポチェのもとで出家者として学び、フランスの修行施設で、三年間にわたる集中修行を二度修了しました。つまり、合計六年間です。

「三年間の修行を終えました」

「お疲れさまでした。これからどうしますか?」

「もう三年間、行ってきます」

普通なら、聞いている側が二度見するところです。

もちろん、六年間ずっと同じ姿勢で座っていたわけではありません。けれども、外の刺激から距離を置き、自分の注意、感情、思考の動きを長い時間をかけて観察する生活は、現代人の日常とはかなり異なります。

私たちは五分間スマートフォンを見ないだけで、

「何か重大な連絡が来ているのでは」

と落ち着かなくなることがあります。

一方で彼は、通知音のない世界で、心そのものを観察し続けました。いわば、心の動きを顕微鏡で見る前に、自分自身を観察装置にしてしまった人です。

瞑想を「信じるもの」から「確かめるもの」へ

長い瞑想修行を経験した人が、そのまま宗教的な教えだけを伝える道へ進んでも不思議ではありません。

しかし、ダワ・タルチン・フィリップスは、瞑想で起こる変化を、心理学の方法でも確かめようとしました。

彼は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の心理学分野で研究に携わり、子どもや若者、教育関係者を対象に、宗教色を抑えた瞑想訓練が、考える力、感情、学習にどのような影響を与えるのかを探りました。また、同大学の「今この瞬間に注意を向ける力と、人間の可能性を研究する施設」の共同設立にも関わっています。

つまり彼は、

「瞑想は昔から良いと言われています」

で話を終わらせなかったのです。

「では、実際に集中力は変わるのか」

「勉強の成績には影響するのか」

「頭の中の独り言は減るのか」

と、瞑想を研究室の明るい照明の下へ連れてきました。

長年の修行者が、白衣を着た研究者たちに囲まれながら、

「心は静かになります」

「なるほど。では数字で見てみましょう」

という展開です。

精神世界と科学が、会議室で名刺交換をしたようなものかもしれません。

心が勝手に旅へ出る問題を研究

ダワ・タルチン・フィリップスが著者として参加した代表的な研究の一つが、二週間の瞑想訓練によって、作業記憶、読解力、心のさまよいがどう変わるかを調べた研究です。

作業記憶とは、情報を一時的に頭へ置きながら、考えたり判断したりする力のことです。

たとえば、文章を読みながら前の内容を覚えておく。暗算の途中で数字を保持する。人の説明を聞きながら、質問したいことを忘れないようにする。

いわば、脳の作業机です。

ところが、この机には困った来客が頻繁に現れます。

「今日の夕飯、何にしよう」

「さっきの言い方、嫌われたかな」

「ところで、あの俳優の名前は何だっけ」

頼んでもいない話題が次々と机へ座り、肝心の作業場所を占領してしまいます。これが、心のさまよいです。

研究では、参加者に二週間の訓練を行ったところ、文章を読み取る成績と作業記憶の成績が向上し、課題中に関係のない考えへそれる回数が減りました。特に、もともと注意がそれやすかった参加者では、心のさまよいが減ったことが成績向上につながったと報告されています。

瞑想によって、脳の机そのものが突然巨大になったというより、机の上に勝手に広げられていた不要な荷物が片づいた、と考えると分かりやすいでしょう。

瞑想は、心を完全な無音状態にする魔法ではありません。

むしろ、

「あ、いま関係のないことを考えていた」

と気づき、必要な場所へ注意を戻す練習です。

注意が出かけない人になるのではなく、出かけた注意を連れ戻せる人になる。その積み重ねが、読む力や覚えておく力にも関係する可能性を、この研究は示しました。

お寺の中だけで終わらない瞑想

ダワ・タルチン・フィリップスの活動は、大学の研究室だけにも、瞑想施設だけにも収まっていません。

彼は、子どもや若者に宗教色を抑えた瞑想教育を届ける団体の設立に関わり、瞑想指導者のための国際的な専門団体でも共同設立者を務めてきました。また、企業の経営者や組織の指導者に対して、判断力、組織づくり、心の安定などに関する助言も行っています。

「瞑想と会社経営に、何の関係があるのですか?」

そう思うかもしれません。

けれども、会社で大きな判断をする人の頭の中が、

「失敗したらどうしよう」

「あの人に負けたくない」

「とにかく早く決めなければ」

で満員になっていたら、落ち着いた判断は難しくなります。

役職が上がっても、心のさまよいが社長室の前で遠慮してくれるわけではありません。むしろ責任が重くなるほど、心の中には心配事の臨時会議が開かれます。

だからこそ彼は、瞑想を単なる休息法ではなく、物事をはっきり見て、よりよい判断をするための土台として伝えているのでしょう。

現在も、アメリカのサンタバーバラを拠点に、チベット仏教の指導者として教える一方、企業や組織の責任者への助言を行っています。

「心を静かにする人」ではなく、「心に気づかせる人」

ダワ・タルチン・フィリップスの経歴を見ていると、彼を単に「瞑想の研究者」と呼ぶだけでは、少し足りない気がします。

彼は、長い修行によって心を内側から観察し、心理学の研究によって外側からも確かめ、さらに教育や組織の現場で、その知識を実際に使おうとしてきた人物です。

修行者が研究室へ入り、研究者が学校へ行き、瞑想指導者が会社の会議室にも現れる。

ずいぶん移動の多い経歴ですが、本人が追いかけている問いは、ずっと同じなのかもしれません。

「人の心は、どうすれば目の前の現実を、もう少しはっきり見ることができるのか」

私たちの注意は、じつによく迷子になります。

仕事を始めたはずなのに昔の失敗を思い出し、人の話を聞いていたはずなのに今夜の献立を考え、眠ろうとした途端に十年前の恥ずかしい発言を再上映します。

心は、飼い主の許可を取らずに散歩へ出かける犬のようなものです。

ダワ・タルチン・フィリップスの研究と活動は、そんな心を叱りつけるのではなく、

「はいはい、ずいぶん遠くまで行きましたね。そろそろ戻りましょうか」

と、静かに手招きする方法を探してきた歩みだと言えるでしょう。

参考文献・確認先:Dawa Tarchin Phillips 公式プロフィール / Google Scholar:Dawa Tarchin Phillips 論文・引用情報 / PubMed:Dawa Tarchin Phillips 関連論文

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ダワ・タルチン・フィリップス(Dawa Tarchin Phillips)の研究から学べること

ダワ・タルチン・フィリップスの研究から学べることは、ひと言でいえば、集中力は「逃げない心」をつくることではなく、「逃げた心を連れ戻す力」を育てることです。

私たちは、集中できない自分を見ると、つい厳しい判決を下します。

「どうして私は、こんなに気が散るんだろう」

「集中力がないから、仕事が進まないんだ」

「また同じところを読んでいる。脳がもう閉店したのでは?」

しかし、フィリップスらの研究を読むと、少し見方が変わります。

注意がそれること自体は、人間の心に備わった自然な動きです。問題は、心が散歩へ出ることではありません。散歩へ出たことに気づかないまま、遠くの町まで歩いてしまうことなのです。

心は、頼んでいないのに旅へ出る

たとえば、資料を読んでいるとします。

一行目を読み、二行目を読み、三行目へ進んだあたりで、突然こう思います。

「そういえば、牛乳がなかったな」

そこから、

「帰りに買わないと」

「でも雨が降りそうだ」

「この前、傘をどこに置いたっけ」

と話が広がっていきます。

気づけば、目は資料を見ているのに、心はスーパーの乳製品売り場に立っています。

身体は机。視線は文章。心だけが買い物中です。

これが、心のさまよいです。

ダワ・タルチン・フィリップスが参加した研究では、短期間の瞑想訓練によって、この心のさまよいが減り、文章を読み取る力や、情報を一時的に覚えておく力が改善する可能性が示されました。

ここで大切なのは、瞑想をした人の頭から雑念がすべて消えたわけではない、ということです。

頭の中を完全に無人の駅にするのではありません。

「いま、心が違う列車に乗りましたね」

と気づき、目的地へ戻る練習をしたのです。

集中力とは、長く踏ん張る力ではない

集中力というと、眉間にしわを寄せて、何時間も机にかじりつく姿を想像しがちです。

「絶対に気を散らさないぞ」

「何があっても、この文章だけを見るぞ」

と、注意に鎖をつけたくなります。

しかし、心は鎖をつけられると、なぜか余計に逃げたくなります。

「考えるな」と言われたことほど、考えてしまうのが人間です。

「白いクマを想像しないでください」と言われた瞬間、頭の中に白いクマが堂々と入場してきます。頼んでもいないのに、中央席へ座ります。

だから、集中するために必要なのは、雑念を力ずくで追い出すことではありません。

「あ、別のことを考えていた」

「いま、不安な未来を想像していた」

「さっきの会話を頭の中で再放送していた」

と気づくことです。

そして、責めずに戻る。

これが重要です。

「また気が散った。私は駄目だ」

と自分を責めると、今度は「自分を責める」という新しい雑念が増えます。

机の上を片づけようとして、反省文の束を置いてしまうようなものです。

脳の作業机は、意外と小さい

研究で扱われた重要な力の一つに、作業記憶があります。

作業記憶とは、情報を一時的に頭へ置きながら、考えたり判断したりする力です。

文章を読みながら前の文を覚えておく。

暗算をしながら途中の数字を保持する。

人の話を聞きながら、自分が質問したいことも忘れないようにする。

こうした作業を支える、脳の小さな机です。

ところが、この机はそれほど広くありません。

仕事の情報を置き、予定を置き、心配事を置き、昨日の失敗を置き、さらに、

「そういえば、あの人の返事が少し冷たかった」

まで置いてしまうと、すぐに満席になります。

脳からすると、

「これ以上は置けません。床にも荷物が広がっています」

という状態です。

心のさまよいが減ると、脳の性能が突然別人のように上がるわけではありません。

ただ、作業に関係のない荷物が少し減ります。

その結果、本当に必要な情報を置く場所ができるのです。

集中できないとき、私たちはすぐに能力不足を疑います。

しかし実際には、能力がないのではなく、頭の作業机が心配事で埋まっている場合があります。

そう考えると、自分への見方も少しやさしくなります。

「今ここ」は、立派な場所でなくていい

瞑想や、今この瞬間に注意を向ける練習と聞くと、静かな部屋で背筋を伸ばし、心穏やかに座る姿を想像するかもしれません。

しかし、「今ここ」は、そんなに立派な場所ばかりではありません。

洗い物をしている台所も、今ここです。

電車を待っているホームも、今ここです。

上司から届いた少し分かりにくい連絡を見て、

「これはどういう意味だろう」

と首をかしげている瞬間も、立派な今ここです。

大切なのは、心を神秘的な場所へ連れていくことではありません。

すでにいる場所へ、注意を戻すことです。

たとえば、仕事中に不安が湧いたら、

「不安になってはいけない」

と追い払うのではなく、

「いま、胸のあたりが少し重いな」

「失敗する場面を想像しているな」

と観察します。

すると、不安が完全に消えなくても、不安と自分との間に少しだけ隙間ができます。

その隙間があると、

「不安だから何もできない」

ではなく、

「不安はあるけれど、次の一行は読める」

という選択が可能になります。

短い練習でも、心の向きは変えられる

フィリップスらの研究のおもしろいところは、何十年も修行した人だけを対象にしていない点です。

短期間の訓練でも、注意の向け方や課題の成績に変化が見られました。

もちろん、これは、

「二週間瞑想すれば、試験の点数が必ず上がります」

という魔法の広告ではありません。

瞑想は、脳へ新しい知識を直接入れてくれるわけではないからです。

教科書を枕の下に置いて眠っても、朝には内容が頭へ移動している、という仕組みではありません。

勉強そのものは必要です。

ただし、せっかく勉強しているのに、心の半分が過去の失敗や未来の心配へ出張していると、学んだ内容が入りにくくなります。

瞑想の練習は、学習内容を増やすというより、学習を邪魔している心の渋滞を少し軽くするものだと考えたほうがよいでしょう。

そして、注意を戻す力は、一度に長時間練習しなくても育てられます。

一分だけ呼吸を感じる。

コーヒーを飲むとき、香りと温度へ注意を向ける。

人の話を聞いている途中で別の考えが浮かんだら、相手の声へ戻る。

文章を読んでいて内容が入っていないと気づいたら、責めずに一行戻る。

こうした小さな「戻る」が、注意の筋力をつくります。

気づくことは、自分を責めることではない

ここで気をつけたいのが、「気づく」という言葉です。

自分の心に気づくことを、反省会と勘違いしてはいけません。

「また集中できなかった」

「また余計なことを考えた」

「今日も心が弱かった」

これは気づきではなく、心の中の厳しい監督による採点です。

本当の気づきは、もっと事務的です。

「いま、注意がそれている」

「いま、焦っている」

「いま、同じ文章を三回読んでいる」

それだけです。

天気予報が、

「本日は雨です。空は努力不足です」

と言わないのと同じです。

雨は雨として観察する。

雑念は雑念として観察する。

疲れは疲れとして観察する。

評価を加えずに気づくことで、初めて次の行動を選びやすくなります。

自分を叱る声は大きいので、役に立っているように感じます。

けれども、大声だから正しいとは限りません。

むしろ静かな気づきのほうが、心を現実へ戻す力を持っています。

勉強にも仕事にも、人間関係にも使える

この研究から学べることは、試験対策だけではありません。

仕事では、メールを書いている途中に別の仕事を思い出すことがあります。

「先にあれをやったほうがいいかも」

と思って画面を切り替え、別の資料を開き、そこへ連絡が入り、気づけば最初のメールは下書きのままです。

心と仕事が、机の上で椅子取りゲームを始めています。

このとき、

「一つのことにしか集中してはいけない」

と厳しく構える必要はありません。

別の用事を思い出したら、紙やメモへ書き、

「あとで戻る場所をつくったから、今はこちら」

と注意を戻します。

人間関係でも同じです。

相手の話を聞きながら、

「次に自分が何を言おう」

「この話はいつ終わるのだろう」

と考えていると、耳は相手へ向いていても、注意は自分の中にあります。

そこで、

「いま、返事を考えることに夢中になっていた」

と気づき、相手の言葉へ戻る。

この小さな動きが、話を深く聞く力につながります。

注意を向けることは、相手へ渡す贈り物でもあるのです。

集中できない日は、能力より荷物を見る

ダワ・タルチン・フィリップスの研究は、集中力を根性だけの問題にしない視点を与えてくれます。

集中できない日は、

「自分には能力がない」

と決めつける前に、頭の中にどんな荷物が置かれているかを見てみることです。

睡眠不足はないか。

心配事を抱えていないか。

複数の作業を同時に進めていないか。

通知が何度も注意を奪っていないか。

失敗しないようにと、自分を見張りすぎていないか。

脳の机が散らかったままでは、どれほど優秀な人でも作業は進みにくくなります。

必要なのは、自分を故障品のように扱うことではありません。

机の上を一つずつ片づけることです。

そして、心がまた別の場所へ行ったら、

「また逃げた!」

と怒鳴るのではなく、

「お帰りなさい。では、続きをやりましょう」

と迎える。

集中とは、心を閉じ込めることではありません。

何度でも戻ってこられる場所をつくることです。

ダワ・タルチン・フィリップスの研究は、そんな静かで現実的な知恵を教えてくれます。

私たちの心は、今日もたぶん何度か迷子になります。

けれども、迷子になるたびに失敗したわけではありません。

迷子に気づいた瞬間こそ、注意を育てる練習が始まった瞬間なのです。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)

ダワ・タルチン・フィリップス(Dawa Tarchin Phillips)の論文一覧

1.『さまよう心を「今ここ」へ-マインドフルネス訓練がワーキングメモリ容量とGRE成績を向上させる』マイケル・D・ムラゼック、マイケル・S・フランクリン、ダワ・タルチン・フィリップス、ベンジャミン・ベアード、ジョナサン・W・スクーラー(2013)

Mrazek, M. D., Franklin, M. S., Phillips, D. T., Baird, B., & Schooler, J. W.(2013). Mindfulness Training Improves Working Memory Capacity and GRE Performance While Reducing Mind Wandering. Psychological Science, 24(5), 776–781. DOI:10.1177/0956797612459659

「勉強しているのに、気づけば夕飯や昔の失敗を考えていた……」そんな“心の無断外出”に目をつけた研究です。学生に2週間のマインドフルネス訓練を行ったところ、作業記憶が高まり、GREの読解成績も向上。しかも、課題中の心のさまよいまで減りました。「瞑想で頭が空っぽになるの?」いいえ。むしろ、散歩へ出た注意に気づき、「はい、席へ戻りましょう」と連れ戻す練習です。集中力は根性ではなく、戻る力なのかもしれません。

阿部牧歌(管理人)
阿部牧歌(管理人)
この論文の要約を読む
雑念で集中できないとき、マインドフルネスは役立つ?2週間の実験結果
雑念で集中できないとき、マインドフルネスは役立つ?2週間の実験結果
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